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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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エルフの工房(3)

 案内されるまま、木立に囲まれた薄暗い林道を抜けた。

 疎らに古い木造家屋が立ち並んでいた。

 小さな家庭菜園。赤く丸い実が収穫の時を待っている。

 庭先で微風に煽られ、洗濯物がパタパタと揺れていた。地味な色合いをした年寄り臭い服が目立つ。子どもが着るような小さなサイズの衣類は見当たらない。

「何か気になりますか?」

「やけにあっさりと着いた。何度も道を変えていたのは、撒こうとしていたんだな」

 理一が存在を明かしてから村に着くまではほぼ一本道だった。かなり早い段階で尾行はバレていたことになる。

「過去には余所者の侵入を防ぐために、道惑いの結界が張り巡らされていた時期もありました。それを流用すれば、あれくらいのことは簡単にできます」

 彼女はこともなげに言うが、理一は特別な訓練を受けた多次元捜査官パラレルダイバーだ。素人に尾行を見破られるようでは、お話にならない。

 精霊信仰アニミズム異世界リージョン

 魔法の存在する世界。師匠の言葉が思い起こされる。

「何かトラップのようなものが仕掛けられていた、ということでいいのか?」

「そのように解釈してくださって結構です」

 未知の力によって認知を歪められた可能性を示唆され、理一は気を引き締め直した。おそらく師匠が言及していた『魔法』の一種だろう。異世界特有の現象。未知は恐怖。だが知識さえあれば、いくらでも対処できる。できなければ死ぬだけだ。カリーナに害意が無いのは救いだった。悪意をもった相手であれば、最悪出会い頭に殺されていたかもしれない。

「もう少し歩きます」

 寂れた村だった。住民の気配こそ感じるが、表には誰もいない。警戒心から家に閉じこもっているのだろう。粛々と一定のペースを保ったまま無人の村を突っ切っていくカリーナの後ろを理一も静かについて行く。

「着きました」

 木造平屋の一軒家だった。古く横長の母屋の横からおまけのように小屋が出っ張っていた。どうやら後から増築されたらしく、母屋に比べ随分と新しかった。

「あちらはアトリエですので、こちらへ」

 正面玄関から入り、リビングに通された。理一に座って待つように伝え、カリーナは奥の部屋へ消えた。リビング、キッチン、そして寝室。女一人が暮らしていくには十分な広さのように思える。

「どうぞ」

 戻ってきたカリーナが理一の前に白磁のカップを置いた。琥珀色の透き通った液体が入っている。正面に座った彼女の前にも同じカップが置かれていた。理一に先んじてカリーナがカップに口をつけた。

 理一は僅かに目を細めて液体を見つめた。ほのかに爽やかな香りが立ち昇っている。危険性は薄そうだが、『魔法』のハーブティーの可能性は捨てきれない。

「どうしました?」

 静かに淡々と尋ねてくる。

 友好の証か、それとも一服盛られているのか。現時点では判断のしようが無い。

「見たことのない飲み物だ。香りも珍しい。この地方の特産品かな?」

「そうですね。市場には出回らない希少品で、実は裏庭で栽培しています。後ほどご覧になられます?」

 カリーナは微笑をたたえたまま、冗談とも本気ともつかない調子で言った。食えない女だと理一は思った。

「心配なさらなくても毒などは入っていませんよ。それとも『魔法』を疑っているのかしら。それはあるかもしれませんね。二度と目を覚まさないかも」

 涼しい顔をして恐ろしいことを言う。

 理一はもう一度琥珀色の液面に視線を落とした。理一の目には何も見えてこない。

「あのブレスレット、青い燐光を放っていたように見えたが、あれも『魔法』かな?」

「どのブレスレットですか?」

「きみを追ってきた男がつけていたブレスレットだ。なかなか良さそうな品だった」

 カリーナは怪訝な顔をするばかりで、答えは返ってこない。だが、そのことが逆に雄弁に物語っていた。

 彼女は何も知らない。

 勿論人間誰しも知っていることを知らないふりをすることくらいはできる。しかし、人は嘘を吐く時、どこかにぎこちなさが生じる。わかりやすい人間だと簡単に目が泳いだり、無意味に雄弁になったりする。咄嗟に巧妙に嘘を吐けるタイプの人間もいるにはいるが、彼女の反応はそれとは違っていた。

「何かと見間違えたり、勘違いしたりしていませんか? あの人の持ち物には『魔法』は全くかかっていなかったはずですが……それにブレスレットは銀色でした」

「そうだったかな。きみがそう言うならその通りだと思う」

 理一が追っている犯罪者クリミナルとの共犯の可能性は薄そうだ。

 反対に彼女を追ってきた若い男への疑いは強まった。彼があの青い燐光を放つブレスレットをどこで手に入れたのか。早急に調べる必要がある。

「もしかして、あなたは何か知っているのですか?」

「何か、とは?」

 彼女は迷っていた。初対面の得体の知れない男に全てを打ち明ける方がどうかしていると理一は思う。それほどまで切迫した状況に追い込まれているのだろうか。少なくとも何らかのトラブルに巻き込まれている可能性は高そうだ。

 右も左もわからない異国の地で現地人ネイティブを味方につけられれば心強い。危険な『魔法』への対処法を知ることは急務。是が非でも彼女の信用を勝ち得たい。ここで恩を売っておけば、とあまりにも打算的な考えに理一は苦笑した。

「何がおかしいのですか。わからないから聞いているのです。中央の方では、急速に文明が発達していると聞きます。その余波がこちらまで及んでいるのでは。あなたも中央の人でしょう?」

「どうかな。中央と言えばそうだが、君の期待に応えられるかどうかは、また別の問題だ」

 理一の言葉にカリーナは目に見えて落胆した。

 彼女はおそらく多次元犯罪の被害者だ。

 理一は決心した。そのために理一は来たのだから。

 ティーカップを手に取り、口をつけた。

 目の前が一瞬揺らいだような気がして、理一は頭を振った。やはり『魔法』のハーブティーだったのだろうか。全身に妙な浮遊感がある。アルコールを摂取した時の状態に似ている。

「あまり嘘はつかないでください。私たちが飲んだのは親交の杯。相手を騙してうまくやろうとか、自分だけ得をしようとか、良からぬことを考えれば考えるほど、体調に変化が表れます。それは私とて例外ではありません」

 彼女は自分のカップにグラスポッドからハーブティーを入れ直した。

「こんな方法を取らざるを得なかったことをお詫びします。ですが、私たちは危機に直面しています。なりふり構っていられる段階は過ぎました」

「きみは、凄いな」

「そうですか? 私は信用しますと伝えたはずですが」

 素直に感心すると、嘘のように視界が晴れ、『親交の杯(まほう)』の効果を実感した。

「俺はきみほど簡単に人を信用できない。きみは最初から真実を告げるつもりで席についていたんだな。もう一杯いただいても?」

 理一の申し出にカリーナは少し驚いたが、すぐにハーブティーを理一のカップへと注いだ

「これも『魔法』、か?」

「そうです。そして『魔法』は私たちの専売特許です。長い間秘匿されてきた技術の結晶。自然の声に耳を傾け、少しだけ力を借り受ける。私たちは長い間そうやって暮らしてきました。そしてこれからもそれは変わりません……いえ、そのはずでした」

 にわかにカリーナの顔が曇り始めた。

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