9(裏)
明日は入れないかもしれない、シャワーブースで体を流して言われた通りに念入りに髪を整えると、次は面倒なドライヤーだ。
彰はいろいろな事を考えながら体を洗っていたが、ふとドライヤーを思い出して、顔をしかめた。
…このまま戻ったら、また要にドライヤーを掛けろとうるさく言われる。
彰は、あくまで自分がしたくないことはしたくないタイプの人だった。
なので、髪をタオルでサッサと拭いて軽く水気を切ると、宿の黒い浴衣とサンダル履きで、そのまま要に気付かれないように、船着き場の方へと足を進めた。
海風に当たったらまたどうのと言われそうだったが、それでもこの生暖かい風で、髪は見る間に乾くだろう。
何やら赤いような色がついている月の下、彰は傍の岩場に座って、じっと海を見ていた。強い海風が、髪をどんどんと乾かして行くのを感じる。
…塩でべたついたら、また明日の朝流せば良いか。
彰は、そんなことを思いながら、そこでぼうっと座っていた。
すると、脇にフッと気配がした。
「…?」
彰は、振り返った。
すると、そこには生徒の、湊という男と、美里という女が、呆けたように自分を見上げて突っ立っていた。
…眠れずに出て来たか。
今は、夜中の0時を回ったところだ。
とっくに寝ていると思っていた生徒たちの中でも、まだ起きている者が居たらしい。
彰は、立ち上がって二人を見下ろした。
「どうした?眠れずに出て来たのか、それとも二人で何か話でも?」
ハッと我に返ったような顔をした美里が、ブンブンと赤い顔をして首を振った。
「違います!ただ…少し、言い合いになって。」
隣りの湊が、頷いて言った。
「そうなんです。離れて頭を冷やした方がいいって、連れて出て来たんです。」
なぜか、湊まで赤い顔をしている。
彰は、生乾きの髪を縛るわけにも行かず、そのまま岩場から降りて行きながら、言った。
「明日は早い。もう寝た方がいい。言い合いの相手が同室の者なら面倒だが、そうでは無いのではないか?夕食の席での様子を見ていたら、どうも理久という子とそちらの美里さんが何やら意見の相違があるようだったが。」
二人は、バツが悪そうに顔を見合わせた。恐らく、間違っていないのだろう。
「はい…そうなんですけど。」
湊が、答える。
彰は、困ったものだな、と思いながら、苦笑した。
「私達はチームなのだ。中で争っている場合ではない。意見の相違など、私とデニス、修三もあるもの。だが、うまくお互いに理解し合っているのだ。誰が間違っているとか、そんなことは事実が明らかになるまで分かるまい。まして君達の間の軋轢は、神の存在の有無なのではないのか。それが、人に真実解明されるのはもっと先だろう。君達で扱えるようなテーマではない。」
二人は、諭されて下を向いた。こんな普通の子達に分かるものかと思ったが、彰はため息をついてもう一度促した。
「もう、戻れ。そうして眠るのだ。明日は君達にも役目があるのだからな。行け。」
言われて、二人は何が名残惜しいのか分からなかったが、心底名残惜しそうに、何度も何度もこちらを振り返りながら、宿の中へと入って行った。
それを見送ってから、ハアと息をついてまた海の方を見ると、今度は宿の方から要の声がした。
『彰さん!何やってんですか、また髪を乾かすのが嫌で逃げてるんですね!もう、潮風に吹かれて…もう一回、入って来てください!』
ドイツ語だ。
彰は、くそ、声を立てたから要に見つかったではないか、と思いながら、何度もせっつかれて仕方なく、またシャワーへと押し込まれたのだった。
そんな最中でも、工作班は粛々と修三の部屋に潜み、意識を失っている修三の腕やら顔やらを、せっせと道具を使って装飾して明日の朝に備えていた。




