兄の威厳を見せつけたいけどそんなの見たい弟妹はいない中編
『「権力なんていらない」と強がるけど実は欲しい王国前章』の続きです。
長いです。読み終わるのに1時間半かかるらしい。
ワーン第一王子視点
季節は秋。
突き刺さるような熱が襲う夏は過ぎ去り、木々の緑も赤く色付き始める時期。
王国の主要産物である葡萄を熟成させたワインが市場に新規流入し、紅葉は色艶やかに森を彩る。市民は秋の味覚に舌鼓を打ち、音楽を奏でる。果肉を口いっぱいに頬張るのもよし。猪などを狩るのもよし。
心のままに、実りを楽しめばよい。
因みに私はチーズが好きだ。
「大変だにゃ王子!!」
「・・・なんだ。」
「スゴクツ子爵がご逝去なされましたにゃ!!」
「それで?」
「・・・・また、暗殺かと思われるにゃ。」
「そうか。」
そして王国貴族では、命の刈り取りがブームであった。物騒。
インの報告を聞きながら、私は思考する。この一連の犯行を私はどう捉えるべきか‥特にないな。それよりも目前の書類を片す必要がある。
「それだけじゃないにゃ!」
「あ?」
「その日はワーン様が周辺におられたという人がいたのにゃ。」
続くインの言葉に私は目を開く。ここんとこ政務室で徹夜連勤だったんだが!?
まさか私はNIMJAなるものが扱う分身術を手に入れたのか!?
抑えきらない童心が私をの胸を期待で膨らませる。今日の仕事は是非ワーンwith分身で瞬殺しよう。
「それを聞いて騎士団はワーン様を犯人だと断定したにゃ!!」
「。。。。。やれやれ。」
というわけで、その最重要参考人兼もっとも疑わしい容疑者が私、ワーン第一王子なのである。王子が殺人犯とか笑えないが、そう思われているのだから仕方が無い。
「どうしてこうなったにゃ!!」
「そうだな。でもお前が言うな。」
さて、改めて言おうか。
どうしてこうなった。
事の始まりはこうだ。
3ヶ月前、ヒィ公爵が殺された。コイツは普段から私と意見が違う事が多く、国民への税率政策においても対立した。私は税率を上げて国家予算を増やすべきだと提案し、奴は税率を下げて国民感情を宥めるべきだと言った。心底腹が立ったが、予想していたことだ。次の議会でそいつの意見ごと捻り潰そうと思っていた。
そしたら死んだ。喉ぼとけをばっさりやられて失血死だったそうだ。
反増税派は旗頭を失い、なし崩し的に私の意見が通った。ヒィ公爵以外は阿呆だったわけだな。奴は味方に恵まれなかったのだバーカバーカ。。。。。
そこから私が殺したのだという噂が流れた。
何故だ!?
「あの時の噂は脈絡が無さ過ぎて困ったにゃ。。。」
「全くだ。ヒィが死んで一番驚いたのは私だというのに。」
「いや、一番驚いたのは死んだヒィ公爵本人に決まっているにゃ。」
「確かに。」
まあどうということもない。ただの阿呆が流したデマだ。こんなの信じるのは我が愚妹しかおらぬかったし、政治に詳しいものなら私とアイツが議論を肴に飲みあう仲だということを知っている。
そもそも、私もあやつも国を想って故の政策と意見の対立だ。だからどちらが通っても双方潔く認めるし、殺してでも否定しようとは思わない。
こんな根拠もない正当性もない噂なら取るに足らぬし、変に火消しに回れば却って疑われる。水面下で噂を吹聴する奴を探しつつも、些事として放置していた。
次にフゥ侯爵が死んだ。こいつはヒィ公爵とは異なり、私とは根本的に反りが合わなかった。国民に耳障りの良い綺麗事を言いふらし人気取りに専念するような奴だった。愚妹の次に殺したいほどに憎たらしい相手だが、こういう人間も政治には必要なので放置していた。
「他人に殺されるぐらいなら私が直々に裂き殺してやりたかった。。」
「そんなことを言うから、犯人だって言われているのにゃ。」
「いや、誰にも言ったことないぞ。」
「誰にも言ってないことを私に言うにゃよ。」
奴は弟であり、私の派閥にいるスリーのお気に入りだったということも理由の一つである。なんでお気に入りが敵対派閥にいるんだよコノヤロゥと思ったが、やっぱり放置していた。それが死んだ。武具の取り締まり法で私とは逆意見の武具解放派の旗頭だった時に、だ。
今度も私が殺したのだという噂が立った。余りに近い時期に事件が連続しているので、策略の匂いを感じた。噂を流布している人物を詳しく調べてみることにした。
結果、私を嫌う愚妹、愚弟、そして賢者と父王のみしか網にかからなかった。この4人はいつも私の悪口を言っているので、大した収穫があるとは言えない。
こちらの手がかりは無い一方で、予定調和のように事件が起きた。
私の派閥で、脱税を働いていたミィ伯爵とかいう男の死亡が明らかになった。「ワーン王子が自分の罪を擦り付けて殺した」という噂が立った。疑うまでも無く私を狙っている。
今まで以上に本腰を入れて捜査することにした。
成果は変わらなかった。
「無能な調査団だな。」
「喧嘩売ってるのにゃ?」
「事実だろうが。」
「ぐぬぬぬぬぬぬ。。」
そこから私の対立意見を唱える高位貴族は殺され、私の派閥の人間は汚職が明らかになりながら死んでいった。一晩で二人も殺されていたこともあった。気付けば私には「人殺し」のレッテルが貼られていた。剥がせないほど強く貼られていた。
ミィ伯爵が殺されてからこの間たったの二週間。
正直な話、手の打ちようが無い。
そもそも下手人が誰なのかさっぱり分からぬし、この一連の絵を描いた人間も分からない。そして短期間で自然に私を陥れる頭脳とそれを可能にする人脈と情報力。
あれこれ詰んでいんじゃね、と思ったころにはもう遅かった。
「というわけで詰んでるのだよフォー。」
「そう、詰んでるのにゃ!!」
「五月蝿いですよ兄上。」
「冷たいな。」
「冷たいですにゃ。」
猫の戯言は無視するフォー。やはり冷たい。
「私には関係がありませんからね。というかその子猫は何なのですか?喋る猫とか兄上も珍獣飼いだしたのですか?」
「珍獣ではない。れっきとしたペットだ。」
「それは可笑しいにゃ!ニャーもちゃんと仕事してるにゃ!」
「ああ、だから仕事しているペットだろ。」
「‥‥確かにそうにゃ。ニャーはペットだにゃ!」
「ほらな。というわけで助けてくれフォー。」
「‥‥‥(助けを求める奴の台詞じゃねえ)。」
というわけで妹に泣きついたのがつい先ほどの話。いや、泣きついてはいない。兄としての威厳を最低限保ちつつ、誠意を込めて援助を要請した。が、結果は見ての通り。
「…はぁ。」
これ見よがしに溜息を吐かれた。
この兄に対して尊敬の念をこれっぽちも滲ませない女は私の異腹の妹、第四王子フォーだ。
砂金のように柔らかくも輝く美しい金色の髪に、淡く艶のある肌。そしてラピスラズリのように静かで強烈な瞳。世が世なら、我が妹は美姫としていられただろう。まぁ、母上を始めとした王妃達がいるせいで叶わないのだが。
ついでに言うとこいつは基本的に私への敬意がない。にこやかに敬語で毒を吐いてくる。しかし同腹のスリーに対する当たりと比べれば私への扱いは遥かにましなのだ。
可哀そうなスリー。
「それで、一応聞くが。。」
「私、ましてや私の派閥のものは絶対に何もしていませんよ。この命でもなんでも懸けてもいいですよ。」
「そうか。。。」
「やっぱりにゃ。。。」
「あとこの件で妙な詮索を入れてきたら然るべき措置を取りますよ?」
「例えば?」
「ドキドキ!?毎日家族の体の一部をプレゼントキャンペーン!!です。」
…怖!?ドキドキが本当にドキドキだ。
何故明るい顔でそんな残酷なことを言えるのかさっぱりだな。
こいつはだんだんスリーに似てきた。
「は????今何か失礼なこと言いませんでしたか兄上?」
「いや言ってない。」
フォーは時々私の心の声と会話してくるから心臓に悪い。
この心臓に悪い娘は王宮を牛耳る政争不干渉派閥の長。そしてその派閥の特性故に火種には敏感だ。常日頃からアンテナを張って不穏分子の動向をチェックしているに違いないし、ヒィが殺されてからより一層厳しく監視していたはず。
そのフォーが関係無いと言ったのだ。彼女の派閥を疑うよりかは他を疑う方が合理的だろう。
‥‥決して脅しにビビったというわけでは無い。
無いったらない。
「兄上は未だ手がかりすら無しですか。」
「ああ。分かるのは相手が手練れという事だけと、さっき言ったことだけだ。」
「ワーン様を嫌うツー姉上、ファイーブ、そして賢者様と父王のみしか網にかからなかったのにゃ!!」
調査自体は至極すんなり運んだ。問題は結果だ。
そう。何度も調査を行っているにも関わらず、この4人の名前しか出てこない。他にも悪評やらを吹聴している人間はいるが、辿っていけばこの4人に終着される。
「愚弟や、愚妹に裏工作は無理なのは言うまでもない。」
「あの御二人は不器用すぎるし、正義感が強すぎるから暗殺込みの作戦なんて立てられないにゃ。」
「ええ、私もそう思いますよ。ですから二人が主導したとは考えにくいですね。」
「それで残る疑わしい人物は父王や賢者様。」
「あと兄上もです。」
「そうだにゃ。ワーン様も容疑者の一人にゃ。」
五月蝿い。自分で自分のことを疑わしいなんていう奴がいるか。
「それに私が犯人では無いという根拠はある。」
「‥‥しょうもない精神論とかだったら怒りますよ。」
「立ち眩みがするからだにゃ。」
「それな。」
4日間も徹夜で過ごした人間に激しい運動させてみろ。目眩と貧血で倒れるわ。
「はぁ。。。」
おい何だその目は?精神論じゃなかっただろ?
それにしても、残る容疑者は後二人なんだが。。
「だがあの二人が一貴族の殺害に関与すると思うか?」
「兄上がそれだけ嫌われているとか?」
「ありえそうにゃ!!ワーン様はあの二人にバチクソ嫌われてるにゃ!!」
「そこまで嫌われているのかしら?」
「そうにゃ!!なのにワーン様はその二人に認められようとしているから笑えるにゃ!!」
おいクソ猫。
インの言葉を聞いて憐みの目で私を見てくるフォー。
「な、なんだ?なにか言いたいことがあるなら言ってみろフォー。」
「‥‥今日はお日様が綺麗ですね。」
馬鹿にしているのか!?
ここ室内だぞ!?太陽どころか空も見えんわ!!
「た、確かに私は父上と賢者様に嫌われているかもしれない。」
「かもしれない??まだそんなこと言っているのですか?嘘でしょ?」
「現実見れないメンヘラ彼女みたいなこと言ってるにゃ。」
「五月蝿い!!例えそれが事実だとしても、だ。だからと言って…」
だからと言って殺すか?
無能な王国貴族ならまだしも。今回殺されたのはまぁまぁ有能な王国貴族だ。殺されては困る。実際、王国の政治能力は落ち、外交・内政の両方に支障が出た。
そしてその結果が私の徹夜連勤だ。
犯人はミンチにしてやる。
ともかく、内部争いで国の総戦力がガタ落ちするなんて洒落にならない。
「それが分からない父王や賢者様ではないだろう?」
腐ってもこの国の長だ。誰を殺されたら王国が困って、それを私怨でするべきことではないことぐらい分かっているはず。
「‥‥だからやはり外部犯かにゃとワーン第一王子は疑っておるのにゃ。」
「この緊張時に高位貴族邸のセキュリティ抜けての暗殺をこなし、そして兄上をスムーズに嵌めた力量。こんなのが王国にいるわけございませんしね。」
「もしいればその力を王国につかってくれればよいのだがな。。。」
「そしたらもっと頼もしいのににゃ…」
他国の有力貴族へ攻撃し放題だ。
いやマジで欲しいな。有能すぎるだろこの人殺し。
「あはははははははははあははははは!!???」
「????」
急に大爆笑する妹に戸惑いが隠せない。笑う所だったか今の?フォーとスリーの沸点は謎だから本当に困る。陽気な子猫であるインもドン引きしている。
「ひーひひひ、お腹痛いですよ兄上。笑わせないでください。」
「何かおかしかったか?」
「ふふふふふ。」
私の問いかけにまたもや噴き出すフォー。申し訳程度に笑いを堪えているが、うん、まぁ、もろバレである。
「‥‥なぜ笑ったのか理由を聞いても?」
「いやだって、こんな国のために?力を尽くす?冗談でしょ。」
「一応言っておくが、王国は我らが母国ぞ?」
「ホーム、スイートホームにゃ!!」
インでさえこう言っているが、私を見るフォーの目は心底阿呆を見るよう。なぜそういう目で人をみるのだ?シンプルに傷つくぞ。
「たかが母国ですよ。それ以上でも以下でもありません。家みたいなものですよ。壊れたら捨てて新しいとこに引っ越せばいい。」
「ふむ、私はこの国が好きだがな。当然家もだ。」
私からすれば、故郷を嫌うという発想が分からない。しかしフォーからすれば、そんな私の思考の方が理解できないのだろう。彼女は鼻で笑いながら私を見る。
「こんな将来性ゼロの国のどこがいいんだか。」
「その将来性を確保するのが王族の仕事だ。」
「なら早く王位継承戦を終わらせてくださいよ。支障が出て迷惑です。」
「またそれか。」
「ええ。何度でも言いますよ。」
「それなら私だって何度も言っているだろう。」
溜息を吐きながら私はフォーを見る。
「権力闘争というのは蟲毒の儀式。王国と異なり、世界は文化も言語も宗教も種族も違う。そんな世界相手に生き残る組織の長を作るのに必不可欠で、そんな国王を作る儀式が一朝一夕で終わる訳ない。」
「だから長引くのは仕方ないのにゃ!!」
「ええ。何度も聞きましたね。」
王位継承戦とは王子による王位を懸けた争い。
なお王国では、男女性別問わず父王の子は王子にカウントされる。
継承戦のルールは細々とあるが、最大の特徴は王子への暗殺を仄めかしているという点だ。証拠が無ければ期間中の殺人は罪に問われない、とかだな。これのせいで毎回血みどろ死人アリのハッピーゲームに変わる。ちょっと頭可笑しいと思わなくも無いが、そういうのに順応できるのは国王への必須条件。
ルールに組み込まれていても不思議ではない。
それが現在、我が王国で繰り広げられている争いである。これに参加している継承候補者は、私ことワーン、愚妹のツー、同腹の兄妹スリーとフォー、そして末の愚弟ファイーブの五人の王子。
フォーは中立派で、スリーは私に付いているが、残るツーとファイーブの派閥が私と敵対しており、私かこの派閥のどちらかが倒れねば継承戦は終わらない。
「長引く理由が分かっているのならしばし待て。あと数年もあれば終わる。」
「あと数年、ですか。。幾ら兄上より優秀なツー姉上とファイーブが手ごわい相手とはいえ、苦戦しすぎだと思いますけどねぇ。」
「違う!私は断じてあの愚妹に苦戦などしていない!そしてアイツ等は私より優れてなどいない!」
「違いませんよ。現実を見て下さい。」
「苦しい言い訳だにゃ。」
私の言葉に冷静に返すフォーとインだが、今の言葉は看過できない。特にイン、お前は私の飼い猫だよな?素晴らしいペットからの信頼に私は涙が出そうだ。
しかも、私があの愚弟、ましてや愚妹に劣るなどと、世迷言を!
「今、継承戦が長く続いてるように見えるが、歴史を紐解けば寧ろ短いほうだろう!」
1000年以上続く王国史の中で、最長の王位継承戦は25年、そして短くて7年!!ところが私の代の継承戦は始まってからほんの4年しか経っていない!!
「つまりこれは前例の範囲内どころかもっと早い!!私の手腕によるものだぞ!」
「そうなるように私とスリーが頑張っていますからね。兄上の手腕ではありません。」
「ぐ。。。」
100%正論だ。私の手腕は見栄を張りすぎたな。
「それに兄上と姉上は産まれた時から対立していたでしょう?その年数があっても決着がついていないことを考慮すれば、ワーン兄上があの二人に苦戦していることは少なくとも事実でしょうよ。」
「あのような組織力学を軽んじてる奴にだと!?」
それはありえぬ!
そもそも、あのような若造が他の老獪な獣に喰い殺されるのが普通なのだ!そうやって逆境と痛みを経験してひよっ子は育ち、強靭な心と経験を手に入れるのだ。稀に逆境に立たされずに成長するしぶとい人間もいるのだが。
だが、だがしかし。アイツらのしぶとさは、個人のものでは無いだろう!
