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デニスに聞いて来た話を告げると、残念そうな顔をしたので、恐らくはデニスも、それぐらいのことは村人から聞き出していたようだった。
それでも、特に責めることもなく、ご苦労様、と湊達を労って、二階へと戻って行った。
取り残された五人は、重苦しい空気の中、誰も口を開くでもなく、ただ黙って囲炉裏を真ん中に、向き合って座っていた。
部屋へ帰ったら良かったのだが、今回のことを解明しないことには、ゆっくり昼寝も出来ない気持ちだったのだ。
「あれって、暑さが見せた幻覚だったのかしら…」美里が、ぽつりと言った。「確かに、自分達でも納得がいかないの。普通はそんなことは起こるはずも無いんですもの。なのに、私達は洞窟へたどり着けなかった。なぜ?」
大河が、疲れた体を横たえながら、言った。
「なぜって、小説とかだったらオレ達を洞窟へ行かせたくなかった何かがオレ達の行く道を幻覚か何かで操作して、行かせなくしたんだって思うとこだけどよ。そうじゃねぇだろう。これは現実だ。それに、時間がすっ飛んでるのはどう説明するんだ?暑さで気を失ってたって言うんなら、五人全員が一斉に倒れたって事か?ありえねぇ。」
弥生が、力なく言う。
「でも…私達が思う常識では、明らかに分からないことが起きたのよ。ここの神様…いったい、何の神様なんだと思う?」
理久が、驚いたように弥生を見た。
「まさか、君は神様がオレ達を阻んだんだと思ってるの?そんなことが現実にあるって?」
弥生は、困ったように理久を見た。
「だって、どう説明するのよ。私達はそんなに歩き回ってないと思っていたけど、時間は確実に経ってて、こんなに疲れ切ってるし、お腹もすいてた。記憶にない時間があったってことでしょ?村の人の怯え方を見たじゃない、怖い神様なんだって、それで思ったし。もしかして、そういう不思議なことが起こる場所なんじゃないかな。」
美里が、それには横で真顔で頷いた。
「そうね。私達も民俗学であちこちのレポートとか読むけど、普通じゃ解明できないような不思議な現象が起こったりもしているのよ。だから、もしかしたらここも、本当に神様が居て、それをお祀りしてるんじゃないかって。村人達も、ああして三年もここに縛られるのに来てるってことは、そんな現象を見てるからじゃないかな。」
大河が、急に怯えたような顔をして、身を起こした。
「え、じゃあ神様って、ほんとに居るのかよ。」
美里と弥生は、頷く。
「居る所には、居るわ。これは、いろいろ調べて来たから思うことなんだけど。ここに居るのかどうかは分からなかったけど…もしかして、当たりなんじゃないかな。神様が、本当に居る場所ってこと。」
理久は、それでも言った。
「でも、あの人は常に居るんじゃないって言っていたよね。降りるんだって。つまり、呼び出したら降りて来るんだよ。あそこに居るわけじゃなくて。だから、オレ達をどうにかとか、来てないのに無理なんじゃないの?神様を下ろすのって、多分何か儀式とかする時だと思うんだ。まあ、オレだってクトゥルフのシナリオとか読んでるから、そこからの知識でしかないけど。」
弥生は、頷いた。
「だいたいそんな感じだと思うよ。儀式って、神様に近付くためにするものだし、ここの洞窟ってその祭壇がある所なんじゃないかなあ。儀式で神様を下ろして、って感じ。でも…神様居なくても、上から見てるって事なのかな。あの村の人、神様のこと話したがらなかったでしょう?見てるから、話したら何か罰があるとか。」
理久が、えーっ?と不信感バリバリで言った。
「そんなのさあ。神様って、マジで居ると思ってんの?オレ、お話の中のことって前提で話してたんだけど。今回の事だって、別に教授が言うようにただ熱中症で朦朧としてたからかもしれないしさ。お茶も飲むの忘れて歩いてたんだし。あり得るよ。みんな、クトゥルフの舞台にぴったりの場所だからって、自分の良いように考え過ぎ。ないない、ほんとにあったらあんな経験したくないでしょ?ロストしたらどうするの?でしょ?」
図星だったのか、美里が赤い顔をして、憤って言った。
「違うわよ!あり得るって言っただけよ!それにね、ここの村の人たちはみんな神様を信じてるのよ?そんな考え方だったら、あれ以上話を聞き出せないわ!」
弥生も、隣りで抗議した。
「そうよ!それに神様ってほんとに居るわ!そう実感できることだって起きてるんだからね!」
大河が、割り込んだ。
