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湊は、帰る前にどうしても確かめておきたいからと、美里に頼んで二人で村を見に行った。

そこは、誰か住んでいたとは思えないほど廃れた様子で、傍の畑にも、作物は植わっていなかった。

家も、中を見てみたが何もなくてガランとしていて、昔の家といった感じの、入ってすぐが土間で、板敷きの木造平屋で、カマドはぼろぼろ、少なくてもここ数年は絶対に使っていない状態だった。

「…ここから、出て来たのを見たんだ。」湊は、そう言って家を指した。「あの村の男が。君が聞き込みしていたよな?」

美里は、頷いた。

「ええ。でも、誰も居ないわ。あなたがあまりにしつこく言うから、集団ヒステリーか何かかって、ニクラス教授も修三も、真剣に医者に見せた方がいいのでは、と言っているらしいの。私と、あなたの二人ね。あなたが真剣にそう言っているのは分かっているし、私にも確かにそんな記憶があるの。でも、段々分からなくなって来た。どっちが正しいのかって。みんな、覚えてないんだもの。もしかしたら、あなたと私で偶然同じ夢を見ていただけなんじゃないかって。」

湊は、首を振った。

「そんなことないって!」言いながら、実は湊自身も段々自信が無くなって来ていた。「オレ…確かに戦ったのに。みんなが違うって言うから、段々間違ってるんじゃないかって思い始めてしまってるじゃないか。」

美里は、それを聞いて腕を組んで、ため息をついた。

「ねえ、ニクラス教授が言っていたわ。記憶って曖昧なものなんですって。だから、ちょっとバランスが崩れたら、すぐにそれが夢か現実か妄想か、分からなくなるらしいよ。ほんとに危ういバランスの上で記憶って成り立ってるから、あまりにリアルな夢だったり、強い思い込みだったりしたら、それが現実と認識されてしまうかもしれないって。私、それを聞いて納得したの。私達、ニクラス教授があまりにも理想のニャル様だったから、影でリアルニャル様とか言って凄く見つめていたでしょう。それもあって…あんな夢を見たのかなって。そうであったらいいな、なんて、甘い考えて思ったから、それが夢になったんじゃないかって。」

湊は、それを思い出した。確かに、皆でAPP18だの、リアルニャル様だの言って、影でニクラスの姿を楽しんでいたのだ。思い込みのせい…。

「…妄想が産んだ、夢、ってことか?」

美里が、頷く。

「そう。納得できないかもしれないけど、多分そうなのよ。多数決では私達完全に敗北なんだしね。でも、妄想の中でもニャル様に会えて生還できて、私は幸せ。そう思うことにしたの。」

湊は、遠く海を見た。あの暗い海を見つめていたニクラスに、美里と二人で魅入られてしまったのか。月の光の下であまりに禍々しく美しいので、邪神だとあの瞬間、本気で思った。

その体験が強烈だったから、自分達だけあんな夢を見たのかもしれない。

湊は、息をついて足を宿の方角へと向けた。

「…分かったよ。」湊は、美里に笑いかけた。「邪神が見れて、ラッキーだったよな。ニクラス教授と、写真撮ってもらうか。」

美里は、飛ぶような足取りでその後ろに従った。

「マジで?!頼みづらいから、修三に頼もう?私達、頭がおかしいと思われてるし。」

湊は、笑って頷いた。

「頭がおかしいか。そうだよなー。修三に頼もう。」

そうして、二人は宿へと戻ったのだった。


船が来るまで、そう時間は掛からなかった。

ニクラス達の船はまだらしく、準備は出来ていたが、船着き場で待ちぼうけらしい。その間に、修三に頼み込んで、ニクラスと共に修三のデジタルカメラに収まった。

そうして、ニクラスと修三、デニスが握手を交わして船に乗り込んで行くのを見て、大河も、理久も一言二言挨拶を交わし、船へと乗り込んで行く。

美里が乗り込み、湊の番になる。湊は、ニクラスに頭を下げた。

「いろいろありがとうございました。失礼な事を言ってしまって、すみませんでした。」

ニクラスは、微笑んで湊に会釈を返した。

「楽しんだかね?」

湊は、曖昧な顔をした。楽しんだかと言うと、楽しんだのかもしれない。だが、しこりの残る旅だった。

「はい。」

そうして、船に乗り込もうと背を向けると、その背にニクラスが言った。

「…また深淵を覗きたくなったら、我を讃えるが良い。」

…え?

