16(裏)
結局、おにぎりを食べた後は放心状態で、誰も口を開く事はなかった。
大河が、あの部屋から見付けたパズルを持ってきて、何とかはめられないかと黙々と励んでいる。
デニスは、それを横目に見て、思った。
…10分では、無理そうだな。
そう、あの砂時計は10分だと聞いている。その10分の間にパズルを組み、脱け出すのは、大河には無理だと思った。
と、黙っていた湊がデニスに言った。
「デニスさん、あの、砂時計って何分ぐらいなんでしょう?本当に一瞬だったように思いました。」
10分。
デニスは心の中で答えた。しかし、最初から知っているのはおかしい。
なので、上着の内ポケットから、細かい目盛りが並ぶ、銀色のスチール製の定規を出した。
「測って来よう。」
立ち上がるデニスに、一人では行かせられないと思ったのか、湊は慌てて立ち上がって、一緒にそこへと向かった。
砂時計は、やはり丸い枠にはまったままそこにあった。デニスは、それが砂時計を固定するためにあるものだと知っていたし、それがリモートコントロールされているのも知っていた。
演技しなければ、と、デニスは定規をそれに翳して、触れないように大きさを測った。
「…これは、15センチの定規なんだ。今測った大きさと流れ出る場所の幅などを考慮して考えると、恐らく10分ぐらい。砂の細かさや量にもよるし、正確には分からないがね。」
湊は、絶句した。
そしてしばらく唖然としていたかと思うと、言った。
「そんな…」と、大河を振り返った。まだパズルを前に唸っている。「…10分では無理だ。先に問題を知っておいて解いてから、中へって方法なら、まだ何とか…でもいきなりは、無理ですよ!」
デニスは、ここで自分が退場せねばならないシナリオなのを知っていた。本当は言いたくなかったが、それが役目なので、言った。
「…ここは、私が。」湊がビックリしていると、デニスは続けた。「これ以上あなた方に危険な事はさせられない。私がやる。幸い、ここはパズルだ。先に正解を知っておく事が出来る。試練を全て終えないと、恐らくは外への道は開かないのだから。」
湊は、複雑な顔をした。恐らく葛藤しているのだろう。本当はそうしてほしいが、それではあまりにも…と。
恐らく行ってきてほしいのだろうな。
「…じゃあ、オレも。」湊は、言った。デニスは驚いた。湊は続けた。「デニスさんだけに危険な事はさせられません。オレ、英語も読めるし。この部屋には本もあるから、パズルに何か他の意味があっても、手伝えますから。やります。」
怖いだろうに。
デニスが不憫に思っていると、横から声が割り込んだ。
「オレが行く。」大河が、パズルを手に立っていた。「出来たんだ。オレがやったんだし、オレが行くよ。」
見ると、綺麗にパズルが完成している。
…それは、無意味なのに。
デニスは思った。恐らくは、薬で違う物が見えるようにされるだろう。あくまでも、正面からこの試練に挑まなければ、クリアとは認めないのが、クリスのシナリオだった。
デニスは、分かっていたが、渋々頷いた。
「君達がそう言うなら。だが、何があるか分からない。油断するな。」
そうして、怯えて遠巻きに見ている理久と美里を後目に、デニスと大河が部屋へと残り、湊は外へ出た。
「最後の一枚だけ、外します。」大河が、そう言ってパズルの木板を一枚取った。「これをはめたら終わり。すぐに外へ出て、終了です。」
デニスは、大河と目を合わせず、頷いて床を見た。
「バラけてはいけないから、床に置いてやろう。君は入り口の前に。私はその後ろに居る。」
大河は頷いたが、緊張した顔つきだ。理久が後ろから叫ぶ。
「気を付けて!ひっくり返したらすぐに下がって来るよ!」
デニスは頷いて、大河が出入口前で床にパズルを置いて座ったのを確認してから、砂時計に手を掛けた。
「行くぞ。」
そして、砂時計はひっくり返された。
