第一六二話 予定は変わるし、仕事は増える
ひとことでいえば、姜維は非業の死を遂げた名将である。
好きなものは諸葛亮と北伐、嫌いなものは鄧艾と宦官。
姜維はもともと魏に仕えていたが、諸葛亮の北伐の際に、蜀軍と戦い、投降した。
この戦いで老将・趙雲を一騎打ちでしりぞけたり、諸葛亮の策を見破ったりして大活躍したという話もあるが、一騎打ちの大半は後世の創作なので、このときの姜維の活躍も、ほとんどは創作だと思われる。
ただし、諸葛亮が姜維の才能を絶賛していたことは、まぎれもない史実である。
二三四年、五丈原で諸葛亮が没すると、丞相の座は政治に長けた蔣琬という人物が継いだ。だから、厳密にいうと諸葛亮の後継者は蔣琬というべきなのかもしれない。
それでも姜維が後継者といわれるゆえんは、北伐の遺志を引き継いだのが姜維だったからである。
諸葛亮は五度の北伐を敢行した。勝算のうすい戦を何度もしかけたのは、漢の再興と魏の打倒が、蜀の国是だったからだ。
諸葛亮の遺志を継いだ姜維も、北伐を断行した。魏軍を相手に、勝ったり負けたりしたが、圧倒的な国力を誇る魏は、負けたところで影響は軽微である。それに対して、蜀は敗北の影響を払拭できず、しだいに疲弊していった。
このころ蜀の実権を握っていたのが、宦官の黄皓だった。
なかなか結果を残せない姜維に批判が集まると、黄皓は皇帝劉禅の寵愛を利用して、姜維を劉禅から遠ざけた。黄皓の専横をとめられる者がいなかったため、蜀の国政は混乱に陥った。
これを好機と見たのか、魏軍の大侵攻がはじまった。姜維は成都に増援を要請したが、この上表も黄皓に握りつぶされてしまう。援軍を得られなかった姜維は、剣閣に立てこもり、鍾会率いる魏の大軍に徹底抗戦した。
姜維軍は負けなかった。
しかし、このとき鄧艾率いる別動隊が、成都に近づいていた。ひょっこりあらわれた鄧艾軍にあわてふためいた劉禅は、諸葛亮の子・諸葛瞻に迎撃を命じるが、諸葛瞻が敗れるとあっさり降伏してしまった。
こうして蜀は滅び、鍾会に降伏した姜維だったが、彼はまだあきらめていなかった。
魏を牛耳る司馬氏に対して、鍾会が叛意を抱いていることを見抜いた姜維は、鍾会を誘って反乱を試みたのである。まさに不撓不屈。
だが、その計画は失敗に終わり、姜維と鍾会は殺された。なお、この反乱騒ぎに巻きこまれて、鄧艾も殺害されたもよう。とんでもない結末である。
直接対峙した魏の武将たちが口々に称賛するほどだから、姜維が名将だったのはまちがいない。
その一方で、無理な北伐によって国を疲弊させ、蜀の衰亡を早めてしまったという辛口な評価もあった。
さて、私は鄧艾の才能に便乗して、武将育成ムーブメントをひきおこそうと画策している。
鄧艾が軍功を立てて出世すれば、武将の育成に価値を見いだした人々が、そこに投資するようになるだろう、という計画である。
姜維ほどの人物であれば、鄧艾同様、その計画のモデルケースになれるはずである。
だが、私が姜維に目をつけた真の理由は、そこではない。
諸葛亮亡きあと、姜維は周囲の反対を押し切って北伐し、しだいに孤立していった。
では、もし姜維がいなければ?
おそらく、蜀は魏と戦おうとせず、益州にひきこもるのではないだろうか。
姜維の北伐がなくなれば、蜀の国力低下は回避されるし、魏の損害や負担もなくなる。
魏と蜀をひっくるめて、国力の疲弊をさけられるのだから、私としては万々歳である。
その状況で蜀を滅ぼせるのかという疑問も浮かぶが、それについても問題ないと思う。
北伐しなかったことで、二、三万の兵力を温存できたとしても、姜維抜きの蜀軍が、魏軍の大侵攻をふせげるとは思えない。
蜀に姜維に匹敵する武将はいないし、そもそも黄皓が国政を牛耳っているのだ。子飼いの武将に兵をあたえて前線に送りこみ、壊滅的な打撃を受けるのがオチであろう。
姜維がいなくなったからといって、黄皓がスーパー黄皓化して、諸葛亮や周瑜、陸遜ばりの能力を発揮するなんてことはありえないのである。
現在、益州では劉備と劉璋が争っている。案の定、劉備が優勢に戦を進めているようだ。このまま推移すれば、劉備が益州の主となり、魏・呉・蜀の三国が鼎立することになる。
前世と異なり、魏が荊州をおさえているので、蜀が魏を攻めるなら、荊州を狙うような気もするのだが、北伐がおこなわれる可能性が消えたわけではない。
いずれにしても、姜維は後期の蜀においてとびぬけて優秀で、かつ外征に積極的な武将である。むざむざと蜀に渡して、紛争を激化させる手はない。
私の弟子にして中央官庁に送りこんでしまえば、天水の守備について、蜀軍に投降する未来もなくなるであろう。
そんなわけで宣言させていただこう。
私は姜維を弟子にするッ!
