黒薔薇姫は容赦がない
大好きな悪役令嬢もの。勢いで書いてしまいました。
王宮の壮麗な大広間。
頭上にはクリスタルを惜しみなく使ったシャンデリアが煌く下、色とりどりのドレスを身にまとった貴婦人たちに、紳士たちのダークカラーの燕尾服がアクセントとなり、まさに壮観だ。
そこに、また新たな貴婦人が到着したようだ。
コツ、コツ、と、あくまで優雅にハイヒールを鳴らしながら、真紅のドレスに理想的なウェーブのかかった豊かな黒髪がよく映える。
これだけ多くの色が溢れる夜会においても非常に目立つのは、その配色のせいだけではないだろう。
―あの方ですか?あれはディアナ・ハルトン侯爵令嬢ですよ。ええ、「黒薔薇姫」と呼ばれているカーライル殿下の婚約者です。
え、黒薔薇姫の由来ですか?それは、実に華やかで麗しい容貌をされていますし、あの堂々たる存在感はまさに薔薇ですよ。黒薔薇は…あの艶やかな黒髪とまあ、それに…。
ゆったりとした足取りで、彼女は会場の中を進んでいく。
濃いまつげに縁どられたくっきりとした双眸には、混じり気のないエメラルドの瞳。
笑みを浮かべて歩いている。ただそれだけで目を引く。
―あら、黒薔薇姫だわ。あのふてぶてしい態度!既に王族になったつもりなのかしら!
そりゃあ、あの美しさだしセンスや礼儀作法も申し分ないけれど、心は氷でできているに違いないわよ!
この間、殿下への好意をほのめかした令嬢はショックが大きすぎて、今日の夜会には来ていないみたい。実際に何かしたわけでもないのに、かわいそうに…。
手にした扇を開き、唯一覗かせた目元から流し目を送れば、近くにいた男どもが色めき立つ。社交界デビューしたての若造などは、溢れ出る色気に当てられてぼーっとした様子だ。
―黒薔薇姫はプライドが高くて嫉妬深いの。
自分はあれだけ色んな男に秋波を送って貢がせているくせに、殿下に色目を使う女性にはそれはそれは容赦がないのよ。殿下と目が合って微笑んだだけで睨まれるわよ!殿下もそれにはうんざりしているみたいね。
あら、リンド伯爵令嬢だわ!黒薔薇姫に向かっていくのはあの方ぐらいのものよ!
黒薔薇姫ことディアナは、近づいてきた令嬢に向けて、笑みを深めて見せた。
相手の令嬢も、にっこりとしてディアナを見やる。
「まあ、ディアナ様。相変わらずお美しいこと。特にその胸元のサファイアは見事ですわね。コンターサ子爵からのプレゼントと聞きましたわ」
そう言ったリンド伯爵令嬢テレサの顔は、表情こそ笑っているものの茶色い瞳の眼光は鋭い。
「あら嫌だ。子爵の事業で扱っているアクセサリーを、宣伝してほしいと頼まれていただいただけですわ。たまに装飾品の相談をさせていただく友人ですの」
「ディアナ様は、仲の良い殿方をいっぱいお持ちですものね。羨ましいですわ。
それに何と言っても、そんなディアナ様の婚約者である殿下は心が広い方ですわね。
自分の婚約者が他の殿方からのアクセサリーを身に着けていても、ちぃっとも気になさるご様子がありませんものね!」
艶やかな笑顔のまま火花を散らす二人の令嬢に、周りは素知らぬふりをしながらも興味津々だ。
「ええ、殿下は些細なことは気になさらない懐の深い方ですもの。愚かな邪推などされませんわ。…あら、いやだ!」
嫋やかにグラスのワインを手に取りながら、ディアナは実に自然に手を滑らした。
赤ワインがテレサのドレスにかかるように。
「何をなさるの!いくらなんでも許されないことだってあるのよ!!」
クリーム色のドレスに赤い染みが広がっていくのを見て、テレサが激昂する。
しかし、ディアナは申し訳なさそうな顔をしながらも、まるで慌てていない。
「本当にごめんなさいねえ。私としたことが。
でも、あなたの装いがこのドレスだったのが不幸中の幸いだわ。
だって、ねえ。このドレス、王室御用達のリリテリアの仕立てに見せかけた二流品ですものね。真珠飾りもイミテーションだし、生地の艶も足りないわ」
ディアナの言葉に、テレサから表情が消える。
「でも、あなたのドレスを台なしにしたことに違いはないものね。
よろしければ、私が新しいドレスをプレゼントしますわ。もちろん、本物の真珠飾りを惜しみなく使ったリリテリアの仕立てで。胸もとのカットも流行の型にいたしますわ」
極上の微笑みを浮かべるディアナの姿をテレサは穴が空くほど睨みつけるが、そんなことでディアナがたじろぐはずもない。
これ以上何を言っても恥の上塗りにしかならないテレサは、一言「結構ですわ」と低い声で断った。
