12(裏)
要は、今度はペットボトルが入った箱を持って来た。
「さあ、この中から取ってください。」と、黙り込む、皆を見回した。「何かありましたか?なんだか重い空気ですね。」
デニスが、答えた。
「修三が、おかしな病気にかかっているようで、意識がないし、身体中に潰瘍が出来ているんだ。」
要は、知っていたが頑張って驚いた顔をした。
「え?!それって…水疱瘡とかですか。」
彰は、首を振った。
「違うだろう。意識がなくなるほどなのに、熱もない。全身症状は穏やかなものだ。問題は意識がないのと、身体中にできた潰瘍。あのままでは感染して腐ってしまうだろう。三日後まで持てばいいが。」
言われて、湊は目を見開いた。段々に体が震えて来る。
さては腐って死ぬ未来が見えたな、と要は、険しい顔をした。自分も演じないと。
「…なら、消毒をしておきましょう。でも…まさか、ですけど。修三さん、洞窟から何か持って来ませんでしたか?」
全員が、息を飲んだ。
彰が、その言葉が皆に浸透するのを待って、言った。
「…何か知っているのか。」
要は、息をついた。シナリオは完璧に頭に入っているから、それに沿って言えばいいだけだ。
「やはり。私は…少し聞いているだけですけど。ここで、村人に働いてもらってますのでね。」
美里が、驚いて言った。
「え、信仰のことを村人はあなたに話すんですか。」
要は、演じながら頷く。
「長い付き合いですしね。とはいえ、詳しい事は話しませんよ。ただ三年ごとに入れ替わるから、彼らから少しずつ。私は氏子ではないし。詳細は本人に聞いた方がいいかもしれませんね。呼びましょうか。」
博正を登場させてやらないと。
要が思っていると、彰が、眉を上げた。
「居るのか?」
要は頷く。
「完全に皆ここから居なくなる事はありませんよ。洞窟を守るための人員は、数名残っているんです。今、朝食の後を片付けてくれている村人が居ます。ちょっと待っててください、呼んで来ますから。」
村人が、居る。
全員が居ないと思っている探索者たちは、皆不安そうな顔をした。
要は、そんな者達を後目に、奥へとサッサと引き返して、博正に言った。
「博正さん、出番ですよ!ええっと、薬…薬…あれ、221TAは?ここに置いといたんだけど。」
博正が、手を上げた。
「持ってる。モニター見てて、そろそろだって構えてた。」と、その小さな錠剤を、口に含んで飲み込んだ。「よし。これでしばらくしたら効いて来るんだな?」
要は、頷いた。
「そのはずですよ。それはハリーじゃなくてアレックスの班が開発したヤツで、飲んで血液に吸収されたら、一気に脈拍が上がって、ハイになります。気を付けてくださいよ、合法ドラッグみたいなものだから。効果は一瞬だけど、発汗は激しいし大変なんだ。失敗作だったのに、ここで使うなんて。」
博正は、顔をしかめた。
「合法ドラッグなんか作ってるのか。」
要は、効いて来たら大変だと博正の背を押しながら、戸へと急いだ。
「違うんですって、昇圧剤を作るつもりでやったら効き過ぎでボツになったヤツなんです。ささ急いで!会話の良い所でそれが効果を発揮しないといけないんですから!」
博正は、押されて自動的に戸へと歩いた。
「おいおい、分かったって、落ち着け!まだいける。オレ、人狼だしそういうの体の中で調節できるっての。」
要は、驚いて博正を見た。
「え、体内の薬を?すごいな、それ一度調べさせてくださいよ。まだ知らないことがあるんだ。」
「帰ってからな。」博正は、戸に手を掛けた。「さて、ショータイムだ。」
そうして、二人は皆の前へと歩み出た。
博正は、皆の顔を見た瞬間、いきなり言った。
「なんて事をしやがった!あの洞窟に入ったのか!」
要から、修三の様子を聞いた設定になっているのだ。
顔を真っ赤にして、怒り狂っているように、要には見えた。
湊も皆も縮こまっている中、彰は落ち着いて言った。
「入った事は謝るが、乱すつもりはなかった。ただ、我々のうちの一人が、目を盗んで中の物を持ち帰ってしまったのだ。今、意識が無くて上で横になっている。全身に潰瘍が出ているのだ。」