まず考えなければならないのは姜維の年齢だが、ずばり、二〇二年生まれであると思われる。
なぜ知ってるかといえば、ゲームのおかげだったりする。
姜維はすばらしく有能なのに、なかなか登場してくれない武将だったのだ。いつになったら登用できるようになるのかと何度も待たされた結果、彼の生年を記憶させられていたのである。
いまはおそらく二一四年だから、数え年で十三歳といったところか。
弟子にするにはちょうどいいタイミングかもしれない。
となると、情報だ。
スカウトする前に、姜維の情報を集めなければならない。
「天水の麒麟児」という異名があるくらいだから、少年期から頭角をあらわしていたように思えるが、この異名、少々怪しいところがある。
天水というのは、漢陽郡の昔の地名だ。現時点で呼ばれているなら、「漢陽の麒麟児」のはずである。
この前、曹操が天下を九州に再編した際に、多くの地名が改称された。そこで、漢陽郡が天水郡にもどるはずだったのか。それとも、漢朝が滅んで曹丕が魏朝をひらくときに、天水郡となるのか。もしかしたら、三国志演義が成立するころに、天水郡という地名になっているだけなのかもしれない。
とにかく、情報を集めてみるしかない。
以前、徐庶の噂を拾えなかったことを反省して、ちょっと工夫してみようと思う。信用できる実力者に協力を仰ぐのである。
「ええと……」
私は棚に手を伸ばして、すこし前にとどいた張既の手紙を探した。たしか、雍州刺史になったと書いてあったはずだ。
目当ての手紙を見つけて、中身を確認する。よかった、記憶ちがいではなかった。
張既が雍州刺史なら、人格、能力、官職、どれも申し分のない相手である。
筆をとる前に、文面を思案する。
まずは、私が雍州から弟子を取ろうと考えていることを伝える。
理由は、馬超・韓遂の乱によって、雍州が荒廃しているから。
雍州出身者が中央で出世すれば、国会議員が地元に利益を誘導するように、地元に便宜をはかるのだから、なにもおかしいことではない。その人物は長期に渡って、雍州の振興に役立ってくれるはずである。
ただし、私は大勢の弟子を取ろうとしているわけではない。弟子志願者が殺到したら困るので、あくまで内密に、雍州にいる将来有望な少年の噂を教えてほしいと頼みこむ。
大筋は、こんな感じで大丈夫だろう。
私は筆をとって、慇懃に手紙をしたためる。
これで、張既は、優秀な少年たちの噂を教えてくれるはずである。
そこに姜維の名があればよし。
姜維ほどの人材なら、張既の情報網にひっかかる確率は高いと思われる。
麒麟児やぞ、麒麟児。
もし、姜維の名がなかったら……。
まあ、そのとき考えればいっか。
手紙を送ってから、ふた月ほどして、張既から竹簡がとどいた。椅子に腰をおろして、巻物をひらく。
さながら、ピックアップガチャを引くような心境である。
「ふむ……」
冒頭には、私が雍州情勢を気にかけていることに対する、感謝の念がしたためられていた。
そのあとに、少年たちの名、居住地、評判の内容といったことが、ずらりと書きこまれている。
姜維の名は……なかった。
「嘘だといってよ、張既ィ!」
いや、落ち着け。とりあえず深呼吸。
もう一度、確認してみるが、やはり姜維の名は記されていない。
気づいたことが、ふたつあった。
ひとつめ、居住地に偏りがある。
少年たちは、雍州全域から選抜されているが、その多くが茂陵県と槐里県の周辺にかたまっている。茂陵県は、馬超の本貫地である。そのすぐそばにあるのが槐里県で、馬超の父・馬騰は槐里侯に封じられていた。
馬家が消滅したことで、最も不安定になっている地域といっても過言ではない。張既がそういう場所を重視して選んでくれたのだろうが、彼の配慮が裏目に出てしまったようだ。
ふたつめ、姜維の名はなかったが、知っている名があった。
馬鈞、年齢は十五歳。織機の修理をして小銭を稼いでいる少年だという。
三国志一の発明家、馬鈞その人だと思われる。
マジか。意外な掘り出し物を見つけてしまった。
いちおう、私も発明家なわけでして。馬鈞を弟子にするのもありかもしれない。
私のような、なんちゃって発明家とちがって、彼は本物の発明家だ。きっと大成してくれるだろう。
彼が出世することで、この国の技術者を軽視する風潮が、多少なりとも緩和されるなら、それはとてもありがたいことである。
それに、せっかく張既に教えてもらったわけだし、誰も弟子に取らないというのも気がひける。
ここで馬鈞を弟子にしたうえで、張既にはこう伝えればよい。
「茂陵県で馬鈞という少年を弟子に取った。もうひとり、激戦がくりひろげられたという漢陽郡からも弟子を取るつもりだ。ついては、漢陽郡にいる将来有望そうな少年たちの名を、あらためて教えてくれないだろうか?」
うむ、じつに自然に、次の弟子候補を漢陽郡に限定できる。
そこまでいけば、姜維の名も出てくるにちがいない。
もし、出てこなかったら……。
いたしかたあるまい。
ほかの少年をスカウトするという名目で、漢陽郡に行くしかない。
その途中で姜維の家を訪問して、「おお、こんなところにこれほどの才能が埋もれていたとは!」と、偶然出会った姜維少年の才能に感嘆してみせる。
そして急遽予定を変更して、姜維を弟子に勧誘すればよい。
彼の家は、天水では名の知れた豪族だったはずだから、家を探し当てることはできると思う。
とはいえ、不確定な要素が多くなってしまうから、できれば事前に姜維の情報を得ておきたいところではある。
よし、そうと決まれば、さっそく馬鈞の勧誘に出かけるとしますか。
……それにしても、やらなきゃいけないことが意外と多い。
馬鈞と姜維を弟子にして、出仕させ、出世ルートに乗せなければならない。
もちろん、鄧艾、石苞もだ。
誰だよ、とくにやり残したことはない、なんていってたのはッ!?
私だよッ!!