出入口は突然に落ちてきた岩に閉じられ、そうして天井が、またあの嫌な音を立てて降り始めた。
「さあ!最後のピースをはめて!」
デニスが叫ぶ。
大河は、震える手でピースをはめようとして、ピタリとその手を止めた。
…形が合わない。
「どうして…さっきまでは…!」
そうか、やはりおかしく見えているか。
デニスは思った。デニスの目からは、パズルはきちんとはまろうとしていた。だが、他ならぬ大河の手で、それはバラバラにされて、必死にそれを焦点が定まらない目で合わせようと無意味な動きをしていた。
「大河!どうしたんだよ!」
湊の声が聞こえる。
「ピースがバラバラなんでぇ!今の今まで合ってたのに!」
デニスは、すぐにでも合わせる事が出来たが、あいにくもう、結末は決まっている。
「貸せ!」
デニスは、それを手にした。
思ったより複雑だが、組むのは問題ない。
デニスは思いながら、ならば大河だけでも外へ出そうと思った。実は大河も退場させても良かったが、また別ルートになるだろう。だったら、ギリギリで、やろう。
天井がバキバキと棚や机を潰して行く音が聞こえてきた。
「ダメだ…!間に合わねぇ!湊!理久!」
大河が転がったまま叫ぶ。
「大河!大河ー!」
湊の声が返ってきた。
「何事だ?!デニスか?!デニス!」
ジョンがシナリオ通りに戻って来た。
湊の声がしている。
「大河!大河!」
「湊!ああ!」
デニスは、ピースをはめた。
「…出来た!」
途端に、岩が横へと滑って開いた。
もう、隙間はやっと人が寝たままで入る程度だ。
「引っ張れ!」
デニスは、気を失った大河を、ぐいぐい押した。向こうの誰かが、引っ張って行くのを感じる。
天井は、もう目の前だった。
…確かに助かると分かっていてもこれは怖いな。
デニスは思いながら、圧迫されて案外に出ない声を絞り出した。
「頼んだぞ…!」
天井は床へと完全に落ちた。
その直前に、いきなり天井がふにゃふにゃと自分の体にまとわりついて来て、デニスは顔をしかめた。
「デ、デニスさん…!!」
湊の声が、遠くくぐもって聴こえたが、そのあとすぐに、そのぐにゃぐにゃが巻き取られて、真司が顔を覗かせた。
「お疲れさん。君はもう退場だな。ここまでジョンのお守りが大変だったろう。さ、こっちへ。」
小声で言われて、その空洞の中を脇へと入り、デニスは裏へと出て行ったのだった。
「どうして勝手に挑戦を受けた!」彰は、わざと声を荒げて言った。「私が共ならこんなことにはならなかった!どんな問題でも一瞬で処理してみせる自信がある!それなのに、勝手なことを!」
皆が項垂れるのを見て、彰は思った。どこまでも浅はか。クリスのシナリオを見た時、いくらなんでも同意しないだろうと、デニスは一人で暴走を演じねばならないのではと危惧したが、杞憂だった。
「う…、」
大河が、目を開いた。湊が、慌てて大河に駆け寄る。
「大河!しっかりしろ!」
大河は、湊の声にハッと目を開いて、そしてガバッと上半身を起こすと、回りを見回した。
「オレは?!試練は…」と、一人一人を見た。「デニスさんは?!」
湊は、泣きながら下を向く。理久も美里も、大河を目を合わせようとはしなかった。
彰は、心の中の想いもあったので、苦々し気に言った。
「死んだ。」と、大河に詰め寄った。「どうして待てなかったのだ。私が戻るまで待てば、こんなことにはならなかったのに。この神の挑戦とやらの、ルールを見に行っていたのだぞ。それが分からないままに、先へ進めて良い事など無いのは分かっていただろうに。こんなことで…デニスを失うなど。」
大河が、大きな声を上げて泣いている。
最後に気を失っている大河を押し出し、自分は犠牲になった。
そう思うと皆、自分の浅はかさを悔いているのだろう。
「あの、あの瞬間まで合っていたのに」大河は、しゃくりあげながら言った。「どういう訳か、バラバラになっていて。まるで、リセットされたみたいに…!」
