エルフの工房(4)
「正直どう説明すれば良いのかわかりません。ですが、それでも説明しようとするなら、私たちには見えない何かがあるようなのです。『魔法』であれば、何であれ、少なくともその痕跡は残ります。それが見えない。それこそ『魔法』にかけられたような気分です」
「俺には『魔法』は見えないが、この紅茶の不思議な効果は実感している。君たちには見えず、俺たちにだけ見える新技術のようなもの。それを疑っているというわけか」
「魔法は人間には見えません。元来魔法とはそういうもので、種族の垣根はそれほど低く無いということです。だからこそ同じような技術を人間が持っていたとしても全く不思議ではない。しかし、自分で言っておいてなんですが、その……人間にそのような力が?」
その説明で合点がいった。彼女が何らかの被害を受けているのはもはや確定的に明らかだ。そして、彼女自身は異種族がもたらした中央由来の新技術だろうと当たりをつけているが、証拠がつかめていない。
理一はそんな存在に一つだけ心当たりがあった。
多次元犯罪者だ。
中央由来ではなく、異世界由来の技術の集大成。本来この世界には存在しないはずの力。追いつくには軽く見積もっても数百年の時が必要だ。
「やはり何か知っているようですね。あなたにお見せしたいものがあります」
おまけのような出っ張り小屋、アトリエに連れてこられた。
木製の飾り棚には自然素材の工芸品が並べられ、ハンガーラックやマネキンには衣類が、隅の一角には財布や鞄が置かれている。奥の別室には工具が設置された作業スペースも見える。
門外漢の理一が見ても、一目で職人がひとつひとつ丹精込めて作り上げたとわかる上等な代物が陳列されていた。
「きみが一人で?」
「全てではありませんが。この村は伝統的に職人の村なのです。豊かな自然から材料を収集し、それらを衣類や装飾品に加工してきました。私もその端くれです。しかしお見せしたいのはもっと違うものです」
鍵付戸棚の引き出しから一着の洋服を取り出した。シンプルなワンピース。素材からしてアトリエに並ぶ商品とは全く趣が異なっている。理一には良く見慣れた素材。合成繊維の一種。科学技術の結晶。その表面から僅かに青い燐光を放っている。
「正直に申し上げます。私たちの作品は惨敗しました。シェアを完全に奪われたのです。しかし、どうにも腑に落ちません。私にはこのワンピースが素晴らしいものであるとは到底思えないのです。それでも何故か欲しくなる。本能的に手に取ってみたくなる。抗いがたい魅力を感じます」
「なるほど」
理一の目に映る青い燐光は、現地人には決して見えない。その世界に存在しない技術で、異世界に干渉した結果生じた歪みが光となって視覚化されている。多次元捜査官のみに備わった特殊能力だ。
多次元捜査官はその光を手がかりに犯罪者を追跡する。水先案内人がいくら現地の情報に精通しようとも、最終判断が多次元捜査官に委ねられる理由はそこにある。水先案内人には犯罪の痕跡が見えないのだ。
理一は陳列台の上から革製のブレスレットを手に取った。丁寧に編み込みがされた上品な一品。ユニセックスなデザインで付け心地も良さそうだ。目をすがめて見ても、当然ながら青い燐光は見えない。
「すみません。負け惜しみにしか聞こえませんよね。商売敵のものは売り切れ続出、生産が追いつかず、その一方で私たちのものは在庫がだぶついている。結果が全てを物語っています」
「はたしてそうかな」
「気に入ったならそれは差し上げます。誰の身につけられることもなく、ここで朽ちていくよりは救われますから」
言われるまま手首に装着した。見た目通り、違和感なく優しく肌に馴染む。思いやりに溢れた作り手の性格が滲みだしていた。
「大体の事情は呑み込めた。きみとこの村が非合法な手段で陥れられているのは、ほぼ間違いなさそうだ。理由は言えないが俺にはわかる。きみに『魔法』が使えるように、俺にも俺だけの『魔法』がある」
「そうだと思います。で、なければ、あなたの格好の説明がつきませんもの。街に行かれるのでしたら、その前にここで着替えていくことを強くお勧めします。その格好では目立ちすぎますよ。本当はどちらからいらっしゃったのですか?」
「きみの想像した通りだよ」
理一が答えると、カリーナは満足したようにうなずいた。
現地人とのファーストコンタクトは上々の滑り出しだった。