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10(裏)

その夜、無事に修三の装飾が出来たと連絡が入った。

彰は、一応の確認のために3号室へと入ったが、見事な特殊メイクが完成していて、どこからどう見ても、本当に体中に潰瘍が出来て腐って来ているようにも見えた。

とはいえ、ここまで菌の繁殖が進んでいたなら、熱も出て心拍も幾分速まるものなのだが、そんなことは素人には分からないし、そもそもこれは、呪いなのだと思わせるためなので、普通の感染の様子とは違った進行具合でも誰も突っ込みはしないだろう。

なので、それでOKを出し、彰は次の日に備えた。


次の日の朝、全員がまだ呑気に眠っているようだったので、デニスに確認に行かせようと廊下へと行けと指示すると、どうやら廊下には女生徒たちが出ていたようで、デニスの話し声がする。

デニスは、修三に声を掛けて、何やら戸を軽く叩いているようだ。

そんなことをしても無駄なことは分かっているのだが、あいにく女生徒と行き会ってしまったのだから、そうするよりないだろう。

じっと部屋で様子を窺っていると、引き戸が開いた音がして、途端に女生徒たちの、甲高い悲鳴が響き渡った。

彰は、その声にイラっとしながらも、急いで自分の部屋から出て、廊下へと歩み出る。女生徒たちは、ショックで廊下にうずくまり、ガタガタと震えていた。

彰は内心苦笑しながらも、デニスの様子を見た。

デニスは、修三を調べているようなふりをしている。

そうしている間に、遅ればせながら、1号室の男子生徒たちも転がり出て来た。

…バタバタと倒れられたら面倒だな。

彰は、心の中で思っていた。彰自身、あれがまがい物だと知っているし、もし本当の姿だったとしても、見慣れていてそう、衝撃も受けない。

研究所の回りの者達は同じ感覚なので、誰も顔色も変えないのは知っていた。

そんな中で生活していたので、あれぐらいのもので倒れてショックを受ける者達が、事が円滑に進むための障害になりそうで、心底面倒だった。

だが、所詮一般人なのだ。

わざわざそれを選んでここへ連れて来た。とはいえ、なかなかに醜悪な見た目のクリーチャーたちが出現するゲームを好んでする奴らだったので、少しは平気かと思ったが、そうでもないようだ。

彰は、男子たちにチラと視線を向けて、長い髪の間から、言った。

「…デニスが確認をしているが、修三は…、あまり、良い状態ではないようだ。」

三人が息を飲む。

修三のことは、あまりいいように思ってなかったのではないのか。

彰は思ったが、表には出さなかった。

まだ生徒同士で何やら言っていたがそれには目もくれず、彰は演じるデニスを見守った。

デニスが、3号室から出て来て、彰に首を振った。

「良くない状態です。何が原因かは分かりませんが、全身に水疱のようなものが出来ていて、それがいくつか潰れていたりして、潰瘍のようになっています。本人の意識はなく、しかし、心拍は通常で乱れはなく…。今のところ命に別状はないようですが、あまり歓迎できる状況ではありませんな。」

寝ているだけで死にはせんわな。

彰は思った。

男子3人は、顔を見合わせた。

「…見てもいいですか。」

彰は、心の中で舌打ちした。そんなに強い心臓でも無かろうに、なぜに見たいと思うのだ。好奇心か?

それを知ってか、デニスは険しい顔で湊を見た。

「見ない方がいい。修三を朝食に誘おうと私が声を掛けたのだが、反応がないから戸を開いてみると、修三があの状態で…。たまたま部屋から出て来た美里さんと弥生さんがそれを遠目に見てしまって、この状態なのだ。気持ちの良いものじゃない。」

「原因は何なんですか?」大河が、必死な様子で言った。「いったい、どうしてそんなことになったんです?」

彰は、首を振った。

「分からない。だが、医者へ連れて行くことも出来ないのだ。間の悪いことに、村人たちが早朝から迎えに来た漁船に乗って出て行った。あの漁船が次に戻って来るのが、三日後。私達はそれまで、ここから離れることが出来ないのだ。ここは電波も届かないので、事前に取り決めた日にしか船が来ないのでな。」

早く先に進みたい。

彰は、スッと奥へと踵を返した。

「…着替える。食事をしよう。それから、対応を考えねばならない。三日後までは、この島から動けないことは変わらないが、修三がこうなった手掛かりぐらいはあるだろう。洞窟へ行く予定だったが、とりあえずは修三の、持ち物などを調べてみよう。まずは、食事だ。皆も準備を。」

