18
《チョウセンヲ アキラメル ノ デスカ。》
その頃、湊と理久も、この得体のしれない怪物の訪問を受けていた。
何かが通路を入って来たので、てっきり二人が戻って来たのだとそちらを見たら、そこにピンクっぽい色の、かぎ爪のそれを見たのだ。
「うわ…!!」
二人は、恐怖のあまり、後ろへと必死に這った。立って走る余裕が、まったくなかったのだ。腰が抜けて、立ち上がれない。
すると、その怪物は、更に寄って来て、言った。
《チョウセンヲ アキラメル ノ デスカ。》
湊は、やっと怪物が、自分たちに話しかけているのだと知った。隣りの理久を見ると、理久は泡を噴くのではないかというほどあわあわと言葉になっていないし、声が出ていない。
湊は、おずおずと言った。
「その…挑戦は、する。仲間が、奥へ行ったと思うんだけど。」
相手は、頷くように、頭らしい場所を動かした。
《ハイ。ハイセツ ノ ホウホウヲ ワレワレノ ナカマガ セツメイシテイマス。カレラモ チョウセンスルト イッテイマス。デハ、スグニ アルジノ マエニ。》
その怪物は、せっつくようにかぎ爪で二人をクイクイと引っ掛けて奥へと連れて行こうとした。湊は、触れられるのが嫌で、跳んで立ち上がった。腰が抜けていたのに、案外に立てた。
「ちょ、ちょっと待って、どうして急いでるんだ!行くよ、行くから!仲間が戻るのを待ってて…その、奥へ問題を確かめに行ってると思うんだ。」
怪物は、言った。
《マダ オクニハ キテイマセン。ハイセツ シテマス。ジカンヲ トルト アルジガ ダツラクシャ トシテ ショリセヨ ト オッシャッテイマス。ダツラク シマスカ。》
湊は、処理、という言葉にゾッとした。何をされるんだ。
「処理?処理って…全員が挑戦を受けて終えるのに、タイムリミットがあるっていうこと?」
怪物は、頭を振った。頷いたようだ。
《ハイ。アルジハ キガナガイ カタデハ アリマセン。ダツラク シマスカ。》
どうも、脱落して欲しいような感じだ。
湊は、急いで首を振った。
「脱落しない!行くよ、行くから!」と、理久を引っ張って、立たせた。「理久、とにかく行こう。大河と美里さんに合流して、このことをニクラス教授に言わないと。」
理久が、たいがいSAN値を削られてフラフラのようで、青い顔をしてただ、頷く。
湊は、そんな理久に手を貸して、後ろから見張るようについて来る、その怪物を警戒しながら、奥へと進んだ。
しかし、案外にその怪物は、理性的なようだった。
「その…君達の、主は?」
怪物は、かぎ爪でぽりぽりと頭の触手のようなものを掻いた。
《アルジヲ スウハイシテ イナイノデスカ。ダトシタラ シカクハ アリマセン。ダツラクニ ナリマス。》
湊は、慌てて言った。
「違う、その…君達は、オレ達と同じ神を崇拝してるのかって聞いてるんだ。」
怪物は、納得したようで、体を揺らした。
《ハイ。ワガキミハ ユイイツムニノ ハイヨル コントンノ カミ。スバラシキ エイゴウノ カミタチ ノ シシャ。》
理久と湊は、息を飲んで顔を見合わせた。
這い寄る混沌…!!
だとしたら、もしかしたらと思っていたが、これは、ミ=ゴでは。
湊は、自分が発狂しているのではと一瞬、恐れたが、しかしこうして冷静に考えることが出来ている。
ゲームでSAN値チェックしていたとしたら、成功したのだろう。
対して、理久は怒涛のSAN値減少で恐らくかなりのピンチだ。
だが、今ので理久の頭を逆にクリアになったようで、しっかりした目になった。すると、前方に、赤っぽいミ=ゴが見えた。
《ハイセツハ ダイジョウブ デスカ。》
結構気が利くミ=ゴのようだ。
湊と理久の二人は、首を振った。
「大丈夫だ。あの、大河と、美里は?」
相手は、答えた。
《アルジノ ミマエヘ。アナタガタモ マイリマショウ。サイゴノ チョウセンヲ。》
言われて、二人は顔を見合わせて、頷いた。大河と美里、自分と理久、そしてニクラス。きっと、打ち勝つ事が出来る!