「それもどれも父上達のせいで。。。」
「ワーン様。」
インの声で失言に気付く。危うく侮辱罪に冒すとこだった。
「‥‥済まない、今のは聞かなかったことにしてくれ。ありがとうイン。」
「良いってことにゃ。それよりも晩飯は高級魚を求めるにゃ!!」
そうだな、飯ぐらい奮発してやろう。私は胸をなでおろし今晩の夕食を考える。
だがその前に、愚痴ぐらいは言わせて欲しい。
今回の王位継承戦では、基本的に不干渉を貫くべき立場である父上や賢者が、露骨にツーやファイーブを贔屓している。そんなことをするものだから、貴族間でのパワーバランスが崩れているのだ。私が必死に票を搔き集めても、彼等の一声でひっくり返ったことが何回あることか。父王は何を考えているのか私には理解できない。
父王を批判するなんて許されないから、口には出さないが。本当にインには感謝だ。
「まぁ、とにかくだ。あやつら…「兄上と子猫ちゃんの意見には同感ですね。政争を疎んじている癖に態々姉上やファイーブを擁立して、王国に爆弾ぶっこむ父上の神経はどうかしてます。頭が狂っているとしか思えません。」‥は、‥お、おう。そうだな。そういう意見もあるかもな。私からの個人的見解は控えさせていただくが。」
「とんだチキンな王子だことです。」
「す、すごい。歯に衣一切着せないにゃ。」
フォーは不敬罪とか全く気にしていないな。こいつのこういう所は本当に羨ましい。インですらビビっているぞ。
「…と、とにかく、そういう理由で継承戦は止められないし、長引いているのだ。仕方が無いだろう。」
別に、継承戦という名の身内争いを全肯定してるわけではない。私だって早く終わるものなら終わらせたい。それのせいで人生がハチャメチャになった民の恨みも分かる。自分達が今晩の食事を確保するのに必死になっている中、高級料理を摘まみながら椅子取りゲームをしていればそりゃあ腹が立つだろうことだ。
ただ、帝国は勇者を生産し、教会には十二使徒と聖女がいる。獣国には聖獣がいて、魔族には魔王がいる。他にも龍王、海神、魔物の盟主、悪魔、天使。世界には様々な覇者がいる。
そんな奴らが虎視眈々と他国を狙い、また他国より豊かになろうと技術を発展させていく。そんな目まぐるしく進歩していく中で、王国が王国であり続ける為には、覇国という立場に留まり続けるには、我々も全力で走り続ける必要がある。
その屈強な走者を作る場が自国内の政治であり、王子にとっては王位継承戦なのだ。
「そんな大切な儀式に手を抜くわけにはいかないだろう。」
「そうですね。」
私の言葉に納得してくれたのか、それ以上の批判は言われなかった。良かった。と思ったが違うようだ。剣呑な輝きを持って彼女はまだ私を見ている。私何かやらかしたか??
「この政争の目的はあくまでレベル上げ。王国を壊すことではない…ですよね?」
「あ、ああ。」
な、何かやっちまったか??何か酷い地雷を踏んだ気がするぞ!?
私の予感を裏付けるように、ニコニコと笑いながら話しかけてくるフォー。いるよな、怒る時ほど笑っている人間って。私の目の前のフォーとかいう人間がまさにそれだ。これはかなり役立つ情報だから知っておいた方が良いぞ。
「王国はかなり限界に近いですけど?金欠貴族は一攫千金を夢見て暗殺者を雇い、市街地にはこの不景気のせいでスラムが侵食し、ギャングとマフィアの進出による治安悪化が著しい。教会からの干渉は一層苛烈になっていますし、農作物の育ちも不安が残る。帝国はそれに付け入る隙を探していますよ。」
「あ、ああ。そうだな。」
ほら怒っている。
「私ではもう処理しきれないと前々から言っているのに兄上達はマダ、ツヅケルノ?」
「そうだな。」
「ナンデ???」
ひぃ!?
「ファ、ファイーブをやる気にさせた奴が何を言うか。ファイーブがあのまま腑抜けた態度なら、私の勝ちは確定だった。1年もせずに終わる所だったろうが!」
なんとか返答するも、私の声は震えている。でも仕方ない。だってフォーだもの。
話に出てきたファイーブは私の愚弟で、唯一の対立候補。幼き頃から天才としての名を冠し、異界の知識を持っているのではないかと言うほどの洞察力と考察力の持ち主。
王国の苦境を救っただけならまだしも、貴族の臭いものを次々を暴き、利益独占を否とし身分平等を掲げる狂人だ。理解が出来ない。ただ、政治干渉制限も低く、そう言った争いに無頓着で興味が無かったお陰で、政争では弱小だった。
であるのに最近は人が変わったかのように積極的に手柄上げに参加し、発言を強めようとしている。
お陰で相手の士気はこれ以上なく上がり、風見鶏の半分はアイツについた。誰かさんがファイーブの火を付けさせたせいでな。
「それは私じゃないでしょうよ。八つ当たりは辞めて文句は直接スリー兄上に言って下さい」
「むむ。。。」
そう、そのファイーブを焚きつけた人間こそが王国の第三王子であるスリー。大体の元凶はアイツと言われている程評判が悪く、フォーの同腹の兄。同じ腹から生まれてどうしてここまでの差があるのか不思議である。
にしてもアイツは私の派閥だよな?敵であるファイーブを覚醒させて、私に報告一切してこなかったぞ。
あいつは本当にそういう所がある。幾ら問い詰めても「家族を愛しているから」としか答えやがらないし。その家族の中に私が入っていることを祈るばかりである。
「‥‥だから、その件も兼ねてお前の下へ来た。」
「え、私がワーン兄上の代わりに文句を言うのですか?」
「自分の代わりに妹に謝らせるなんて真似するわけないだろう!?」
…そこまで信用無いか私は!?
サンタは存在しないと暴露された時以上にショックだ。
「コホン。流石にそこまではしない。そうでは無くて、なぜアイツがあんなことしたのか心当たりがないか聞きたいのだ。」
「成程…まあ、スリー兄上が何考えているのかなんて私には分かりませんし、分かりたくないので助けにはなれませんがね。」
「そうか。。。」
「それなら仕方が無いにゃ。」
あっさりと告げたフォーだが、その言葉を完全に信用することはできない。例えスリーの本意を知ってたとしても彼女は私に告げないだろう。
彼女は私を信じていないだろうから。基本的に誰も信じていないし、信じれないフォー。彼女の信頼のハードルは本当に高い。
今の所彼女が本当に信頼しているのは側近のシェードのみ。
たった一人だ。
それほどまでに彼女は人を信じていない。
けれど、彼女は誰よりも優しい人間だ。
傷つくことしかできない弱い立場の人間を積極的に受け入れ、その人間がきちんと活躍できるように職を采配する。そんな手間のかかる組織を作った人間を私はフォー以外知らない。慈善と利益は共存できると言い張り続け、結果として王宮内の最大派閥まで作り上げた。
7歳の少女が、たった一人でだぞ?
本人からすればただの人気取りの結果らしいが、その人気取りを成し遂げる忍耐がどれだけ難しいことか。私ならそんな苦行と屈辱は耐えられない。
そしてそんな優しい人間をトゲトゲガールにしたのは我ら王族だ。
いや本当に昔はかわいかったのにな。。。
「なんですか兄上?」
「いや何でもない。」
「そーですか。」
今でも助かっているがな。
フォーは本当に不敬な人間だが、それだけなのだ。私に興味が無いし、どうでもいいと思っているから敵意も向けられない。これはかなり助かる。
なにせ私には敵が多い。愚妹と愚弟たるツーとファイーブは私への憎悪が半端ではないし、スリーが数多くの人間から恨みを買うせいで私までとばっちり。賢者や国王といった『自称評価する側』からすれば私は『欲深い』らしく、やることなすこと噛み付いてくる。
それに対してフォーから向けられる感情は無。敬意も、悪意も無。本当に心が癒される。
それでいいのかと思った時期もあるが、それでいいのだ。
そう思っていたら、私に聞こえる音量でフォーに耳打ちする女が。フォーの側近兼使用人、そして影武者を兼ねるシェードだ。
「フォー様、きっとワーン様はまだフォー様を疑っているのですよ。」
「いや待て!?」
待ってくれ!?フォーに好かれるのはもう諦めているが、嫌われるのは無理だ!兄として受け入れられないし、一人間としてエナンチオマー侯爵のようにはなりたくないのだ!!
しかし、フォーは目をパチクリとさせて側近を見る。
「シェード?それ本当?」
嘘だろ信じるのか!?
「本当ですともフォー様。私が嘘を吐いたことはありますか?」
「今朝私のごはん食べた癖に鳩が食べたって言ってたじゃん。」
良かった信用が無い側近で。
「それはワーン様のせいですね。」
「え?」
「昨晩フォー様の好物アイスが無くなったのもワーン様のせいです。」
「マジかよ兄上最低じゃん。」
「話聞いてたか?冗談だよな?」
フォーと軽口を叩きあっている少女の名前はシェード。彼女は影と呼ばれる暗部に属する人間だ。
影は凡そ常人が正気と発狂を5回ほど繰り返して到達するような境地に達した人間が所属するような組織であり、人でもある。
王国の裏専門の実行部隊である影の仕事は多岐に渡り、工作・諜報・暗殺・戦闘に至るまでなんでもござれだ。だが、王族専属で付く「イン」「シャドーウ」「シェード」の三人には通常の影に加えてもう一つ使命が与えられている。
それは影武者。影武者とは、敵を欺くためのく身代わりのこと。替え玉とも言うな。自分とよく似た風貌や服装の人物が付くことが多いが、変装術もピカイチの影にかかればこれぐらいわけない。
その替え玉であるシェードによって、私は今、大変不本意な嫌疑を掛けられている訳だ。
「兄上は私を疑っているのですが?」
「え、それ続けるのか?冗談だよな?」
「まあ、そうですね。。」
首を横に振るフォー。冗談にしては肝が冷えて笑えなかったが、まあいいだろう。
「分かってくれたならそれで、、「否定はしないと。なるほどね。ふーん。」、、いやいや待て!?違うぞ!違うからな!?」
これ以上なく否定しているんだが!?
なぜ嫌悪の目で私をみる!?
この後フォーからの疑いを晴らす為にひたすら話し合った。『シャルネ』が発売する秋季限定の栗ケーキ10個で許して貰った。
「約束は守ってもらいますよ。」
「それは私の台詞でもある。本当に許してくれるのだな?」
「くどいです。」
「よかったにゃ、ワーン様。」
「いや、インよ。お前も私の擁護をしてくれても良かったのではないか?」
「いやにゃ。面倒。」
おい。
もう分かると思うが、「イン」は私の影武者だ。他にも、今は亡き「シャドーウ」はスリーの影武者。「シェード」はフォーの影武者である。因みにツーとファイーブには影が付いていない。二人のことが大好きな賢者様は、影の事が大っ嫌いらしく、影の設置に反対だったためだ。
影武者ぐらい付ければ良いと思うのだがな。。。
「兄上の影はこれまた随分と独特ですね。」
「なんじゃいにゃフォー様。可愛い姿じゃろうがにゃ。」
「え、ええ。」
フォーはちらりと私を見る。言っていいのか躊躇っている顔だ。
別に本猫(?)は気にしているわけではないで、私は頷き問題ない事を伝える。
「…随分と可愛らしい、、、、子猫です。」
「だにゃ?」
インは、私の影武者だ。そして子猫である。
なお、にゃは付けなくてもいいらしい。気分でオンオフできるのだそう。そういえば先週は着けてなかったな。
ではなく。
掌サイズの可愛らしいキティだ。
始めはびっくりしたものだ。何せ私の影武者が子猫だものな。私は子猫なのだと馬鹿にされているのだと思ったよ。だって子猫だぞ?
子猫って…、子猫だぞ…。
いや子猫って。。。
そしたら喋った。子猫がだ。腰が抜けたな。それも女の声だった。もう意味が分からなかった。私の影武者が、猫で。女だ。性別も種も違う。
が、こいつの腕は一流だったらしく。サクッと私に化けてみせた。ビビったな。女の声をする猫が突然男の声をした私になったんだ。その日は驚きすぎて腹が痛かった。やはり影は頭が可笑しい。
「腹痛まで私のせいにされちゃあ叶わないにゃー。」
「‥‥ということだフォー。」
「え、ええ。」
「フォー様。イン殿は一応人間です。」
「シェード、そうなの?」
そうなのか!?
シェードの補足に私は驚きを隠せない。
てっきり不思議な猫さんだと思っていた。
「人間であるイン様は、影随一の変化の使い手なのです。」
「へぇ。。」
天才だな。『変化』なんて危険度が高すぎるから禁術指定されているのに。
「はい。そして、猫に変化している時が一番楽だと言って四六時中猫になっているだけです。」
変態だな。そんな理由で禁術である『変化』を使うとか常人の発想じゃない。
「それで合っていますよね?」
「そうだにゃ。」
確認を込めて質問したシェードにあっさり肯定するイン。
「ふーん。」
「そんなにまじまじ見られたら照れちゃうにゃ。」
「無理。」
「「え?」」
フォーの拒絶の言葉に目を丸くする私達。一方でシェードは箒を持ってきている。
「私動物アレルギーなので。」
気付けば私達は外に出され、フォーはぴしゃりと扉を閉じた。
アイツは本当に私の妹か?
========
青い空。騎士団の訓練所に俺はいた。
懐から、銀の指輪を取り出す。
目を閉じ、集中する。イメージとしては、細かい糸が根を張るように。
「槍となれ!!『メタルコントロール』!!」
俺の言葉に応えた銀は、粘土のように形を変え、みるみるうちに槍となる。素振りをしてみるも、問題ない。重心、強度、太さ、鋭さ、全て実戦で使える。
装飾がないことが問題だな。これでは王に相応しくない。
「なんと、大変すばらしい腕前ですなワーン様!!」
「文句のつけようが無い合格だな。是非ウチの団に入っていただきたいほどだ。」
「ふふん、そうだろう。俺は王子だからな。」
周囲はほめそやすが、当然だな。
「幼き頃の国王様にそっくりだ。」
「流石だな。」
全員が全員、本気で褒めているわけでは無いだろう。だが悪い気はしない。父上は俺の目標だからな。
ん?
