7(裏)
博正は、シナリオ通りに生徒達に、聞かれた事を答えて、「神」という禁句が出たら退場、というルールを守って無事に引き揚げ、中からソッと様子を見ていた。
隣の家には脳機能班がたくさんのモニターと共に籠っている。
役割はきっちり決められていて、始めから、博正が相手をすると決まっていた。
他の家に行っても、誰も応答しないのだ。
なので、面倒をなくしてさっさと偶然を装って出て行ってやったのだが、あっさり退場となった。
これで諦めるはずはないしなあと、博正は外を気にして落ち着かなかった。
「げ!」博正が、横の窓からソッと覗いて言った。「おい、あいつら洞窟へ降りる気だぞ!何とかしろ!ハリー!」
すると、通信機の腕輪から声がした。
『想定の範囲内だ。あの子達には夢を見ていてもらおうか。腕輪に仕込んでるやつを一ミリ投与する。まあ見ていろ。』
博正は、側に座る真司に言う。
「オレ、上手くやったと思うんだけどな。もっと話してやることあったのに、先に神のこと聞くからよぉ。戻らなきゃならなくなったじゃねぇか。こっちも指示通りにしか動けねぇのに困った奴らだ、全く。」
真司は、慰めるように言った。
「大丈夫だって、お前はよくやったよ。オスカーものの演技だったぞ?」と、博正の後ろから去っていく最後の湊の背中を見た。「それより、あの子は勘がいいな。生まれながらにああいう子っているもんだなあ。」
博正は、ハアとため息をついた。
「だな。気を付けないとあの子からバレるとかうまく流れないとか起こるかもしれねぇぞ。修三とかいうおっさんより、あの子に寝ててもらえば良かったのに。」
真司は、苦笑した。
「そういうわけにもいかんのだろう。あの薬は一人に投与する予定だったし、一人で部屋に居る人を選ばなきゃならなかったんだ。ま、ジョンのお手並みを見せてもらおうじゃないか。思惑通りに行くもんかどうか。」
二人は、あの五人がどうなったのか気になったので、隣りのハリーがモニターで見張っているそこへ、自分たちも向かった。
モニターには、全員で定まらない視線のまま、ただ黙々と同じところを歩き回る五人が映っていた。
五人が、ただ黙って一列になり、道もない雑木林の中を、円を描いてひたすらぐるぐると、文字通り歩き回っている様は異様だ。
博正と真司がそれを複雑な視線で見ているのを見て、ハリーは微笑みながら言った。
「面白いだろう?」と、脇のマイクを指した。「ここから言うだけでその通りに動く。後は薬が切れて来る頃合いを見て、村へ向かう道へ戻して歩かせたら終わりだ。恐らく時すら越えて村へ戻って来たと感じるだろうよ。」
博正は、毎度ながら簡単に人を思うようにしてしまう、薬の作用に顔をしかめた。
「…お前らはなんて物を作ってるんでぇ。何でも思うがままってか。」
ハリーは、心外な、と言う顔をした。
「これも何かの役に立つのだ。とはいえ…彼らの代謝を考えたら、四時間ほどで効果は切れる。それまでのことだ。」
博正は、仰天した顔をした。四時間?!
「おい、まさかこのまま四時間歩かせ続けるのかよ!体力大丈夫か?!」
ハリーは、脇にある別のモニターの波形を見た。
「まだ大丈夫だ。若いしなあ、朝食を取ったばかりだし、それにここでデータを見ているから、ヤバかったら立ち止まらせる事も座らせる事も出来る。問題ない。」
問題ないのかよ。
博正も真司も顔を見合せたが、ハリーは大真面目なようだ。
もう、何を言っても仕方がないので、博正は仕方なく、ぐるぐる回る五人を見つめ続けていた。
彰は、無事に目的を遂げて宿へと戻っていた。
デニスが言うには、誰も来なかったということだ。
そもそも村人など居ないし、来るはずもないのだが、もしも生徒達が降りてきたりした時に足止めさせるために、デニスを見張りに立たせていたのだ。
とはいえ、ハリーには洞窟へ来させるなと言ってあるので、こちらへ来ようとしても、何とかして向こうで足止めしているはずだった。
それがうまく行かなかった時のために、デニスを配置していたのだ。
だが、ハリーはうまくやったようだ。
彰は、とりあえずここまでは思った通りだと状況の流れを見ていた。
こちらは予定より早くに戻ったのだが、要が迎えに出て来て、気遣わし気に言った。
「ニクラス様、おかえりなさいませ。まだ生徒達が戻らないのですが…お弁当も持って行っていないので、心配していたところでした。」
彰は、片眉を上げてチラと時計を見た。今は12時…薬品でも使って、それの効果切れ待ちか。
「…回りを見て回っているのかもしれんな。まあ、そのうち戻るだろう。迷いようのない狭い島だし、迷ったとしても海岸線をぐるりと一周すれば帰って来れる。それより、思ったより早く戻れたので弁当ではなく何か温かい物が食べたい。準備を頼む。」
要は、また面倒なことを、と思ったが、修三の手前、頷いた。
「はい。では座敷にどうぞ。」
すると、修三が後ろから言った。
「私は一度部屋へ戻ります。見てきた事を書き留めておきたいので…もらった弁当を部屋で食べますので。」
彰は、石を隠すつもりだな、と思いながらも、頷く。
「そうか。では君は戻るといい。」
修三は、それを聞いてホッとしたような顔をすると、姿勢を低くして彰と要の前を通り、二階へと早足で上がって行った。
彰は、ドイツ語で言った。
『…奴は石を持って上がった。罠とも知らずに。学者なら発掘したものは私有してはならないと分かっているだろうに。薬の効果とはいえ、軽いものなのだから、抗おうと思えば抗えたはず。そうなったら、デニスにさせねばと面倒に思っていたのに。呆気ないものだな。』
嘲るような声音だ。
デニスは、修三を庇うように言った。
『これ見よがしにあるのですし、数も多い。一個ぐらいと思ってしまったのでしょう。彼が持ち帰らなかったら、私が持ち帰って、明日からの探索に私抜きで進む事になりましたし、今おっしゃったように面倒だったのですから。これで良かったのですよ。』
要は、言った。
『生徒達ですけど、今は暗示を掛けられて上の林の中をぐるぐる歩いてます。効果が切れるのは代謝を考えて投与から四時間、2時頃まで戻りませんね。どうします?』
彰は、ふんと鼻を鳴らした。
『別に洞窟へ行きたいならもう止めないがな。修三が石を手にする妨げになるかと止めさせていたのだ。薬が切れたら、好きにさせろ。』
要は、頷きながらも言った。
『疲れ切って戻ると思いますけどね。腹も減ってるだろうし。』
彰は、座敷へと入りながら言った。
『2時なら修三の薬も切れるし面倒もないしちょうどいい。それより、食事だ、要。腹が減った。早くしろ。』
要は、ぷうと頬を膨らませた。
『彰さん、だからいきなりなんですからしばらく時間掛かりますって。お弁当のはずだったでしょ?ほんとにもう。』
デニスが、慌てて横から言う。
『私は弁当でいいから。生徒達に出すのがあるだろう、それを先に。どうせあちらは2時まで戻らないし。』
彰は何度も頷いた。
『そうだ、臨機応変にしろ。腹が減ったんだ!』
イライラしている。
とにかく自分都合以外で空腹を我慢するのが耐えられないらしい。
要は、仕方なく生徒達に準備してあった食事を一人前、彰に出す事になったのだった。




