24(裏)
思った通り、湊と美里の二人は、村へと確認に言ったらしい。
だが、あの村はもうもぬけの殻で、何も残ってはいない。
人が居たという痕跡も、まったくなかった。足跡さえも、付かないようにとわざと雑草を刈らずに置いて、その上を歩いていたぐらいだ。
完璧に撤収されたあの地で、何かを見つけられるはずなど無かった。
洞窟の方へも行くかもしれないと構えたが、あちらの方は全く行く気はないようだった。
確かにあれだけの思いをした記憶があるのだから、トラウマもあって無理だろう。
それにしても、あれだけ好きだと言っていたゲームの世界に連れて行ってやったのに、誰も私に礼を言わないな。
彰は、少し面白くなかった。
「過ぎた恐怖は快楽ではないのですよ。」デニスが、そんな彰に諭した。「個々人でその境界違います。絶対に自分は安全だという環境でやるからこそ、楽しいのだと思います。例え死んでも、それは自分の分身でしかない。だが、あれだとリアルに自分の命の危機を感じて、トラウマになってしまう。娯楽ではなかったのでしょう。」
彰は、納得がいかなかった。
「こんな舞台で遊べることなど滅多にないのに。しかも、誰も命を落としていないのだぞ?ゲームと同じだ。ボード上で遊ぶより、余程面白いと思うがな。」
デニスは、どうしても分かり合えない彰に、もう説得は諦めた。最初から、あの研究所で働き始めた時から、回りの意識を見て、慣れて来たのではなかったか。
しかし、同じ研究所の中でなら皆価値観が一緒なので問題ないが、一般人たちが苦しむのを見るのは、やはり気が咎められた。
デニスだけが、他と価値観が違う気がして、やはり馴染めないでいるのは確かなのだ。
そうこうしているうちに、帰る時間になった。修三が、どうしてもと生徒たちに頼まれ、彰とデニスと共に、写真を撮ることになった。
彰がOKしたのは、最初から修三のカメラがまともに動かないのを知っていたからだ。
彰達がしている腕輪は、いろいろな種類の妨害電波を出すことが出来て、それはデジタル信号を乱すことすらやってのけた。
なので、気前よく写真を撮った…恐らくは、一枚も写ってはいないだろう。
他の生徒たちは素直に頭を下げて船へと乗り込んで行き、美里と湊も、自分たちの中で折り合いをつけたのか、あれは夢だと思い込むことにしたのか、もはや穏やかな顔をしている。
彰は、やはり面白くなかった。
これだけのことをやってやったのに、誰一人としてそれを認識しないで帰るとはどういうことだ。
なので、湊が船へと乗り込む時、シナリオには無い言葉を告げようと思った…思いついた面白いこととは、それだった。
湊の番になった時、頭を下げる湊に、最後に確認しておこう、と質問した。
「楽しんだかね?」
湊は、曖昧な顔をした。しかし、湊が選んだ答えは、これだった。
「はい。」
彰は、薄っすらと微笑んだ。そうか、君はやはり、恐怖より快楽が勝ったのだな。ならば君には、ギフトをあげよう。
船へと乗り込んで行く湊の背に、彰は言った。
「…また深淵を覗きたくなったら、我を讃えるが良い。」
隣りの、デニスが驚いた顔をする。
しかし湊は、目を見開いて彰を見ていた。その目は、段々に狂気を宿して来て、そして恐怖の色が燃えるように現れたのが見て取れた。
「ニャ、」湊は叫んだ。「ニャルラトホテプ…!」
彰は、笑った。君にだけは、ここのゲームを覚えていて、また邂逅して楽しむ権利を与えよう。
修三が、慌てて湊を船の中へと引っ張り込もうとしている。
彰は、ずっとそれを見送っていた。
要が、消えて行く船影を見て、彰の隣りに並んだ。
「どうしてあんなことを言ったんです?」少し、憤っている。「せっかく妄想でした、で落ち着こうとしていたのに。あれじゃあ湊って子は、やっぱり本当に邪神が居たといつまでも思い込んで、恐怖に苛まれるかもしれませんよ?」
彰は、笑顔のまま、要を見た。
「私は最後に彼に選択させた。彼は、楽しんだと答えた。彼の中では、あの恐怖は快楽だったのだ。ならば彼には、いつまでもその恐怖を楽しませてやろうと思ったのだ。私は間違っていない。」
そのいつもの笑顔には、どこか狂気が混じるような気がした。
だが、彰にとってこれは合理的なものなのだろう。彼に楽しんだのかと聞いたら、はい、と帰って来たから、彼には楽しみをこれからも与えてやろうと。
デニスが、もう諦めたように言った。
「…どちらにしろ、もう終わりました。帰りましょう。ハリーも喜んでいましたし、帰ってデータを解析したいのだと言っていました。ジョンの体験も詳しく聞きたいと。」
彰は、パッと表情を変えて、踵を返した。
「ああ、確かにそうだ。早く帰って実験結果を私も聞きたいものだ。では、帰るか。要、ヘリが来るのか?それとも途中まで船か?」
歩き出す彰に、要が慌ててついて行きながら、答えた。
「途中まで船でお願いします。モーターボートを頼んでおきましたので、スピードはありますから。裏の船着き場にもう待機しています。」と、デニスを見た。「デニスもそれに乗るか?機材を撤収している班は、大きめの船で帰るから、そっちでもいいけどな。」
デニスは、頷く。
「なら、私は大きめの船で。君達はそちらに乗ったらいい。」
要は頷いて、もう後ろを振り向きもせずサッサと先に歩く彰を追って、早足で進んで行く。
その背はもう、帰って行った探索者たちのことなど、何も考えていなかった。