俺は少し離れた庭路で話している一団を見る。騎士、文官、、ふむ。珍しいことに職種の偏りはない。
「おい、聞いたか。ワーン第一王子がこの齢で魔術基礎論をマスターしたって。」
「聴いた聞いた。基礎魔術もだろ?知識も実践もできるなんて流石だな。」
「座学しかできない頭でっかちでもなく、実践しかできない気狂いでもない。まさに王道にして理想だな。」
「ああ、実践のみの人間は知識不足のせいで『教える』とか『話し合い』とかが壊滅的に向いていないからな。精々戦地での有能な兵器としてしか使えない。」
俺がこれだけ近づいても気付かないとは。この現状にも納得だ。
「おい、お前ら。」
「「「「は、はい!!」」」
俺はその一団に声を掛ける。
「道をどけ。メイドが通路を通れない。」
「あ、はい。」
俺の声で漸く気付いたのか、彼等は後ろで縮こまっている侍女を見る。籠一杯に洗濯物を詰め込んで運んでおり、両手はふさがっている。
泥で汚れて、汗で臭いを発している衣類。これから洗うところだろうか。
「ほら、お前たちも手伝え。」
「え?」
「道を塞いだ詫びとして当然のことだろう。」
俺の言葉に理解はした納得はしていない顔で一団は籠を持つ。
にしても、一人のメイドが5つの籠を重ねて運ぶとはな。中々の重労働だ。
「済まないが、これをどこに運べばいいのか教えて頂きたいのだが。。。」
「い、いえいえ!?私如きがそんな烏滸がましいことお願いできません!!」
ふむ。確かにメイドと俺では身分が違いすぎるな。
「気にするな。寧ろ失礼したのは俺の家臣、つまり俺の方だ。だが、俺の家臣達も悪気があったわけでは無い。許してくれ。」
「い、いえ!そんな滅相もございません!!」
「ははは、其方は心が広いな。今一度謝罪をさせてくれ。」
「い、いえ!!そんな…あ。」
今すぐ俺の謝罪を否定しようとしたメイドだが、すぐさまそれが俺の発言への否定になることに気付いたようだ。
「どうした?」
「も、勿論です!!ご助力有難うございます!!」
そう言うしかないよな。
思い通りにメイドが了承してくれたので、俺は振り向いて一団に話しかける。彼等は何が起きたか分かっておらず呆然としている。
「お前たちも、人がいることが分からなくなるほど話に熱中するな。」
「も、申し訳ございません!!」
「まぁ、私がそれだけ魅力的だというのも無理はないがな!!」
そう言ってメイドと一団に笑いかけると、彼等は冗談だと分かったようだ。緊張が解け、糸が切れたように笑う。
「「「「はっはっはっは!!」」」」
「確かに、魅力的過ぎる第一王子様の話に熱中しすぎたかもしれませんな!」
「おいおいしっかりしてくれ。職務でも俺の話をされてしまっては、幾ら魅力的な俺でも照れてしまう。」
「おやおや、初心な反応ですな!」
「それにどうせなら令嬢やメイドのように可愛らしい女性に噂される方が百倍良い。」
そう言うとにっこりと笑うメイドが口を開く。
「ふふふ。なら同僚たちに思いっきり自慢しますね!」
「おお、いいのか!だができるなら自慢以外にも俺の魅力を伝えてくれ。」
「承知いたしました第一王子様。このウババ。不肖なメイドの身ですが王子からの密命を必ずややり遂げてみせます。」
「うむ。頼んだぞ。」
芝居がかったカーテシーをするメイドに、俺も大仰に返事する。
それを見た彼等も、わざとらしい咳払いをしながら俺へ口を開く。
「それなら我々も、密命を授かったメイドを気を張って守らねばなりませんな!」
「本音は?」
「まぁ、籠を持っていく先が分からないだけですな!私の細腕では守ることはできません!」
「くっくっく、いいのか。そんなことを言ってしまって?」
「勿論です!本音で話すのは美徳とされていますので。王子に徳を尽くして接しない方が問題です。」
「そうか。」
中々に面白い奴らだ。
「では、我々はこれで。」
「うむ。気を付けろ。」
メイドに先導され、それに付いて行く一団。守る気は無いなどと言っていたあの細腕の男も、なんだかんだ言って彼女を上手にエスコートしている。
「なぁ、イン。」
「なんですかにゃワーン様。」
「王道ってなんだ?」
「ふむ?」
不思議そうな顔をするインに、私は追加で説明する。
「さっき家臣達が自慢しててな。俺が王道ってどういう意味だ?」
「‥‥王道というのは、『「仁徳」による政治』ですかにゃ。」
「うん?俺は政治などまだ携わっていないぞ。18らへんで母上に教わる予定だが。」
俺としては今すぐ習いたいが、学園を卒業するまでは自己研鑽に努めろとのお達しだ。
「最近では、『正しい道・方法』という意味もあるようですな。恐らくそっちの意味で王子を褒めたようですにゃ。」
「成程。正しい道か。」
悪くはない。
なぜなら俺は、正しいからな。
しかしインは満足していなかったようだ。
「差し出がましいようじゃが、ワーン様。自らの進む道を曲げてまでして他者に譲るのはおやめにゃさい。貴族という特権概念が崩れちゃうのにゃ。」
「…メイド達に道を通したことを言っているのか。」
「そうだにゃ。貴方様は王ですにゃ。どのような時も非情で冷静。パフォーマンスとして人情味溢れた愉快な君主もアリですが、そうでにゃいなら自らの道は断固として譲るべきじゃないにゃ。王子は譲られる側なのにゃ。」
・・・ああ。確かにその通りだ。
「けれでも。例えそうだとしても。避けて通れるものなのに、態々押しのけてまで進むべきものなのだろうか。」
「・・・むぅ。まぁ今の内に悩むのは別に良いのにゃ。。弱者を踏むも押すも、そうしないのも選べるのが王族の特権ですしにゃ。」
「お前の言葉はいつも笑えないな。」
「しかしですにゃ、、、王に即位した際にそのような一貫性の無い生き方をしていれば、いずれ悩みの種となりますにゃ。ていうか今ニャーのジョークをつまらないと言ってたのにゃ?」
「ははは。」
「おい。」
・・・・分かっているさ。
『xxxxの時は助けてのに、△△△の時は助けなかった。』『Aの時は踏みつけたのに、Bの時はしなかった。』そういう矛盾に限って、大きな責任とともにしっぺ返しを喰らうものだ。
・・・・・分かっている。それぐらい分かっているさ。
「でもきっと大丈夫だぞ。」
「ふむ?根拠は何か聞いていいかにゃ?」
「俺は父上の子で、優秀だ。きっとなんとかなる。」
誰もが期待し、誰もが賞讃する王子。
それが俺、第一王子ワーン様だ。
「ところでニャーのジョークについて少しばかり話があるのにゃが。。」
さて逃げるか。
それか晩飯は超高級霜降りステーキにしよう。
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次の日。
看守はこっちを見ているが目線は完全に可愛いキティ向きだ。
何見てんだこいつ。看守の仕事せんか。
「にゃ~お」
「「可愛い~。」」
「‥‥」
看守と共に鉄格子の向こうから相好を崩す女性。
「‥‥。」
私と目が合い、気まずそうに笑ったその女性は口を開く。
「…おお、王子よ。こんなことで逮捕されるとは情けない。」
「・・・何を言っているのですか母上。」
「テへ。」
目が覚めたら、私は逮捕された。順を追って話そう。
まず、二週間ほど前から何人の人間が暗殺されたのは話したと思う。そして私が犯人として仕立て上げられているとも。
現場の目撃者の証言によると、私に似た人間が出歩いていたらしい。
私にはその時執務室で夜通し働くという哀しくも鉄壁なアリバイがあったので、騎士団も逮捕に至らなかったわけだがそれも昨日までの事。
昨晩。ヨウ侯爵が死んだ。こいつも私の古い友人なのだが、問題はここからだ。ヨウは今まで死んだ人限の血がべっとりついたナイフを11本も持っていた。これは被害者の数と一致する。
更にはヨウの部屋には遺書が置かれていた。そこには自らが11人を殺したこと、そしてその罪悪感に耐えられなかったこと。それで最後に、第一王子ワーンに指示されたということが記されていた。
これを見て騎士団は思った。『第一王子アウト!』と。
正直な話、そんな証拠品の凶器を二週間も保存するわけないだろうと思う。そんな間抜けがいるか。処分するに決まっているだろう。それに仕組んだアリバイなら徹夜連勤なんて悲しい真似するか。もっと楽しいアリバイにするわ。
だが実際、血の付いた凶器が存在する。そして目撃情報。遺書。
私を陥れたと考えるか、それとも私が犯人だと考えるか。騎士団は後者だと判断したようだ。
というわけで、逮捕された。まだ刑は執行されていない。
しかし王宮の地下牢に入る日が来ようとは。夢にも思わなかった。
目の前にいる母上も、自分の息子が牢に入るなんて思わなかっただろうな。
「…母上、この度はご迷惑をお掛けして大変申し訳ございません。」
「うんうん、私はびっくりしたよ。急に私の息子が逮捕されたっていうのだもの。」
「にゃむにゃむにゃー。」
そうだな。子供が逮捕されれば普通の親なら驚くよな。
「どれだけ謝罪してもしきれません。母上が国の為に尽力なさっている最中にこのような些事でお手を煩わせるだけではなく、母上の評判を揺らがす様な失態を。。」
「いいのよワーン。貴方が無事なら。」
「勿体なきお言葉です。」
「にゃむにゃー。」
一切邪気の無い微笑みに、私は安堵する。
母上は王国の妖精姫として有名である。
真珠のように乳白色の肌。光を透き通すような滑らかな白髪。21歳になる息子がいるとは思えない程華奢な体に、菫のような藍紫色の瞳。
そんな妖怪じみたのが私の母、第一王妃インクだ。
隣国の帝国の娘であった母上は、我が王国に嫁いできた。典型的な政略結婚だな。母上は王国を帝国好みに太らせたくて、王国は帝国とのパイプが欲しかった。
実際母上が来てからと言うもの、王国はみるみる良くなっていった。こんな大惨事と王位継承戦があるにも関わらず、王国が滅びていないのは偏に母上の功績が大きい。
インフラ、低取得者への支援税、冒険者への法の改正。大きく上げればこれだけだが、普段の業務の質と速度が10倍上がったと言えば分かるだろう。
「それで、牢屋の中は居心地いい?」
「普段の室内とは遥かに劣りますが、悪くはないです。この一角は王族用の拘置所なので。」
「それは良かった。不衛生な部屋で体が参ってしまわないか心配だったの。」
「そうですね。しかし、困ったことです。犯人が誰か分からない。」
「被害者を通り魔的に襲ったのが4件、自室での殺害が3件、4件が集団での襲撃、だっけ?」
「ええ。その目撃情報だけで、他は手がかり無しです。」
何せ手口がバラバラ。致命傷は刺し傷という事だけしか共通していない。
「王宮やら貴族の屋敷に忍び込める時点で、相手が招き入れるしかない程の身分の相手。」
被害者には侯爵や公爵がいる。つまりこの時点で公爵相当かそれ以上の身分に絞られる。それか貴族が大枚はたいて雇った護衛が感知できない程の隠形技術の持ち主。現実的に考えれば前者。もし後者ならお手上げだな。
「目撃では、貴方がやったと言われているの?」
「いいえ、犯行時刻の被害者周辺にいたという目撃情報だけですね。他人が変装したという線は消しきれません。」
まぁ、私が疑わしい事には変わりがないが。
「ふーん。」
唇を尖らせる母上。何か気に障るようなことでも言ったのだろうか。
「じゃあ何でワーンが連行されたの?」
「元々私が疑わしいという空気でしたので。そんな時にヨウ侯爵の遺書で、私がやったという事になりましたね。」
ここまで揃っていたら、私を疑うのは当然の事だろう。寧ろここまでの状況証拠があって連れ出さなかったら捜査員の怠慢だ。逮捕された私としては溜まったものでは無いが。
「それって大丈夫なの?かなりヤバそうだけど。」
「大丈夫でしょう。」
「その根拠は?」
「私は王子ですからね。刑を執行して『実は誤りでした』なんてことになれば洒落になりません。今の逮捕して拘置所入りも不敬ギリギリなのです。それなのに刑の執行なんてできませんよ。」
逮捕の目的は、犯罪の証拠隠滅を防止することと、被疑者の逃亡を防止する為の隔離。ぶっちゃければ現場から隔離出来て監視できればどうでもいいのだ。
どっかの馬鹿が王族も平民と同じように逮捕して牢にぶち込むべきなんて訴えているから私はここにいるというだけで、本来なら、自室で軟禁で済んでいたはず。
「そうなの?」
「ええ。よっぽどの証拠が出てくるならまだしも、私は関与していないので出てくるはずがありません。なので大丈夫でしょう。」
「そっか。良かったよ!」
「にゃごにゃご」
晴れやかな笑顔で私を見る母上。この期待を裏切らぬようにせねば、
「あ、そうそう!貴方に会いに来た子がいてね。今外で待って貰っているわ」
呼びに行くね、と言ったかと思うと小走りで外に出る母上。
ふむ。誰だろうか。
フォーは論外。スリーは大爆笑してから来るだろうし、ファイーブはそもそも知らない可能性が近い。ツーか?いや、それこそあり得ない。
「やっぱり貴方達はいがみ合っても兄妹なのね。お母さんは感動したわ。」
‥‥ありえない。
「ほら、ワーン。ツーちゃんが来てくれたよ!!」
そこには、しかめっ面をして私を見る愚妹、ツー第二王子がいた。
‥‥ありえない。
ーーーーーーーーーーー
沈黙を破るように、ツーが口を開く。
「調子はどうだ、兄上。」
「ああ、たった今頭痛が発生したよ。」
「それは罪の意識に苛まれたからですかな。」
挑発気味に笑う愚妹。
「ああ、ありもしない嘘で私を連行する無能な騎士団を粛清しなかった私の罪にな。。。。こんなことなら早くから改革案を提出しておくべきだったよ。」
私の言葉を聞くや否やくしゃりと顔を歪める愚妹。ふむ、どうしたのだろうか。
「それは騎士団長の私への侮辱か?」
「いや?事実を列挙しただけだ。気に障ったのならスマナイ。」
「‥‥」
「‥‥」
ツーは私を睨みつける。魔力が漏れ出て周囲の温度が上がっていく。私の魔力も漏れ出て血と金属の匂いが充満していく。
私達の一触即発な空気を止めれる人間はいない。母上はあの後ツーをここに置いたっきり出て言った。ご機嫌でスキップしている所を見るに、余程嬉しかったのだろうか。
しかし私はちっとも嬉しくない。今、私と面会している女はツー。父王の第二子。言わずもがな、私の妹だ。といっても母親は違う。
ツーの母は、王国の公爵家出身で、第二王妃様。ツーに似た凄い苛烈な性格で、自他ともに厳しいことで有名だが、娘と違うのは優秀な所だ。執務では常にお世話になっている。第二王妃様は王国内に幅広い縁故を持っており、お陰で、彼女さえいれば国内政策は滞りなく実行される。
そんな素晴らしい母を持つこの女は、王族という責務があるにも関わらず幼き頃に騎士団へ逃げた。そこから騎士団長になり、成人した今でも未だに王族としての責務から逃れ続けている。王族としての恥晒し。同じ空間にいるだけでも虫唾が走る。
なぜかツーも私のことが嫌いのようだがな。
まぁ、屑に嫌われてもどうも思わない。現にこやつは今、私を睨んでいるが何の感慨も湧かない。
相手も全く同じようだが。一刻も早く用事を済ませたいと言わんばかりに口を開く。
「単刀直入に聴く。」
「なんだ愚妹。」
「っ!一連の事件は、お前が殺したのか?」
「ふむ。では逆に問わせてもらうが、お前はどう答えたら納得する?」
「真実だ。」
「では答えは『否』だな。」
「それを信じろと?」
は。聞いてあきれる返答だな。
「先ほどまでの言葉はどうした?素直に言え。『捜査に行き詰っているけど、未解決なんて言えないから騎士の面子を守る為に罪人になってくれ』とな。」
「私はそんなこと頼んでない!」
「どうだか。ではなぜ来た?」
「私が直々にお前に引導を渡すためだ!」
「一緒ではないか。」
私が犯人だと決めつけている癖に、何が真実を言えば納得するだ。
「そもそもお前は、自称『王位を返上した姫騎士』なのだろう?今のお前の態度は、一騎士が第一王子へ取れるものとは大いに逸脱しているのだが?」
「にゃーむ。」
「黙れ!お前らはいつも身分でチマチマと文句を付ける!そんなこと、結果の前では些細なことだろう!」
「その結果を効率的に出す為の組織で、その組織の為の潤滑油が身分なのだよ。それが分からないお前はそうした態度を一生取ってろ。」
私がツーを嫌悪する理由はこれである。身分への敬意がたりないのだ。自分は一市民と同じ身分と言っておきながら許可なしに王宮へ入る。王族としての行事も仕事もこなさず、騎士ごっこを興じている。
騎士になるのなら王族としての身分を正式に捨てるべきだし、王族としてありたいのなら王族の責務を果たすべきだ。自分の身分を明らかにし、それに則った動きをするべきである。
それが身分制度は差別を生むなどと論点をすり替え、自分が何もしていないことを棚に上げて王族を批判する。
この愚妹が喚いている間にどれだけの激務を我々がこなしているのか。
侵略を目論む国からの奸計対処に、折衝回避。自国からの反発を考慮した上での政策。精神が削られるなんてものじゃない。こんな仕事まともな神経ではやってられん。
なにが差別を生むだ。それは身分の問題ではなく、人間の心の問題だろうが。人の心を憎んで制度は憎まずだ。
貴族の選民思想?
