6(裏)
彰は、その洞窟に到着していた。
中へはまだ入らないと取り決めていたのに、修三は、一刻も早く入りたくて仕方がないようだった。
それでも、デニスと彰に合わせて回りを見て回ってから、その縦二メートル、横一メートルほどに開く入り口の前に立った。
「では、中を調べようか。デニス、念のため村人が来ないかここで見張っていてくれないか。私は修三と、中の構造を頭に入れてくる。」
デニスは、頷いた。
「はい。足元にお気をつけて。」
修三は、興奮を隠そうともしないでうきうきと入り口へと駆け寄った。
「中は思ったより奥行きがありそうですね!でも思ったより暗いようで…懐中電灯、もっと大きなものにしたら良かったかな。」
彰は、内心嘲笑していたが、表向き穏やかに微笑んで、答えた。
「長く歩くのならあまり重い懐中電灯ではつらくなるし、邪魔になると思う。なので、これで良かったと思うがね。」
彰は、デニスに渡された懐中電灯を試すように着けて、少し振って光を見た。光の玉が、岩肌に当たってくるくると振れる。
修三は、待ちきれないように中を覗き込み、足を踏み出した。
「では、私が先に。」
しかし、彰は首を振って、サッと体を入り口へと滑り込ませた。
「いや、私はこういう所に慣れているし、先に行く。後ろをついて来てくれたまえ。」
そして、あからさまに不満が顔に現れた修三に気付かないふりをして、さっさと先に足を進めて中へと入って行く。
修三は、仕方なくその後ろをついて、そこへ入って行った。
それを見送ったデニスは、苦笑した。先に行かれたら、面倒なんですよ、修三。
そう思いながら、ジョンならうまくやるだろうと、足音が遠ざかって行くのを聞いていた。
入り口付近は、入り口と同じぐらいの幅と高さしかない、ごつごつとした狭い通路になっていた。
そこを進んで行くと、急に開けた場所に出て、高さは三メートルぐらいになり、広さは楕円形に横に10メートルぐらい、縦に5、6メートルぐらいだった。
そこに、正面に奥へと向かうだろう穴が開いていて、その他にも、向かって右側に穴が二つ、左側に一つ穴があった。
中は真っ暗で、天井に穴などは一切開いていなかった。
「祭壇とか、あるはずなんですが。」修三が、あちこちにライトを振って見ながら、言った。「まだ先でしょうか。それとも、この穴のうちの一つに何か。」
彰は、案外に床は滑らかで歩きやすいそこで、まず右側の穴を一つずつライトで照らして見た。そして、言った。
「…部屋のような感じで、狭い穴しかない。中に何かあるようだが、それは明日以降調べるとして、今日は構造だけを見るのだ。左側の穴も確認しておこう。」
修三は、少し顔をしかめたが、言われた通りに左側の穴の中を照らして見た。
中は、確かに部屋のようになっており、何やら木のテーブルとイスも置いてあって、棚などもあるようだ。
しかし、部屋自体はそう大きなものではなく、丸いが印象的には四畳半ぐらいの広さ、という感じだった。
「何かありますね。ここは氏子達が信仰の話でもする場所なんでしょうか。」
本当はニクラス一人で先に行ってもらって、今すぐにでも調べてみたいが、しかしまずは構造を知らないと、もっと興味深いものがあるかもしれない。
明日、どこを調べたいと言われた時に、自分が率先してそこを調べたいと言うためにも、ニクラスと共に全て見ておく必要があった。そうでないと、ニクラスがもっと奥で面白いものを見つけて、そちらを調べると言った時に、自分は判断が付かないからだ。
傍から覗いていたニクラスは、中を見て、頷いた。
「どうやらこちらの穴と同じようだ。つまりは、正面の穴が奥へと進む道だな。では、先へ進もうか。」
頷いた修三は、またニクラスについて、そこを奥へと進み始めた。
また狭い通路だったが、ふと、前を行くニクラスが足を止めた。
「どうしました?」