「わーったわーった、どっちの考えも分かったって!とにかく、何があったにせよ教授が言ってたようにオレ達は無事。神様のせいだろうが熱中症になりかけてたんだろうがな。もういいじゃねぇか、とにかく、明日から調査に行って、どんな神様を信仰してるのか探るんだろ?それで分かるし、どうのこうの言い合うのはよせ。」
確かにそうかもしれないが、理久と美里の間には、不穏な空気が残っている。
大河は、黙っている湊を見た。
「湊?お前、静かだな。疲れたんなら、部屋へ帰ってちょっと寝るか。オレも疲れたし、夕飯まで何もないなら寝たい。部屋へ戻るよ。」
湊は、頷いて立ち上がった。理久も、こんな空気の中で女子達と取り残されるのは嫌だったようで、膨れっ面のまま立ち上がる。
そうして、その場は分かれて男子三人は部屋へと帰ったのだった。
次に降りて来たのは夕飯だと要に呼びに来られた時だった。
時刻は7時になっていて、いい感じに空腹にもなっていた。
それで、階下へと降りて行ったのだが、そこにはもう、ニクラスとデニス、そして女子の二人が座って、先に食べていた。
急いで膳の前に座ると、ニクラスが言った。
「君達が調べて来たことを聞いたよ。やはり、村人はあれ以上のことは言わないようだな。私と修三は今日、あの洞窟の構造だけを調べて来た。特に危険な箇所はないし、足元の床も綺麗に整えられていて躓く心配もない。なので、君達も一緒に行ってもいいかと思っているのだ。」
湊は、なぜかあまり気が進まなかった。それでも、そのためにここへ来たのだと考えると、行きたくないとも言えない。
なので、黙って頷いた。
箸を手に茶わんからご飯を口に運んでいると、膳が一つ空いているのに気が付いた。
…そういえば、修三が居ない。
大河も気づいたようで、言った。
「あれ、修三…いや、田村先生は?」
それには、デニスが答えた。
「修三は、気分が悪いとかで。部屋で休んでいるようなので、そっとしておいた。年齢もあるし、今日は暑かったからな。」
修三ってタフそうだったのにな。
湊がそう思いながら箸を進めていると、ニクラスが言った。
「暑さのことは考えていなかったな。日本は湿度が高いので空気が重い。ここは、何か暑さに重みを感じるような気がしたよ。修三も、昨日は寝苦しかったみたいで、気が立っていて今朝から君達にきつく当たってしまったと、さっき様子を見に部屋へ行った時に言っていた。それもあって、体調を崩したのかもしれないな。無理はさせないようにしないとと、思っている。」
理久と里美が、顔を見合わせている。
二人が、修三から腹の立つ対応をされたのは周知の事実だったが、二人はすぐに横を向いた。
神が居る居ないで、言い合いをしたのもまたこの二人だったからだ。
あちこち問題が起きるのにうんざりして来た湊だったが、しかし同じ部屋の男子三人の間では問題はないので、あまり考えないようにしていた。
湊は、答えないのもと思ったので、言った。
「…先生は、朝から機嫌が悪いようでしたものね。明日までに治ったらいいんですけど。」
ニクラスは、微笑んで頷く。
「そうだな。修三は楽しそうに洞窟の奥まで歩いていたし、明日は是非行きたいと思うのだ。調べる所は幾つかあった。そうだ…地図を作っていたのだった。デニス。」
デニスは、言われて慌てて箸を置くと、後ろに置いていたクリアファイルを持ち上げた。
「これなんだが、手書きですまない。ニクラス教授に聞いて、ザッと中がどうなっているのか書いたんだ。コピーして来たから、渡して置くよ。」
渡された紙には、一見してぶどうの房のように見える、図が書かれてあった。
手前の入り口から入るとすぐに横10メートルほどの楕円の部屋があって、その左に一つ、右に二つの四畳半ぐらいの大きさの部屋がある。
その部屋から奥へと進むと、左へと通路が曲がる手前にまた一つ部屋があり、通路を左へ曲がって行くとまた四畳半ぐらいの部屋があり、向かった右側に開いた通路からは、一番奥の、結構大きな空洞へと抜けることが出来るようだ。
そこに、祭壇があるようだった。
「きっちり図ったわけではないから、大きさはだいたいだが、想像は出来るだろう。」ニクラスが、それを食い入るように見ている、生徒たちに言った。「明日は、そこを手分けして調べようと思っているのだ。要が言うには、明日は村人たちは、本土の方へ次の三年をここで過ごす氏子の選定があるとかで、出払うのだそうだ。選定には三日掛かると決まっているらしい。なので、その間にしっかり中を調べて置こうと思う。明日は、とりあえず一番奥の広い部屋を皆で一気に調べて、明後日から小部屋と奥に分かれて調査するかと。奥の部屋は広いので、日が沈むまでにどこまで調べられるか分からない。だが、一番情報がありそうな場所なのでな。」