令嬢としての矜持を最後の支えに、顔を上げ、遠くを睨みつけるように前を向いてテレサは退室した。テレサと仲の良い数名の令嬢が慌てて後を追う。
その様子を見送り、ゆっくりと一呼吸おいて、ディアナは扇の陰から覗くようにして周りをくるうりと見渡す。
令嬢のバトルを、観劇さながらに鑑賞していた周りの貴族たちはディアナの視線から逃れるように、そそくさと当たり障りのない話題を始めた。
黒薔薇姫は今日も完璧でいらっしゃる。
楽団の流麗な音楽が流れる中、紳士淑女が手を取り合いホールに舞う。
夜会でも最も華やぐ時間だ。
その中でも、黒薔薇姫とカーライル殿下のダンスは、まるで絵画から抜け出てきたような麗しさだ。
―ディアナ様とカーライル殿下の組合せは完璧ですよ。礼儀作法はもとより、知性も美貌も兼ね備えたお二人ですからね。
まあ、ディアナ様があの苛烈なご性格ですから、反感がないわけではないですけどね。
でも、ディアナ様の存在が大きすぎるので、大概は他の令嬢同士で潰しあってしまい、ディアナ様までたどり着けないのですよ。
カーライル殿下の顔を見つめながら、蠱惑的な笑みを浮かべるディアナに対して、殿下の顔は無表情だ。ただただ理想的なリードでディアナを導き、ディアナもそれに応える完璧なステップを踏んでいく。
―そりゃあ、ディアナ様ご自身は一分の隙もないご令嬢ですけどね。早くにご両親を亡くされているので、後ろ盾がそんなに強くはないのです。
それに、殿下があのご様子ですからね。つい、チャンスがあると思ってしまう令嬢やその親が出てくるのですよ。まあ、出てきたところでディアナ様に完膚なきまでに潰されるのがオチですけどね。
ダンスを終えたディアナとカーライルは、そっと脇に捌ける。
カーライルが、そつなく飲み物を取ってディアナへと渡し、ディアナが微笑んで受け取る。が、カーライルは相変わらずの無表情だ。
ディアナがグラスを受け取ると、義務は終わったとばかりに顔を背ける。
―私はテレサ様を応援しているのですわ。私たち、ディアナ様のあの性格にはついていけないのです。
テレサ様は、ディアナ様に恥をかかされたり泣かされたりした令嬢を、いつも優しく慰めてフォローしてくれますの。時には、強硬な手段を考える令嬢を諌め、みんなの愚痴を聞いてくれますの。ディアナ様にはそんな優しさ微塵もありませんわ!
静かに喉を潤す二人だが、殿下とその婚約者ともなれば、周りの貴族が放っておくわけがない。
もうすぐ、二人は目ざとい貴族達に見つかり、取り囲まれるだろう。
それまでの貴重な時間を利用して、ディアナはカーライルへ告げた。
「殿下、準備は整いましたわ。後のこと、よろしくお願いいたします」
ディアナの常より少し低めのその言葉に、カーライルの口元がわずかに歪む。
が、見間違えだったかのようにすぐに無表情に戻ると、一言、ぼそりと答えた。
「そなたの好きにするがよい」
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まだ私たちが小さかった頃。私たちは良く一緒に遊んだものだった。
ハルトン侯爵家のディアナとフィリス姉妹。
カーライル殿下と乳兄弟の私。
妹のフィリスが産まれつき体が弱く、静養のために滞在していたハルトン姉妹と、当時きな臭かった王宮から逃れるために滞在していた私たち。
フィリス嬢の体に気をつけながら、4人で色々なことをした。図書室で好きな本を紹介しあったり。外に出られないフィリス嬢のために、外から花を大量に摘んできて部屋の中を花畑にしてみたり。
ディアナ嬢は、常にフィリス嬢と一緒に居たがったが、本来は活発な性格を持て余しているようだった。そんな時は私の鍛錬や乗馬に誘った。今思えば、令嬢への誘いとしてはどうなのかと思うのだが、それでも普段フィリス嬢と部屋に籠りきりのディアナ嬢は嬉しそうだった。
「フィリスの枕元の席は私専用なのに。いつの間にかカーライルが我が物顔で座るようになってムカつくわ」
などと口では言いながらも、殿下にフィリス嬢を任せて外に出るのは、それだけ殿下を信頼している証拠だった。
時は流れ、カーライル殿下とディアナ嬢の婚約が決まった。
2人は完璧な笑顔で婚約を受け入れながら、その瞳は遠くを見ていた。同じ人を思い浮かべているのが、私にはわかった。
自分の立場、政治的要因、貴族たちのパワーバランス、隣国との外交状況、相手の資質。
全てを正しく理解し、受け入れ、飲み込む覚悟を決めた殿下と
全てを正しく理解し、策を練り、足掻く覚悟を決めたディアナ嬢。
ならば、私も覚悟を決めなければ。