後ろから、修三は問う。見たところ、前には壁が見えているが、大きく左斜めに道が進んでいるようだ。
ニクラスは、右側へと懐中電灯を振った。
「こちら。穴がある…小さいが、人が一人ぐらい簡単に通れる穴だ。」
言われて見ると、確かにそこには直径1メートルもないだろう、穴が開いていた。ニクラスは、中を懐中電灯で照らした。
「ふーむ、ここはおかしな臭いがするが、中には何もない。藁で作った敷物のようなものが放置されてあるだけだな。」
修三も、興味が湧いて中を覗き込んだ。
確かに、何やら生臭いような臭いがしたが、中にはゴザが一枚、放置されてあるだけで、何もなかった。
「ゴミとか、一時的に入れて置く場所でしょうかね。」
ニクラスは、首を傾げた。
「どうだかな。まあ、それはまた明日。」
そうして、ニクラスはもうそこに興味はないようで、先へとサッサと足を進める。
修三は、またそれについて、暗闇の中を進んで行った。
大きく左斜めになった通路を進むと、また部屋のような場所に出た。
だが、そこはそう広い訳では無く、先ほど見た他の部屋のように、四畳半ぐらいの大きさで、壁には藁で作った蓑のようなものがいくつも吊り下げてあった。
そして、木で作った面のようなものも並んでいて、宗教色の強い感じを受けた。
「これは、また珍しい。」修三は、急いでデジタルカメラを出して、それを撮影した。「見てください、こんな面は見たことがありませんよ。大きさと形からいって、絶対に面なのに目と口の所に空洞すら開いておらず、特に装飾がされていない。大概、宗教が絡むと面に何かを描きたがるものなのに…ただ、真っ黒に塗りつぶしてあるだけで。それとも、頭に被るんだろうか。」
ニクラスは、じっとそれを見つめながら、無表情で答えた。
「どうだろうな。さて、ではこちらの通路しかないから、先へ進むか。ここに衣装が準備されているということは、そろそろ祭壇らしきものも見えて来る頃ではないかね。」
修三は、ゴクリと唾を飲み込んだ。祭壇…いったい、何を祭っているのだろう。この真っ黒い面といい、顔を見せてはいけないのだろうか。
そんなことを思いながらも、躊躇いもせずに足を進めるニクラスの後をついて、また高さが二メートル、幅一メートルほどの通路を今度は右斜め向こうに進んで、歩いた。
すると、いきなりにかなり広いスペースが目の前に開けた。
そこは、横は20メートルほど、天井も同じぐらいの、20メートルほどの高さがある、広い空間だった。
「ここが、一番奥か。」
修三は、思わずつぶやく。正面には、舞台のようなものが岩を掘って作ってあり、その上に、祭壇のような木の台があった。
そして、何やらキラキラと懐中電灯の光に当たって光るものがいくつか見えた。
「あれが祭壇のようだ。」
ニクラスは、それに吸い込まれるように進んで行く。
修三も、それに遅れじと急いで追った。
祭壇らしきものの上には、燭台が幾つもあり、太い蝋燭がその上にささったまま、ずらりと並んでいた。
等間隔に置かれたその燭台の列の中央は、他よりいくらか広く間が開いており、そこには、金色の大皿が設置されていて、上には、赤く丸い、大きさは不規則な透き通った石が山と積まれてあった。
その石の数は把握できないほどで、幾つかがこぼれおちて、燭台の脇に転がっているのが見えるほどだ。
更に懐中電灯を動かすと、祭壇の脇には円筒形の、人工的な入れ物のようなものが、いくつか落ちて転がっているのが見えた。
「この石の材質はなんだろうな。」ニクラスが、じっとそれを見つめて言う。「ガラスでもないようだが、プラスティックでもないだろう。そんなものを崇拝するなどおかしいしな。ということは、ルビーか何かだろうか。だとしたら、この量は凄いな。」
修三は、興奮気味に言った。
「一個持ち帰りますか。そうしたら、材質を調べられるでしょう。これだけあれば、一つぐらい減っても分からないはずです。」