大河が、期待半分、不安半分といった顔をしてそれを聞いている。
理久は、好奇心の塊のような状態だった。
「奥の部屋には、祭壇とかありましたか?普通の神社やお寺とは、違った感じでしょうか。」
ニクラスは、頷く。
「そうだな。私が知る寺や神社には、あんな祀り方をしている所はなかったな。燭台がやたらと多く、中央の大きな金皿にたくさんの透き通った赤い石が積まれてあった。皿からこぼれて落ちていても気にしていないようだったので、あれが信仰対象ではないとは思うが、何か、儀式に使うものではないかと思われる。」
大河が、興味を持ったようで前のめりになって聞いた。
「赤い石って、どんな感じでしたか?触ってみましたか。」
ニクラスは、苦笑して首を振った。
「いいや。ああいったものは無闇に触ってはならないのだ。私もこういったことを調べるのは初めてではないが…科学では説明のつかない、おかしなことになることも時にあるので。君達も、気を付けるようにな。そこにあるからと何にでも触れてはならないぞ。」
それを聞いた美里は、まるでニクラスが自分の味方とばかりに勝ち誇った顔をして、理久を見た。
理久は、それにムッとした顔をして、ニクラスを見た。
「でもニクラス教授、本当に神様って居ると思いますか。おかしなことって、そういう事ですよね?」
ニクラスは、それを聞いて困ったように微笑むと、頷くでも首を振るでもなく、答えた。
「神という存在は、それがそれだと思ってそこに存在しているのではない。」美里が、思っていた答えではなかったのか、驚いたようにニクラスを見る。ニクラスは続けた。「ある種のエネルギーが存在することは科学でも分かっている。そして、私はそれが確かに何らかの意思を宿して動いているのだとも思っている。だが、我々が神と定義しているだけで、向こうは神だとは思っていないかもしれないということだ。神と呼んでいるのは人であって神ではない。人がそう呼んでいるから、自分達の存在を理解させるためにそう名乗るのかもしれないが、実際はどういう存在なのか人には理解できない。人は神というと人に親切であって欲しいと思うようだが、向こうから見たら人など下等な生き物だろう。人が好きな神も居れば、嫌いな神も居る。神を信じる人と、信じない人が居るようにな。とにかく私は、人が神と呼んでいるが、実はどうなのか分からない何かは、確かに存在しているとは思っている。」
この人は物凄く日本語が上手いな。
湊は、感心した。これを英語で言えと言われても、難し過ぎて自分には訳せないかもしれない。そもそも、日本語でも全部理解出来たかと言われたら、分からない。外国人が自分の考えを日本語で話すのは、かなり難しいはずだからだ。
大河もこんがらがったようで、顔をしかめた。
「ええっと、つまりは、神かどうか分からないけど、それらしいものが居ると思ってる、ということでしょうか。」
ニクラスは、パッと明るい顔をした。
「そうだ。一度で理解してくれて嬉しい。なかなか言葉が通じないので私の日本語がまずいのかとよく思っていたのだが、君には通じたようだな。」
いや、言っていることは分かるんだけど理解が追い付かないんですって。
湊は思ったが、黙っていた。美里が、黙っていられなくなったのか、言った。
「あの、じゃあ教授はここの神様らしい存在は、どういったものだと思われますか?村人は、何か教えてくれましたか。」
それには、ニクラスはため息をついて首を振った。
「まだ何も。祭壇にはもしかしてと思ったが、像も何も無かったし、村人は怯えるばかりで何も教えてはくれない。どうやら、話しては大変な事になると言われておるようで、実際にそういった目にあった氏子が居るということらしい。禁忌を冒すと、永遠に生きて身動きも取れない状態で奉仕せねばならない、とか。そういったことが、ここの風土紀に書いてあったのを見たな。」
風土紀?
「それを、私も読んでみたいです。」美里が、目をキラキラとさせて言った。「是非!」
ニクラスは、頷いてデニスを見た。
「デニス。では修三からそれを返してもらって、生徒たちに閲覧させるように。ついでに修三の様子も見て来てくれないか。私は部屋に帰るから。」
デニスは、頷いて立ち上がった。
「はい。」そして、美里を見た。「じゃあ、後で部屋へ持って行くよ。生徒たちで順番に読んでくれ。」
「はい!」
美里は、嬉しそうにしていたが、湊はなぜか気が晴れなかった。何か、面倒なことが起こり始めているような気がして、仕方がないのだ。
だが、特におかしなことも無く、その日は暮れてまた、寝る時間になったのだった。