知るか。救っている数を考えれば当然の権利だ。それが嫌なら自分が貴族の責務をこなせばいい。それが相も変わらず身分に囚われているだのなんだのと。。。
「だがまぁいい。私もお前に聞きたいことがあった。」
「??」
「何故騎士団がしゃしゃり出た?本来なら近衛兵の仕事だろう。」
「ああ゛???」
野蛮で低俗な凄みだな。そんな睨みよりフォーの方が百倍怖い。
「騎士団の仕事は何だ?」
「それは正義を執行することだ。」
即答か。愚かだな。
騎士団が対処するのは、規模が大きい事件。
犠牲者が三桁だとか、外交レベルに発展する事件を取り扱う。
賄賂、ハニトラ、脅迫。手練手管を駆使して官僚貴族から極秘情報を収集する諜報員。純粋なマッド魔術師による凶行。麻薬や違法金融で労働者階級を取り込み、財産を築こうと画策するマフィア。そしてその背後にいる工作員。これらを捕まえ、犯罪を防ぐのが騎士団の仕事だ。
言っては悪いが、貴族数人が死亡したからと言って騎士団は出てこない。
騎士団は対処する問題の規模が違う。
本来なら王宮や貴族の殺人事件の受け持ちは王宮近衛兵。容疑者が平民だったりするのなら、騎士団が出てくることも稀にあるが今回の被疑者は私。
私は平民じゃねえのだ。
そんな連中が私を連行するなど異常の事態。
「…それだけ騎士団が私のことを嫌っていると思っていた。もしくは自分の管轄も理解できていない無能になったのかと。」
聴いているか答えられなかった無能よ。
「‥‥‥」
「だが、そうでなかったら?ミジンコレベルの常識が騎士団にも働いていて、この一連の殺人が何か王国という国レベルの問題に関係すると判断されたのだとしたら、騎士団が出てくるのも納得だ。」
私の言葉に黙りこくる愚妹。
「吐け。お前たち騎士団が出てきた理由は、正当な職務からか?」
「…わ、我々の職務はいつでも王国の正義の為にある。正義を執行するのが我々の正当な」
「黙れ。私は、どうしてお前たちが出てきたのか聞いているのだ。具体的な命令を言え。」
「‥‥。」
結局ツーは何も話さずに出ていった。クソッ。本当に無能な愚妹だ。
「…インはどう思う。」
「限りなくクロに近いのにゃ。」
「同意見だ。根拠は?」
野生の勘とか言ったら飯はハバネロにしよう。
「疚しいことがなければ墓穴であろうと堂々と掘るツー様が口を濁すなんて、後ろめたいことがあると言っているようなものだにゃ。というかワーン様と会話を試みている時点で違和感バリバリにゃ。」
まったくもってその通りだ。晩はキャットフードだな。
「‥‥なんか凄く当たり前のことを言って命が救われた気がするにゃ。」
「気のせいだろう。現に私は檻の中だ。」
「そうだにゃのか。まあ、どうでもいいかにゃ。」
「ところで、お前が何か」
「フー!!!シャー!!!」
牢の扉の向こうからの気配に気づいたのだろう。
突如目を血走らせて、扉を見るイン。
…まんま猫だな。
しかしインがこんな反応をするのはたった一人の人間に対してのみ。
「やぁやぁ兄上!大丈夫かい!?俺は心配の余り夜も眠れなかったよ!!」
「いや昨晩爆睡してたじゃないですか。」
「ははは、それはそれ。これはこれさ。それよりローズの舌はいい加減切るね。」
「怖!?絶対私悪くないすよね!?」
「そう思うことが危険なんだ。それを知ってもらう為に舌を斬るんだよ。」
「‥‥スリー。ほどほどにしとけよ。」
「ははは、嫌だなぁ兄上。愛の鞭ですよ。愛ゆえに、ていう奴です。俺が好きで女の子を傷つけるとでも?」
「昨日、『綺麗な子ほど泣かせがいがある』って言ってました。」
「過去に囚われるなよ小娘。昨日の俺と今日の俺は別物なんだ。」
「言葉だけはかっこいいっすね。」
「でしょ?」
表れた男は、中肉中背。くすんだ金髪に溝がまじったような濁った紺色の目。
フォーと似ているようで異なるこの男の名前はスリー。王国第三子、フォーの兄で、私の弟である。
この男は・・・もうなんかおかしい。インに嫌われるなんてよっぽどだぞ。
「何しに来たんだ?」
「やだなぁ兄上。派閥の長を助けに来たんですよ。」
「では釈放か?」
「それは無理。」
おい。何を助けに来たんだ。
「そんなことより兄上。兄上の愛しの賢者様と父王からの手紙ですよ。」
「気持ち悪い言い方をするな。私はあの二人を尊敬しているだけだ。」
「はは、尊敬なんてどこにしてんだが。」
「あの二人は国をずっと支えてきていくれている!」
「その業務の殆どは、それ以外の人間がこなしているけどね。あんなお飾りの玉座と賢者の称号を欲しがる兄上の気が知れないよ。」
「・・・・・。」
兄妹揃って王への敬意ゼロだな。私が即位したらこの辛辣な評価が私にも来るのか。嫌だなぁ。
「まぁ、尊敬するのは勝手だけどねぇ。。。」
「なんだ?」
「…いや?でもフォーも同じことを思っているだろうなって。」
「何の話だ?」
「それより手紙の内容は?」
私は諦めて手紙を開く。話を逸らした時のスリーは何をされても吐かないからだ。
手紙には、犯罪を冒した私への罵倒に近い叱責。そして王位継承権の剥奪が書かれていた。
「‥‥王位継承権の剥奪だそうだ。」
「ああ、いつもの病気ね。」
「そうだが。そうなんだが、そういう言い方は辞めろ。」
「だってそうじゃないか。父王と賢者は、よく『王位継承権の剥奪』という言葉を使うよね。出来もしない癖に。お菓子が無ければ『王位継承権の剥奪』。寝つきが悪いと『王位継承権の剥奪』。算術が下手だと『王位継承権の剥奪』。なんでもかんでも『王位継承権の剥奪』じゃん。あれはもう病気だよ。」
『王位継承権の剥奪』というのは非常に繊細な問題だ。王霊議会で決を取る必要がある。だからこそ、父王や賢者様だけで判断できるものではないし、決定も出来ない。私的な手紙で出したのが良い証拠。
「これは王家の公式な声明ではないということだろうな。冗談か戯言だと思えばいい。」
「冗談でも『王位継承権の剥奪』とか言って欲しくはないけどねぇ。。」
賢者というのは、魔術の最高峰。その最高峰に属する魔術師から選ばれた魔術師のこと。
それに選ばれた魔術師は身分を問わず準王族と同等の権利を与えられ、望めば爵位も授与できる。今世の賢者は名をネオンと言う。
彼は、私達王族の魔術の師だった。
そして、彼が教える価値アリと判断したのは、ツーとファイーブだけだった。
その二人には、それだけの才能があったからだ。
「まあ、いいだろう。実害はないのだし。」
「‥‥兄上には相も変わらず覚悟がないよねぇ。」
本人を前に不穏な審査をするの辞めて欲しい。せめて私が知らないところでやってくれ。
「‥‥それで。お前は何をしに来たのだ?手紙を届けに来ただけか?」
「え、ああ忘れていた。兄上の命を狙う暗殺者を見つけだので馳せ参じた次第ですよ。」
「忘れていた!?」
兄の命が狙われているのにか!?
私の声を契機に、ナイフが私の足元に刺さる。スリーの言葉に反応したのだろう。ナイフは光を反射しないことから暗殺者が好んで使う黒刃。本当にいたのか暗殺者。スリーの悪趣味なジョークだと思った。
「…兄上?」
「すまん。」
「え、何が?心当たりがあるか聞いただけなのに。」
なんだ謝って損した。フォーと接しすぎたせいだな。心を読まれたのかと思ってしまった。
「…その男を置いて出ていけ」
私達の会話を無視して、牢に響き渡る若い男の声。私に暗殺者の知り合いなどいないのだが、どこかで聞き覚えがある声だ。
「ああ、こんなところにいたのか!!」
スリーは即座に分かったらしく、ぱっと喜色満面の笑みで空を天井を見上げる。私も見てみると、そこには柱の上に待機する一人の人間。仮面で顔が見えないが。。。声的にやっぱり男だろう。
声を変えられていたら分からないが。
「ナイトンじゃないか!姉上の補佐が何してるんだい?」
そうだ、愚妹の騎士団の副騎士団長のナイトンだ。なんで騎士が暗殺者の真似事なんかしているんだ?魚が鳥の真似するのと同じぐらい向いていないぞ。
「俺はナイトンではな‥「そっか、暗殺者に転職したんだね!?そんな一大決心をしてくれて俺は嬉しいよ!それでなんでこんなとこにいるの!?質問に答えないと体を削ぐよ!?無視すると君の家族も削ぐよ!?君確か新婚さんだよね?もうすぐ赤ん坊生まれるよね!?新妻をぐちゃぐちゃにして胎児の酢漬けでも食べさせようか!?」…………すんません、ほんとすんません降参させて貰えますか?二度と逆らわないので許してください‥‥。」
「いいよ!」
「‥‥」
「にゃ、にゃご。」
親し気に名前呼びするまで仲が良いのかと思いきや、この所業。
人間不信のフォーとは異なり、スリーは簡単に人を信じるし、簡単に懐を見せる。ただ、こいつの信頼があまりにも薄っぺらくて、本心は吐き気がするほど気持ち悪いので、大抵の人間は直ぐに逃げる。インですら毛を逆立てて臨戦態勢を崩さない。
ありのままの自分がいい、と言いながら精一杯着飾るように。ポイ捨ては駄目だと知りながらするように。差別を良くないと言いながら嫌いな人間を冷遇するように。人はきれいごとを正しいと知りながら、それを守れない。だってそれは余りにもきれいだから。そんなもの守れないから。
けれどもスリーは違う。
此奴はそれを守れる。なのに人を傷つける。歪んだ価値観でそれらを正当化している。
曰く、『愛に従っているだけだから』、らしい。意味が分からん。
こんなスリーと長年まともにいれた人間はいない。
影のシャドーウですら耐えれなかったものな。スリーは自分は悪くないと言っているが、アイツが原因の一つであることは間違いない。
そうこう思っているうちに、するするとナイトンが天井から下りてきた。
「それで??」
早速尋問を開始する。
「‥‥まず始めに断っておきますが、これはツー様からの命令ではありません。」
「知ってる。」
「当たり前だな。」
「にゃー」
あの愚妹がそんな真似するか。
「実は、カマを掛けてこいと言われてきたのです。」
「??」
「もし王子が犯人なら、自分が罪に問われても逃げられる準備をしている筈だって。」
‥‥逃げる準備だと??
「それで、暗殺者として襲撃すれば、その逃亡手段を使うとでも言われたのかな?」
「…はい。」
…そんなの無いわ。ここ地下の牢獄だぞ?逃げれるような細工をして許される場所じゃない。
「ふーん。それで誰がそれを言ったの?」
「それは‥‥。」
流石に言い淀むか。先ほども上手く話しを逸らしていたしな。
「可愛い奥さんを持ててナイトン君は幸せだねぇ?任務先で出会ったんだっけ?明後日結婚記念日だっけ?そんな記念すべき日に奥さんをスライスハムにしたいのかな??それとも変態の玩具??それなら今すぐ
「賢者様です!!賢者様に命令されました!!!」
…なるほどね。教えてくれてありがとう!!ナイトン君の可愛いお嫁さんのレイナさんは、結婚記念日に『フランラン』ブランドの藍のエプロンが欲しいそうだから買って喜ばせなよ!!あと今日の晩飯はビーフシチューだから真っ直ぐ家に帰るんだよ!!」
「…は、はい。」
‥‥うん。
「にゃーお。」
「その。。。なんだ。相手が悪かったとしか言いようがないな。」
「うう。。。この猫ちゃんだけが俺の希望です。」
何故私を外した。
「じゃあ、さっき言ったみたいに土下座までしてやっと婚約してくれたレイナさんが晩飯を作って待っているから露店に寄らずに家に帰るんだよ!!あと、変に気を利かせてベビー用品なんて準備しなくていいからね~!!今日のお昼にレイナさんが自分で買ったからお金の無駄になるよ!!」
そのままスリーはナイトンを帰した。私は何も言えなかった。何か言えばスリーと同類みたいに思われそうで嫌だし。
改めて確信した。私の派閥の悪評の殆どは絶対にこいつの所為だな。
それにしても酷い尋問だった。まず第一声が家族への危害を仄めかすとは。惨いとはこのようなことを言うのだろう。
しかし一番欲しかった情報は手に入れた。
複雑な気分だ。
「どうしました兄上?」
「いや、何でもない。ところで何か手がかりはできたか?ああ、今の賢者様以外の情報だ。」
「まぁ、手がかりというほどではありませんが、犯人の一部は分かりましたよ。今ので確信しました。」
「本当か!?」
引っかかる言い方だが、それよりも進展があったのは素晴らしい。
「誰だった!?ツーか?ファイーブか!?」
「もしそうなら兄上はあの二人にしてやられたという事になって笑えますが、違います。抵抗組織です。」
‥‥あの似非啓蒙主義が集まるテロリスト集団か。
抵抗組織とは、王国における反貴族主義団体だ。
王族では無く、選挙によって代表を選び、貴族会議ではなく選挙での代表による話し合いで国の舵取りを行う。それを命題にしている野蛮人。理想だけは立派だが、それを理由に武力で意見を訴える集団。曰く、正義の為なら戦争は厭う理由が無く、ましてやこれは自由を懸けた聖戦だからいいらしい。
そういった集団によって殺された、と。
「確かに、殺されたヒィもフゥも、ミィも。そこから殺されたものも全員王国における有力貴族だ。」
「ええ、兄上を陥れるだけではなく、その過程の殺害で王国の力もついでに削ぐクレバーな作戦ですね。」
誉めるな。
組織による犯行か。。。。。
「それが賢者様と何の関係が?賢者がどうやって犯行に関わっているのだ?」
「まあ被害者を誘いだす係でしょうね。賢者なら身分もバッチリですし、急に訪問してきても普通なら何も警戒せずに屋敷に招くと思いますよ。」
高位貴族邸のセキュリティなど気にせず屋敷に入れるというわけだ。
「凶器は刃ではなかったか?」
魔術での殺害なら死体に魔力の残痕が残ると思うが。。。
「屋敷の扉をこっそり開けるなりなんなりして、魔術で抵抗組織を室内に運んだのでしょうよ。それなら死体には残香が付着しません。凶器も刃のまんまです。」
「成程。となると後は動機だな。」
抵抗組織が貴族を殺す理由は分かる。だが賢者様は分からない。
私達が容疑者から賢者様を外した理由は、彼に殺しのメリットがないからだ。寧ろ今回の一連の騒ぎで、王国の国力低下になってしまったことは最初に触れたとおりだ。
「さぁ?」
「さぁって。お前なぁ。。。。」
それ、一番大切じゃないか?
「そういうのは捕まえてから考えればいいでしょうよ。」
「お前がそう言うのならそれでいいが。。。。それで鍵はどこだ?」
「は?」
「いや、もう私が犯人ではないのだと分かっただろう?なら私が疑われる理由は無いし、容疑者ではないなら牢に閉じ込める理由もない。外に出るぞ。」
「はい????」
「いや、賢者様も共犯ということはナイトンが帰ったから証明できないにしても、お前が抵抗組織が真犯人なのだと聞いたのだろう?なら騎士団でその情報が伝わっているということだ。」
これで私の疑念も晴れたわけだ。こんな所に拘置される理由がない。
「‥‥いや、無理ですよ?」
「は!?」
何を言っているんだこいつ!?
「俺がこれを知ったのは、抵抗組織がある人間に自分の計画を持ち掛けていたことを聞いていたからです。」
阿呆だな抵抗組織。そして当たり前のように盗み聞きしてたのか。ほんとに王族かこいつ。
「それで、その勧誘は上手くいったのか?」
「まぁ、上手くいくと思ったからこそ無防備に抵抗組織は作戦をべらべら明かした訳ですが。。。。上手くいってなかったですね。断られていました。」
「‥‥そんな甘い見通しだから抵抗組織に政権を任せるなど出来ないのだ。」
作戦事態は立派で、現に私を追い詰めれているのに。細部や構成員が間抜けすぎる。
「それで、抵抗組織が勧誘していたのは姉上です。」
「あの愚妹か!」
「ええ、反兄上派閥のボスである姉上だけが知っています。で、姉上はそのことを騎士団に報告していません。ですから、聞き耳立てていた俺以外は今までの殺人が抵抗組織の策略だということは知りませんし、当然調査官も知らない。だから兄上は依然として殺人犯の最有力候補です。」
「お前が言えばいいだろ!?」
「兄上派閥の俺が、何の証拠もなく、騎士団長の姉上と抵抗組織の会話を根拠に、兄上が無実だと主張する?笑われるのがオチですよ。」
「ぐぬぬぬ。ではどうすればいいのだ。折角手がかりができたというのに、これでは変わらないではないか。」
「そうとも限りませんよ。」
「は!?」
「姉上がいるじゃないですか。」
「アイツが再調査するとでも?ありえんな。私とアイツの仲の悪さは知っているだろう。」
もし私がアイツの立場なら、絶対に口を噤んで憎き相手を陥れる。現にアイツは騎士団に報告していないのだろう?
「仲良しですね。」
「!?」
此奴マジでぶん殴りたいんだが!?そもそもお前は何しに来たんだ!?
お前は今日、ナイトンの脅迫しかしてないじゃないか!!
「兄上の心配も分かりますけど、まあ、大丈夫だと思いますよ。」
「‥‥何故そう言える?」
「だって、真実を暴いて正義を執行するのは騎士の仕事ですから。」
=======
「おい聞いたか?」
「ああ、ツー第二王子のことだろう?王宮から抜け出して『焔寮』に入ったんだってな。」
「焔寮といえば優秀な者のみが住める騎士寮。まさかツー様がな。」
「いや、まだあの方は七歳だろ?流石に実力じゃない筈だ。」
「だが、賢者様の推薦だっけか。」
…だまれ
「ああ。それに騎士団長のボスナイト様が許可したそうだ。」
「贔屓にしては酷いなぁ。。。。もしくはそれだけの才能を感じたとか?」
「まさか!補助金目当てだろ。そりゃあツー王子は騎士になりたがっていたが王族だぞ?訓練はサブで行ってきたし、それであの叩き上げの騎士団長が認めるほどの実力があるとは思えない。」
「そうだよな。。そうなんだよな。。。。。」
「おい、どうしたんだ?」
「いや、ボスナイト様はさ、さっき言ったみたいに不正なんかは好まないんだよ。例えそれが年々不足して言っている防衛費の為といってもな。」
「‥‥つまり入寮を認められるほどの何かがあったと?」
「そう考えると納得がいくんだよな。。。」
やめろ。
「あの王子やってくれたな!!」
「まさか貴族の家に強襲するなんてな!!」
…だまれだまれ
「子供を攫ってオークションしていた伯爵も、流石の王子様の命令とあれば無視できなかったんだろうな!!」
「おいおい、ツー王子じゃなくて『姫騎士』様て言うんだよ!」
やめろやめろやめろ。
「『姫騎士』様が今度は身分制度の撤廃を掲げているらしい。」
「何を考えているんだ?俺達貴族がどれだけ汗水流して国を支えていると思っている?」
…だまれだまれだまれだまれだまれ
「庶民のゴシップ新聞にでも載せられたんだろ。」
「いやはや、これだから教養の無い人間は困る。王子もせめて学園を卒業してから騎士に入って貰いたかったな。」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
「おい聞いたか!!」
「ああ、ツー第二王子が騎士団長になったんだろ!!」
「ああ、史上最年少の17歳だ!」
「流石『姫騎士』様だぜ!!」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
「マネ様が『姫騎士』に捕まった。」
「あの人が?なんで?」
「金貸しとして、法外な利子を搾り取っていたらしい。」
「だからと言って、そこまで厳しくされたらこっちの商売あがったりだよ。あの人の利子は確かに鬼畜だったが、裏もなかったろ?」
「ああ。返金への妨害がない唯一の金貸しだったのに。。。。。」
だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ
「『姫騎士』の演説聞いたか?」
「ああ。身分で暮らしを制限しないて。」
「‥‥俺さ、貴族じゃなくて料理人になりたかったんだ。」
「俺は反対だぞ!!貴族が自分の責務から逃げたいだなんて只の甘えだ!!我々は産まれた時から貴族で、その青い血は王国の為に流さねばならない!」
「俺の領地の人間はさ、王宮に仕えたいんだと。才能はあるんだが、如何せん身分がな…。」
「私は反対です!今まで貴族出会った人間に平民の生活ができるわけありません!そしてそれは逆もまた然り!平民という素人に貴族の責務がこなせるとでも!?」
「でも、才能が身分で阻まれるのは大きな問題じゃないか?」
「そんなの賢い野良犬に獅子の真似をさせようといっているようなものです!!才能があるのなら、その身分内で発揮させればいいでしょう!そうさせるのが貴族の務めです!」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ
======
数日後。
愚妹が来た。
「‥‥釈放だ。」
「なに?」
何を企んでいる?