博正は、ハアハアと息を吐いて気持ちを落ち着けようと努力しているように見えた。だが、もしかしたらもう薬が効いて来て、抑えてるのかもしれない。
「…石を持って帰ってるんじゃないのか。」
湊は、身を震わせた。彰は、頷いた。
「そうだ。心当たりはあるか?」
博正は、長い息を吐くと、言った。
「…だったら、そいつはもう助からねぇ。諦めな。あんたらももう帰った方がいいぞ。」
デニスが、首を振った。
「そういう訳にはいかない。仲間を助けなければならない。今から、石を返しに行こうとしていたところだ。返せば元に戻るんじゃないのか。」
博正は、激しく首を振った。
「それはねぇ!あの石の山の中に、たった一つだけ、犠牲を免れる石があると、聞いちゃあいるが…症状が出てるんならそうじゃなかったんだろう。とにかく、もう関わるな!あいつを犠牲にしてお前達が助かるんでいいじゃねぇか!オレは、やっと逃れたんだ!もう関わりたくねぇ!」
もしかしなくても、薬が効いて来て抑えてるんだ。これは早く言うこと言って引っ込まないと。
要が、横からなだめるように言った。
「もうすぐ儀式だって知ってる。入れ替わりがあって最初にあるからな。もしかしたら、儀式に関係あるのか?君が逃れたってことは、犠牲にならずに済んだってことなんじゃ。」
博正は、黙っている。
彰は、言った。
「何か知らんが人を捧げて祈る宗教があるのも確か。もしかして修三は、知らずに自ら生贄になったということなのでは?」
重苦しい沈黙が垂れ込める。
皆は別の意味でドキドキしているだろうが、要は博正が大丈夫なのかとそっちを心配していた。人狼でも、出来る事と出来ないことがあるのだ。
その沈黙は長かったが、博正は、項垂れて言った。
「…やっと、逃れたんだ。」今度は、泣きそうな顔だ。「あいつは、誰を差し出すと言われた時、皆を犠牲には出来ないと言って自分から石を手に取った。そのあと…神が、神が現れた。」
要は、悲壮な顔をした。
「まさか…一人帰ったと言ってた、正樹か?」
正樹が誰か分からないが、博正は、頷いた。
「あいつはいい奴だった。だから犠牲になった。だけど三年に一度、神に捧げ物をしないと、オレ達全員が同じように死ぬ。本土に居る奴らも。子供もみんなだ。遥か昔、オレ達の先祖がそう約束して、世の中を思うがままにする呪文やらなんやらを受け取った。神は、あの皿に乗る石の数だけ三年に一度人を捧げよと言った。それを違えたら、全てを殺し、呪文も消えると。だから本土の奴らは、三年に一度必ず誰かを差し出すんでぇ。自分達だけ、呪文の恩恵を受けて裕福に暮らせたらあいつらはいいんだよ。」と、息をついた。「だが、今回はちょっと早いが生贄が見つかった。これで今回の奴らは犠牲にならずに済む。」
彰は、険しい顔で言った。
「…修三をそんな奴らのために犠牲にするわけにはいかない。あの皿の石というが、まだ全く減っていなかったではないか。そんな昔からなら、とっくに山が平らになっていてもおかしくないのに。」
博正は、明らかに薬でおかしくなっていて、ヘラヘラと涙を流しながら笑った。
「そうだ、減らないんだ。神は減らすつもりなんかないんだ。少し減ったように見えても、また気が付くと山と積まれてるって話だ。この事を話すなって禁忌だって、本土の奴らの脅しだよ。神は誰に知られても平気なんでぇ。本土の奴らが、こんなことを知られて阻止されたらヤバいから、知られたくないだけだ。ただオレは、自分だけが無難に逃れて普通の暮らしに戻れたら良かった。オレが来たら、嫁も子供ももう、こんな思いをせずに済むから来たんでぇ!こんな所で死ぬ訳にはいかねぇからな!」
全員が、黙った。
水を打ったように静かな中、湊はガタガタと震えた。
恐らくは、本当にあの神話の世界があるのだとか、思っているのだろうな、と要は思った。
彰が、その沈黙を破った。