それではフェアではないではないか。
彰は、内心思っていた。
ゲームというからには、そんな小狡いことを許してしまっては面白くもない。
君達には、サイコロの代わりに生身の体での能力で戦わねば意味はない。
彰は、フッと息を吐いて、言った。
「…石板の残りの文字を解読して来た。」と、手帳を出した。「この神の挑戦のルールだ。まず、先に聞いておきたいのだが、あの最初の部屋の中で、木の板に解答を並べたのは誰だ?」
それには、項垂れていた、理久が答えた。
「あれは、弥生さんです。一番奥で、木の板の近くに居た。それで、それを持ったまま倒れたので、彼女しかそれを並べることが出来なかったんです。オレ達は、最後は身動きも取れなくて、好きな方向を見ることすら難しかった。彼女が、一番木の板の側に居たので、やってくれました。」
美里が、言った。
「私も手伝いました。何しろ、弥生は顔を上げるのも難しい状態だったので、石を掴んでいる手を数字の上に誘導するのを手助けしたんです。」
ニクラスはそれを聞いて頷くと、皆を見回した。
「では、美里さん以外のここに居る全員がまだ、誰も挑戦をクリアしていないと言うことになる。」皆が驚いた顔をすると、彰は続けた。「そこに居たのが問題ではなく、誰が成したかが問題になるのだ。向こうの部屋の試練は、弥生さんと美里さんが成した。こちらの部屋での試練は、デニスが成した。残りの、私、湊、大河、理久の四人は、まだ何もしていない。私達全員が、一つずつクリアすること、もしくは全員が死ぬことで、外への扉が開く。なぜなら、そこで挑戦が終わり、新しい挑戦者を受け入れる準備が整ったということになるからだ。私が、誰かひとりを連れて、次の部屋へ入る。その際、解答を示す時、その誰かと私で同時に示せば、二人がクリアということになる。それを、また次の部屋、そして奥の部屋でも成せば、全員がクリアできるはず。そうすれば、間に合わないと言うことは無い。私は、必ず問題を解くからだ。」
そう、これが私の参加しているゲームだったとしたら、君達はラッキーだ。私が黒幕の位置であるから、不幸なだけで。
「先走って、申し訳ねぇ…。」
大河は、がっくりと肩を落として後悔の涙を流した。彰は、そんな大河と、それに湊を見て、言った。
「今さらに取り返しがつかないことだ。それより、今生きている者達が、生きて帰ることを考えなければならない。では、次の部屋。最初の部屋の隣りの部屋は、私が入る。誰か、一人ついて来てくれ。」
さあ、こうは言っているが、私の助けを得られるのはたった一人。
彰は、そう思いながらじっと三人を見つめた。美里以外の三人は、絶対に試練に挑戦しなければならない。しかし、彰について来たなら、ほとんど何もしないで、安全が保証されてそれに挑むことが出来る。
だが、そのラッキーな一人に、誰がなろうと思うのかな?
彰の心を知らず、湊は悩んでいるようだ。
大河が涙を流したまま、言った。
「オレはまだ無理だ。まだショックが強過ぎて、とてもじゃねぇが冷静に出来そうにねぇ。理久だってまだ回復して来たばかりだろう。湊、行って来てくれ。オレ達も、次の挑戦から、ニクラス教授についてもらってやるから。」
湊は、驚いて理久を見る。理久も、頷く。
「どうせ、みんな同じ思いをしなきゃならないのは分かってる。教授がついてるから次は大丈夫だ。でも、ちょっと時間をくれない?まだ、膝がガクガクしててまともに立てないんだ。」
愚かな。チャンスがあったら先に奪い取らないと、いつまでも続くとは限らないのに。
彰は思ったが、それならそれでいいと思った。湊が、言った。
「では、ニクラス教授。オレが行きます。」
彰は、別に誰でも良かったので興味も無さげに頷いた。
「ああ。じゃあ、来るといい。」
そうして、このホールから行ける最後の部屋の、試練へと向かったのだった。




