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第一話 少女の奴隷

貴様なぜ…なことを…

こっちに…んじゃないよ!…

お前はこ……てはいけない存在だ…


「かっ……はっはっ」


俺は悪夢にうなされながら目を開けた。


冷たい石畳の地面から背中を起こし目を擦ろうと手を持ち上げるとズキンと手首が痛む。

はあ、と既に慣れ親しんだその手についた鉄の輪をみてため息を着く。

そしてその輪に繋がる鎖 そして鎖を壁に固定する杭 10年もの間毎日のように見てきた光景だ。


誰が見ても分かると思うが、俺は奴隷だ。

そして元々この世界の住人でもない。


とは言っても元の世界の記憶は全くと言っていいほど無い。

あるのは知識だけ 自分がどんな名前でどんな顔で家族はどんな人だったか 欠片ほども思い出せない。


この世界に来たのは12年前 気づいた時には言葉も発せず思うように体も動かせない幼い体、そして魔法やら魔物が存在する世界に生まれ変わっていた。


しかも、その生まれ変わった所は代々受け継ぐ強力な力で国を守る有名な貴族だったと 。

しかしもちろん元々魔法なんて使わない世界の住人だ

特別な力なんて持ってるはずがない


それに俺が2歳になった頃に気づいた貴族達は力を受け継がない者が生まれたということを隠すべく、秘密裏に高額で奴隷商人に売りつけた 。

…もちろんなんの力を持たないということを隠して。


もちろん2歳の頃からここで育ち 運動は2日に1回の小さな庭での1時間 食事は1日2食 そんな奴がろくに動けるはずもなく

男の奴隷の購入目的である労働力には1ミリにもならない。


そうして10年もの間檻の中で過ごしてきた。

奴隷商人も高額で買ってしまったために捨てることも出来ないこの店の立派なお荷物である。


もうこんな生活うんざりだ


そんな時だった 檻の中に光が差し込む。

客が来たのだ。


「どうもどうも 初めてのご利用ですか?最近いい商品が揃ってまして…」


太った奴隷商人がその体に似合わないスピードでその客に近づく


「ああ、1人欲しくてね」


そう言って答えた客は、いかにも老紳士という言葉が綺麗に当てはまる風貌だった。

白い髭に優しそうな目 黒いスーツに高級そうな杖

その老紳士は俺の檻の反対側からゆっくりと商品達を見ていく。

杖をコツコツ鳴らしながらゆっくりと

そして1番奥の俺の檻の前まで来た。

俺の目をじっくりと見つめる。

1分くらい経ったのだろうか 突然スっと振り向いて


「この子にします。おいくらで?」


その言葉に俺も奴隷商人も驚く 。


「ほ、本気ですか?あたしが言うのもなんですが、そちらはなんの力も持たない普通の人間でして…」

「いや、いい。それともこれは商品では無いと?」

「いえいえ!購入していただけるのであればこちらも願ったり叶ったりです…。ではコチラで購入の手続きを…」


そう言って奥の部屋に2人で入っていった。

俺は戸惑った。

ずっとこれからこの檻の中で過ごすと思っていたのだから突然のことに頭の中が混乱する。

そして、整理できないまま檻から出され、主従契約を交わされ、追い出されるように外に出た。


俺には目もくれず先に進む老紳士

体のあちこちが痛むのを抑え必死について行く。


「君はなぜ買われたか分かるかね?」


唐突に話しかけられた俺は声を出そうとするが、上手く出ない。

奴隷同士で会話することもなければ檻の中では私語厳禁。

久々にする人との会話だから呂律が回らない。


「喋れないのかい?」

「い、いえ!長い間喋っていなかったもので…」


やっと声が喉を通った。


「そうか。いや、いいんだ。そんなに怯えなくてもいい 。君にしてもらう仕事は厳しいものでは無いよ」


そう優しい声をかけてくれる老紳士

まだスラスラと声が出ない俺の頭をぽんぽんと撫でる


「これからは家族として生きていくんだ」

「か、家族ですか…?」

「そう、この家でね」


そう言って指を指した先にはとてつもない大きさの家…いや、屋敷と言った方がいいくらいの大きさの建物があった。

風貌からお金持ちだとは思っていたけどここまでとは…