「…ならばどうにかせねばな。」皆が彰を見る。「誰かを犠牲にして己だけ甘い汁を吸っている輩が居ることには我慢がならないが…そもそも、呪いなど信じてはいないが、何らかの力が存在し、それの干渉で修三がああなっているのなら、どうにかせねばならないだろう。この信仰が続く続かないの問題ではなく、関係ない修三は助けたい。君達がこれを続けるのなら、私は止めない。だが、巻き込まれた修三は助ける。なので君は、知っていることは我々に話せ。我々は、その神とやらの恩恵は受けていないのだ。君達の事は、君達の中で解決してくれないか。」
博正は、彰を睨んだ。
「オレ達だって好き好んでこんなことをしてるんじゃねぇ。呪文を知ってる上の一部の人間のために、犠牲になってるんだ。だが、これが途切れたらオレ達の命も危ないのは知ってる。だからこそ、こんな状況に甘んじてるんじゃねぇか。全員が殺されるんだぞ?お前たちは、神の力を知らねぇからそんなことが言えるんだ。とにかく、あの男はもう無理だ。諦めろ。」
「ならば、君が私達にその神の力を話せばいいだろうが。その神は、口にすることを禁じていないのだろう?」彰が、畳みかけるように言った。「情報を渡せ。何も君に一緒に来いとは言わない。私達が修三を助ける。何でもいい、知っていることを全て話せ。」
そろそろタイムリミットなのは、彰も時間を計算して分かっているはずだ。だから、終わりに向けてわざわざ神の話を振った。
要は、博正が心配で見守っていた。
博正は、重い口を開いた。
「…もう、だいぶ話した。神の事は、オレも詳しくは知らねぇ。姿は見た。」と、急に目を力いっぱい見開いた。「…あれは…神じゃねぇ。いや、オレ達が思っている神の形じゃねぇ。見てはならんと言われていたが、オレは見ちまった。あの…あの、大きな理解し難い物体を…。」
体がガタガタと震え、途端に冷や汗が大量に流れて来た。目はあらぬ方向を見ていて、見開いているが焦点が定まっていない。尋常でない震え方だ。間違いなく、博正は薬の効果を思い切り受けている。
なら、早く奥へ引っ込んで横にならないと。
要は焦っていた。
「物体?」彰は、少しむっとしたような顔をした。恐らくその神が自分の設定なので、腹が立ったのかもしれない。「君は、神だと言ったのではないのか。それを物体と?」
それどころじゃないんだって、彰さん。
要は思ったが、博正は、話す彰の方を見もせずに、続けた。
「真っ黒だ。真っ黒なんだ…あああああ!」博正は、頭を抱えて叫び出した。「見ちゃいけねぇ!見てはいけないんだ!!」
要が、慌てて博正の肩を掴んだ。
「落ち着け!しっかりしろ、やっと最近落ち着いたのに!」と、皆を見た。「村へ連れて行きます。もう話を聞くのは無理です。儀式の後、こいつだけ暴れ回って大変だったんだが、最近やっと普通に話が出来るようになって。宿を手伝ったりできるようになってたんです。すいませんが、これで。」
要は、そう言うと、あちらの返答を待たずにサッサと博正を連れて出て行った。
裏へ戻ると、博正は口から泡を噴かんばかりにブルブルと体を震わせている。
要は、急いで奥の寝台の上に博正を寝かせて、慣れた手つきで注射器を取り出すと脇に置いてあった薬の小瓶からそこへと吸い出し、ガタガタと震える、博正の腕にぶっすりと刺した。
注射器が空になり、それを放り出して博正の様子を見ると、博正は段々に震えが収まり、ふーっと長い息を吐いた。
「…終わった。それにしても、この薬はすげぇな。めっちゃ気持ちが高揚しちまって、危うくセリフを忘れちまうところだった。あれで退場出来て正解だ。」
要は、ホッと胸を撫でおろして、言った。
「ハラハラしましたよ。狂気に陥る様って難しいんですけど、あれは間違いなく本物の狂気でした。」
博正は、ハッハと笑った。
「いやあ、癖になりそうだ。お前が合法ドラックだと言った意味が分かったよ。とはいえ、後がしんどい。ちょっと休ませてくれ。ここで寝てるから、お前は後の段取りがあるだろ?」
要は苦笑して頷いて、そうだ弁当の準備だったと急いで宿を出て、村へと向かったのだった。




