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結局、修三の姿がああいう風に変わってしまった理由は分からなかったが、修三が何をしたのかは分かった。

湊も大河も、そのせいで修三がそうなってしまったのではないかと思ったが、ニクラスがそれを否定も肯定もしないので、二人も表立ってそれを言える雰囲気ではなかった。

石が出て来た時は、大河も湊も思わず手を放し、石は包まれていた布と共に畳の上へと転がった。

それは楕円形の、横二センチ、縦一・五センチほどの、小さな丸い石だった。

色は、血のような赤、と言った方がいい感じだった。ルビーのように、少し清々しいような赤みではなく、どす黒いような、修三の姿からそう感じるのかもしれないが、何やら禍々しいような赤に見えた。

誰も、デニスでさえも拾おうとしないそれを、ゴム手袋をしているとはいえ、ニクラスがためらいなく拾い上げた時は、さすがに湊も大河もドン退きした。

しかし、ニクラスは特に気にする様子もなく、さっさとそれを胸ポケットに入れて、言った。

「これは、元の場所に返す。そうして、面倒がなくなるならそれも良し、そうでないなら、本土の医者に任せるしかないだろう。とにかく、洞窟へ向かおう。二人とも、懐中電灯や、洞窟探索の準備を持って、宿の前へ集まるように、皆に言ってくれ。私達も、準備が出来次第降りて行く。」

そして、ゴム手袋を手から抜くと、部屋のゴミ箱に放り込んで、戸から出て行った。

デニスが、残された二人に、言った。

「懐中電灯、飲み水、他に、君達が探索に必要だと思うものを全て持って来てくれ。一階へ降りて要に言ったら、もしかしたらランタンとか、そんなものもあるかもしれない。皆で話し合って、準備してくれ。じゃあ後で。」

デニスも出て行く中、大河と湊も、急いでそこを出た。戸を抜ける時にチラと振り返って見た修三の姿は、まだ全く変わらないままだ。

湊は、暗い気持ちになりながら、洞窟探索の準備に向かったのだった。


部屋へ帰ると、理久が真っ青な顔で背中を丸めて座っていた。

大河と湊が入って来るのを見て、こちらへと顔を向けたが、ここ最近で一番やつれた感じに見えた。

「理久、大丈夫か?」

理久は、げっそりした顔で答えた。

「食った朝飯全部吐いちまった。」理久は、一気に老け込んだような顔でしゃがれた声で言う。「それで、修三は大丈夫そうか?」

それには、大河が首を振った。

「いや、あのまま三日後まで待つしかねぇ。持病とかも、無いみたいで薬も何も持ってなかった。原因が分からねぇんだが…。」

大河は、湊を見る。その目は、理久に言うかどうか問うているようだった。

「え?分からないけどなに?」

理久が不安そうに言うのに、湊は大河に頷き掛けて、口を開いた。

「…修三は、石を持って帰ってたんだよ。ほら、昨日の夕飯の時にニクラス教授が話してくれた奴だ。奥の祭壇にあったっていう、金の皿の上に乗ってた、小さい赤い石。」

理久は、口を押えた。

「うぷっ」

とくぐもった声を上げたと思うと、どこにそんな反射神経がというほどのスピードでトイレへと走った。

湊と大河は、心配してその後をついて行った。

「理久、大丈夫か?」

理久は、しこたまえずいてから、ハアハアと息を上げて、こちらを見た。もう、吐く物が無いようで、便器が大変な事になっていることも無い。

「…呪いか?呪いだって言うの?偉い学者なのに、そんなことを信じてるって?」

湊は急いで首を振った。

「違うんだ、ニクラス教授はあくまでも呪いはあるのか無いのかはっきり言わないんだ。もしかしたら、あの石が放射線とか出してるかもしれないし、石が原因も考えられるけど、呪いがと断定できない、って感じ。でも…オレ達から見たら、結構怪しい感じ。だって、あの石、傍で見たらサファイアみたいに綺麗ってイメージじゃなくて、なんだろ、なんか血みたいな色で。気味悪いって思ったんだよな。」

大河も、同意して何度も隣りで頷く。

「そうそう。オレもそう思った。絶対触りたくないのに、拾えって言われたらどうしようかって思ったぐらいでぇ。でも、ニクラス教授は全然そういうの、気にしねぇみてぇで。あっさり拾ってポケットに入れてた。元の祭壇に戻して来るって言って。」