振り返ると、ニクラスはその口元に、嘲るような笑みを浮かべていた。

「船を出します。」

漁師がまだ棒立ちになってニクラスを見つめる、湊を押し込んでロープをほどいた。

そうして船が離岸して行く中、湊はまだニクラスから目を離せなかった。

どういう事だ…?やっぱりあなたは…!

「ニャ、」湊は叫んだ。「ニャルラトホテプ…!」

修三が慌てて湊を止める。

そんな中で、船は本土に向けて、走り出したのだった。


それから、湊はしばらく精神的に不安定だった。

湊の気持ちが分かるのは、美里ぐらいしか居ないので、美里が授業の合間の空き時間に、よく湊の入っている寮まで様子を見に来てくれた。

大河も理久も、話は聞いてくれるのだが、今一こちらが頭がおかしくなったと思っている節があり、どうしても分かり合えない。

その点、美里ならある程度は湊を肯定してくれるので、美里と話していると、少しは気分が和らいだ。

今日も、授業が終わって美里が訪ねて来た。

「どう?少しは気持ちが落ち着いて来た?もう、あれから二週間だよ。大河くんも理久くんも、今日大食堂で会ったけど心配してた。自分達が、誘って行ったせいでああなったって。」

湊は、弱々しく笑った。

「そうじゃないんだよ。」と、息をついた。「あいつら、TRPG好きだろ?でもオレ、もう二度とやりたくないから。もしニャルラトホテプがそれを見てて、今度はどんな世界に引きずり込もうとしてるかって考えたら、寝るのも怖いぐらいで…。」

美里は、苦笑した。確かに、シナリオの中には寝たら他の世界に引きずり込まれてしまうものが結構あるのだ。

リアルなクトゥルフ神話を体験したと思っている湊にとって、あり得ることで怖いのだろう。

湊がこんな様子なので、あの時ニクラスと撮った写真が、一枚も映っていなかったことは、とても打ち明けられなかった。

「ねえ、忘れた方がいいわ。」美里は、心配そうに言った。「最後にニクラス教授が言ったのだって、冗談だったのよ、きっと。あなたがクトゥルフ神話を信じてるから、合わせようとしてくれたのかも。」

湊は、途端に眉を寄せて、美里を睨んだ。

「深淵を覗き込みたくなったらって?内容は言ってなかったのに、あの時我を讃えよって言ったんだ。つまり、知ってたってことじゃないか!絶対に偶然じゃない、今もあの邪神はオレ達を見てるかもしれない…。」

湊は、身を縮めた。

美里は、もう慣れたように大きく息をつくと、そんな湊をなだめた。

「ごめん、分かったわ。だったら、そればかりを考えているのは、逆によくないわ。相手の意識と繋がるってことでしょ?考えないようにするしかないの。あの、催眠療法とかあるって聞いたの。一度、行ってみない?大丈夫よ、きっと忘れてしまえるから。」

湊は、怯えながらも、美里に背を撫でられて、頷いた。そうだ、考えてはいけない。あの呪文だって、もう忘れなきゃいけない…。

湊は、回りのサポートを受けながら、あの出来事を忘れようと努めた。

もう、湊の回りには、誰もクトゥルフ神話のことを、口にする人はいなかった。

なので、たくさんのインターネット上に公開されたシナリオの中に、『砂時計の穴』というシナリオがひっそりと紛れていることにも、誰も気付かなかった。

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