「お前の無罪が分かった。」
「‥‥そうか。」
これは、驚いた。いや、皮肉でも何でもなく本当に驚いた。
今までのツーなら例えどんな正論を言われても私からの陰謀だと言い張っていたからだ。
どういう心境の変化だ?もしかして罠か?いや、今の時点で罠にかける為に釈放するなんてリスクの方が大きいよな…。
戸惑いながらも私はツーの言う通りに牢から出る。久々のシャバの空気は‥‥美味くもなんともないな。だってここまだ地下牢だもんな。
檻の内外で空気が変わったらそれはもう拷問だ。
「ついてこい。」
「?」
「お前を連れていかないといけないところがある。」
私がこんな愚妹の言う通りにするのも癪だが、好奇心が優り、付いて行く。
それにしても可笑しい。皮肉も無い。当て擦りも八つ当たりも無い、言いがかりも無い。
まさか本当に私が無罪かどうか調べたのか?
私の混乱を他所に、ツーはずかずかと歩いていく。
地下牢から地上に登り、二階から白く長い通路を渡り、また階段を昇り、そして奥の部屋へ。
出てきたのは庭園訓練所。
温室と訓練所を兼ねた場所で、植物に囲まれた狭い闘技場がある。
庭闘場と呼ばれる闘技場は、直径20mの円形をしている。
そしてその中心で、魔術を展開している魔術師が一人。
「ほっほほ。何故犯罪者がこんなところを出歩いておる?」
賢者様だ。
インが仕入れた情報によると、賢者は私が連行された途端、私の悪評を面白おかしく吹聴したようだ。お陰で、王宮内でも使用人に奇異と嫌悪の目で見られてしまった。
見てきた奴の顔は全員覚えたから後で揶揄ってやろう。
「爺様、お久しぶりです。」
「おう、先週ぶりじゃのうツー。それでどうしたんじゃ?そんな犯罪者を引き連れて。」
賢者様を爺と呼ぶことを許されているのは父王、愚妹、愚弟の三人のみ。
それ以外は彼を『賢者様』と呼ぶ。無論私も含めて、だ。
「兄上は犯人ではございませんでした。」
「ふむ?」
「実行犯は抵抗組織でした。」
「???」
ツーの回りくどい言い方に、疑問符を頭に載せる賢者様。それを無視してツーは続ける。
「今回の一連の事件で、貴族殺害を行ったのは抵抗組織でした。これに関しては本人達から自供してもらいました。」
「しかし、そやつの目撃証言はどうしたんじゃ?」
「目撃者含め、現場付近にいた人間は全員抵抗組織の一員です。つまりこの愚兄は嵌められただけで、真犯人は抵抗組織です。」
愚妹の言葉に納得する。通りで、目撃情報が私に一致するわけだ。目撃者も、下手人も、その他諸々全員が抵抗組織。全員グルだったのな。こんな大掛かりな細工を良く思いついたものだ。
「ほほ。それはそれは。」
「でも貴方も犯人だった。」
「ほ?」
「数日前。抵抗組織は私に接触してきました。所謂勧誘というものです。」
「・‥‥それで?」
突然の話題の転換に驚きながらも、賢者様は聴く姿勢を崩さない。
「無論断りました。が、その時彼等は言っていました『我々には心強い味方が付いている』と。」
「‥‥。」
「『その人は王国の中枢に位置しており、騎士団長に命令できる立場にある。』と言っていました。」
「我が王国でそれが許されている人物は限られている。」
公爵の一部と、準王族と王族。あと議会だな。
「そこから考えました。今回の事件で得をするのは誰か。愚兄に刑が執行されれば、私達ファイーブ派閥は敵対者を排除出来て得をします。」
…ああ、その通りだ。
「一方で愚兄の無罪が分かったとしても、現段階で愚兄への心象は悪いです。愚兄が貴族を殺したという噂が流れ、皆それを信じているからです。」
先ほども気持ち悪い視線を向けられたしな。
「一度生まれた悪印象を拭うのは難しい。そして、抵抗組織に遅れを取った、愚兄を次期国王にしていいものなのか、疑問視する声も一定数できました。」
それはあるだろうな。もし私が敵対派閥ならそう言うし。
「ここでも利を得るのは我らがファイーブ派閥です。つまり、今回の一連の事件で我らファイーブ派閥は得しかしていません。」
淡々と、ツーは結論を告げる。
「ところで話がまたもや変わりますが、これは『真言の水晶』と言って嘘を付くと赤く濁ります。」
懐から取り出した水晶は、透明な色をしている。私と賢者様がそれを見ている横で、ツーは慣れた手つきで手を添える。
「例えば、、、『私は男だ』。」
途端、水晶から無機質な音が響いたかと思うと、血のように赤さび色の染まった。
「このように、嘘を吐けば一目で分かるようになっております。」
「‥‥」
「もう、分かりますよね。」
ツーが、賢者様を見る。
しっかりと、目を見据えて。
「お願いします爺様。ただ一言。たった一言でいいのです。どうか、これの前で『第一王子ワーンを冤罪に陥れていない。』と言って貰えませんか?」
沈黙が、流れた。
賢者は、返事をしなかった。
「・‥‥。」
「爺様、お願いです。これに手をかざすだけです。一言述べるだけでいいのです。お願いできませんか?」
「‥‥。」
「爺様!!」
ツーが怒鳴る。
賢者様は、未だ喋らない。
‥‥はぁ。
「‥‥愚妹よ。出ていけ。」
「しかし!!」
「‥‥いいから、出ていけ。」
「貴方にそんなことをする権利はない!」
「あるぞ。これは王位継承順位1位である私の権限と、貴族令第6条、第11条。それと王国裁憲5条4項。17条8項によって保障された権利だ。王族もしくはそれに連なるものへの謀反人の処遇は、全て対象となる王族が決められる。」
かつてフォーがエナンチオマー侯爵を拷問したのと同じ法だな。
今回で言うその対象というのは被害者である私。
つまり賢者への処遇は私が決められる。
「…確かに法律上ではそうなるが。。。!」
「三度目だ。外に出て、待っていろ。」
「‥‥少しだけだからな。」
‥‥まさか本当に言う事を聞くとは。想定外だわ。
それだけ誤認逮捕に引け目を感じているのだろうか。
渋々ではあるも外に出て行ったツーを後目に、私は賢者様を見る。
賢者様も私の行動が意外だったのか、当惑した様子だ。
「何の真似だ?悪いがお前のような人間に構っている時間はないぞ?」
「‥‥なぜ、抵抗組織に手を貸したのですか?」
「はて?なんのことじゃ?」
「先ほどまでのだんまりでそれは無いでしょう。私は、抵抗組織如きが運営できる程王国は小くて優しい企業だとは思っていません。」
国は企業。ただし、その規模は段違い。
自分の家族で精一杯の平民が何とかできるものでは無い。
「‥‥。」
「まただんまりですか。」
「‥‥‥。」
「ツーやファイーブがこんな方法を望んでいないことぐらい、分かっていたでしょうに。」
この言葉は賢者様には効いたようだ。ピクリと眉を動かし、不快そうな顔。そうだよな。孫のように可愛がっているツーとファイーブの名前を出されたら終われないよな。
「‥‥っ。」
「まぁ、ツーやファイーブの派閥を貶めるような行為をしてくれたことには感謝してますがね。」
ツーとファイーブの名が出たら、意地でも言い返したくなるよな。
「…だまれ」
案の定、賢者は憤怒の形相で口を開く。おお、怖い怖い。
「‥‥王国は酷い国だ。そう思わないか?」
「はぁ。。。。」
急に口を開いたかと思えば。
何を当たり前のことを。そんなの自明だろうに。だからこそ我々が必死に駆けずり回っておるのだ。
「子供が当たり前のように売買され、それを咎める大人はいない。」
だから人身売買カルテルに騎士団を派遣して徹底的に潰した。
「貧しいから、身分が足りないからと言った理由で簡単に人としての尊厳が踏みにじられる。」
だから貴族法を母上とスリーが整備した。
「才能の無い貴族が有能であるかのように振る舞い、有能な平民が無能であることを強要される。」
だからフォーが特待制度を学園に直訴して取り入れさせた。
「知っていたか?始祖ハオは、平民の子だそうだ。お前らの言う青い血にも、平民の血が混じっている。」
だから、身分は親の身分のみに依存するという王律令の大原則が作られた。よく勘違いしているが、青い血は遺伝で作られているのではない。法律で定められているのだ。
しかしそのような社会の仕組みは賢者様にとっては些細なことのようだ。
「それを知っていて何故、平民の権利を阻害する?なぜ身分などという生れで制限する?」
「‥‥。」
「この王国は、ツーやファイーブのような人間が人生を費やしてでも守るべきような国かね?」
「‥‥。」
「こんな国は、一度リセットしてしまった方がいいと思わないかね?あの二人は、こんな国で飼い潰されなければならないなんて酷い話だと思わないか?」
「‥‥」
「お前のような、身分に守られた無能には分からないかもしれないがね。」
「‥‥」
私は賢者を見る。彼は、自分が決して間違えていないと言わんばかりの顔で私を見ている。
「‥‥」
「‥‥。」
「同感だな。」
「なに?」
「全くもって、我が王国は度し難い程の愚国だ。」
「‥‥??」
私の真意を測りかねているのだろう。警戒するような目で私を見るが、本心だ。
・・・・けどな。
「‥‥幼い頃、王都へ出かけました。」
「‥‥?」
私の言葉に、少しばかり耳を傾ける賢者様。
「今思えば、影がついて安全の約束された冒険だったが、当時の俺からすれば、大冒険でしたよ。」
「なにを言っている‥‥?」
怪訝な顔で私を見るが、構わない。
「酒を飲んで陽気に笑う男達。そんな男共を優しく見守る女たち。母に甘える子供と、微睡む老人。真剣な職人とその弟子、一銭に命を懸ける商人に、戦果を自慢しあう冒険者達。」
あそこは活気と熱と夢に溢れていた。
不幸だなんて言葉は似合わなくて、笑顔と温もりの空間だった。
「幼い頃、一度だけ王都から外へ出たことがあります。」
懐かしいな。今でも思い出せる。
許されたのは、外遊の際に父と母にねだったからだっけか。
「広い空。大声が行き交う市場。黄金に見間違う小麦畑と、甘い果実たち。土の独特な香りと笑いながら汗をかく民。肉が焼ける匂いと、それを運ぶ心地よい風。」
確かに農民は貧しかった。けれど、不幸でも無かった。
「それを治める父王を私は尊敬していた。それを補佐する賢者のような男になりたかった。」
だからこの国を治めたかった。この国を守りたかった。
「‥‥。」
私の狙いが何なのか、未だに測り損ねているのだろう。険しい表情を顔に滲ませながら、ただただ、私の言葉を聞いている賢者。
「…王国は本当に酷い国だ。貴族も屑ばっかりだ。」
フォーの性格は捻くれて、スリーのような屑でなければ国は運営できない。サーシャ様だって毎日のように命を狙われているし、母上含む父王の妻の性格だって一筋縄ではいかない御方ばかり。
「でも、そんな国でも綺麗な部分はあって。」
ヒィのように国を想い、フゥのように民衆に目を配る。この国を想って動く人間だって同じぐらいいる。
「そんな国を誰もが愛せるようにするのが王族の仕事だ。それが。私達家族の仕事で責務だ。だからそれから逃げることは、例えツーやファイーブであっても許されない。」
だから、あの二人にどれだけの才能があろうと、それは国の為に尽くすべきである。例えそのせいで十全に生きていいけなくなるのだとしても、だ。そういう身分に、私達は産まれたのだから。
「‥‥そうか。」
賢者は私を見る。
何年ぶりだろうか、彼が私の目を見てくれたのは。
「では死ね。」
そして私は、彼が氷よりも冷たい目をしていることに気付いたのだ。
「『紅矢』!!」
瞬きするよりも早く、紅い矢が私を襲う。
ガキィン!!
「なに!?」
しかしそれが私に当たるよりも早く、銀の壁が私を守る。
どちらかと言えば白っぽい、白銀の壁だ。
「詠唱、術式無しで『紅矢』を防ぐだと!?」
賢者が私の魔術を見て驚くなど初めてでは無かろうか。私の記憶の中では、彼はいつもつまらないものを見る目でしか私を見なかった。
「いや、そもそもこの硬度の壁を術式無しなど無能にできる芸当ではない‥‥」
どこか嬉しそうな顔で思案に耽る賢者。その顔を、もっと幼い頃に見たかった。
「‥‥そうか、お前、『白銀』とか言われておったのぉ?」
ニンマリと賢者は笑う。
私の魔術体形は土属性メインの鉱族操作。五属性という古臭い体形魔術を扱う。名前の通り、土、つまり金属への干渉が得意だ。土砂の流れを作ったり、大岩を生成したり、溶かしたり、蒸発させたり。
『白銀』の名を冠する私が好んで使う聖銀も、金属の一つである。魔力と親和性の高い聖銀は、術式を介さず魔力による操作が可能だ。
「術式破棄などとけったいな技を思っておったが、所詮は才能無し。この壁の強度も、展開速度も聖銀だからこそ。聖銀じゃなければできないものじゃなおう?ファイーブとは大違いだ。やつは大気中の炭素?とやらから壁を築きよったぞ?」
「‥‥。」
そんなのと一緒にするなよ。
「ふむ、今度はそちらがだんまりか?図星のようじゃの。」
「‥‥敵に手の内を晒す人間がどこにいますか。」
「そういう所が、凡人たる所以じゃな。真の天才は、どんな時でも優雅で機知に富む振る舞いをするものじゃ。」
貴族嫌いが、まるで貴族の模範のようなことを言うものだな。
「それにしてもつまらんのぉ。高魔力保持者を斃せたのも聖銀のお陰ではないか。」
聖銀には、他波長不感作という特徴を持つ。長時間、特定の固有魔力波長で十分馴染まされると、他者の波長が異なる魔力による影響を受けない。つまり、私の魔力と長年接してきた聖銀は。それと同等の時間もしくはそれ以上の質の魔力以外の干渉を受けない。
この特性を利用して私は高魔力保持者と戦ってきた。通常なら発生した魔術は高魔力保持者による乗っ取りや妨害を受けるが、数秒で完結する戦闘で他波長不感作という特徴を持つ聖銀には効かない。
聖銀を用いていなければ、私はきっと戦場で生き残れていない。賢者様は私が実力ではなく道具の力で武勲を立てていることを軽蔑してるのだ。
「…まだ終わっておりませんが?」
「は、口を開けばそれか。只の凡人に何ができるというのだ!!確かにその壁の硬さは認めよう!!だが!!」
賢者様が小さな声で呟くと、半径6mほどの円陣が出来上がる。
これだけの規模を一瞬で。天才だな。
「『エクスプロード』!!」
『エクスプロード』。確か自動で標的を狙う爆炎魔術だっけか。一定時間が経つか、条件を組み込むとことで爆炎の調節ができるが、その複雑な術式故に使い手は極僅か。
それを多量展開とは恐れ入る。
「それだけの硬度と広さ!才能の無いお前が長時間展開できるわけが無い!」
「・・・・。」
「答えられないか!そうだろうとも!それだけの精度と効力だ。持って7分、いや5分か。」
「‥‥ご慧眼、お見事。」
「は、今のお前には何を言われても虫唾が走る!!儂の『エクスプロード』は標的の防御の隙間を狙う火炎魔術。お前がその道具を緩めた途端に爆炎がお前を襲う!」
そして私の聖銀はいつまでも展開できない。10分もすれば魔力が尽きてしまう。一方で火力だけなら影長よりも勝る賢者様。1週間展開することだって平気だろう。
「ほほほ、どうした!?顔が曇っておるぞ!?」
技術に、魔術への深い考察力。そして圧倒的な魔力量。
やはり賢者。魔術の長と呼ばれるだけはある。
「ワシはお前がその壁を解除するまでゆるりと待てばよい!さすればお前は『エクスプロード』によって爆散!ジ・エンドじゃ!!」
高らかに笑う賢者だが、実際その通り。私には今、なすすべがない。
だが、賢者はこれだけで終わらすつもりはないようだ。
「だが心配するな。今すぐその壁を解除してやる。」
そう言って彼は聖銀に触れる。
なにを…
ベチャベチャ!