そうして、案外に話が分かっておとなしい、ミ=ゴ達に連れられて、理久と湊は一番奥の、祭壇のある部屋へと向かった。
そこは、ランタンの明かりでも照らし切れていなかったが、それでも見えないわけではない、明るさだった。
正面に祭壇らしきものがあり、聞いていた通り燭台が並び、真ん中に金色の大皿、その上の赤い石、そして、脇に直径三メートルほどの池。
湊と理久が入って行くと、先に来ていた、大河と美里が振り返った。
「湊、理久。」大河が、深刻な顔をして、寄って来た。「これ…。」
湊は、大河が差し出す四角いものを見た。
それは、ニクラスが持っていた、デニスの手帳だった。
「…ニクラス教授が持っていた、デニスさんの手帳だ。ニクラス教授は?」
美里が、悲壮な顔をして、首を振った。
「居ないの。それで…探し回ったんだけど。こんなに見通しがいい所でしょう。影になっている所があるのかなって、見たけど…どこにも。」
教授が、消えた。
湊は、途端に一気に不安になって来るのを感じた。何よりも、自信に満ちていて優秀で、頼りにしていたニクラスが。
「ここに、落ちてたんだ。」
大河が、追い討つように言う。
そこは、小さな池の、淵だった。
「そんな…まさか、教授は池に?」
大河は、首を振った。
「分からない。だが、そうとしか考えられないんだ。どこにも居ないし、ここが洞窟の一番奥。ここまでの部屋で、教授の姿はなかった。何より、ミ=ゴ達に聞いてみたけど、何度聞いても、あなたがた以外の人類はここには居ません、って答えるんだ。」
湊は、後ろを振り返った。あの、二体のミ=ゴは後ろで並んでこちらを観察している。湊は、小声で言った。
「やっぱり、ミ=ゴだよな?ってことは、主っていうのは…」
「シッ!」美里が、急いで指を唇に当てて、言った。「分かってる。でも、現れたら怖いから、私達も口には出さないの。」
理久が、真面目な顔で頷いた。
「ミ=ゴが、這い寄る混沌、って言ってたんだ…。」
四人が、顔を見合わせる。
そうだ、絶対にそうだ。だとしたら、そのままで出て来られたら発狂するから名前は口にしないでおこう。
すると、何も言わないのに、ミ=ゴ達がいきなり話し始めた。
《…トキガ キタラ ワレワレガ ダツラクトシテ ショリ シマス。エイエンニ ワガアルジニ ツカエル タメニ。》
美里が、何かを悟ったのか、隣りで身を硬くする。
そして、祭壇下に転がる、透明の筒を見て、もっと慄いた顔をした。
「…ああ。」と、絶望的な顔をした。「そうよ、頭に穴が開いて中身が空っぽだった話。そして、体朽ちなかった話を聞いたじゃない。ミ=ゴに、処理されてたんだわ。脳を取られて…あの、中に。」
残りの視線が、祭壇下へ向いた。あの筒…もしかしたら、ミ=ゴが取り出した脳を生かしておくために入れる容器か?!
「永遠に仕えるってそういう事だったのか!」と、理久はミ=ゴ達を見た。「そんな…問題はなんだ?!」
すると、誰も何もしないのに、いきなり燭台の蝋燭にパパパパと炎が着いた。突然のことに慌てて祭壇から離れると、ミ=ゴが言った。
《スナヲ ナガセ。》
「え?!」
思わず、湊は叫ぶ。
すると、壁に三つ並んであった前に見たよりは幾分大きめの砂時計がひとつ、くるりとひっくり返った。
「そんな!砂時計が!」
《サア トキハ キタ。》
問題は何だ?!
四人は、必死に回りを見て、それらしい物を探した。




