6
湊、理久、大河、美里、弥生の五人は、言われた通りの道を通って、島の中央の高台にある、村へと向かった。
その道は、獣道と言った方がいいようなもので、回りは森で、手入れはあまりされていないようで、木々が生い茂って気を抜くと腕や足に木の枝が引っ掛かって、切り傷になりそうだった。
夏ということもあり、皆半そでで軽装だ。
一応、男子は長ズボンと履いているが、女子達はスカートを履いているので、足が大丈夫なのかと気になった。
蚊も多いし、虫よけを持って来ておいたら良かった、と湊は思った。確かに、こんな場所だと知っていたのだから、虫対策は出来たはずなのだ。
蚊を振り払いながらの登山になったが、それほど距離はなかった。
自然、皆無言になりながら登っていたのだが、いきなりパッと開けた場所へと到着して、湊は戸惑った。
「…着いたぞ。」
先頭の大河が、言って皆を振り返る。
そこには、広く平な明るい空間が広がっていた。
…ここが、島の頂上になるのか。
湊は、それを見て思った。
畑が小さくあちこちにある向こうに、宿と同じような木造の、しかし小さな家々が立ち並んでいた。
一見して粗末な感じだったが、それでも生活感はあって、崩れそうな廃屋などは見当たらない。
ここで、誰かが生活しているのは間違いないようだった。
五人が、どの家に訪ねたらいいのかとキョロキョロとしていると、一つの家の引き戸が、スパンと音を立てて勢いよく開いた。
そこから、一人の30歳ぐらいの男性が出て来ようとして、そうしてそこに湊達が立ち尽くしているのを見ると、ハッとしたように動作を止める。
着ている服は軽そうなシャツと麻のこれまた動きやすそうなズボンで、自分達とそう変わりなかった。
お互いに驚いたままとっくりと見つめ合っていたが、美里が、思い切ったように言った。
「あの、要さんから連絡があったと思うのですけれど…私達、大学の研究で来ています。お話を聞かせてもらいたいんですけど、大丈夫でしょうか。」
相手は、ああ、と少し嫌そうな顔をしたが、それでも、頷いた。
「…話は聞いてる。で、何か聞きたい?答えられない事もあるけどな。」
少し、ぶっきらぼうな感じだ。
それでも、美里は努めて愛想よく見えるように笑顔で言った。
「ええっと、ここには、生まれた時から住んでいらっしゃるんですか?」
隣りで、弥生がメモを構えてじっと黙ってそれを聞いている。
男は、答えた。
「いいや。オレ達は氏子としてここに三年間住んで、神に仕える義務があるんでぇ。三年経ったらまた、別の奴らが来て同じように神の世話をする。オレは、もうすぐ三年でここから本州へ帰るのさ。」
ということは、ここには神の世話をする人だけが住んでいるということだ。
美里は、頷いた。
「そうですか。氏子さんは本州にもたくさんいらっしゃるんですね。皆さん、信心深いんだ。」
男は、眉を寄せたが、頷く。
「…ああ。儀式を欠かしたことはねぇし、みんな心底神に仕えてるよ。」
美里は、案外にスイスイ答えてくれる男に気を良くして、少し突っ込んだことも聞いて行こうと身を乗り出した。
「あの、その神様は、あの洞窟にいらっしゃるんですか。」
男は、少し怯えたような顔をしたが、首を振った。
「いいや。あそこは、神が降りる場所だ。いつも居るわけじゃねぇ。」
目を合わさない。
何かを隠しているというよりも、何かに怯えているような感じだった。
「その…神様というのは?」美里は、慎重に話を進めた。「他の神社みたいに、鏡とか勾玉とか、刀とかが置いてあって、そこに降りて来られるとか…」
しかし、男は首を振った。
「違う、そんなんじゃねぇ。」と、今出てきた戸の方へ足を踏み出した。「もういいだろ。」
美里は、慌てて言った。
「すみません、何かお気に触りましたか?あの、神様のことを知りたくて、それで…、」
しかし男は激しく首を振った。
「氏子でもねぇ奴にこれ以上言えねぇよ!じゃあな。」