ニクラスは、それを聞いてあからさまに嫌な顔をした。
「何を言っているのだ。ここへ入ることでも、氏子達には失礼なことだというのに。物を持ち帰るなど、あれらが良いと言うならいざ知らず、何も言わずに持って帰るなど盗人と同じ。私は感心しないぞ、修三。どうしてもと言うなら、村人に問うてから持ち帰り、調べ終わったら返すのだ。私は、こういった場所を見せてくれた氏子達には敬意を払うべきだと思っている。」
修三は、ぐっと黙った。確かにそうだが、ここへ入る事すら許さなかった村人が、いくら返すからと言っても、これを持って帰るのを許すはずなど無いと思えた。
ニクラスは、少し気分を害したようだったが、それでも岩肌などを照らしながら、言った。
「…ほう。ここは、自然に出来た穴だな。」修三が、何を言っているのだろうとニクラスを見ると、ニクラスはその美しい顔に、こちらを憐れむような笑みを浮かべて、続けた。「ここまでの構造を見て思わなかったのか。自然に、大きさの揃った通路が出来ると思うか。しかも、入ってからこれまで見て来た部屋の大きさも、ほぼ同じ。そして、床の滑らかさ。自然にこれほど足場の良い洞窟など出来ない。ここだけ、恐らく最初からあった穴で、祭壇を作るために床を綺麗にならして、ここまでの通路も人の手で掘ったのだろう。」
言われてみると、そうだった。
修三は、それに気付かなかった自分を恥じた。思えば、今まで自然の洞窟にいくつも入って来たが、これほど綺麗に整備されたような洞窟は無かった。
つまりここは、信仰が始まった時に掘られた人工の洞窟なのだ。
返答に困って脇へと懐中電灯を振ると、そこには三メートルほどの直系の、池らしきものがあって、黒黒とした水が見えた。水面がざざっと揺れたので、驚いた修三が慌てて後ろへと飛び退ると、ニクラスは言った。
「恐らく、波だ。ということは、海と繋がっている穴なのだろう。池のように見えるだけで、中はずっと海に繋がっているようだ。」
また醜態を演じてしまい、修三としては目のやり場が無かったが、しかしニクラスは、そんなことは気にしていないようで、あちこち修三に背を向けて、祭壇以外の天井や、壁などに懐中電灯を向け、調べている。
…今なら、あの石を持って帰れる。
修三の心は、普段なら絶対にしない、そこに置かれてある如何にも民俗学的に価値のありそうな物を無断で持ち帰る、という行動に、揺れた。
あれだけの数があるのだ。一個ぐらい持って帰っても、きっと分からないだろう。
ここには、ニクラスと自分の二人だけ。しかも、これだけの暗さで、ニクラスはこちらに背を向けているのだ。
修三は、今しかない、と、脇にこぼれて燭台の横に落ちている石の一つを、サッと手にして、ポケットへと忍び込ませた。
ニクラスは、まだこちらへ背を向けたまま、天井の高さなどを調べているようだったが、気が済んだのか、こちらを振り返った。
「…さあ。では、戻ろうか。これで、だいたいの構造は分かった。明日からは、どこを調べて行くのか割り当てて、手分けして調べよう。」
修三は、黙って頷いた。
しかし、ニクラスの射るような目を、見返すことは出来なかった。
…やはり、やったか。
彰は、心の中でそう思っていた。背中に目は無いが、それでも闇の中で二人きり、相手の動きぐらいは気配で分かる。
暗闇の中、彰は修三に背を向けて、上手く自分をまいて石を手にしたと思っているだろう、修三を嘲笑った。
全てはこちらの思惑通り。
とはいえ、本来の修三なら恐らくどんなにチャンスだと思っても、持ち帰らなかっただろう。
それをさせたのは、あの理性を揺るがす薬のせいに他ならない。
それでも、そんなものに負けて己の良心を犠牲にするとは、学者が聞いて呆れる。
彰は思いながら、出口へと足を進めていたのだった。




