15
ランタンも、共に圧し潰されて中は岩の塊しか見えなかった。
美里が、その場に座り込んでひたすらに泣いている。
ニクラスは、手に持っていた紙を、湊に渡した。
「…簡単な物理学の波動の問題だ。これの答えを示せば、道が開ける造りだったらしい。」
湊は、茫然とそれを受け取った。簡単って…簡単じゃ、なかった。
デニスが、庇うように言った。
「パニックに陥ったら簡単な問題でも解けなくなる時があります。こんな仕掛けがあるなど知らず、生徒たちだけで調べさせていた我々に責任でもあります。」
ニクラスは、厳しい顔をしていたが、頷いた。
「確かにそうかもしれない。だが…」と、チラと洞窟の出入口の方を見た。「…事態は、あまり良い方向には行っていないようだぞ。」
湊は、え、とそちらを見た。
そういえば、あちらから漏れていた、日の光が全く見えない。
「ま、まさか…」湊は、震えながらニクラスを見上げた。「まさか、洞窟の出入口も塞がれてるんですかっ?」
デニスは、そちらを見て、もう答えは分かっている、というように、深いため息をついた、言った。
「…見て来よう。外が暗いだけだったらいいのだが。」
そんなはずはないのは、ここに居る誰もが分かっていた。何しろ、まだ昼にもなっていないのだ。例え外が曇っていても、こんなに暗い中から見て光が見えないのはおかしいだろう。
美里が、半狂乱で叫んだ。
「なんでっ?!どうしてそんなに落ち着いていられるの?!弥生が死んだのよ!本物の岩だったわよ!体に当たって、痛くて、冷たくて…、それに、弥生は圧し潰されてしまったのよ!」
大河も、湊も下を向く。確かにそうなのだが、あまりに突然で、実感がわかない。理久が、茫然と床に座り込んでいたのだが、呆けたように、言った。
「…いきなりだったんだ。」理久は、大河と湊を見上げた。「砂時計を、裏返しただけだった。そうしたら、あのレールにガッツリはまっていて、元へ戻せなかった。天井が、どんどん下がって来るんだ…重すぎて、押し返すことも出来なかった。もう、もう死ぬんだって…。」
美里が、それを聞いてまたワッと泣き伏した。
「私の!私のせいだわ!何も考えずに砂時計を裏返したりしたから…!私のせいで、弥生は死んだのよ!」
大河と湊は、顔を見合わせた。美里が、裏返したのか。確か、自分達が調べていた部屋にも、同じものがあった…。
「…オレが調べてた、左の部屋にもあった。」湊が、言った。「砂時計だ。オレの所は、木の枠の中に形をきっちり入れる、パズルがあった。もしかしたら、あれをひっくり返していたら、オレ達も同じことになってたんじゃ…。」
そこへ、出入口を調べに行っていた、デニスが戻って来た。
「岩で、閉じられていました。手でどうにか出来るような重さではありませんね。」
ニクラスは、その報告に頷く。
大河が、やり場のない気持ちで、床を足で蹴った。
「くそう!なんだって、こんなことをするんでぇ!」
答えを求めたのではなかったが、それには、ニクラスが答えた。
「…遊びだ。」驚いて皆がニクラスを見ると、ニクラスは続けた。「我々を試す、神の遊びなのだ。私達は、奥の部屋で石板を見つけた。それを解読して書き写していたら、大河が呼びに来たのだ。その石板に、あまり喜ばしいことは書いていなかった。読み進めてここを出た方がいいと分かった時には、もうゲームが始まってしまっていたということだ。」
デニスも、視線を下に向けて、じっと黙っている。
湊は、愕然とニクラスを見上げた。
「それって…それは、何が書いてあったんですか?それも、英語で?」
ニクラスは、首を振った。
「ラテン語だった。」と、デニスから手帳を受け取った。「『…深淵を覗き込み、我に事を願うもの、我が前に膝をつき我を讃えよ。我が為に踊れ。我が眼を楽しませ、我が心を滾らせよ。砂が尽きる前に。すべてを成し我に願え。すべてはそなたのもの。さあ砂を落とせ。我を讃えよ。』と。」
湊も、大河も理久も、美里でさえも泣くことも忘れ、それを聞いて黙って固まっていた。
