15(裏)
なかなかいいランタンだったのに、1個無駄にしてしまったか。
彰は、チラと振り返って思っていた。もちろん、弥生は死んでなど居ない。天井の岩は、ギリギリまで全く反発も無く硬いが、電流を切った途端に、緩いふにゃふにゃの素材になるという代物で出来ている。
なので、弥生は、岩に挟まれると思った瞬間にふにゃふにゃの何かに包まれ、それと同時に薬で意識が無くなっているので、今頃は夢の中だろう。
しかし、そんなことなど知らない者達は、例によってSAN値を失って大変な状態だ。
しかし、ゲームでは嬉し気にSAN値チェックをしているのではないのか。
彰は、そんなことを思いながら、湊に問題用紙を渡した。
「…簡単な物理学の波動の問題だ。これの答えを示せば、道が開ける造りだったらしい。」
そう、恐らくは小学校…いや、どうなのだろう。一般ではどの辺りで学ぶ内容だったか。
湊は、茫然とそれを受け取った。
デニスが、庇うように言った。
「パニックに陥ったら簡単な問題でも解けなくなる時があります。こんな仕掛けがあるなど知らず、生徒たちだけで調べさせていた我々に責任でもあります。」
彰は、厳しい顔をしていたが、頷いた。一般論が分からないし、余計なことは言わない方がいいな。話題を変えて進めよう。
「確かにそうかもしれない。だが…」と、チラと洞窟の出入口の方を見た。「…事態は、あまり良い方向には行っていないようだぞ。」
湊は、え、とそちらを見た。
そういえば、あちらから漏れていた、日の光が全く見えない、と、気付いてくれたようだ。
「ま、まさか…」湊は、震えながら彰を見上げた。「まさか、洞窟の出入口も塞がれてるんですかっ?」
デニスは、そちらを見て、もう答えは分かっている、というように、深いため息をついた、言った。
「…見て来よう。外が暗いだけだったらいいのだが。」
そもそも、デニスも知っているし、使い走りばかりさせられてそろそろ面倒になって来ているのだろう。
彰は、思っていた。自分なら、あんなにこき使われたら面倒で止めたくなるからだ。
美里が、半狂乱で叫んだ。
「なんでっ?!どうしてそんなに落ち着いていられるの?!弥生が死んだのよ!本物の岩だったわよ!体に当たって、痛くて、冷たくて…、それに、弥生は圧し潰されてしまったのよ!」
大河も、湊も下を向く。
そう見えたのは仕方がないし、そう見えるように演出しているので、こちらは成功して胸を撫で下ろしているのに、君達はその事実を受け止めて、本当は楽しんでいるのではないのかね?
彰は思ったが、これもある種の儀式なのかもしれない、と、生徒達の嘆く様子を観察した。
理久は茫然と床に座り込んでいたのだが、呆けたように、言った。
「…いきなりだったんだ。」理久は、大河と湊を見上げた。「砂時計を、裏返しただけだった。そうしたら、あのレールにガッツリはまっていて、元へ戻せなかった。天井が、どんどん下がって来るんだ…重すぎて、押し返すことも出来なかった。もう、もう死ぬんだって…。」
美里が、それを聞いてまたワッと泣き伏した。
「私の!私のせいだわ!何も考えずに砂時計を裏返したりしたから…!私のせいで、弥生は死んだのよ!」
大河と湊は、顔を見合わせた。
そうか、君が裏返したのか。自分のせいで人が死ぬのは耐えられないのだな。そうでなかったら、君の反応はどうだったのかな?
彰は心の中で嘲笑した。
「…オレが調べてた、左の部屋にもあった。」湊が、言った。「砂時計だ。オレの所は、木の枠の中に形をきっちり入れる、パズルがあった。もしかしたら、あれをひっくり返していたら、オレ達も同じことになってたんじゃ…。」
そこへ、出入口を調べに行っていた、デニスが戻って来た。
「岩で、閉じられていました。手でどうにか出来るような重さではありませんね。」
彰は、ようやっと先へ進めるかとその報告に頷く。
大河が、やり場のない気持ちで、床を足で蹴った。
「くそう!なんだって、こんなことをするんでぇ!」
君達の楽しみの為。そして私の楽しみの為だ。思いながら、彰は答えた。
「…遊びだ。」驚いて皆が彰を見ると、彰は続けた。「我々を試す、神の遊びなのだ。私達は、奥の部屋で石板を見つけた。それを解読して書き写していたら、大河が呼びに来たのだ。その石板に、あまり喜ばしいことは書いていなかった。読み進めてここを出た方がいいと分かった時には、もうゲームが始まってしまっていたということだ。」
デニスも、視線を下に向けて、じっと黙っている。シナリオにあくまでも忠実な彰に、生徒達の悲しみが分かっても従うよりない。
湊は、愕然と彰を見上げた。
「それって…それは、何が書いてあったんですか?それも、英語で?」
彰は、首を振った。
「ラテン語だった。」と、デニスから手帳を受け取った。「『…深淵を覗き込み、我に事を願うもの、我が前に膝をつき我を讃えよ。我が為に踊れ。我が眼を楽しませ、我が心を滾らせよ。砂が尽きる前に。すべてを成し我に願え。すべてはそなたのもの。さあ砂を落とせ。我を讃えよ。』と。」
湊も、大河も理久も、美里でさえも泣くことも忘れ、それを聞いて黙って固まっていた。
君達は何を願おうと今、心に思った?
