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第二王子は王太子を目指す ~とは言うものの命を狙われているので、まずは暗殺未遂の首謀者を捜すことにした~  作者: 畑中希月
第三章 新たな王太子

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最終話 旅立ち

「母上、お世話をおかけいたしました。──シュツェルツ、今までありがとう」


 それが、兄の最後の言葉だった。

 シュツェルツがほほえんでみせると、アルトゥルも笑顔になった。そして、そのまま息を引き取った。


 母の慟哭どうこくを聞きながらシュツェルツは、まるで心地よい眠りに落ちたかのような兄の顔を呆然と眺めていた。


 葬儀はしめやかに行われ、シュツェルツは年が明けて間もなく、立太子の儀に臨んだ。

 ベティカ公とイペルセを味方につけ、エードゥアルトを自ら捕らえた第二王子。

 もはや、シュツェルツが王太子になることに異を唱える者は誰もいなかった。


 シュツェルツはこの八か月の間に背が伸び、今ではアウリールと同じくらいの身長だ。ダヴィデにはまだまだ届かないが、二年たてばそう変わらない背丈になると言われても、もう驚かない。

「背は高くなったのに、お声はだいぶ低くなりましたね」とアウリールたちに冗談交じりに評されるようにもなった。髪も伸ばし始め、今は肩にかかるくらいだ。


 大勢の廷臣が見守る中、シュツェルツは父王からマレの王太子であることを認められた。儀式が終わると、シュツェルツは民衆へのお披露目のために、屋根のない馬車で街中をパレードした。

 王太子を失ったばかりの民衆はシュツェルツを歓呼の声で迎えてくれた。


 パレードを終え、幻影宮に戻ってきたシュツェルツはさすがに疲労を覚えた。今日は朝からやらなければならないことに追い立てられていたのだ。

 気分転換しようとエリファレットだけを連れ、いつかのように東殿の中庭を目指す。エリファレットには回廊に残ってもらい、冬に咲く花を愛でていると、不意に声が聞こえたような気がした。


 ──シュツェルツ、あとは頼んだよ。わたしの分まで生きてくれ。


 ハッとして、シュツェルツは辺りを見回した。誰もいない。空耳だったのだろうか。


「兄上……」


 雫がぽたり、と緑の少ない地面に落ちた。その日、シュツェルツは初めて兄のために泣いた。

 嗚咽おえつを押し殺し、涙を拭っていると、よく知る声が耳朶じだに届いた。


「殿下、こちらにおいででしたか」


 アウリールの声だ。シュツェルツが振り向くと、アウリールは軽く目をみはったが、涙については何も言わずにいてくれた。


「殿下、冷えますし、お部屋にお戻りになりませんと」


 シュツェルツは気まずさを紛らわすために、相談を持ちかけることにした。


「うん……。ねえ、アウリール、もうすぐ叔父上がイペルセに帰国されるから、どんな風にお送りしたらいいか悩んでいるんだ。相談に乗ってくれないかな」


 アウリールはきょとんとしてこちらを見ている。シュツェルツは小首を傾げる。


「ん? どうしたの?」


「ああ、いえ、それは構いませんが……殿下、イペルセにはご留学なさらないのですか?」


「いや、わたしは留学しないよ。叔父上にもそうお伝えした」


 心底驚いた表情を浮かべたまま、アウリールが確かめるようにそろそろと言葉を紡ぎ出す。


「……なぜですか?」


「だって、マレで勉強したいこともたくさんあるし。イペルセにはその気になれば、いつでも行けるから。それに、恩返しをしていくなら、やっぱりマレのほうがいいかな、と思って」


「恩返し?」


「君に……いや、なんでもない」


 それ以上言うのは恥ずかしかったので、シュツェルツは口を閉じ、エリファレットのほうに歩き始める。


「あ!」


 うしろでアウリールが大声を上げた。シュツェルツは振り返る。アウリールは初めて立ち上がった幼子を見るような、驚愕と感動が入り混じった目をしていた。


「殿下、さっき、『僕』ではなく『わたし』と……」


「いいじゃないか。わたしももう、王太子になったんだし」


 なんだか気恥ずかしくなり、シュツェルツは早足で歩く。その先ではエリファレットが満面の笑みを浮かべていた。


   *


 王都ステラエの料理屋で、アウリールとエリファレットは酒を酌み交わしていた。店内では昼間のシュツェルツのパレードを見た民衆たちが、口々に新しい王太子について語り合っている。みな、若く颯爽とした王太子に好意的なようだ。