彰は、そう告げると、さっさと自分の5号室へと入って行く。とにかく、必要以上に何かをするのが面倒になって来ていた。

とはいえ、これがシナリオを進めるのに、重要な事だとは認識している。

それを見て茫然としている生徒たちに、デニスがフォローするように言った。

「さあ、修三の心拍は安定しているし、今すぐ命のかかわることは無いから。修三に持病が無かったか、持ち物などで調べてみよう。だが、まずはみんなの体調だ。着替えて、先に朝食を摂ろう。」

そう言うと、生徒たちはフラフラとする女生徒を助けて部屋へと帰し、自分達もおずおずと部屋へ戻って行った。


食事は、皆進んでいなかった。

彰もデニスも、これがストーリーだと思っているし、それに手術や解剖の後でも平気で食事をするような生活をしているので、特に問題なく普段通りに食べ終わる。

まだグズグズとしている生徒たちに、彰はサッサと自分達で進めるか、と言った。

「その様子では君達には無理そうだな。私達が先に行って修三の荷物を調べて来る。君達は呼ぶまで部屋で待っていてくれ。」

しかし、湊は顔を上げて言った。

「いえ、お手伝いします!何があったのか知りたいし、待つだけなんて不安になるだけですから。」

大河も、気が進まないようだったが、頷く。

「そうだな。オレも行きます。何か手伝えるかもしれないし。」

まあ、君達が発見してくれた方が信ぴょう性が上がるのだが。

彰が思っていると、理久も頷く中、美里は泣きそうな顔をして、言った。

「私は無理です。あの、部屋で弥生と待っています。」

弥生も、同じ気持ちらしい。

彰は、誰かひとりだけでも十分だと、足手まといになりそうな女子達が来ないことを心の中で歓迎して、頷いた。

「好きにするといい。では、修三の部屋へ行く。」

彰は立ち上がる。

まだ食事は半分ぐらい残っていたが、湊も立ち上がった。

「オレも。」と、大河と理久を見た。「食べ終わってから来てくれ。」

二人は、黙って頷いた。

湊は、彰とデニスについて、重い足取りで二階へとついて来た。


部屋へ入ると、当然だが修三は寝たままだった。

彰は、ここから演じなければと言った。

「私は修三を調べる。君は服のポケットの中などに何かないか調べてくれ。デニス、君は荷物を。」

湊は、デニスと共に頷いて部屋縁に掛けてある服へと足を進める。

サッサと服を調べてくれたら良かったのだが、湊はまだ見ていなかった、修三の姿を見て、一気に固まった。

と思うと、倒れた。

…一瞬気を失ったな。

彰は憮然として思った。これぐらいで気を失っていたら、洞窟で見せようと思っているスペクタクルな世界に耐えられるのだろうか。

「湊?!」

デニスが、驚いたように飛んで来た。

彰は、自然不機嫌になって、それを隠すのも忘れて顔に出したまま、言った。

「…だから無理はするなと言ったのに。部屋へ戻してやれ。」

湊は、自分が一瞬気を失ったことも分からないようで、慌てて起き上がろうともがいた。

「いえ…急に、あの…なんで、倒れたんだろう…。」

彰は、そんな湊を見下ろして答えた。

「一瞬気を失ったのだ。修三の様子がショックだったのだろうが。ここは私達がやる。君は戻れ。」

しかし、湊は意地で起き上がった。

「もう、大丈夫です。あの、服を調べます。」

あーだったら倒れてないで早く見つけて先へ進めてくれないか。

彰がそう思って内心のイライラをどうして隠そうかと思っていると、開いていた戸の向こうで、ドカッ、という音がした。

見ると、大河が青い顔ではあるが何とか立っていて、理久が口を押さえて尻餅をついていた。

「…君達も。いいから戻れ。無理だろうが。」

しかし、大河は首を振った。

「いえ…ショックでしたが、平気です。やります。」

理久は、何も言わない。

大河は、理久を見下ろして言った。

「お前は戻ってろ。オレと湊が手伝うから。」

理久はブルブル震えていたかと思うと、素直に頷いて、ジタバタと這うように1号室の方向へと廊下を進んで行った。彰は、それを見て、自分の状態をよくわかっていて賢明だ、と演じるのに意識を集中してイライラを逃そうと必死で修三へと無理に視線を移した。

大河は、その様子を見送って、幾分持ち直したようにこちらへ寄ってきた。

二人が作業に戻ったのを見て、デニスは荷物の方へ戻った。彰も、修三へと視線を落とす。

四人は、黙々とそれぞれの割り当てを調べていた。

「…ん?」大河が、言った。「手帳が出て来た。」

手帳か。修三は何か書き残したりしてるのだろうか。

彰は、興味を示した。

湊と大河が何か話しながら、大河がそれを開いている。

「スケジュールだな。あと、何か日記みたいな。」

彰が二人を見て言った。

「日記?読んでくれ。」

大河は、日記などを音読していいものかと思ったようで、チラと修三を見て一瞬悩んだが、その日記を読み上げた。

「7月23日。今日は遂にニクラス教授と会う。とても博識で知らない事などないのではないかと思うほど、賢い人なので楽しみだ。だが、日本語を話せなかったらどうしよう。メールの日本語は完璧だが、翻訳ソフトなのかもしれない。英語もドイツ語も出来ないとは伝えてあるが、気がもめる。」

