5
次の日の朝、スッキリと目が覚めた湊は、もう起きてゴソゴソと動いている、理久が目に入った。
大河は、まだ隣りで大の字をかいて寝ている。
湊は、起き上がって目を擦りながら、言った。
「理久、もう起きたのか?今何時頃?」
理久は、振り返って言った。
「今、7時だよ。大河も起こす?」
湊は、驚いた。
理久が、何やら暗い顔をしていたのだ。
「どうしたんだ?何かあったか。」
湊が、慌てて布団から出て理久へと寄ると、理久は、ふうとため息をついた。
「オレ、6時頃に目が覚めて。でさ、みんなまだ寝てるし、ちょっと明るくなった外の様子でも見ようと思って、部屋の前の廊下に出たんだよ。そしたら、廊下の窓から昨日通って来た海がめっちゃよく見えて。オレ、凄いなあ、来て良かったなあって、思ってたのにさあ…。」
湊は、うんうんと頷きながら、理久の顔を覗き込んで、続きを促した。
「うん、それで?」
理久は、顔をしかめて続けた。
「そしたら、3号室から修三が出て来て。なんかさ、めっちゃ機嫌悪くて。オレがそこでおはようございます、って言ったら、こんな早朝に、廊下で声を張り上げたらみんなに迷惑だろ、って。別に声、張り上げてないし、なんなら修三がそんなこと言ってオレに怒ってる声のが大きかったっての。オレがそう思って黙り込んだら、修三、なんかイライラしながら下へ降りてった。まだ飯の時間でもないのにさ。」
湊は、顔をしかめた。修三は、めんどくさいおっさんでは無かった。それなのに、今朝は何をイライラしていたんだろう。
「…昨日の晩だって、特に問題なかったのにな。どうしたんだろ。ニクラス教授に何か言われたのかな。」
理久は、ふんと鼻で息を吐いた。
「教授同士のことで、オレ達にあたるってやめて欲しいよ。でもさ、ニクラス教授が何か言うはずなんてないじゃないか。あんなに穏やかな人なのに。なんだよ、修三。腹立つなって思って。」
湊は、ハアとため息をついた。朝っぱらから、気分が悪いことがあったんだな。
「もう、修三のことはほっとこう。今日は、別行動なんだろ?オレ達に村へ行って聞き込みして来いって言ってたじゃないか。てことは、あんまり顔も合わせないだろうし。修三も早起きしてたんなら、今頃、下で飯食ってるだろうし、ずらして行こう。オレ、お菓子持って来てるしさ。腹減ってるならそれでも食って待ってようよ。」
理久は、むっつりとしていたが、湊が自分を気遣っているのが分かるので、ため息をついて、頷いた。
「うん。八つ当たりされたって思ったら腹が立って、悶々としてたんだけど、湊に聞いてもらってちょっと落ち着いた。そうだね、でもまだ顔見たくないし、朝ご飯の時間ずらそうか。」
湊は頷いて、大河はまだ寝かせておこうと、二人でそのまま、しばらく部屋のポットでお茶を淹れて、それを飲みながらお菓子を食べて過ごした。
さすがに8時前になって、大河を起こすと、大河はスッキリと目を覚ました。
「うわー、オレ、旅行でこんなに寝たの初めてだ。この布団、すっごい気持ちいいんでぇ。めっちゃ寝たなー!腹減った。」
湊は、それを見て苦笑すると、言った。
「飯、行こう?トイレ行って来いよ、顔も洗いたいだろ。」
大河は、言われて慌てて立ち上がった。
「ああ、そうだな。すまん、待たせてるな。」
大河は、急いで部屋にある洗面所へと飛び込んで、準備を始めた。ここの洗面所は、トイレと洗面台が一体型になったもので、恐らくは最近になって取り付けられたものらしく新しかった。
おおよそ、昔のクトゥルフっぽくはなかったが、それでも利便性を考えると、無いと困る。なので、そこには目をつぶっていた。
まだ、寝間着に使っているジャージのままだったが、大河が戻って来た。
「行こう。このままでいいや。どうせ外へ出る時着替えるから。それより飯食いたい。」
湊は、頷いて立ち上がって、戸を開いた。
「朝飯は何だろうな。和食かな、洋食かな。」
すると、開いた目の前に、ちょうど朝食を済ませた後の美里と弥生が、通りがかったところだった。
「あれ。」
湊が、思わず声を出して足を止めると、二人も足を止めた。
「ああ、今から?朝食は、和食だったよ。」
何やら、ぶっきらぼうだ。昨日は、和気あいあいと話をして、楽しく別れたのに。
湊が思って戸惑っていると、理久が後ろから顔を覗かせて、眉を寄せて小声で言った。
「…修三?」
湊は、ハッとした。そうだ、もしかしたらこの二人は不機嫌な修三に遭遇したんじゃ。
すると、美里が何度も頷いた。
「知ってたの?そうよ、最悪。めっちゃ機嫌悪いの。食べ方がどうの、ジャージのままで出て来るなんてとか、あちこちいちゃもんばっか付けて来るんだもの。ニクラス教授も一緒だったから、窘めてくれて黙ったけど…何あれ。感じ悪いったらないわ。」
弥生も、頷いた。
「先に来ていたみたいで、私達は7時半ぐらいに降りたから、あっちが先に食べ終わって戻って行ったけど、ほんと最悪。あなた達は、今から?」
理久が、頷いた。
「そう。オレは早朝に廊下で会っちゃってさあ。いきなり怒鳴られて、何だよって思った。なんだってんだろ、今日に限って。」
大河が、驚いた顔をした。