彰は、皆を見ながら思った。人の一般人の考えとやらを、よく見てやろうではないか。
「…じゃあ、オレ達は始めてしまったんですね。」湊が、言った。「知らない間に、その遊びというのを。」
彰は、頷く。
「そうだ。その他に、明確なルールが書いてあったのだが、そこへたどり着く前に、こちらへ来たので、まだ読み切れていない。私は奥へと戻るが、君達はどうする?ここで動かずじっとしているのも良し、私と共に奥へ来るのも良し。だが、奥でも何があるのか分からないぞ。確かに、奥の部屋にも砂時計はあった。しかも、数が多かった。」
湊は、ビクッと体を硬くした。つまりは、どの部屋に居ても、今のような事態が起こる可能性があると認識したのだろう。
今居るホールのような場所を見回していて、砂時計の有無を調べているのが分かった。ここには砂時計は無い。つまりはここに居れば、とりあえずは安全なのだ。
「…オレ達は、足手まといになるから。ここで、待っています。あの、解読が終わったら、またここへ戻って来てもらえますか。」
彰は、それを聞いて目を細めた。保身に走ったか。ではそちらのルートだな。
心の中でシナリオのページをめくりながら、彰は頷いた。
「…では、それで。君達が心配なので、デニスはここへ置いて行く。何かあったら、デニスを寄越してくれたらいい。ではデニス、手帳は借りておくぞ。」
デニスは、頷いた。
「はい。お気をつけて。」
デニスの頭の中でも、同じルートへとシナリオが進んだはずだ。彰は頷くと、何のためらいもなく奥へと引き返して行った。
湊は、それを見送ってから、デニスを見上げた。
「教授は、凄く勇敢な人ですね。オレは…こんな状況で、一人でなんて耐えられない。」
デニスは、それはあの人はこれから裏に戻って昼食を取るだけだから、と思いながら、苦笑して答えた。
「あのかたは、とても強いかたなので。でも、もうそろそろお昼に近付いて来ている。今の間に、要さんに持たせてもらったお弁当でも食べておけばどうだ?」
しかし、大河も湊も理久も美里も、顔を見合わせた。とても、そんな気になれないのだろう。
何しろ、ほんの数メートル先のあの岩の下に、弥生が死体となって閉じ込められているのだ。
デニスには、彰と違ってこの子達の気持ちが分かった。彰が下界の住人と呼ぶもの達の中には、自分の兄弟姉妹達も居る。大家族で普通に育ち、頭がいいと食費を切り詰めて留学させてくれた親兄弟姉妹達のことは、デニスは好きだった。
なので、分かるのだ。
「…食欲が湧かないんです。」
湊は、正直に言った。デニスは、息をついて、その場に座った。
「気持ちは分かる。でも、ここで倒れてしまったら、弥生さんの犠牲が無駄になる。私達は、生きてここを出て、真実を伝えなければならないのだ。修三だってあのまま放って置くことは出来ない。神がどうのが本当なのかは分からないが、こんな仕掛けがされてある場所に閉じ込められて、ここで皆で死んでしまっていいわけないんだよ。少しでも、食べておいた方がいい。」
すると、それを聞いていた、理久がリュックサックを背中から下すと、中から、おにぎりを引っ張り出した。
そして、それに無理やりにかぶりついた。
「理久…?」
大河が、気遣うように言う。理久は、ガツガツと口へとおにぎりを押し込みながら、言った。
「オレは、生き残るぞ!」理久は、自分に言い聞かせるように、言った。「生きてここから出るんだ!この経験をきっとブログに書く!信じてもらえないかもしれないけど。」
それを見ていた、美里も、キッと唇を引き結ぶと、同じように鞄を下ろして、おにぎりを出した。そして、涙を流しながら、それに食いついた。
「生き残る…!私は、生き残るわ、弥生…!」
それを見た、大河と湊も、そこへ胡坐をかいて座ると、リュックからおにぎりを出して、食べた。
それを眺めながら、デニスは思っていた。
下界の住人達の底力を知ることになるかもしれませんよ、ジョン。
とはいえ、ジョンはこれをこの子達の娯楽だと思っている。
デニスは、恐怖における娯楽と苦痛の狭間を、彰にどう説明したものかと悩んでいた。