なんだそれは。

彰は、失望して顔をしかめて遮った。

「長い。それにどうでもいいことばかりだ。肝心の昨日のことは?そこが知りたいのだ。」

大河は、次の日を見た。

「7月24日。洞窟へ入った。朝から年甲斐もなく興奮して、早く調べたいとイライラしてしまった。中は思った通り興味深い所だったが…私は何て事をしてしまったんだ。その時はそれが最善だと思った。だが、やってはならないことだ。ニクラスはこれを知れば私を軽蔑するだろう。だが、あの瞬間、あの赤い光に魅了されてどうしても手にしたいと思ってしまったのだ。だが、駄目だ。これはここにあってはならない。明日はこれをさりげなく戻しておこう。気付かれなければ良いが。しかし具合が悪い。良心の呵責で体に来ているのかもしれない。だが、何がなんでも明日は洞窟に行かねば。」

彰とデニスが、サッと目を合わせる。

石のことを、やはり書いていたのだな。

大河と湊は戸惑っているようだったが、彰はデニスと顔を見合わせて、石の話題を出すチャンスだと口を開いた。

「…心当たりがありますか?」

湊が訊くので、彰は頷く。

「…石だ。」と、苦々し気に言った。「昨日話しただろう。祭壇の中央に燭台に挟まれるように置いてあったと言ったではないか。数が多いので脇にこぼれていた物もあった。修三は持ち帰って素材を調べたいと言ったが、私はそれはするべきでないと反対したのだ。なので、隠して持ち帰っていたのだろう。真っ暗だったし、私の目を盗んで手にするのは簡単だったはずだ。」

その石のことは、昨日説明しているから分かるはず。

彰が思っていると、大河が言った。

「それ…祀られてあったものですか。御神体?」

大河の言葉に、彰はうんざりした。何度言えば覚えるのだ、こやつらは。彰は首を振った。

「いや、そんな感じには見えなかったな。あれが御神体なら皿からこぼれているのを放って置いたりしないだろう。それも昨日言ったと思うが?」

そして、気を取り直して彰は腕を組むと考え込むふりをして、進めようと言った。

「ただ…あれが何らかの役目を果たしているだろうことも分かる。あんな場所、いわば神から見える場所にわざわざ置いているということは、それなりに重要な役目を担っているのだろうと思われる。」

湊が、おずおずと言った。

「じゃあ…もしかして、修三…いや先生は、それを持って来たせいで、呪いかなんかでこんな風に?」

しかし、それには彰は首を振った。今の時点で、それを認めることは出来ない。一応学者の設定だし。

「呪いというものがあるのかどうかは、私は知らない。修三が持病を持っているのかどうか、分かったか、デニス?」

デニスは、まだガサガサと荷物を漁っていたが、振り返って、首を振った。

「いえ、まだ確実なことは。ですが、こんな厄介な症状がある持病があるなら、定期的に薬を服用しているでしょうが、その薬が見当たりません。ここにあるのは、修三が使おうとしていた懐中電灯の換えの電池と、着替えですね。それに、デジタルカメラ。財布もありますが、中にも薬は見当たりません。目立った持病はなかったんじゃないでしょうか。」

彰は、努めて厳しい顔を作って修三を見下ろした。大河が、言った。

「呪いなんか見た事ないんですか?科学では説明できないこともあるっておっしゃっていましたよね?こんな形は、見たことがないってことですか?」

彰は、息をついた。

「出来るだけ理性的に物事を見ようと思っているだけで、私は呪いが無いと言っている訳ではない。確かに、不審死をしたり狂気に陥ったりした学者を見たことがあるが、その原因を確かに目の当たりにしたわけではないから、断言できないだけだ。」

湊は、不安そうに大河を見上げてから、彰を見た。

「じゃあ…もしかして、先生のこの様子は、その石を持って来てしまったせいとかじゃ。」

彰は、しつこいなと思いながらも、また首を振った。

「分からない。石のせいだとして、もしかして放射線などが出ている石であった可能性も無いとは言えないし、それが呪いだとは決めつけられない。ただ、石は戻して来た方がいいだろう。そういったものは、あるべき場所にあった方がいいのだ。修三の治療は、それからだ。三日後まではどうしようもないし、彼はこのまま寝かせておいて、私達はその石を、洞窟へ戻して来よう。石を探せ。」

そうして、モニターで監視していて知っていた、その場所から石は出て来た。

手帳が出て来たのと同じ夏用のブレザーの、内ポケットの中からだった。

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