ドロリ、ドロリと聖銀が形を変え落ちていく。先ほどまでの堅牢な壁は無惨に朽ち果て、まるで泥家のように脆く柔くなっていく。
「何が‥‥?」
一体何が起きている?
「ほれ、いいのか?このままじゃとお主の道具は儂によって崩れるぞ?」
は!?慌てて魔力を籠め直すも、圧倒的な差になすすべもない。
「くっ!!」
「ほれ、ほーれ。もうちょっとかのう~。」
「クソッ‥‥!!!」
「ほい、解除。ちょうど『エクスプロード』も10コほど展開し終わった。詰みじゃな。」
「そんなっ…!!」
魔力を大量押し込む。たったそれだけ。それだけで聖銀の主導権を私から奪ったのか!!他波長不感作の特性があるんだぞ!!
「ありえねない。。。!!」
王族を凌ぐ魔力量に、私の操作の齟齬に入り込む操作性。どれ一つとっても私とは天と地程の差がある。
「ほほ、凡人は皆そういう。ほれ今度こそ『紅矢』!!」
ガキン!!
‥‥間に合った
紅の矢はまたしても私に当たらない。別種のシールド張り直したからだ。
今度は驚愕ではなく侮蔑の表情を顔に浮かべる賢者。
「か!こざかしい上に意地汚いな。別種の壁を展開するとは。」
そして賢者様にとっては美しくないらしい。
確かに、魔術の精度でもなんでもないものな。ただの延命措置だ。
「先の聖銀の盾より遥かに強度の劣るシールド。これがお前の張れる防壁魔術の限界か。」
「‥‥否定はしません。」
防壁魔術は大の苦手だったからな。だから聖銀で防御しているのだ。
「さきみたいにまた剥がしてやっていいのじゃがのぉ。。。ホレ。」
バキベキ…べリバリン!!!
軽い掛け声と共に、賢者様が障壁を小突くとあっさりとシールドが砕け散る。周囲には障壁の残骸が魔力へと還り、私はただそれを見ているだけ。
「嘘だ。。。。」
「ふん。こんなもん障壁とは呼ばぬわ。能無し共はこんな強度で満足しとるようだが、障壁とは本来龍の息吹すら防ぐもの。こんなのただの紙じゃわ。」
そうしてまた手をかざす賢者を見て私は慌てて障壁を張る。
「はぁ。。。やはりか。こんな美しくも無い術式の壁を懲りもせず。。学ばないとはまさにこのことかのぉ。。」
呆れながらまた障壁を破る賢者。そしてまた防ぐ私。
状況は圧倒的に私が不利。詰みまであと数手といったところか。
「その鬱陶しい壁事お主を打ち抜いてやればいいかのぉ」
「それは困りますね。」
賢者様なら本当にやりかねないのが恐ろしい。
私が張れる障壁は魔力量的に後三枚。頼もしい数字に涙が出そうだ。
「まぁ、どうせ後5枚も張れないじゃろうし、魔力切れまでゆっくり剥がしていくかのぉ」
そしてバレてた。
「ほれ。」
バリン!!
後、二枚。
「それ、」
ベリン!!
後、一枚。
「せい。」
ベリン!!
後、0枚。
「ふむ。もう無いのか。思ったより短かったのぉ。。。」
「賢者様。」
「???命乞いか?お前がファイーブに王位を譲るのならいいぞ?」
笑えない冗談だ。
「……できればここで手を引いて欲しく存じ上げます。そして王座は私のものです。私の死後にファイーブが座るのなら許可しましょう。」
「は、負け犬がなにを言って…ゲホ!ゲホ!!!」
負け犬?
勝つのは私なんだがな。
「ゲホ!カホ!ゲホゲホゲホ!!??カカ…なんしゃ、これは…ゲホゲホ!?眼が!喉が!?」
「私はこれを、『銀気』と呼んでいましてね。私自身といたしては気に入っていますが、スリーやフォーからは大変不評でして。」
曰く、名前からどんな魔術か推測できるかららしい。人の切り札を勝手に暴いて名前に文句つけるとか失礼すぎるな。だが銀気の威力は十分。
「ゲホゲホ!!ゲェェ!!??の゛どがぁ!!むねがぁ、、、い゛だい゛!!??」
「痛いか?苦しいか?そうだろうな。私もそれを始めて習得した時は苦しかったよ。」
習得した当時は、誤って吸入することが多かった。以来、これの発動時は魔道具『スキン』で薄膜の境界を作り、魔道具『エアストック』による換気を怠ったことはない。
「どぐがぁ!??の゛ろ゛い!?なぜ!?なじぇだ!?ぞんな゛いじょぉ゛はながっだぞ!!」
「そうだな。」
ゆっくりと、バレないように濃度を上げたから気付かなかっただろう。周囲の大気中では中毒症状が出るほどの聖銀が漂っていることに。
先ほど述べたように、聖銀には、「他波長不感作」という長ったらしくも面白い特徴を持つ。
だが私の聖銀にはもっと面白い特徴がある。
「沸点が、低いのだよ。」
「カハ!?カカハハハハハ!?!?」
何を言っているのか理解できていないな顔。私の言葉が聞こえていないのかもしれない。腹痛や吐き気、下痢、そして白銀による刺傷。‥‥まあ、話を聞ける方が可笑しいな。
でも。どうでもいい。これは只の独り言なのだから。
「水銀よりも沸点や融点が低いこの金属は、通常-5度で液体となり35度で気体となる。通常時に装飾品や武具に使われるあの丈夫で熱に強い聖銀は、鉛や銅との合金なんだ。」
これらの金属と混ぜることで、銅よりも融点が高くなるのだから金属とは不思議なものだ。だが、先ほど述べた通り、純粋な聖銀は生暖かい湯舟の温度で気化する。
「純粋な聖銀は、その扱いと採取の難しさから1kgもあれば平民の半生は保証されるような値段で取引される。庶民は当然の事、貴族ですら滅多に手を出さない。こんな扱いにくい金属に使い道なんて無いしな。」
当然買った。この使い方を知って、金に糸目を付けずに買い漁った。なにせ私は王子。金は腐る程持っている。
そこからは纏って纏って私の魔力に馴染ませて。努力して努力して操作能力を磨いて。
無論簡単な話ではない。始めは苦労した。間違えて目に入りそうになったり、体温のせいで気化したり。だが時間ならたっぷりあった。失敗してもやり直せる環境と金は十分あった。
「10年もすれば、私だけが操作できる猛毒の完成だ。」
これが天下無双の『白銀』の一騎当千を誇る力の由縁。白銀の刃で縦横無尽に敵を切り裂きながら、気化した聖銀で体を冒す。
努力で才能は伸びない。
才能は何にも代えられない唯一無二の存在だ。
しかし、実力は。結果は金と発想で保証できるのだ。
「このぼん人が!このげんじゃが凡じんごときに負げるわげゲホゲホ!!」
その通りだな。私は本当に凡人だ。成功より失敗の方が多い凡人だ。
炉端の石ころ。宝石にもなれぬし、大岩にもなれない。
「けれど知っていたか?ヒトはその小石で殴られても死ぬのだよ。」
「ゲボォ!!ゲゲボ!ガホガボォ!!?い”ダイ゛!!だ、だズゲデェ!!」
「痛いか?苦しいか?そうだろう。それもあるだろうよ。でも違うだろ?」
屈辱だろう?自分よりも弱くて、能が無いと思っていた人間に苦しめられることが。
「貴方は、私を舐めていたんだ。私みたいな才能が無い人間なんてみる必要は無いってな。」
「実際その通り。影長、ファイーブ、ツー。あれにくらべれば私なんて炉端の石だ。それが正しい認識だ。」
「話の続きをしようか。」
「がはぁ!!」
私は賢者を踏みつけ、闘技場の端に腰掛ける。
「私はこの王国を愛していた。そして貴方達に私は認められたかった。」
尊敬していたからな。
「でも、そう思われた日は無かった。」
「ブァイーブ、ブァイ゛ーブ!!」
「そう。貴方は口を開けばファイーブ、ファイーブ、ファイーブだ。」
「私は才能が無いから。私は弱いから。私は頭が悪いから。私は機転が利かないから。ずっとそう思っていた。」
私が愛されない理由は何なのだと。私の非は何なのだろうかと。
「でも違った。分かったんだ。私が劣っているのではない。アイツ等が飛びぬけて優れていたのだ。そして、だからこそお前たちはアイツ等を愛した。私を一切見ずに。」
優しくツーとファイーブを見守る父と、興味なさげに私に魔術を教える賢者の目。未だ脳裏にこびりついている。未だに夢に見る。
「私はそれを否定したかった。私の方が凄いのだと。私の方が王なのだと認めて欲しかった。努力して努力して、王らしく振舞った。物語のように堂々と、威厳に満ちた王を目指した。」
そうして俺は私になった。
でも駄目だった。当たり前だ。努力で才能は伸びない。努力でどうにもならないから人はそれを才能と呼ぶのだ。そして祝福された才を裏付けるように、二人に目を掛けられてツーはメキメキと頭角を現した。私よりも剣を握る時間が短い癖に、国有数の実力者となった。私より書物に掛ける時間が短い癖に、軍議での発言権が誰よりも大きくなった。
「どれだけ否定しても分かっていたさ。私は凡人だ。そしてアイツ等は、努力で越えられない先にいると。」
ずっと分かっていた。それでも尚走り続けた。
だってそんなの認めてしまったら、どうしようもないだろ?私の人生はどうなる?長年の努力の結果が、愛さえれないことの保証だなんて、認められると思うか?無理だ。そんなの私には耐えられなかった。
幼い頃からの憧れだから、私は父王と賢者を憎むことは出来なかった。だから、この王位継承戦の元凶である二人には何もしなかった。彼等が擁立するツーとファイーブを親の仇のように恨んだ。私は、あの二人に向けるべきだった憎しみまで、弟妹に向けたんだ。
「でも、私だってもう齢だ。親離れする齢になった。」
もう、親に何かを望む年ではない。望まれる年だ。
「だからもう、いいんだ。」
俺が父王と賢者に敵意を向けられるかどうか。スリーやフォーが心配していたのはこのことだったのだろう。だが、もう大丈夫だ二人とも。
「自分にとって一番大切なものを間違えるなって。何をするにしてもそのために、それ以外を切り捨てる覚悟が必要だって。」
そういうことだよな、イン。
「そして私は、王国を愛している。その為に、幼き頃からのもう一つの夢を切り捨てる覚悟が、決まったよ。」
そして私は、白銀の刃を賢老の首に沿える。
「貴方は今後、私の道の邪魔になる。悪いが死んでくれ。」
‥‥‥と、言っても。
「死んではもう返事などできないか。」
さて。
「ミンチにするか。」
いざ徹夜連勤の恨み晴らさでおくべきか。
…スリーやフォーはやっぱり変人だな。
丁度下半身をミンチにし終わったところだろうか。私はもう辞めたくなった。
そりゃあそうだ。皮、血管、骨、筋肉。こんなにも切りにくいものをミンチにするのだ。しかもデカい。これが掌サイズなら頑張れるが、全身て。。。。寧ろ下半身までよく頑張ったな私。
腰に差した剣も血と肉と油でなまくら同然。これ、かなり値の張るものだったんだがなぁ。。
「‥‥兄上。」
ツーが顔を出してきた。
思ったよりも遅かったな。
「どうしたそんな憔悴した顔をして?何か嫌なことでもあったのか?」
「‥‥それは?」
「うむ?どれのことだ?ああ、これは脚だぞ。」
私はそう言って先ほど切り取ったミンチの塊を見せる。
「‥‥なぜ、そんな惨い事を?」
ふむ?
「惨い事など私はしていないから、お前の問いには何も答えられないぞ?だが今の私の行動の原因としては徹夜連勤の憂さ晴らしだな。」
「そんな理由で?」
「質問の意図が分からないな。」
「何故殺したんだ!!殺す必要などなかっただろう!!ましてや、こんな惨い真似をっっ!!そんな理由でっ!!!」
怒鳴るツー。しかし、私は一切気にならない。
「だから質問の意図が分からない。これは王族には保証された権利だぞ?必要かどうかなんて関係ない。それが私には許されるかどうかだ。」
呆然とした顔のツーを見て、私は賢者であったものを見る。
…もうミンチはいいかな。疲れた。
シャラン!!
金属同士が擦れ合う、独特の心地よい音がする。
振り向けば、剣を抜き真っ直ぐ私を見つめるツー。
「…正気か?」
「そうだ。私は剣を抜く。この意味が兄上には分かるだろう?」
いや、私じゃなくても分かるだろう。
「来い!この武闘場でお前を叩ききってやる!!」
「ふむ。私には理由が無いのだがね。」
あとこっち素手なんだが。騎士道精神はどこ行った?
「逃げるのか!臆したのか!?」
「剣を持ち万全の魔力量の相手に、丸腰かつ消耗した体で闘えと?寧ろ何故戦う必要があるのか教えて欲しいぐらいだ。」
自業自得だが、剣はミンチで駄目にしてしまった。
私の言葉を挑発と受け取ったのか、顔を真っ赤にして剣に魔力を込めるツー。
「だまれ!!お前が今している行為に比べれば、「なんてな!!」…な!?クソ!!!」
不意打ち気味に放った聖銀の蔦がツーの愛剣を絡め取り、注意が逸れた隙に白銀が肩を切り裂く。まるで花火のように散る血飛沫を見て、私は思う。
よし!!!
なんて心地よい!!
溢れ出るこの爽快感と興奮!!
病みつきだ!!
「ざまぁぁ!!!!」
ああ、これこそが私が長年望んでいたものなのだ!!!
しかし、流石は愚妹というべきか。愛剣を手から離さず、白銀からの猛追を躱しきった。
・・・結局、切れたのは肩だけか。
ツーが突っ込んでくる。
刺突を躱しながら、私は攻撃を丁寧に対処する。
「何故、こんなことをしたんだ!!爺を殺さずに、逮捕すれば良かっただろう!!」
「おいおい、フォーの言葉を覚えてないのかねこの愚妹!!王家の権威付けだよ!!」
例え賢者様であろうと、王族には逆らえない。それを貴族に知らしめるためさ!!
「だからって殺す必要は無かっただろう!争う必要は無かった筈だ!!」
「今、私に切りかかっている人間が言うセリフでは無いな!」
キンキンと、金属がぶつかりあい、火花が散る。これは前哨戦。剣術で牽制し、術式の準備が終わってからが、本当の勝負。
「そもそも、お前は何故私に突っかかる!!私の何が気に入らない!」
「‥‥何が気に入らないだと!?本気で言っているのかこの愚妹!!」
「王族らしくないからか!?それだけの理由じゃないだろうこの愚兄!!!」
「‥‥。」
息が止まる。心臓を握り潰されたような悪寒がする。
「スリーは悪意の塊だ!!だから私はアイツが嫌いだ!そしてワーン!!お前は嫉妬と傲慢の塊だ!!」
「‥‥うるさい。」
…やめろ。
見透かしたかのような目で私を見るな。
「お前はそれを、何故私とファイーブに向ける!フォーや国民、貴族にはそれを向けないお前は!なぜ家族である私に向ける!!!」
「‥‥黙れ。」
「答えろワーン!!お前が私達を嫌う理由は何なのだ!!」
「黙れと言っている!!!」
「『熱波』!!」
「『寒波』!!」
互いの魔術がぶつかり合い、温度の急変により気流が生じる。
=========
生まれた時から、世界は私を中心に回っていた。
王妃の息子。長男。抜きんでた潜在魔力。恵まれた身体。努力も怠らなかった。少々我儘だったかもしれないが、幼子であったし、悪ガキの域を出ないものだったから誰もが笑っていた。カリスマもあったかもしれない。
4歳の頃だっただろうか。私に妹が出来た。
そこから、私の世界は壊れていった。
「私は、愛してたんだ!!お前によって壊された世界を!!」
ツーの戦闘スタイルはシンプル。火の魔術のエネルギーで熱量と運動量を確保しゴリ押し。熱くて近づけない。近づかなくても高火力の爆炎で消し炭になる。
「全てが私の思うがままだった!!全てだ!!全てが私の望むままだった!!」
私の『銀気』も彼女の熱が発する気流によって押し返される。金属が空気に押し負けるとはな!!まったく才能の差を感じさせられる!!
「4歳、4歳までだ!!誰もが私を讃えた!誰もが私を敬った!!何も怖くなかった!誰もが私の味方だったからだ!未だに覚えている。あの時まで私は王子だった!!たった一人の!王の息子だった!次の、王になる筈だった!」
予てから編み込んでいた術式を展開する。
紅く煌めく愚妹が、両手に魔力を込めて打ち出す。
「『爆破!』」
「『ミュート』」。
愚妹によって発生した爆撃が私の聖銀を吹き飛ばし、ワンテンポ遅れて私の魔術が施行される。
『狭域無術結界:ミュート』。『沈黙』の拡張式。効果はシンプル。
「な!?魔術が!?」
魔力が霧散した結界の中で、私の拳がツーの頬を抉る。
体幹を活かしながら受け身を取り、直ぐに態勢を整える愚妹。魔術が使えない状況にいち早く気付いたのか、既に体術の構えだ。
「こんな大規模な術式を用いるとは…!!」
「驚いたか?それもそうだろうな!!」
私の得意魔術は元々こっちだ!!