そんな驚く俺を流して「ついてきなさい」とその庭の門を開ける老紳士。

そして、言われるがまま屋敷に入り、そんなにいなくてもいいんじゃないかと思うほどの使用人のような人に挨拶をされて家の奥へと入る。


「そういえば名前を言っていなかったね。私はトーマス。トーマス・ガディアだ。君にはこれから私の孫娘の相手をしてもらう。家族のように接してもらいたい」


そう言いながら長い長い廊下や階段を歩き、ある一室の前で止まる。


そしてその扉をコンコンと叩いた


「アイリス 新しい家族を連れてきた 開けてもいいかい?」


すると、ドタドタと扉の奥から走る音が聞こえて勢いよく扉が開いた。

そこには、黒く長い髪にクリっとした目

同じ歳くらいの身長ながらとてつもない美少女だった。

そして俺の骨と皮しかないようなやせ細った腕をぐんと掴んで引っ張り、シャワー室に連れ込まれる。

更にぽんぽんと服と脱がされお湯を頭からぶっかけられた。


「あなたの名前は?私はアイリス!」


そうゴシゴシと頭を擦りながら元気よく話し始めるアイリス


「…まだない…です」

「名前が無いの?なら私が付けてあげる!そうねぇ……イフリス!イフリスなんてどう?私の大好きな本に出てくる主人公の名前なの!」


そう言って再びお湯をかけられ目を開ける

そこには鏡に映った、白っぽい髪のやせ細った男とニコニコと嬉しそうな顔をした少女が立っていた。









♢♢♢








「いーーふーー!」


イスに座りバタバタと足を振るわせて目の前で、朝私の脱ぎ捨てた服を拾い集める男を呼ぶ。


「もうちょっと女子として自覚を持ってくれません?」

「え〜 イフくんだからいいじゃーん」


私とこの男、イフくんが出会って6年の月日が経っていた。

イフくんはいつもおじいちゃんと何かをしていて、話していられるのは私の身の回りの世話をする時だけ。


「イフくん、シャワー浴びるから着替え持ってきてー」

「そろそろちゃんとしたらどうです?もう18歳なんですから」

「だったらイフくんも敬語やめてよ。同じ歳で敬語とかむず痒いの」

「いやぁ、僕はトーマスさんの奴隷なのでその子であるアイリスさんには実質ご主人様みたいなもので…」

「だからってそんなへりくだることも無いでしょ!」

「ですけど…」

「もういい!」


イスからドンッと音を立てて下り、寝室に閉じこもりベットにうつ伏せになる。

いつも私には文句を言うくせに私の言うこと聞いてくれない。

もっと仲良く喋っていたいのに…

そんなことをつらつらと考えていたら、襲い来る睡魔に負け、眠りに落ちた。















ガシャン!!!!



そんな大きな音で飛び起きる。

まだ寝ぼけている頭で音がなった方の窓の外を見る。

そこにはいつもとは違う異様な光景だった。

遠くで燃え盛る家々 ギャーギャーと響き渡る何かの叫び声。


その瞬間寝室の扉が開いた。


「まだここにいたんですか!!早く逃げましょう!」


まだ何が起きたか理解できないままイフくんに手を捕まれ家から飛び出す。


「な、何が起きたの?」

「突然魔物が街を襲ってきたのです。私とトーマスさんで街の中心に出かけていたのですが…トーマスさんがあなたを助けにいけと」

「おじいちゃんを置いてきたの?!」

「あの人は見かけによらず強い方ですよ。僕達なんかが心配しなくても大丈夫です」


そんな力強い言葉をかけてくれるイフくん。

私の腕を掴む手は私の知っている細い不健康な手ではなく、男らしい頼もしい手をしていた。


「アイリスさんを守るこの時のために頑張ってきたんです。急ぎましょう!!」


そうか、いつもおじいちゃんと何かをしていて疲れていたのは私を守るため…

私は不安に駆られた心をぐっと堪え言う


「イフくん!私の魔法でもっと早く逃げよう!」

「でも前に安定してないって言ってませんでした?!」

「そこは、一か八かでしょ!!!」


そして、体内の魔力の操作に集中する。

すると、体が持ち上がりイフくんに抱えられ、ニコッと私に微笑んだ。

いつもわがままを言ってる私をこんなに信用してくれるんだ。

ここで頑張らないと!!!