パシン、とまた、開いた時と同じように戸が音を立てて、閉じた。
美里は、顔をしかめて振り返った。
「…何がいけなかったのかしら。」
理久が、口に指を一本立てて皆に静かにと合図し、また畑の方へと引き返して歩いた。皆がためらいながらそれに続き、村の入り口まで戻った時に、理久は言った。
「…何かに、怯えてるみたいだったよ。氏子のことを聞いてる時には平気そうだったのに、神様の話になった途端に目が泳いで。もしかしたら、その神様って信仰してるって言うより、怖がってるんじゃない?だから、世話を止められないじゃ。」
弥生が、理久に言った。
「それも信仰の形なのよ。神様は、畏れ敬う対象だから。でも、確かにあの人は、とても恐れていたみたい…。」
「もっと聞きてぇよな。」大河が、割り込んだ。「なんか興味が湧くじゃねぇか。どんな神様なんだろう。」
美里は、村の方へと目をやった。窓の格子から覗いていたらしい村人が、またパシンと派手に音を立てて窓を閉じるのが目に入る。
それを見て、美里はため息をついた。
「…駄目ね。これ以上村人の口からは聞けないわよ。完全に警戒されてる感じ…せっかく、要さんが話をつけてくれたのに。また日を改めてからの方がいいと思うわ。そうね、明日か、明後日か。教授に頼んで、要さんにもう少し話してもらえないか、交渉してもらいましょう。」
湊が、話を聞くだけでそんなに大変なのか、と言った。
「そんなに手間が掛かるのか。まあ、オレ達より、要さんの方が話せるだろうし。たぶん、ここの現金収入って要さんの宿ぐらいなんじゃないか?ちょっと無理言っても聞いてくれそうだし。」
理久は、どうせ帰るならとパシャパシャ写真を撮っている。
大河が、面白く無さげに言った。
「このまま帰るのかよ。修三が文句言うんじゃねぇのか。」と、ふと、村に向かって左側に、降りていく道が一本あるのが目に入った。「…お。あれ、もしかして洞窟の方へ降りていく道じゃねぇか?」
言われて皆が視線をやると、確かにまた、獣道が草の間に有るのが見えた。
理久が、スマホを下ろして地図を出した。
「…うん。確かに方向的にはあっちじゃないかな。」
大河は、途端に目を光らせた。
「だったら、一度行ってみねぇか。修三達が居るのは分かってるけどよ、こっそり見て来たらいいじゃねぇか。このまま手ぶらで帰るのも、文句言われるだけでぇ。見るだけ見て、引き返したらいいだろう。」
それには、美里も弥生も、顔を見合せてから、頷いた。
「そうね。帰っても何もやることないんだし。見るだけ見て、写真撮って帰りましょう。そんなに大きな島じゃないんだから、時間は掛からないわ。」
理久も、ノリノリで頷いた。
「賛成!見たいって思ってたのに、オレ達だけ聞き込みかよーって思ってたから。ちょっと見てくるだけだから大丈夫だよ。」
みんな異論はないようだ。
そこへといそいそと足を進める四人に、湊は一人、足を止めて、言った。
「…いや。修三が居るんだぞ?やめとこう。オレ達に来いって言わなかったのは、なんかヤバいからなんじゃないのか?ニクラス教授が決めた事なのに、怒られるんじゃ。」
大河が、はあ?と言う顔をして振り返った。
「お前、いつからそんなに良い子ちゃんになったんでぇ。ヤバいってなんだよ。問題ねぇよ、外から見て帰るだけだぞ?何もねぇよ。」
湊は、それでも言った。
「待てって!クトゥルフ忘れたのかよ!なんかワケわからんものだってあるかも知れないだろうが!」
美里が、困ったように笑った。
「もう、湊くんったら。大丈夫よ、あれは作り話なの。それにほんとに外から見るだけだから。心配ないわ。ほら、行こう?それとも、一人で先に宿に帰っとく?」
四人は、湊にお構い無しに歩いてその獣道に分け入って行く。
湊は、一人で帰る事も出来なくて、仕方なくその後ろを追った。
だが、何か嫌な予感が胸をついて仕方がなかった。