湊は、そこまで聞いて、ハッとした。

「そうだ、準備して来いって言われてたんだった。これから、洞窟へ行くんだよ。調査しなきゃならないだろ?だから、スマホとか水とか…ええっと、要さんがいろいろ持ってるとか言ってたよな?」

大河も、忘れていたようで、慌てて自分のリュックの方へと走った。

「そうだ、ええっと、タオルとかも持って行っとこう。洞窟って水が多そうだしな。緊急食糧に持って来たカロリーメイトとかも。」

湊は、頷いて、自分のリュックを持って戸へと走った。

「じゃあ、ここは任せる。オレ、隣りの女子達にも知らせなきゃならない。下へ降りて、要さんに何があるのか聞いて来るよ。役に立ちそうなものは、入れてった方がいい。理久、しんどかったらお前は残ってもいいから。オレ達から教授には言っとくよ。」

しかし、二人がバタバタと準備に走るのを見ていた理久は、すっくと便器から立ち上がると、決然とした顔をした。

「…じゃあ、洞窟探索の準備だ。持ち物は、しっかり選んで持って行った方がいい。オレも、怖がってる場合じゃないな。そんな石が見つかって、もしかしたらオレ達だって影響を受けて、修三みたいになるかもしれないじゃないか。調べて来ないと!」

急に顔つきが変わったので、湊は戸惑った顔をした。

「え?いや、洞窟に入っただけじゃ何もないんじゃないかと思うんだけど。ニクラス教授もデニスさんも洞窟に行ってるし、ニクラス教授なんて一緒に祭壇の所まで行ってるのになんともないんだから、洞窟って言うか、石に問題があるように思うんだよね。戻したら大丈夫だと思いたいんだけど。」

理久は、腰に手を当てた。

「オレ、神様でなくてもなんでも、実際に訳が分からんことが起きてるんだから、それは受け入れなきゃならないって思ってるんだ。何かあってからバタバタしても遅いし、洞窟探索して分かってるだろう?持ち物、めっちゃ大事だよ。湊は生きて帰ったこと無いんだから、オレが持って行くもの決めるよ!」

どうやら、TRPGのノリらしい。

つまりは、理久の中ではあの修三の姿を見ても、そんなことより洞窟探索や、不思議な石などのアイテムを前に、好奇心とゲームの世界という魅力が恐怖に打ち勝ったようだ。

大河が、呆れたようにリュックサックを手に顔をしかめて言った。

「おい、お前、大丈夫か?今の今まで吐いてたんじゃねぇのかよ。何かあるって、なんにもねぇよ。教授たちだって行くんだし、石を戻して、あそこに何があるのか調べて来るだけだ。何急に張り切ってるんでぇ。」

理久は、腰に手を当てて、言った。

「別に、謎を解くってのに興味があるだけだよ!修三の事だって、もしかしたら調べたら分かるかもしれないじゃないか。大河は、水とか準備して降りて来て。オレは湊と下に降りて持って行けそうな道具を借りて来るから。」

理久は、サッサと下へと降りようと戸を出て行く。

湊は、慌ててそれを追いながら、大河に頷き掛けて、そして廊下へと出た。


「理久!待てって、女子達にも知らせきゃ。」

理久は、振り返った。

「ああ、まだ言ってないの?じゃあ、オレが言う。湊は先に行って、要さんに道具を出してもらってて。そこから、何を持って行くのかオレが決めるから。」

湊は、あくまでも自分が決めると言い切る理久に少しむっとした。さっきまで吐きまくって、少しも役に立たなかったくせに。

だが、言っても仕方がないので、大人しく一階へと、要を探して降りて行った。

すると、要はちょうどフロントに立っていた。湊は、良かったと駆け寄って言った。

「要さん!ちょうど良かった、あの、洞窟に探索に行くんですけど。何か、貸してもらえるような物ありませんか。」

要は、大雑把なくくりで聞かれて、顔をしかめた。

「何か、ですか。具体的に何が欲しいのか、言っていただけたらあるか無いかでお答えしますけど。」

湊は、確かに人任せな聞き方だった、と慌てて考えた。

「ええっと、まず、お水は絶対要ります。それから、もしかしたら要るかもしれないんで、ロープと。懐中電灯はあるし…置いて辺りを照らす、ランタンみたいなのも、あったら助かるかな。懐中電灯は手が塞がるから。」

