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結局、おにぎりを食べた後は放心状態で、誰も口を開く事はなかった。
大河が、あの部屋から見付けたパズルを持ってきて、何とかはめられないかと黙々と励んでいる。
あの部屋の挑戦を受ける時、パズルが出来ていたらすんなりと出て来れると思ったからだ。
黙っていると気が狂いそうになる、と、湊がデニスに言った。
「デニスさん、あの、砂時計って何分ぐらい何でしょう?本当に一瞬だったように思いました。」
言われて、デニスは上着の内ポケットから、細かい目盛りが並ぶ、銀色のスチール製の定規を出した。
「測って来よう。」
立ち上がるデニスに、一人では行かせられないと、湊は慌てて立ち上がって、一緒にそこへと向かった。
砂時計は、やはり丸い枠にはまったままそこにあった。デニスは、定規をそれに翳して、触れないように大きさを測った。定規の長さと縦の高さが同じだったことは、湊にも分かった。
「…これは、15センチの定規なんだ。今測った大きさと流れ出る場所の幅などを考慮して考えると、恐らく10分ぐらい。砂の細かさや量にもよるし、正確には分からないがね。」
10分…。
湊は、絶句した。
あの物理の問題といい、木製のパズルといい、かなりギリギリの問題ばかりだ。
10分といっても、それを全て使える訳ではない。天井が下がり、隙間に挟まった状態での時間も入れての10分だ。
ということは、ニクラスのように一瞬で問題を理解し、一瞬で解いて、外へ出ないと助からない。
弥生のように、少しでも部屋の奥に居たら、膝も曲げられない高さにまでなると、這って出口を目指すことも出来ないのだ。
「そんな…」と、大河を振り返った。まだパズルを前に唸っている。「…10分では無理だ。先に問題を知っておいて解いてから、中へって方法なら、まだ何とか…でもいきなりは、無理ですよ!」
デニスは、少し躊躇うような顔をしたが、言った。
「…ここは、私が。」湊がビックリしていると、デニスは続けた。「これ以上あなた方に危険な事はさせられない。私がやる。幸い、ここはパズルだ。先に正解を知っておく事が出来る。試練を全て終えないと、恐らくは外への道は開かないのだから。」
湊は、少しホッとした自分に、腹が立った。デニスは、会ったばかりの自分達のためにそんなことをしようとしている。それなのに、自分は…。
「…じゃあ、オレも。」湊が言うと、デニスは驚いた顔をした。湊は続けた。「デニスさんだけに危険な事はさせられません。オレ、英語も読めるし。この部屋には本もあるから、パズルに何か他の意味があっても、手伝えますから。やります。」
しかし、横から声が割り込んだ。
「オレが行く。」大河が、パズルを手に立っていた。「出来たんだ。オレがやったんだし、オレが行くよ。」
見ると、綺麗にパズルが完成している。
デニスは、気が進まないようだったが、渋々頷いた。
「君達がそう言うなら。だが、何があるか分からない。油断するな。」
そうして、怯えて遠巻きに見ている理久と美里を後目に、デニスと大河が部屋へと残り、湊は外へ出た。
「最後の一枚だけ、外します。」大河が、そう言ってパズルの木板を一枚取った。「これをはめたら終わり。すぐに外へ出て、終了です。」
デニスは、頷いて床を見た。
「バラけてはいけないから、床に置いてやろう。君は入り口の前に。私はその後ろに居る。」
大河は頷いたが、緊張した顔つきだ。理久が後ろから叫ぶ。
「気を付けて!ひっくり返したらすぐに下がって来るよ!」
デニスは頷いて、大河が出入口前で床にパズルを置いて座ったのを確認してから、砂時計に手を掛けた。
「行くぞ。」
そして、砂時計はひっくり返された。
出入口は突然に落ちてきた岩に閉じられ、そうして天井が、またあの嫌な音を立てて降り始めた。
「さあ!最後のピースをはめて!」
デニスが叫ぶ。
大河は、震える手でピースをはめようとして、ピタリとその手を止めた。
…形が合わない。
「どうして…さっきまでは…!」
大河が叫ぶのを、湊は出入口横の小さな穴から聞いて背筋がヒヤッとした。どうしたんだ…?!
「大河!どうしたんだよ!」
中から、大河の悲痛な叫び声が聞こえた。
「ピースがバラバラなんでぇ!今の今まで合ってたのに!」
座っているので、姿は見えない。
「貸せ!」
デニスの声がする。
理久も美里も、恐れおののいた様子で後ろで縮こまっている。湊は、自分に言い聞かせた。
大丈夫…デニスさんはニクラス教授の助手なんだ、教授が一瞬で問題を解いたんだから、デニスさんだって出来る…!
