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21(裏)

すると、いきなりピシッという音がしたかと思うと、砂時計の砂が落ちているあの場所に、青い光の筋のようなものが走って、今の今まで流れていた、砂がピタリと止まった。

レーザーを照射して、焼いて塞いだのだ。

「?!」

湊は、ジリジリと池から下がる。

やっと退場だー!

隣りで真司が喜ぶ中、要は最後のセリフを口にした。

《ワガキミノ イシガ ナゲイレラレタ。ワガキミガ コラレル。ヒザヲツキ ワガキミヲ タタエヨ。》

そして、ミ=ゴの映像をそこで消した。

美里が、石を放り出して立ち上がると、慌てて祭壇から飛んで離れた。

「来る?!我が君って…ニャル様よ!湊くん、どうしよう!」

チカチカと、ランタンの灯りと、燭台に並んだ蝋燭の炎が揺れて、その空間が明るくなったり真っ暗になったりを繰り返す。

湊達も修羅場だったが、裏側では、もっと修羅場だった。

「そっち!彰さんが出るぞ!」

要が言う。こっちでは、ハリーが、わめく。

「噴霧する量を間違えるな!ジョンがまともにこの薬の正面に出るんだ、しっかり測れ!」

彰は、狭い所から無理やりに体を押し込んで、祭壇の裏から出るために四苦八苦していた。

「狭いな!私は決して太ってはいないぞ、どういうことだ!」

博正が、無理やりにぐいぐいと押し込みながら、言った。

「ちょっとここらが削りにくい岩質だったらしくて、こうなったんでぇ!我慢しろ!もう出なきゃチカチカが続いたらあいつらガン見して来るからバレる!」と、肩を足で踏んだ。「早・く・通・れ!」

すぽん、と、彰は下へと抜けた。

そうして、急いで祭壇の上へと立ったが、内心は博正に憤っていた。

…後で覚えておけよ。

彰は、そう思いながらも上着を引っ張って整え、背筋を伸ばした。

湊と美里は、膝をついて下を向いていた。彰は、ホッとした…恐らくは、彼らは発狂を恐れて顔を上げられないのだ。

じっと震えながら二人で身を寄せ合っている二人を見て、彰は演じねばと、クックと笑った。

聞き覚えがあると思ったのか、二人は顔を見合わせていた。

湊は、決心したかのように、勢いよく顔を上げた。

彰は、嘲るような笑みをその口元に浮かべて、湊を見下ろした。

…やっぱり!という顔をした、湊は、彰を見上げて叫んだ。

「ニクラス教授!あの…あの、神様は…?」

彰は、クックと笑った。

「この期に及んで君はまだ私が人だと思っているのか。」と、目を薄っすらと赤く光らせて、こちらへと歩いて来た。赤いのも、脇の照明の効果なのだが分からないだろう。「さあ、ここまで来た運の強さと、他を踏みつけて生き残ったその動きは私を楽しませてくれた。なので、願いを叶えよう。まあ、私の納得がいく願いであったならな。」

他を踏みつけて、という言葉に、湊は唇を噛んだ。彰は、それを見て笑った。そう、己が他を踏みつけて生き残ったのは本当のこと。それを受け止めて、更に生きるために醜く足掻くのだろう?

美里が、隣りで言った。

「ニャルラトホテプ様でしょう?!弥生を、弥生を返してください!あなたに、出来ない事など無いはずですわ!」

彰は、不機嫌に軽蔑するように美里を見下ろした。何を割り込んでいる。キャンキャンとうるさいのは好かん。

「なんだその、酷い発音は。我が名を崇めるつもりはあるのか。それに、お前には権利はない。最後に解いたのは、湊。確かに私に出来ない事など無いが、叶えるか叶えないかは私が決める。お前の望みは、くだらない。これまでの事が吹き飛ぶほどにくだらない。私を失望させるな。分かるな?湊。」

湊は、困って視線を泳がせた。恐らくは、他の皆を生き返らせて欲しいのだろう。正確には誰も死んでいないのだから、そんな事は簡単だし、そもそも殺すつもりもないので最後にはそうなるのだが、簡単にそれを叶えては、邪神の名が廃る。他の、欲望の塊のような望みも聞いてみたいもの。

悩んでいた湊は、しかし言った。

「…申し訳ありません、失望させてしまうと思います。」彰は、クッと眉を寄せる。それでも、湊は続けた。「どうか、仲間たちを生き返らせてください。何か願いと言われたら、それしか、オレには思い浮かびません。」

彰は、不機嫌に背を向けて、祭壇へと戻ったが、こうなった時のシナリオは、もう決まっていた。そう、自分が扮しているニャルラトホテプは、自分を失望させる人類などに、容赦はしない。簡単にはそれを遂げさせないだろう。なので、台本通りに、祭壇まで行った時、ふと足を止めて、振り返った。

その顔には、いたずらっ子のような笑みが浮かんでいた。

「…ならば叶えよう。」湊が、驚いていると、彰は続けた。「さあ、では我を敬え!我を讃えよ!我はお前に言ったはず。全てを成した後、望みを叶えたくば我を讃えよと。さあ申せ!」

湊は、驚いて彰を見上げた。

彰は、薬の効果を感じ始めていた。そろそろと噴霧され続けていた薬が、自分に影響を及ばして来ている。見ている世界が、もはやまるで異世界のように、がっしりとしたおどろおどろしい洞窟、煌びやかな燭台、高価な宝石のような赤い石、不気味な池と化していたのだ。そこへ重なっている、映像を実体と感じている証拠だった。

ああハリーよ、私に何を見せてくれる。

彰は、実は内心とても興奮していた。

「湊くん…!」

美里が、心配そうに湊を見上げる。湊は、しかし思っていた。そう、大河達との最後のセッションの時、自分は発狂してしまった。だからこそ、あの呪文は頭に入っているのだ。

「くとぅるふ ふたぐん にゃるらとてっぷ つがー…、」

彰は、顔色を変えた。簡単に詠唱されては、私が神話生物をこの目で実感して見る事が出来ないではないか!