脛を目掛けてローを放つも、あっさりと距離を取ることで回避される。想定済みだ。構わず距離を詰める私に、やりづらそうに構える愚妹。
迷わずボディーに一発。
「ゲフッ!!」
「別に正義の下に正す必要は無かった!!身分改革なんてしなくて良かった!!そんなことしなくてもそのままで良かった!!そんな世界で十分私は幸せだった!!愛していた!!そのままの王国で私はよかったんだ!!」
「‥‥クソッ。」
先ほどとは真逆に、私は蹴りをメインにジャブで顔を叩きながら一定距離を保つ。ツーの狙いはタックルか投げ技。そのままグラウンドに敷き、締めか関節堅めで無力化する気だろう。
魔術による手加減と治癒、そして魔力による防御ができない以上、まともに殴り合えば死人が出るかもしれないものな。気持ちは分かるさ。お前みたいな人間が、私闘で死人なんて出したくないだろう。騎士道に反するものな。
だがそんなの私には関係ない!!
「それまで私は嫉妬や傲慢と呼ばれる類の感情はなかった!!!なぜか分かるか!?私がその中心にいたからだよ!!私が一番優れていて!!それが当然のことだったからだ!!そんな感情は必要なかったからだ!!」
態勢を低くするツーの顔をフックで狙いながら、ステップを刻み距離を取る。腕で捌くツーの死角を縫って蹴りの機会を伺うも、隙が無い。
「お前は!!!私が欲しかったものを全て掻っ攫っていった!!」
「‥‥。」
態勢を高くし、今度は捻り手で私の肩関節を直で狙うツー。
「そこからだよ!!私の中のどす黒い感情が止まらなくなったのは!!!」
だから私は、懐から黒刃を取り出してツーへ投げた。
「‥‥ッッ!!!」
突然の凶器に慌てて距離を取りながら、前腕で柳のようにナイフに対処するツー。
「私が築き上げてきた価値観と地位を粉々に崩していって!!そんな妹をどうして愛せるよ!!私が尊敬する人から寵愛を受ける人間を、どうして愛せるというのだ!!」
フォーの愛剣を蹴り飛ばし、瓦礫がある一角に集まる。賢者が壊したところだ。
「寝ても覚めてもこの感情が湧き出てくる!!なぁ、教えてくれよ元凶!!私はこの気持ちをどうすればいいと思う!!??」
「‥‥クッ!!」
拾い上げた小石を投げる。
避けるツー目掛けてまた投げる。
投げて投げて投げて投げて投げて投げて、また投げる。
「私程度、簡単に組み伏せれると思うたか!?甘いわ!!」
「‥‥!!」
ツーが生まれて、私は自分の器を知った。
スリーが生まれて、私は己の醜さを知った。
フォーが生まれて、私は王の重さを知った。
ファイーブが生まれて、私は格の違いを知った。
「お前が、身分による評価を否定し始めた!!私が愛した世界を変え始めたんだ!!!ファイーブが産まれて!!アイツも私の愛する世界を変え始めた!!!既得権益を否定し、私を讃えた人間は消えていった!!!お前ら二人の評価はどんどん上って行った!!」
半身を取りながら小石を捌くツーは、狙いを乱す為に左右へ細かく駆け回る。ツーの狙い通り、私の投げた石は当たらない。
「ああ、そうさ!!お前たち二人は凄かった!!それだけの才能があったのだろうさ!!それだけの実績を残したのだろうさ!!!」
小さな石を纏めて投げることで、威力は小さくなるが確実に当てていく。
目を庇いながら走るツーを、今度こそはと投げまくる。
「お前等が生まれてこなければ!お前等さえいなければ!私こそが輪の中にいる筈だった!私が尊敬を集めていた!そこは!!私がいるべき場所だったのだ!!その上お前等は、私のたった一つの才能である『身分』さえも奪おうとした!あれだけ恵まれた才能を持ちながらだ!!そんなこと私が許せるわけあるか!!」
だからお前達のことが大っ嫌いだ!!!
醜い嫉妬!劣等感!百も承知だ!
それが何だ!この感情を捨てて!この怒りを捨てて!俺は一生叶わない、うだつの上がらない自分の実力を認めろってか!?
そんなことできるか!!
「賢者にはもういいと言ったさ!!ああ、もう才能の差は諦めたと言ったよ!!愛されなくていいと言ったさ!!そんなわけないだろう!!そんな一言で終えられるほど、私の23年間は軽くないのだ!!」
そんな、浅い人生ではなかったんだ!!私だって父に認められるだけの才能が欲しかった!!お前らさえ生まれなければ、私は賢者に認められた!!お前らが生まれただけで、私は能無しにされたんだ!!
「‥‥うるさい。」
小石を躱し続けていたツーが足を止め、私を睨む。私も攻撃を止め、ツーを睨みつける。
「そんなこと知るかっていうんだ!!」
ツーが吼える。穏便に無力化することは諦めたのか、怒りの形相で拳を構える。
「じゃあ、お前は、その劣等感をぶつけられたことがあるって言うのか!!」
美しいジャブ、ストレート、フック。それら全てが私を捉え、顔を抉る。肉体機能の差を見せつけられるように、ただただ早く、早く撃ち込まれる。
「ゴホッ…!!」
「その醜い嫉妬で嫌がらせを受け、いわれも無い誹謗中傷で傷ついたことがあるのか!」
石を拾う前に足を踏まれ、そのまま掌打、ロー、エルボーのコンビネーション。全てをいなし、私は急いで距離を取る。
「才能がある!?だから何だ!私だって努力している!!その努力が他より少ないなんて百も承知だ!!だから何だって言うのだ!!!」
ツーの大振りのフックはフェイク。これも避けて、本命である金的蹴りは下腿で逸らす。
「お前ら凡人はいつも文句ばっかりだ!!持っていない奴は常に持っている人間に不公平だ理不尽だという!!じゃあ、お前らは私にどうなって欲しいのだ!!惨めに落ちぶれたらいいのか!!そうすればお前たちは満足か!?」
ツーの動きが早く、強くなっていく。私はもっと距離を取りながら、小石を投げ続ける。
「だがそれを言われる側の気持ちを考えたことがあるか!!」
小石が当たっても気にせず突っ込んでくるツー。それを見て距離を取りつつも、私は小石を投げ続ける。
「答えろワーン!!私がどうなればお前たちは満足だ!!才能があるからしょぼくれれば嫌味だと言われ!才能があるから誇らしく振る舞えば妬みを受ける!!親しく振る舞えば王族らしからぬと言われ!王族らしく振る舞えば傲慢だと言われる!私がどうすれば満足だ!!文句しか言わないお前たちに、私はどこまで気を遣えば満足する!?」
遂に私とツーの距離が2mをきる。
チャンス!!
長い、深紅の髪を掴んで私はツーの腹を殴る。やっと捕まえた。
「知るか馬鹿!!」
天才の気持ちなんざ知るか!!才能があるが故に悩むなんて贅沢な気持ち、抱けるなら抱かせてほしいわ!!
「何だと馬鹿!!」
そんな拳をものともせずに、ツーもまた私の銀髪を掴んで頬を殴る。
「グフッ!!」
視界が180変わり、混乱するも勘で爪を立てる。
「いっ。。。!!」
ビンゴ!!
「気持ちの理由なんて知るか!!この感情は理屈じゃないんだよ!!」
私が頬を殴る。
「そんなもんを私達にぶつけるな!!」
ツーが腹を殴る。
「じゃあ俺のこの気持ちはどうしろというのだ!!」
俺が腹を蹴る。
「なら、私の気持ちはどうなるんだ!!」
ツーが膝で俺の顔を打つ。
俺が
ツーが
互いに額をぶつけ合う。
ゴツ!!
鈍い音とともに、目眩が襲う。たたらを踏みながら、標的を捕捉する。
「お前さえいなければ!!」
「こっちの台詞だ!!」
傷をあちこちに作りながらも睨み合い、戦意は衰えない。
「消えろ!!」
「いなくなってしまえ!!」
「死ね!」
「お前がな!」
あと、数発だ。それさえ決まればこいつは倒れる!!
アッパーを狙うフリをしながら堅実に拳を当てにいく!!
全身に力をこめて、前へ踏み出す。
刹那、黒い猫が私達の間に入り込む。
「『眠れ』。そこまでにゃ。」
!?
なぜ、お前が。。。。!!
「‥‥やれやれだにゃ。いい年した王子がド付き合いの喧嘩をしとるなんて、良い笑い種だにゃ。」
そして意識は、暗転する。
========
王になりたい。
それが私の夢だ。
誰よりも頼りになって、優れた王に。
それが私の理想だ。
でも、それを叶えるには時代が悪かった。
才能が無かった。
でも、だからと言って諦めたくはなかった。
だから、傷つけてでも手に入れる。
傷付いてでも手に入れる。
私には才能が無い。
才能の差を知っているからこそ、自信も無い。
だから自分を強く見せた。
だって自信がない事を情けなく思うより。
そんな自分を愛して。
それを見越して取り繕う方が私にはずっと合っているから。
========
目を開ければ、白い天井が。
鼻にツンとくる、薬剤特有の匂いが私の意識を引っ張り出す。
「‥‥ここは?」
「あら、目が覚めたの?」
声の主を振り返れば、母上が。
「母上、ですか?」
「そうよ。貴方の母よ~。」
「どうしてここに?」
「フォーちゃんがね、倒れていた貴方を見つけて医務室に連絡してくれたんだって。」
フォーが?
偶然にしては出来すぎているな…
「本当に偶然とはいえ驚きましたよ。兄上と姉上が血だらけで倒れていましたから。」
ふぁ!?
声のする方を見れば、入り口の傍にフォーがいた。
いつから。。。??
母上によると、庭闘場で倒れていた私、ツー、賢者を発見したフォーが介抱した後母上を呼んだらしい。フォーは一度職務で離れたから、1時間ほど前に戻ってたらしい。
感動してもいいか?
まさか私がこんなにもフォーに大事に思われていたとは。。。!!
…いやないな。言っていて悲しくなるが、フォーがそんな風に家族を思うわけが無い。
「にゃー」
「あらら、貴方も心配されるような立派な飼い主になったのねぇ~。」
…いや、食事を気にしているのだろう。
高級魚をやると言ってあげれていないしな。今晩こそは脂の乗ったサーモンをやろう。
「さっきの話の続きだけど、この猫ちゃんがフォーを呼び出したのですって。」
母上の脳裏には可愛らしい様子が浮かんでいるだろうが、私としては影に脅されているフォーの姿がありありと浮かぶ。
…後で菓子でも持っていこうか。
いや、毒が入っているかもしれないから要らないっていっていたっけ。
あいつは兄を何だと思っているんだ?
私がフォーへの疑念を抱いていると、母上が大きなため息をついた。
「まさか賢者様が犯人だったとわね。」
「‥‥それもフォーが?」
「いいえ。スリー君と第二王妃様ね。」
何故その二人?
「最近、王国内で不審な結束をしている貴族を見つけたんだって。それを探っていくうちに、賢者と抵抗組織に辿り着いたそうよ。」
成程。スリーがツーの話から逆算して、協力していた貴族を見つけ出したのか。普通ならそれだけで辿り着くのは難しい。しかしスリーと第二王妃様は国内貴族の動向に詳しいからな。あの二人なら楽勝だろう。
「これで少しは国内が落ち着けばいいのですが。。。」
「けど、主犯が主犯だからね。混乱は続くと思われるわね。。。」
「ええ、確かに。」
賢者様と言えば王国を代表する兵器。国内外の面でもそれを失った影響は小さくないだろう。
「そんな存在を、貴方達二人で賢者様を倒したなんて凄いわね。」
ああ、そういう筋書きになっていたっけか。
「ええ、まぁ。ツーと協力しなければいけなくなるなんて思いもしませんでしたが、必要でしたからね。」
「またまた照れちゃって~。急造コンビで賢者に勝つなんて仲良しさんの証でしょ?」
うん、むかつく。私がツーと仲良しこよしおてて繋いで賢者を倒したとか吐き気がする。業腹ものである。だが、そういう設定にでもしないとツーが倒れた理由が説明できないからな。
まさか成人した王族が、殴り合いの喧嘩したなんてみっともないこと発表できん。
「‥‥ご想像にお任せします。ただ、私はツーを認めておりませんので。」
「ふふふっ。そういうことにしておくわ~。」
幸せそうに朗らかに笑う母上。それを見て私は口を開く。
「ところで母上。」
「なーに?」
「私が、6つの頃に熱を出したことを覚えていますか?」
私の質問に、眉間にしわを寄せる母上。恐らく必死に思い出そうとしているのだろう。
「…確か、40度を超える大熱よね。勿論覚えているわよ。」
「ええ。あれは酷い日でしたよ。」
「それがどうしたの?」
ツーが賢者を不審に思っていたように、私も不審に思っていたことがある。
「‥‥あの時、母上は見舞いに来ませんでした。」
「‥‥そ、そうね。」
なんでそんな昔のことを掘り返すんだよという顔だが、本題はそこじゃない。いやまあ、文句は言いたかったが、今はそれじゃない。
「後日どうして、と問うた私に貴女は言った。『忙しいから。私が来たところで貴方の病態が良くなるわけじゃないしね。』とね。」
「‥‥。」
「その通りだと思います。実際母上よりも医者と看護師の方が遥かに優れた技術と知識を持っている。」
それにしてはもう少し言い方はあると思うが、まぁ母上だから仕方あるまい。それよりも、だ。
「‥‥今日はなぜ来たのですか?」
何に、とは言わなくてもいいだろう。
「それは、貴方が心配だったから。」
即答とは恐れ入る。しかし、だ。
「それはありえない。貴女は公私を区別できるタイプだ。今は午後2時。こなさなければいけない書類は山ほどある。そして貴女は、仕事の時間に、私情で行動しない。」
嘘だ。母上は公私混同をしょっちゅうする。そうやったお茶目でうっかりさんを演じて愛される術を身に着けているから。逆に言えば、母上の公務中における公務に関係無い行動には必ず理由がある。
そして今、何も言わないという事は。
何も言い返せない理由があるということだ。
「‥‥‥。」
「今日、貴女が私の介抱をしにきたのは、これが貴女にとって必要な時間だからだ。」
必要な時間とは何か?それは私には分からない。
「公の定義は人による。だが、少なくとも今、貴女がここに来たのは私が心配だからなんていう薄っぺらい感情からではない。」
「…そう、かな?」
そうだ。これだけでは100%断言できる。息子が倒れたくらいで職務を投げ出す人間が、国を操縦できるわけが無い。
じゃあ、何故来たんだよと言われたら私も分からない。というか私がその理由を一番知りたい。どうすれば分かるかって?
「私に接触しなければいけない理由は何か。私の口から言った方が宜しいか?」
こうやって丸投げすればいいのさ。
秘儀、見透かしてるから自白してね。カマかけとも言う。
「‥‥。」
「‥‥‥。」
「‥‥。」
「ふぅ、降参ね。」
‥‥よし。
「どうやって分かったの?私が賢者を唆したって。」
賢者を唆した!?嘘だろおい!?
完璧に想定外だ。
ツーとの喧嘩がバレて、私を折檻しにきたのかと思っていた。
が、この空気の中『やっぱり嘘ですそれは分かりませんでした』なんて言えない。
「‥‥強いて言うなら、賢者はプライドが高い。」
「それで?」
即座に問いかけてくる母上。
‥‥それでどうしよう。
「…それで、そんな彼があんな簡単に抵抗組織に参加したということは、それなりに信用のおける人物からの進言があったからだと思った。」
うん。苦しいな。これだと母上と賢者様は信頼関係があるみたいだ。
「私と賢者に、信用があるとでも?」
ホラ来た。
えと。。えっと。。
「‥‥ないですね。しかし、無いのなら、借りれば良いだけのことです。」
眉を顰める母上。うん、私もこんなこと言われたらそうい反応をするな。
「どういう意味?」
「賢者が心底信頼しているファイーブ。彼に言われたのなら?」
「‥‥。」
「無論、あのファイーブがそんなこと言うわけない。なら、誰かが自分をファイーブだと思いこませて、賢者を誘導した。そう考えるのが自然ではないですか?」
おお、割と筋が通っている。
「母上。反論があるならどうぞ。いえ、『妖精姫』様。」
締めの言葉もいい感じだ。
「‥‥参ったわね。私の名前の由来が七色変化の声色だなんてことまで知っているなんて思わなかったわ。」
降参と言わんばかりに肩をすくめる母上。そんな母上には大変申し訳ないが、母上の名前の由来なんて今知りました。
ていうか、魔術無しで声変えれるなんて凄いな。
「理由を聞いても?」
「王国の私の地位が嫌だったから。」
「それで抵抗組織の凶行を援助したと?」
「ええ。」
「抵抗組織の目的は王国の破壊と新王国の再生。その新王国でもっと上の立場に立ちたかったのですか?」
王妃の上っていえば、、、、国王妃とかか?