しかし、出入口の岩はびくともしないまま、無情に天井がバキバキと棚や机を潰して行く音が聞こえてきた。
「ダメだ…!間に合わねぇ!湊!理久!」
湊は、姿が見えない大河に叫んだ。
「大河!」オレが行くはずだったのに。「大河ー!」
「何事だ?!」振り返ると、ニクラスが戻って来たようで、手帳を手に立っていた。「デニスか?!デニス!」
いくらニクラスでも、見えないパズルを解く事は出来ない。
湊は、涙を流しながら叫んだ。
「大河!大河!」
「湊!」大河から声が返ってきた。「ああ!」
「…出来た!」
デニスの声だ。
途端に、岩が横へと滑って開いた。
もう、隙間はやっと人が寝たままで入る程度だ。
「引っ張れ!」
デニスの声がして、ぐいぐいと大河が押し出されて来た。大河は、気を失っていて、それをニクラスと二人で湊は必死に引っ張った。
「頼んだぞ…!」
デニスの姿は見えない。
しかし、その押し殺したような声を最後に、天井は床へと完全に落ちた。
「デ、デニスさん…!!」
部屋が確かにあったその場所は、もはや岩の壁が沈黙するばかりだった。
「どうして勝手に挑戦を受けた!」ニクラスが、珍しく声を荒げて言った。「私が共ならこんなことにはならなかった!どんな問題でも一瞬で処理してみせる自信がある!それなのに、勝手なことを!」
湊も、理久も美里も項垂れた。ニクラスが言うのも、もっともなのだ。大河は、万全の構えで中へと入った…大丈夫なはずだった。それなのに…。
「う…、」
大河が、目を開いた。湊が、慌てて大河に駆け寄る。
「大河!しっかりしろ!」
大河は、湊の声にハッと目を開いて、そしてガバッと上半身を起こすと、回りを見回した。
「オレは?!試練は…」と、一人一人を見た。「デニスさんは?!」
湊は、泣きながら下を向く。理久も美里も、大河を目を合わせようとはしなかった。
ニクラスが、苦々し気に言った。
「死んだ。」と、大河に詰め寄った。「どうして待てなかったのだ。私が戻るまで待てば、こんなことにはならなかったのに。この神の挑戦とやらの、ルールを見に行っていたのだぞ。それが分からないままに、先へ進めて良い事など無いのは分かっていただろうに。こんなことで…デニスを失うなど。」
ニクラスは、心底後悔しているようだった。デニスも連れて行っていたら、生徒ばかりでこんな無茶なことはしなかったのではと、きっと思っているのだろうと、湊は思った。
自分もひと言、ニクラス教授が戻るまで待とうと言えば良かったのだ。
それなのに…。
大河が、大きな声を上げて泣いている。デニスが解いたのに、そのデニスが戻って来れなかったのだ。
最後に気を失っている大河を押し出し、自分は犠牲になった。
しかし、湊はその事実を、今口にすることは出来なかった。
「あの、あの瞬間まで合っていたのに」大河は、しゃくりあげながら言った。「どういう訳か、バラバラになっていて。まるで、リセットされたみたいに…!」
不正は許さない、と神様が言っているんだろうか。
湊にもうまく行かなかった意味が分からず項垂れていると、しばらく黙っていたニクラスが、フッと息を吐いて、言った。
「…石板の残りの文字を解読して来た。」と、手帳を出した。「この神の挑戦のルールだ。まず、先に聞いておきたいのだが、あの最初の部屋の中で、木の板に解答を並べたのは誰だ?」
それには、項垂れていた、理久が答えた。
「あれは、弥生さんです。一番奥で、木の板の近くに居た。それで、それを持ったまま倒れたので、彼女しかそれを並べることが出来なかったんです。オレ達は、最後は身動きも取れなくて、好きな方向を見ることすら難しかった。彼女が、一番木の板の側に居たので、やってくれました。」
美里が、言った。
「私も手伝いました。何しろ、弥生は顔を上げるのも難しい状態だったので、石を掴んでいる手を数字の上に誘導するのを手助けしたんです。」
ニクラスはそれを聞いて頷くと、皆を見回した。
「では、美里さん以外のここに居る全員がまだ、誰も挑戦をクリアしていないと言うことになる。」皆が驚いた顔をすると、ニクラスは続けた。「そこに居たのが問題ではなく、誰が成したかが問題になるのだ。向こうの部屋の試練は、弥生さんと美里さんが成した。こちらの部屋での試練は、デニスが成した。残りの、私、湊、大河、理久の四人は、まだ何もしていない。私達全員が、一つずつクリアすること、もしくは全員が死ぬことで、外への扉が開く。なぜなら、そこで挑戦が終わり、新しい挑戦者を受け入れる準備が整ったということになるからだ。私が、誰かひとりを連れて、次の部屋へ入る。その際、解答を示す時、その誰かと私で同時に示せば、二人がクリアということになる。それを、また次の部屋、そして奥の部屋でも成せば、全員がクリアできるはず。そうすれば、間に合わないと言うことは無い。私は、必ず問題を解くからだ。」
その自信がどこから来るのか分からなかったが、しかし確かに、ニクラスならやってくれそうな気がした。
それを、この部屋でも出来ていたらと、ニクラスは憤っていたのだ。
「先走って、申し訳ねぇ…。」
大河は、がっくりと肩を落として後悔の涙を流した。ニクラスは、そんな大河と、それに湊を見て、言った。
「今さらに取り返しがつかないことだ。それより、今生きている者達が、生きて帰ることを考えなければならない。では、次の部屋。最初の部屋の隣りの部屋は、私が入る。誰か、一人ついて来てくれ。」
これについて行けば、恐らく結構な確率で自分の挑戦は成功となる。
それが分かっていたので、湊には自分から行くとは言えなかった。怖い思いをした大河と理久に、譲った方がいいのかと迷ったのだ。
しかし、大河が涙を流したまま、言った。
「オレはまだ無理だ。まだショックが強過ぎて、とてもじゃねぇが冷静に出来そうにねぇ。理久だってまだ回復して来たばかりだろう。湊、行って来てくれ。オレ達も、次の挑戦から、ニクラス教授についてもらってやるから。」
湊は、驚いて理久を見る。理久も、頷く。
「どうせ、みんな同じ思いをしなきゃならないのは分かってる。教授がついてるから次は大丈夫だ。でも、ちょっと時間をくれない?まだ、膝がガクガクしててまともに立てないんだ。」
湊は、先にクリアしていいんだろうかと思いながら、頷いてニクラスを見た。
「では、ニクラス教授。オレが行きます。」
ニクラスは、特に興味も無さげに頷いた。
「ああ。じゃあ、来るといい。」
そうして、このホールから行ける最後の部屋の、試練へと向かったのだった。