ならばシナリオ通り苦しんでもらおう。

そして、手を上げた。

池の中から、ブワッと大量の触手が溢れるように出て来て、床を這い回って美里と湊にまとわりついた。

実際には、何本かのロボットアームが出てきて動いている状況だった。

「きゃああああああ!!」

美里が、必死に立ち上がって、どうにかそれから逃れようともがいているが、足元にもうねうねと大量の触手が這っていて、足の踏み場もなく、そもそもが逃げ場などない。

「ハハハハハ!」

彰は、自分も足元を大量の触手が這っているのを感じていた。思っていたより数段リアルで、しかも這っているこの気持ち悪さと言ったらまるで実体があるようだ。

その触手にまとわりつく海水すら、ヌラヌラと光る粘液に見えた。

長く生物ばかりを見ていた自分が、こんな醜悪で冒涜的な生き物は、見た事が無かった。

しかしそれらは、邪神である自分のことは、スルスルと怯えるように避けて行くのだ。そんな様すら映像で再現し、それをこれほどに実体として認識できるのを、彰は心から楽しんでいた。

要は、皆と共に彰の様子を見ていた。

そんなことはあり得ないとは思っていたが、万が一にも彰が神話生物をリアルに見て、発狂でもしたらと警戒して見ていたのだが、彰はその目にどこか狂気を宿しているように見えるものの、特に演じることを忘れることも無く、正常であるようだ。

だが、目の光は人外のそれを、見ているような錯覚を起こさせた。

「こわ…大丈夫か、あいつ。もしかしたら元からイっちまってるからこれが本性とかじゃねぇだろうな。」

博正が、それを見て険しい顔をする。ハリーが、首を振った。

「いや、大丈夫だと思うのだが。あんな目になるのは、ジョンがそこには無いものを見ているからなのだ。問題ない。」

だったらいいけど。

皆が思って見守っている。ロボットアーム班だけが、真剣な顔で忙しく動いていた。

いやもう一班、環境担当のもの達も、送風機だけでは足りずに、必死に裏であおいでランダムに流れる気流を作る事に尽力していた。

その風に煽られた彰の髪留めがスルリと抜けて、長い髪がまるで生き物のように宙を舞った。

美里が、もはや触手に埋もれながら、必死に叫んだ。

「早く!湊くん、早くニャル様を讃える呪文を!妨害しているのよ!」

湊は、自分も触手たちに足を取られながら、必死に叫んだ。

「くとぅるふ ふたぐん にゃるらとてっぷ つがー しゅめっしゅ 」

と、触手の中へと倒れ込み、ズルズルと池へ向かって引きずられるのを感じた。

ロボットアーム班が何とか阻止しようと掴んで引っ張っているのだ。

「湊くん!」

引き込まれる!

湊は必死に続けた。

「しゅめっしゅ にゃるらとてっぷ つがー くとぅるふ ふたぐん!」

途端に、彰はチッと舌打ちするような仕草をした。

なんだ、もう終わりか。なかなか面白い世界だったのに。

シナリオ通りに、するすると山のような触手たちは池へと戻って行った。彰は、またあの狭い通路へとサッと体を押し込んで、そうしてそこから、必死に上へと博正と真司に引っ張られて這い上がった。

触手がうねうねと流れていた床には、撒き散らされた石や、倒れた燭台、溢れた海水などが残って、散々な様子だった。

湊が気が付いて慌てて起き上がると、もうそこには、彰の姿は無かった。

「え…」湊は、体を起こして、きょろきょろとした。「ニクラス教授?!約束は?!みんなを返してくれるんでしょ?!」

彰は、何とか戻ったところで、要にヘッドセットを押し付けられて、そこから最後のセリフを、言った。

《…私は、約束は守るのだ。今回は仕方がない。言うことを聞いてやろうではないか。だが、次はこうはいかない。せいぜい己の傍に這い寄る混沌が、現れぬことを宇宙に祈るが良い。》

ズズン、と何かの音がした。

シナリオ通りに出入口を開いたのだ。

「…出入口が開いたんじゃ…?」

美里が、ボロボロの状態で、言った。

湊は、それに頷いて、倒れてもまだ頑張って着いていたランタンを拾い上げると、美里の手を取って、そうしてあちこち痛む体を引きずって、外へと向かったのだった。

終わったか…。

要は、ホッと力を抜いて彰を振り返った。

彰は、清々しい顔をしながら、言った。

「終わった。まあ、準備していたものはほとんど使えたのではないか?」

要が、苦笑した。

「クリスは不満のようです。頑張って作った呪術書が活躍しませんでしたからね。」

博正が、大袈裟に息をついた。

「まあ面白くなかったとは言わないが、もう勘弁だ。決まってる台詞なら何とかなるが、その場に応じて臨機応変に情報を出せってのが難しいんだっての。もう当分いいだろ。人狼にしとけ、人狼に。」

彰は、もう飽きたのか、今の今まで楽しげにしていたのに、あくびをして伸びをした。

「後は頼む。腕輪を回収して、撤収だ。ま、暇潰しにはなった。」

そうして、そこを出て行く。

モニターでは、外へと出た湊と美里が見えた。

「投与します。」

ハリーが言う。

その言葉と共に、二人はそこにバッタリと倒れ、それで全ては終わったのだった。

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