つまり女帝ハオ以来の女帝インクになりたかったわけだ。母上がこんなにも野心家であるとは知らなかった。
「‥‥別に上じゃなくてもいいわ。今よりも無能な人間が治める国でないのなら」
全然違った。これ以上馬鹿に従いたくないって意味だったらしい。
‥‥もしかしなくても父王のこと見下しているナ。
「それが理由ですか?」
「ええ。」
当然これだけじゃ分からないので、続きを促す。そんな私の目を見た母上は、額に手を当ててゆっくりと語りだした。
「‥‥私には耐えられなかったのよ。こんな屈辱。」
「というと?」
「幼き頃から王位の妃になるための教育を受け、厳しい王妃教育。古語、宮廷剣技、歴史、魔術、帝国語、乗馬、詩、毒耐性、文学、ダンス、宗教、マナー、花嫁修業、他諸々。それを受けてきた。それを使って国を導くのだと信じて疑わなかった。」
母はそう言って私を見る。いや、私ではなく故郷である帝国の方を見ているのか。
「例え心は帝国にあろうとも、王国の為に身を粉にする所存だったわ。本当よ。愛されなかったことは別に良い。良くは無いが、そういうものだろう。それが王位の愛というものだもの。今更それにどうこう言わないわ。」
そうだな。それほどの気持ちが無ければ王国をここまで支えることなどできっこない。そこまで政務は甘くない。母上のした改革も甘くない。
「数十年、嫁いでからずっと王国に仕えて、命懸けで財政を支えて、帝国との戦争を宥めて王国を救ったこともあった。血反吐を吐いてペンだこだらけの手になりながら、低所得者をサポートする仕組みを作った。無能な王に代わりに税制を拵えて、貴族の折衝を抑え、死にに行く冒険者や傭兵を支える法律までも作った。どれだけ体がボロボロになっても化粧で誤魔化して、皆が望む『可憐な妖精姫』を演じてやった。道も、衛生環境も整えてやった。」
だから、続く母上の言葉を私は否定できない。否定できるだけの言葉が無い。
「だというのに、これだけ耐えて、これだけの貢献をして、暴力で解決するツーや王の自覚すら無いファイーブに仕える事になるかもしれない? そんな人間が王になることが許されるかもしれない??いやー残念。ホントに残念。そんなの耐えられないわ。」
母上は笑う。冷ややかに、けれども隠しきれない怒りを込めて。
「妾のポッと出の餓鬼が王になる?今まで散々王位から逃げてきたツーに仕える?何で今まで国政から逃げてきた奴に任せると思える??それが許される??伝統を何だと思っているの?ふざけてるのかな?私が今までしてきて努力は、仕事はそんな甘っちょろいものではないんだよ。」
母上は笑う、壊れた、糸の途切れた人形のように。
「私は王国を愛している。そして王国を支えた自負がある。ファイーブやツーが治めるような国になるのなら、全部壊して、私が支配した方が断然マシ。」
母上の実績が、その大言を嘘では無いと証明している。
だから、私も、インも、後ろで聞いているフォーも。誰も母上を否定できなかった。
「大人になれ?見守れ?子供の生き様?いや、いやいやいや。何言ってのって話よね。そんなの無理よ。無理に決まってるわ。私にだってプライドはあるのよ。今まで国政に携わってきて、その中心であった矜持が、あんなの認めるわけないじゃない。」
「‥‥‥そうですか。」
「そうよ。より良い王を据えるためにあんなマナーの成っていないクソ餓鬼共が王になっていいのなら、私が成らせてもらうわ。」
「それが失敗に終わったわけですが。」
「ええ、そうね。それは予定外だったわ。でも後悔はしてない。煮るなり焼くなり好きになさい。私は自分の判断が間違っていると思ってないし、自分の選択を誇りに思う。」
「‥‥ツーやファイーブが王になれるかどうか未確定なのに、ですか?」
継承戦は未だ終わっていない。対抗馬の私が王になれる余地は十二分に残っている。
「確かに本命は貴方よワーン。貴方が王になる可能性が一番高いわ。けどね、あの二人が王になる可能性は高くなってきているでしょう?少しでも可能性があるという事実が、そしてその可能性が高くなるという現象を許す王国が、私には許せなかったのよ。」
確かに、ツーやファイーブでは職務面における貢献度は低い。農作や工業面、商業で時々莫大な利益を生んでいるが、それが王の資質とは言い難い。というか野菜を育てるのが上手な王様などいらんのだ。
だから、普通に考えればあの二人が王になれるわけが無い。その資質を示せていないのだから。
だというのに、あの二人が当然のように継承戦に参加していて。当然のように継承の権利を持っている。
母上にとってはそれが、長年の努力を踏み躙るように思えたのだろう。
「さ、好きにしなさい。投獄でも死罪でも処刑でも、何でも受け入れるわ。」
そう言った母上の顔は、ひどく晴れやかで。とても企みがバレた悪党の顔には見えなかった。
「では。」
「ええ、どうぞ。」
「‥‥頼んだぞ、フォー。」
「勿論ですよ兄上。」
「え?」
騎士団や近衛兵が来ると思っていたのだろう。ここでフォーに声を掛けるとは母上も読めなかったようだ。
「では、第一王妃様。行きましょうか。」
「‥‥どこへ?何故あなたが?」
「それは貴女を私が住む青緑殿にお連れするからですよ。」
青緑殿とは、王宮の南方に位置する別棟。青緑のカーペットが床に敷かれていることからその名前になっている。因みに先ほどフォーが言ったように、第四王子に私室が多くある。
「‥…何をしているの?」
「ですから、お引越しをと。大丈夫です。貴女様がワーン兄上の見舞いをしていらっしゃった間に、私物は全て移動させましたから。」
え!?仕事はや!?
お前さっきまでそこにいたよな!?
「刑は?」
「うーん、王妃様が巧妙に事を進めたお陰で第一王妃様の犯行を証明するものが無いので無罪ですかね。」
ぐるりと首を回す母上は、射らんばかりに私を見る。
「‥‥ワーン、これはどういうこと?」
しかし答えたのは私ではなくフォー。当然だ、私だって答えられないのだから。
「今回の真相をいち早く気付いた兄上は私と取引をしましてね。今回、兄上との取引により貴方にはフォーの中立派閥のバックとして君臨してもらう。」
「はい???」
母上は素っ頓狂な声を挙げる。それもそのはず。
真の力関係は真逆。今回やらかした母上を庇護に置くバックがフォーだ。母上が、フォーを守るのではなく。フォーが、母上を守るのだ。
そしてそれが分からない母ではない。
「‥‥私を、庇うつもり?」
私を見ないでください。私だってそんなつもりじゃなかったんだ。ただ、母上の様子が変だったから。何かやらかしていたらフォーに母上を渡すつもりなだけだったんだよ。
それがこんな大事になるとは。これなら……いやどうしようもないよな?
だって母上が王国ぶっ壊そうとしているなんて想像できるか?無理だろ普通。
「‥‥私からは何とも。兄上にお聞きください。」
おいやめろ私にぶん投げるな。
母上が責めるような目で私を見てくるも無視する。
「…私がしたことは、王国の有力貴族殺害に、レジスタンスの手引き、賢者の洗脳、ワーンの殺害依頼。国家転覆に、王子の殺害教唆。」
「‥‥」
ソウデスネ。改めてみると凄まじいな。
ここまでの大罪人なんて滅多に無いぞ。その上本人の自白以外罪を立証するものが無い。
レジェンドになれるんじゃないか。
「こういう罪への刑罰って、最低でも一族皆殺しだよ?」
「‥‥」
私の無言に、母は目を見開いて怒鳴りつける。
私に向かって手を伸ばし、首に手を掛ける。
「殺せ!殺しなさいよ!!私は王族だ!!幽閉!?軟禁!?保護!?舐めているのか!!私は王妃だ!王族としてのプライドがある!!王族としての責務がある!!死こそが私に相応しい!!生き恥を晒させるな!私に対して少しでも愛があるというのなら!!殺して見せろ!!それこそが慈悲であろう!!」
力強く首を絞める母上。だが残念かな。魔道具『スキン』の薄膜は、そんな細腕の膂力ではびくともしない。
後ろではフォーが落ち着いたように手を払い、ゆっくりと拘束する。
いいけど、兄の首が絞められていたのに何でそんな冷静なんだ?いや、『スキン』があるからいいんだが。。。いいんだけれども。。。
「なにか?」
「いいや何も。」
「そうですか。」
フォーが母上の腕を掴み、椅子に座らせる。椅子事母上を運ぶつもりなのか、少々値の張る一品物の椅子だ。
「やめて。やめてよ。。。。」
涙を流し、フォーに離すように懇願する母上。当然フォーは首を横に振り、母上を優しく捕まえる。
「なんで。。。王族として死なせてよ。王族として殺してよ。。。」
初めてみる。母の泣いた顔は。
「情けなんていらない。。。それは情けじゃない。。。私は、貴族らしく、王族らしく、誇り高く生きたいの。。。矜持を貫いて終わりたいの。。。。」
そう言って母上は私の方を見る。震える手で、私に手を伸ばす。
「ねぇ、ワーン。お願い。お願いよ。。。私を想うなら、こんなことは辞めて。。。」
「母上、いや、母よ。。」
母は、世界をあるがままに愛していて、それが許される才と生まれを持っていて。己に何の不満も持たなくて。
母は、きっと私より努力したのだろう。
母の下で働いたからこそ分かる。あれは、生半可な努力で補えるものでは無い。血反吐などと言った甘いもので得れるものでは無い。そこに至るには、狂気に似た何かがあった筈だ。
そんな努力が突如報われない世界になった。今まで通用してきた自分が通用しなくなり、その原因がはっきりした。
排除を望んだ。
そしてその気持ちの卑しさも知った。
だから、母は自分にも同等のリスクを課した。『死か王か』などという馬鹿げたハイリスクの方法を選んだ。それが、一番公平だと思ったからだ。
もっと他にも確実な方法があったのに、だ。
その覚悟を無視した私の行動を、母は決して許さないだろう。
だから母よ。
「さようなら。貴女とはもう、会うことは無いでしょう。」
今までお世話になりました。
「‥‥いや、明日職務がありますよね?」
うるさいな!?
そういうことじゃないんだよ!流れで分かるだろう!?
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1ヶ月後
「はっくしょん!」
大音を出したスリーを政務室の全員が見る。も、数秒で目を書類に戻す。誰一人声を掛けない。繁忙が人から優しさを奪い取るのだ。。。単純にスリーのことがどうでもいいと思っているのだろう。
「…風邪か?」
「いや、ただのくしゃみです。」
「なんだ。手を止めて損した。今の無駄にした時間の分は働いて倍にして返せよ。」
「いや、手止めてないよね。こっち一切見ずに書類処理してたじゃん。」
「当たり前だ。お前の為に割く時間は無い。」
「兄上は10秒前の台詞との矛盾に気付いてくれ。それにしてもこれはあれかな。どっかの美人さんに噂でもされているのかな」
「十中八九死ねとか言われてるんだろうな。」
「どうしてそんな酷いこと言うの!?」
賭けてもいいが事実だと思う。
あの後、母は職務から離れた。正式な発表では、『賢者が死に悲しみの余り体調を崩した』ということになっている。一番王室から離れた青緑殿に居を移した理由も同じだ。
母上はフォーに守ってもらうと言ったが、それはあの二人に限った話。母上の所業がバレていない今、フォーの派閥は『第一王妃がいる派閥』となり対外的に評される。
それを理解しているフォーが組織を運営することで、彼女の陣営は強化される。敗者であるのに守られているなんていう屈辱は耐えられない母上だが、その守られているという事実が露見することの方が耐えられない。
王族としての矜持から、母上は自分の為に必死でフォー派閥の味方をするだろう。
フォーとしては得しかないわけだ。
「…そうやって自分の母親を妹に売る代わりに、フォーに婚姻を取り付けるなんて。兄上も怖いねぇ~。」
「黙れ。」
そういう理由もあってか、母上をフォーに預けるのは双方にメリットがあった。ついでに、母上のせいで帝国との外交戦略が緩み切っていることが分かった。
それを立て直すまでの時間稼ぎとしてフォーを帝国に嫁がせただけだ。
「フォーが結婚するなんてねぇ。兄としては嬉しいやら花婿への憎悪やらで複雑ですよ。」
「…フォーに恨まれる方が私は怖い。」
「大丈夫ですよ。いいブランドの女と男が手に入るって喜んでいましたから。」
言い方。人の親や夫をアクセサリーのように言うな。
コンコン。
「あ、はーい」
「第一王子宛にお手紙です。」
私か?
手紙を受け取った私は、すぐさま中身を見る…またか。
読むのが面倒になったのでスリーに渡す。
「あ、また抗議の手紙。」
最近こういった手紙が多い。
なんでもファイーブが考案した『目安箱』とかいうもので、国民の意見を取り入れる意見箱に蒐集された手紙が書かれている。宛先も指名していれば、その王子宛に意見紙が届くというわけだ。
ハッキリ言って、無駄だと思う。
「なになに、『身分制度は無能な貴族を産むので生産性が下がると思います。現に今の王国は過去50年前から何も変わっておりません。このような進歩を産まない制度は拒否すべきだと思います。』だって。」
「ふん。愚民共が。我ら王族がカスどもの為にどれだけの尽くしているか分かているのか。ゴミみたいに文句ばかり垂れやがって。」
理想ばかり述べやがって。それがどれだけ難しいかも分からないとは本当に愚か極まりない。
一度でいいから帝国の狸どもや教会の狂信者どもとの脅し合いに参加させてやりたいわ。
「ははは!この差し出し人は中々尖ったセンスの持ち主のようだね。他にも色々と政策を進言しているよ。」
「只の低能な人間の戯言だ。できるならとっくにやってるものだらけだろうが。」
「いやいや、こういう事を敢えて言う人間が案外次世代を切り開いていくのかもよ??」
「政務の辛さを知らん奴がか?」
「仕事は楽しいから!!辛くても頑張れます!!ハハハ!!」
目が死んでる。口も半開き。私も経験したから分かる。末期症状だ。
「ここ数日、悲鳴をあげながら職務をこなしていた人間が言う言葉ではないな。自分の苦労を知らせてやろうとは思わんのか?」
この差出人では三日ももたない様子が目に浮かぶ。
「いや、そんなの分からなくていいでしょ。」
けれどあっさりと。スリーは否定した。
「互いが互いの国民を守る為に、他国を侵略して、蹂躙する。優しいからこそ、他国に対して冷徹になる。畜生よりも外道の行為を働く。そんな矛盾に満ちた職業がありますか。」
にこやかに笑いながら、スリーはインの毛を撫でようと手を伸ばす。
「こんなカスみたいな職業は、知らなくていいし、見せる必要は無い。ある方が可笑しいし、そんな世界に接していることが可笑しいんですよ。国民はただ、阿呆みたいに文句いってればいいんです。」
‥‥避けるイン。
「その為に我々王族がいるんですから。その為の、豪華絢爛な生活でしょ?」
再度手を伸ばすスリー。
「不思議ですよね、本当に。幸せは金で買えない、贅沢に依存しないっていいながら、自分より贅沢な暮らしをしている人間を不公平だ、幸せの不平等だって責めるんだから。」
また避けるイン。
「でも、それでいいんですよ。そういう文句を言わせる為に王族が準備されているんですから。」
「‥‥そうか。」
「ええ。」
「…いい加減インを撫でるのは諦めたらどうだ?」
「いや!あとちょっと!!あとちょっとでワンチャンある気がする!!」
ねーよ。インの顔を見てみろ。どう見ても好感度マイナスだろう。
あ、噛みつかれた。痛そう。
「見て兄上!!俺、今にゃんこと触れ合っている!!」
お前はそれでいいのか??
それをポジティブだとか私は認めないぞ?
賢者が侵した罪により、ファイーブ派閥は大打撃。なにせ私を悪と吹聴していた人間が黒幕だったのだ。絵本よりも分かり易い悪役ムーブをかましてくれた。
そしてスリーの流れるようなフェイクニュース。曰く、賢者は幼い少年を部屋に連れ込み淫行に励むショタコン。抵抗組織は賢者に自分の息子を差し出した売春斡旋野郎。その他あることないこと言われて社交界でも嘲笑と蔑視の的となったファイーブ派閥は、今肩身の狭い思いをしている。
「まあ、どうせファイーブが何かやらかしてそういう雰囲気を消し飛ばすんでしょうけどね。」
「…ああ。」
スノーを借金漬けにしたり、聖女の件で教会を差し向けてもアイツはなんとかしてきた。逆境を順境に変えてきた。
理屈じゃない。
ただ、ああいうのは才能としか言いようが無いな。
そして私には無い才能だ。
だからこそ、全てを捨ててでも欲しかったこの椅子は、何を切り捨ててでも守り抜いてやる。
絶対にだ。
「それよりフォーの結婚式でする出し物決めましょうよ!剣舞とかどうです。」
「絶対いやだ。」
どう考えても血みどろの暗殺になるだろうが考えろ馬鹿。
「国歌斉唱とかどうだ?」
「新郎への嫌がらせですか?最高ですね!」
よしお前そこ座れ。
説教だ。
ココ可笑しくない?てという所あったらご指摘宜しくお願いします。
感想、意見、お待ちしております。
いい加減に連載にしろよ短編じゃないよこの長さ、と思ったので連載にします。
いつか。