砂を落とせ…つまり、砂を落としたら、神に願うための挑戦が始まるということなのだ。全てを成せということは、ここにある全ての謎を、命がけでパスして行かなければならない…神を楽しませるために。
そして、全部終わったら、ここから出たいと願うのだろうか。
湊は、思った。本末転倒な話なのだが、そうしなければ願いが叶ってもそれを楽しむことが出来ないことを知り、結局はここから出たいと願わねばならない、という罠のようなことが、確かにあの邪神の神話の中にはある。
ここの神がいったい、どんな神なのか分からないが、あまり良い神ではないのが、弥生の死で分かった。
「…じゃあ、オレ達は始めてしまったんですね。」湊が、言った。「知らない間に、その遊びというのを。」
ニクラスは、頷く。
「そうだ。その他に、明確なルールが書いてあったのだが、そこへたどり着く前に、こちらへ来たので、まだ読み切れていない。私は奥へと戻るが、君達はどうする?ここで動かずじっとしているのも良し、私と共に奥へ来るのも良し。だが、奥でも何があるのか分からないぞ。確かに、奥の部屋にも砂時計はあった。しかも、数が多かった。」
湊は、ビクッと体を硬くした。つまりは、どの部屋に居ても、今のような事態が起こる可能性があるのだ。
念のため、今居るホールのような場所を見回してみたが、ここには砂時計は無いようだ。
大河も、同じように目を動かして何かを探していたので、きっと同じ考えだろうと思い、一度目を合わせてから、言った。
「…オレ達は、足手まといになるから。ここで、待っています。あの、解読が終わったら、またここへ戻って来てもらえますか。」
ニクラスは、それを聞いて目を細めたが、頷いた。
「…では、それで。君達が心配なので、デニスはここへ置いて行く。何かあったら、デニスを寄越してくれたらいい。ではデニス、手帳は借りておくぞ。」
デニスは、頷いた。
「はい。お気をつけて。」
ニクラスは頷くと、何のためらいもなく奥へと引き返して行った。
湊は、それを見送ってから、デニスを見上げた。
「教授は、凄く勇敢な人ですね。オレは…こんな状況で、一人でなんて耐えられない。」
デニスは、苦笑して答えた。
「あのかたは、とても強いかたなので。でも、もうそろそろお昼に近付いて来てる。今の間に、要さんに持たせてもらったお弁当でも食べておけばどうかな?」
しかし、大河も湊も理久も美里も、顔を見合わせた。とても、そんな気になれない。
何しろ、ほんの数メートル先のあの岩の下に、弥生が死体となって閉じ込められているのだ。
「…食欲が湧かないんです。」
湊は、正直に言った。デニスは、息をついて、その場に座った。
「気持ちは分かる。でも、ここで倒れてしまったら、弥生さんの犠牲が無駄になる。私達は、生きてここを出て、真実を伝えなければならないのだ。修三だってあのまま放って置くことは出来ない。神がどうのが本当なのかは分からないが、こんな仕掛けがされてある場所に閉じ込められて、ここで皆で死んでしまっていいわけないんだよ。少しでも、食べておいた方がいい。」
すると、それを聞いていた、理久がリュックサックを背中から下すと、中から、おにぎりを引っ張り出した。
そして、それに無理やりにかぶりついた。
「理久…?」
大河が、気遣うように言う。理久は、ガツガツと口へとおにぎりを押し込みながら、言った。
「オレは、生き残るぞ!」理久は、自分に言い聞かせるように、言った。「生きてここから出るんだ!この経験をきっとブログに書く!信じてもらえないかもしれないけど。」
それを見ていた、美里も、キッと唇を引き結ぶと、同じように鞄を下ろして、おにぎりを出した。そして、涙を流しながら、それに食いついた。
「生き残る…!私は、生き残るわ、弥生…!」
それを見た、大河と湊も、そこへ胡坐をかいて座ると、リュックからおにぎりを出して、食べた。
味も何もしなかったが、それでも食べなければと、一口ごとに、生き残るのだと自分に言い聞かせた。