 酒をあおっていたエリファレットが、ふと口にした。


「しかし、今さらだが、王室の方々は大変だな」


「どうしたんだい、急に」


「考えてもみろ。親兄弟を失ってすぐに、その跡を継がねばならぬのだぞ。民衆の前では感傷などないようなふりをしてな」


 エリファレットは兄を失ったばかりのシュツェルツを心配しているのだ。アウリールは口元をほころばせた。


「確かに、殿下はせっかく心を通わせ始めた兄君を亡くされたばかりだ。でも、きっとお乗り越えになるよ。あのお方は今日一日だけでも、ぐっと大人になられたからね」


「まあ、それには同意するが……」


 エリファレットは、なおも心配そうだ。アウリールは力強く笑ってみせる。


「俺はむしろ楽しみだよ。殿下がこの先、どんな風にご成長なさってゆくのかが」


 そう、アウリールは決めたのだ。もう二度と、自分からシュツェルツの傍を離れるような気は起こさないと。

 シュツェルツはイペルセには留学しないという決断をした。それに、「恩返し」という彼の言葉。

 自分が浅はかだった。多分、シュツェルツは子が親を想うように──いや、それ以上に、こちらを大切に思ってくれている。


 シュツェルツと離れる時が来るとすれば、彼が完全に自立して自分の力を必要としなくなった時だろう。その時は以前夢見ていたように、田舎に帰って開業医になろう。

 とはいえ、アウリールは少し前からシュツェルツの秘書のような役割も担うようになっており、それは当分先のことのように思われた。


「シュツェルツ殿下の未来に乾杯」


 アウリールが改めて酒杯を掲げると、エリファレットは気を取り直したように杯を掲げたのだった。


   *


 ダヴィデがイペルセに帰る日がやってきた。

 シュツェルツはアウリールやエリファレットら近衛騎士たちとともに、港まで見送りにきていた。母も一緒なので少し気もそぞろだ。

 ダヴィデは出立に際し、幻影宮で盛大なお見送りを受けた。それでも、叔父はシュツェルツや母たちがここまでついてきたことを喜んでくれた。


 海神ナヴナトの船首像が取りつけられた、イペルセの帆船が接岸している桟橋まで歩いていくと、ダヴィデがみなを見回した。


「この国のみなにはずいぶん世話になったね。いつでもイペルセに来てくれたまえ。是非、歓待させてもらうよ」


 アウリールがダヴィデを軽く睨んだ。


「さようでございますか。わたしはシュツェルツ殿下がおいでになる場合を除いて、絶対に伺いませんので」


「残念だなあ。君なら女性にも男性にももてるだろうに」


「男性にもてても嬉しくはございませんよ。それに、あなたのようなふざけた国民がうようよしているのかと思うと、とても伺う気にはなれません」


(この二人、実は仲がいいんじゃないのかなあ)


 シュツェルツは半分呆れて、漫才をしているような二人の様子を見守っていた。エリファレットが珍しくニヤニヤしながらアウリールを見ている。

 ダヴィデはアウリールを軽くあしらったあとで、こちらに近づいてきた。


「シュツェルツ、王太子になってこれからも大変だろうが、困ったことがあればいつでも手紙をよこしてくれ。必ず助けになるから。もちろん、何もない時でも手紙をくれると嬉しいがね」


 叔父はいつも自分のことを気遣ってくれた。胸が温かくなると同時に別れが辛くなり、シュツェルツは逡巡した末、平凡な言葉を贈った。


「ありがとうございます、叔父上。くれぐれもお気をつけてお帰りください」


「うん。ありがとう、シュツェルツ。どうか姉上もお達者で」


「ええ。気をつけてね、ダヴィデ。みなによろしく」


 母の見送りの言葉を聞いたダヴィデは、にっこり笑うと従者を伴い、船の舷梯タラップに向けて歩き出した。舷梯を上りきったダヴィデは、船縁からこちらに手を振ってくれた。


 船が碇を上げ、出港するまで、シュツェルツたちは桟橋にたたずんでいた。船が港を離れていき、ダヴィデの姿が見えなくなってしまった頃、今まで黙っていた母がこちらを向いた。


「……シュツェルツ、幻影宮に帰ったら、一緒にお茶を飲みましょう。アルトゥルの思い出話をしたいわ」


 思わぬ言葉。シュツェルツは息が詰まったようになり、とっさに何も言えなかった。

 母は遠慮がちに微笑すると、女官を伴い、馬車に向かってゆく。

 シュツェルツの肩に手が置かれた。アウリールだ。


「殿下、行ってあおげなさい」


 シュツェルツは無言でこくりと頷いた。駆け足で母に追いつく。母が驚いたように振り向いた。

 シュツェルツは母に応えるために、唇を開いた。



   完

最後までお読みくださり、ありがとうございます。また、応援していただき、ありがとうございました。

本作は拙作『お雇い令嬢は恋多き王太子との婚約を望む』の前日譚に当たります(拙作『最果ての国々の物語』シリーズの読者さんの中にはお気づきの方もいらっしゃるかもしれません)。

プロットを構想した当時は、本作が第一部になる予定だったのですが、この部分だけジャンルが恋愛ではなくなってしまうので、お蔵入りしていました。


今回、プロットを小説化するにあたり、ブロマンス要素とミステリ要素を強くしてみました。うまくいったのかどうかはともかく、作者としてはよい気分転換になりました。

それに、『お雇い令嬢』では少ししか登場しなかったダヴィデをじっくり書けて嬉しかったです。アウリールとは予想以上によいコンビ(?)になってくれました。

それでは、また次回作でお会いできることを祈って。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 踏まれて蹴られてさらにめり込まされてしまう王子様の味方がぼちぼち増殖し始めたこと。
[良い点] 叔父さまめっちゃいいですね! 彼主人公の話を読みたいくらいです。 過去のロマンスには悲しい別れもあったんだろうな~。 [一言] 若い王子とその側近がわちゃわちゃしながら事件に対応する話、と…
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