アルトと7人のお母さん
その日、アルトはカゼをひいて熱がありました。
友だちと遊べないし、外にも出られません。
台所で白いパン生地をたたきつけたり、こねたりしていたお母さんに「遊ぼう」と言うと、生地をねかせる間ね、と部屋にきてくれました。
ところがトランプの7並べを1回やったところで、
「あら、雨だわ! せんたくものがぬれちゃう。それに買い物しなきゃいけないし、その後パンも焼かなくちゃいけないし、掃除もしなくちゃいけないわ。トランプはまたね」
と部屋の外に出て行ってしまいました。
(お母さんが3人ぐらいいればいいのに)
そう思ったとたん、お母さんが2人、ドアから入ってきました。
「わたしはアルトと遊ぶわ」
「わたしはお掃除」
「じゃあ、わたしは買い物に」
3人になったお母さんたちは口ぐちに言い、2人は部屋の外に。
アルトは残ったお母さんと、トランプの続きをしました。
すると、こんどは電話が鳴り、お母さんが廊下へ出て話し始めました。
「はい。あら、お久しぶりです。お元気でしたか?」
どうやら長くなりそうです。
(もう1人お母さんがいるといいのに)
アルトが思うと、ドアをあけて、お母さんがはいってきました。4人目のお母さんです。
そこへ玄関の呼び鈴が鳴りました。
「だれかしら?」
4人目のお母さんは、玄関にいってしまいました。
近所のおばさんのようです。庭のゆずの実がいっぱいとれて…、なんて声が聞こえてきます。
(もう一人、お母さんきて)
アルトがつぶやくと、5人目のお母さんがドアからはいってきました。
アルトとお母さんは、『ババ抜き』で遊びました。
2回勝負をしたところで、
「そろそろパンの生地がふくらんだころだわ。オーブンの用意をしなくちゃ」
こうして5人目のお母さんは台所に。
6人目のお母さんは、
「また陽がさしてきたわ。せんたくものを外にださないと」
と、部屋にはいるなりUターン。
(ああ、もう一人お母さん、追加!)
心のなかでさけんだとたん、7人目のお母さんが部屋へはいってきました。
ところがその時、買い物から帰ったお母さん、掃除が終わったお母さん、電話が終わったお母さん、玄関にいたお母さん、パンをオーブンにいれたお母さん、せんたくものをほしなおしたお母さんも一緒に入ってきました。
「アルト、お薬をのむ時間よ」
7人のお母さんは、薬とコップを手にしていました。
「薬はひとつでいいよ」
アルトが1人の母さんから薬をもらうと、他のお母さんたちががっかりした顔をします。しょうがないので、残り6人のお母さんのコップの水を一口ずつのみました。
2人のお母さんが、コップと薬をまとめて台所へ持って行くと、
「わたしたちはアルトとおひるねしましょう」
残りの5人がアルトをベッドに押し込み、いっしょに寝ようとふとんのなかにはいってきます。
ふとんの中は、まっくらで、あつくて、ギュウギュウです。
苦しくて思わず、
「お母さんはひとりでいいっ!」
とさけぶと、からだがかるくなりました。
「アルト、だいじょうぶ?」
心配そうな声に、ふとんの中から顔をだし、部屋の中をみまわすと、お母さんがひとり、ベッドのわきにいて、アルトをのぞきこんでいました。
「熱がまだあるわね」
お母さんはアルトのひたいに手を当てて、やさしくふとんをかけなおしてくれました。
(さっきのは夢だったのか。それにしても、お母さんがいっぱいいると大変だ)
そんなことを思っていると、
「元気になったら、遊びましょうね」
6人のお母さんが、ドアのかげから顔をだしました。
(まだ夢を見ているらしいぞ)
でも、もし夢じゃなかったら?
そんなことを思いながらアルトはねむりにつきました。
<了>
シュールというかスラップスティック風というか、そんな感じの一作。
童話はわりとなんでもありなので、アイディア出しが楽しいです。
さて主人公の名前のアルト。実はこの作品はもうだいぶ前に書いたもので「どこかにいるコ」からの「あるひと→あると」というネーミングでした。そして今期のヒーローものの主人公と名前が見事にかぶりました。
そんなこともありますよね。
というわけで締めはやっぱり「あるとじゃ〜ないとっ!」