要は、いちいち頷いた。

「ありますよ。ロープって、巻いてあるヤツで長いのですけどね。担いで行かなきゃなりませんけど、要ります?あと、ランタンもあります。非常用に置いている奴で、油が入っていて火を付けたら10時間ぐらいは持つかな。あるだけ持って来ますよ、待っててください。」

要は、奥へと引っ込んで行った。

すると、二階から結構しっかりとした足取りで、理久と美里、弥生が降りて来た。少し離れて、大河もリュックサックを片手に降りて来るのが見える。

「湊!要さんは、何て?」

理久が言うのに、湊は答える。

「ああ、ロープあるって。それから、ランタンも頼んでおいた。部屋を調べるのに、両手が空く方がいいかと思って。」

美里が、脇から言う。

「それだけ?他には無いのかしら。マッチとかも持っておかないと、火がつけられないわよ。それから、非常食も要るわね。無いのかしら。」

湊は、俄然さっきより元気で食い気味に話をする、美里にちょっと退いた。

「え…いや、要さんは具体的に言ってくれって。あるか無いかで答えるからって。だから、戻って来たら聞いてみたら?それより、もう具合はいいの?もしかしたら、探索には行けないかもしれないと思っていたのに。」

美里は、鼻息も荒く言った。

「倒れてなんていられないわ!理久くんから聞いたわよ。修三って祭壇の石を盗んで来てたんですって?それって、絶対呪いよ。石を戻して、きっと何か、浄化の呪文かなんかがあるんじゃないかな。ほら、ルルブに書いてなかった?ネクロミコンの。」

後ろから、大河が呆れて言った。

「なんだよ、ルルブって。昨日まで喧嘩してたのにさ。それにな、これは現実なんだっての。理久も理久だ。修三の姿を見て吐いてたくせに、急にうきうきしだして。美里さんも、呪文ってなんだよ。ネクロミコンがこんな所にあるはずないだろうが。あれは、想像上のものなの。混同するんじゃない。教授だって呪いだとは断言できないって言ってたぞ。遊びじゃない、学術調査なんだからな。」

湊は、その通りだと頷いた。

「オレもそう思う。元気になって仲直りしてくれたのは嬉しいけど、方向が間違ってる。ゲームじゃないし、あのゲームの世界が現実に起こったら怖くてやってられないぞ?遊びと混同するんなら、ここに残った方がいい。オレ、修三を間近に見たけど、マジであれが洞窟の祭壇のせいだったらと思ったら、怖いよ。みんなが浮足立って変なことをして、何か起こったらと思うと、もっと怖い。そんな意識なら、来ないで欲しいな。」

少し厳しいかと思ったが、修三があんな目に合っているのに、浮足立っているのが腹が立つ。

美里が、不貞腐れた顔をした。

「何よ、理久くんだって、これが呪いなら神様だって居るって証明できるかもしれないって、前向きになっているのよ。私は、絶対あの洞窟の神の呪いで修三がああなっているのだと思うし、それを解き明かして修三を治したいわ。呪術書が確かにあると思うもの。そうでないと、説明が付かないじゃない。」

湊と大河が困っていると、落ち着いた声が割り込んだ。

「…世の中には、説明がつく事ばかりではない。」見ると、ニクラスがリュックサックを背負って降りて来るところだった。「調べても失われたピースが大き過ぎて答えが出ないことだらけだ。今回もそうかもしれない。修三の様子がもし、あの洞窟にある何かのせいだと言うのなら、まずは元の状態へと戻して、自分達が無事に戻ることを考える。君達のように、浮足立っていてはそれも叶わないかもしれない。湊と大河は間違っていない。君達がゲーム感覚を捨てられないのなら、ここに残って待っているが良い。」

言われて、理久と美里は、黙り込んだ。

そこへ、要がロープとランタン、ペットボトルの水を何本か持って戻って来た。

「持って来ましたよ。あれ?」と皆を見回す。「ああ、水はもっと持って来た方がいいようですね。ランタンを持って来たのでここに置いておきます。これで全部です。」

要は、六つのランタンと、大きく巻かれたロープを置いて、またいそいそとそこを出て行った。

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