「なんだよ、そうだったのか。オレ、寝てたから知らなかった。」
理久は、苦笑して頷いた。
「いいんだよ、湊に聞いてもらったし。とにかく、今日は修三とは会わないし、いいじゃないか。聞き込みだもんな。報告だけ我慢したら大丈夫だろ。それより、飯だ飯!行こう。」
そうして、湊と理久と大河は、美里と弥生と一旦別れて、一階へと朝食を摂りに降りたのだった。
三人は、修三に出くわすことも無く、存分に朝ごはんをかき込んだ。
昨日の晩御飯の時のように、ニクラスに緊張することもなく、ガツガツと食べて満たされた三人が部屋に帰って準備をしていると、そこへ、デニスが訪ねて来た。
「あれ、デニスさん。そろそろ時間だなって思っていたんです。裏の、村の方へ行けばいいんですね?」
デニスは、頷いて簡単な地図を渡して来た。
「そう。これが地図なんだが、別に要らないぐらい単純な造りだ。裏の道を真っ直ぐに登ったら、そこが村だからね。そこで聞き込みをして、念のために村の回りとかも写真に残しておいてくれないか。昼頃、ここへ帰って来てくれたら、そこで昼食が準備されてるから。私達は洞窟の方を見て回って、昼過ぎには帰ると思う。ランチボックスを持って行くから、ここで昼食は取らないんだ。」
湊は、説明を受けながら渡された地図を見た。
確かに、デニスが言う通り、地図という感じではない。
三角の横に潰れたおにぎりのような形の島の、下の真ん中あたりに船着き場の印があり、その近くに宿の印がある。
そして、その裏から真っ直ぐに登って行く道が書かれてあり、その突き当りが村。
洞窟は、地図上でその村の斜め左下辺りに、印が振ってあった。
本当に、それだけの地図だった。
「本当に小さな島なんですね。」
湊が言うと、デニスは頷いた。
「そうだね。村人も、信仰を守るためだけに居る数人だけらしい。何年かで本土の方に住んでいる、氏子達の当番の者と替わって、またここに住む、と言う感じだとか。他にも何か聞き出せたら聞き出して来て欲しいんだ。私達には、そんなに話してはくれなかったから。君達なら、まだ若いし学生だからって気安くしてくれるかもしれない。よろしく頼む。」
そういう意味でオレ達だけで行くのか。
湊は思った。
デニスは、その地図を湊に渡したまま、そこを後にした。恐らく、修三とニクラスと三人で、洞窟の方を見て来るために出て行くのだろう。
湊は、理久と大河を振り返った。
「じゃあ、メモ帳を持ったか?そろそろ行こう。女子達はもう準備出来たかな。」
大河は、頷いてスマホを上げた。
「これでメモも写真もオッケーかなって。充電は100パーだし、多分いける。電波は来てねぇけど。」
しかし、理久が横で大河を突いた。
「そんなの、スマホで遊んでるみたいに見えたら印象悪くなるよ。一応、メモ帳とペンはオレは持ってく。写真だけスマホで済ませようって思って。湊は?」
湊も、ポケットに入れた小さな手の平サイズのメモ帳を出して見せた。
「いつも持ってるヤツ。ほら、ネタ帳とか言ってる。」
理久は、ハハハと笑った。
「オレも。いっつもネタ帳にしてるヤツ持ってくんだ。」
大河は、膨れっ面で言った。
「オレはいっつもスマホ派だから、そんなの持ってねぇ。じゃあ、メモはお前たちに頼むよ。オレはしっかり写真を撮る。」
そんなことを言ってる間に、デニスが出て行って開けっ放しだった戸の向こうから、美里が顔を覗かせた。
「湊くん?みんな、準備できてる?そろそろ行こうよ。9時になるよ。」
一番近い位置に居る、湊は振り返って言った。
「ああ、オレ達も準備出来たとこ。デニスさんから地図もらったし、でも裏の道一本だけで登って行ったらすぐなんだってさ。」
美里と弥生は、湊がひらひらとさせる、地図を見た。
「ほんとだ。でも、歩き回らなくていいから楽じゃない?さっさと行って、話を聞いて来よう。話してくれたらいいけどなあ…要さんが、一応話は通してくれてるらしいの。朝ご飯の時、ニクラス教授が話してくれたけど。」
理久が、純粋に分からなくて聞いた。
「それって、他の所とかどうなの?二人は、他の所の信仰の事とか、聞きに行った事とかある?」
美里と弥生は、顔を見合わせてから、頷いた。
「…うん。修三について来てもらって、一度行ったことあるよ。でも、やっぱりこういう土着信仰ってさ…不信感が半端なくって。私達にも修三にも、ほとんど話してくれないんだよ。あんまりしつこくすると、怒ってしまうし。写真だって撮らせてくれなかったりするし…取材が難しい分野なんだ。」
そんなものなのか。
大河と理久、湊は顔を見合わせた。ということは、今回も話を通してもらっているとはいえ、あまり突っ込んだことは聞けないかもしれない。
「…オレ達、分からないし話すのは君達に任せるよ。でないと、変なことして何も情報をもらえなかったら困るしね。修三の機嫌が悪いしさ…報告の時、また嫌味言われるの嫌だろ。」
美里は、朝食の時のことを思い出したようで、顔をしかめて、頷いた。
「そうね。分かったわ。でも、ついて来てくれるだけでも心強いわ。とにかく、早く行こう。」
そうして、五人は宿を出て、裏山へと向かったのだった。