ギュッと拳を握って思いっきり叫ぶ。


「剛風魔法!導きの風!!」


その瞬間、ふたたび体がもちあがる感覚

だけど今回はイフくんごとだ。

下から体を絡めとる風は一気に私達を空へ そして町外れの森へと運んだ。


「できた!出来たよイフくん!」

「凄いじゃないですか!初めて頼もしく見えますよ!」

「もうバカ!」


しかし、そう上手くは行かない

褒めれて魔力操作が緩んだのか、体に強力な風が吹きつける


「「うわぁあああああああ!!」」


そんな情けない声を上げながら、私たちは森へと墜落した。






「いったい…イフくん大丈夫?」


痛めた足を抑えながら声をかける。


「ええ…何とか…でも結果的に逃げれたので大成功ですよ!」

「そ、そう?」


こんなに褒められたことがないせいか、顔が勝手ににやける。

やっとイフくんの役に立てた、その時だった。



グンッ



突然背中を強く押される感覚。

だが、その背中を押した何かは容易く体を貫いた。

何が何だか分からなくなり、その貫いたものを見る。

ビチビチと動く私の血に染った黒い槍

そして、そんな私をみて驚き、焦った顔をして私に駆け寄ってくるイフくん。


さらに後ろに引かれるようにして背中を貫いたものが抜け、その勢いでその場に倒れた。

その瞬間後ろに見えたのは、尻尾をブンブンと振り回しこちらを睨みつける魔物がいた。


「はや…く…逃げて…」

「どうして!!どうしてこんなことに!!!くそ!俺が気づいていれば!!!」


そう体を支えながら泣き叫ぶ。

私は何故か冷静な頭と抜けきった力を振り絞ってイフくんの頬に手を当てた。


「イフくん…泣いちゃ…ダメだよ…」

「ああ…アイリス!ダメだ!死んじゃダメだ!」

「最後…に名前を…呼んで…?」

「う、…くっ…アイリス 俺はお前の奴隷で本当に良かった!こんな俺に名前をつけてくれて…それで心が救われたんだ!その時決めた!俺が一生この子を守るんだって!だから死なせない!!」


必死に手当をしようとするが身体から溢れる血は止まらない。

でもいいんだ、こんなに私のことに真剣になってくれること、何より『アイリス』と読んでくれたことが嬉しかった。


「ありがとう…イフくん…。……………大好き」


そうして、目の前が真っ暗になり意識を失った





























……

………

…………んん


あれ?

なんで私生きてるの?


その瞬間、ゾワッと背筋が凍る。

そんな禍々しいオーラを放っている方を見た。

…そこには、イフくんのような誰かが立っていた。

後ろ姿はイフくんだけど、髪は真っ黒に染まり、雰囲気でわかるほどの痛々しい魔力。

そんな『なにか』こちらに気づく。

そして、イフくん声で話し出した。


「そこの小娘 私は貴様が嫌いだ。主をそそのかしたからな。だが、そのおかげで主の力が戻ったのも事実。今回は見逃してやるからそこの木の影にでも隠れているがいい。全く…主は人を信用しすぎる」


私は言われるがまま木の後ろに隠れて様子をうかがう。

そして、その『何か』はふたたび前を向いた。

その方向には私の背中を貫いたはずの魔物が構えていた。

ボロボロの羽にゴツゴツとした黒い肌、睨まれただけで身体がすくむ鋭い眼光。そして胸の中心にはめ込まれた赤色の石


本で見た事がある。

あれは山奥で少数の群れを組んで密かに暮らすジュエルワイバーン。魔力が結晶化した宝石を胸に宿す希少な魔物だ。

あんな魔物がどうしてこんな所に…


「は!助かったよ。君のおかげで主は力を呼び起こしたようだ。だが、少し試し斬りをしなくちゃあならなくてね 」


陽気な声でノリノリで話す『何か』。

その瞬間だった。

視界から突然姿を消した。

私は驚き前のめりに『何か』を探す。

すると、そいつは首のなくなった魔物の奥に、返り血を浴びながらケタケタとわらっていた。


「ああ!この体を包み込む充実感!!これを待っていた!!しかしこんな力、昔の1割にも満たない…あの小娘を蘇生した時はあんなにも身体が冴えていたの…に…」


そして『なにか』は膝から崩れ落ちた。

私は痛めた足を抑えながら駆け寄った。

既に髪色は白くなっており、今まで見ていたイフくんがそこにいた。

その時、緊迫して抑え込まれていた感情が一気に溢れ出し、涙が止まらなくなった。


「イフくん!イフくん!」


暗い夜の森に、わたしの声だけが響いた。



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