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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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エルフの工房(2)

「師匠、男は後回しだ。女のほうを追う」

「怪しいのは男のほうではないのか?」

「そうかもな。だが、核心はあの女のような気がする」

「好きにするが良い。男は私に任せておけ」

 師匠は言うなり飛び立った。

 理一もぐずぐずしていては女を見失ってしまう。気配を消して細心の注意を払いながら尾行を開始した。

 女は林道に沿ってどんどん進んでいく。

 分かれ道に突き当たった。女は迷うことなく右へ。次は左。また左。その次は右。三叉路をまっすぐ。

 土地勘のない理一に目的地を知るすべはない。だが、森の奥へ入り込んでいっているような気がする。誰ともすれ違わない。部外者の立ち入りが禁じられた私有地の類なのかもしれない。

 歩き始めてすぐに理一は違和感を抱いた。やけに道順が複雑だ。景色は草木が繁茂しているばかりで代わり映えしない。目印となるランドマークの類も見あたらない。方向感覚が狂いそうになる。

 遭難する危険がつきまといそうな森を若い女が一人、分け入るように奥へ奥へと進んでいく。曲がりくねった道はあくまで歩きやすいように整備されているが、そのことが逆に理一の抱く違和感に拍車をかける。

 誰が何のために整備した道なのだろう。何しろ深い森の中だ。小さな道を整備するだけでも骨が折れることは間違いない。もっと通行人がいて然るべきだ。それなのに、誰ともすれ違わない。

 幸いにして身を隠すための遮蔽物はありあまるほど存在する。歩き慣れているようだが、所詮女の足だ。理一からすれば簡単に尾行できる。

 小一時間ほどもその調子で歩き続けた。

 女が立ち止まった。万が一に備え、理一は物陰に身を隠した。気配を漏らすようなへまはやらかしていない。それは断言できる。だが、女は歩みを進めようとはしなかった。振り返り、せわしなく辺りを見回している。わき道に入り、急に走り始めた。

「マジか!?」

 女を追って理一もわき道へ。

 早い。

 一瞬目を離した隙にかなり離された。生い茂った草木が行く手を阻む典型的な獣道を女は苦もなくすいすいと進んでいく。物音一つ立てずに追いかけることを諦め、理一もスピードを上げる。視界にだけは入らないように、女が振り向くタイミングよりも一瞬早く木陰に身を隠す。信じがたいことだが、女はおそらく追跡者の存在に気がついている。尾行を看破されたのは経験上初めてだ。

 女は理一を巻くつもりだろうが、さすがにそれを許すほど理一も寝ぼけてはいない。つかず離れずの距離を保ちながら、姿だけは意地でも捉えさせない。ついに女がしびれを切らした。

「いるのでしょう! 出てきなさい!」

 凛とした良く通る声だ。

 理一は木陰に潜み動かない。危害を加えるつもりはないが、相手もそうとは限らない。彼女にしてみれば、正体も目的も不明の相手につけ回され、こちらに対する印象は最悪のはずだ。幸いにして見当はずれの方角を向いている。理一の位置までは掴み切れていない。女が勘違いで済ます可能性もゼロではない。友好的な話し合いが通じる相手がどうか、見極めの段階だ。今はまだ。

「隠れてコソコソと。出てこないならこちらから行きます」

 森がさざめき風が躍る。

 明らかに空気が変わった。どこからか、むしろいたるところから見られているような奇妙な感覚が理一にまとわりついた。だが、理一は経験から人の視線では無いと直感した。もっと散漫で薄気味悪い感じだ。もちろん女が発しているわけでもない。彼女は先ほどと変わらず、全然違う方向を見ている。

 ではどこから?

 強いてあげるとすれば、森全体から。

 女がこちらを振り向いた。驚いたことに彼女はまっすぐ向かってくる。

 理一は諦めて木陰から姿を表した。

「つけ回すつもりは無かったんだ。すまない。道に迷ってしまって」

「あなた、何者?」

 女は誰何の声を上げ、理一の恰好を一瞥して眉をひそめた。

 異界の服装がよほど目を引いたらしい。上から下までしげしげと観察している。なんとなく予想はついていたが、理一の恰好は文化的背景の異なる女の目には奇異に映るようだ。

「だから迷子だよ。中央から出てきたんだが、近道をしようと思って森に入ったのが間違いだった」

「それで尾けていたということ?」

「気づかれない自信はあったんだ。抜けられる算段がついたらやめるつもりだった。なら、わざわざお互いに顔を合わす必要もない。と、これはこちらの都合だな。素直に謝る」

 一応形だけでもと頭を下げてみたが、女からは理一の言い分をまるで信じていない雰囲気がありありと伝わってくる。女の目はまるで不審者を見るそれだ。初対面に限れば、人間は見た目が九割。せめて現地に合わせた服装をチョイスしていれば、彼女の対応も変わっていたかもしれない。事前情報の欠如が招いた結果だ。何度と無く同じようなやり取りが捜査官ダイバー現地人ネイティブの間で繰り広げられてきたことは想像に難くない。無事帰還した暁には、管理局に対して事前に情報を寄越すよう陳情書の一つでも上げておこう。十中八九、無視されるだろうが。

「どうやらそのようですね。少なくとも悪い人では無さそうだわ」

 女はそれだけ言うと、特に気にしたふうもなく歩き始めた。

「まさか、信用するのか!?」

「何か問題でも?」

 本人ですら通じるとは思っていない言い訳をあっさりと認められ言葉に詰まる。

「私は信用していないわ。あなたのことを信じられると教えてくれたのはもっと別の存在よ。そして、そのことは私自身よりも信じられます。それだけのこと。不思議かしら」

 女の表情がふいに和らいだ。

 笑うと澄ましている時の何倍も魅力的だ。惜しむらくは彼女が現地人ネイティブであり、理一とは文字通り異なる世界の住人であることだ。プライベートで出会えていれば、と思考が一瞬脇道に逸れかけた。

「森が教えてくれた、と言って信じられますか?」

 女は理一をからかうように笑う。

「その話、詳しく聞かせてくれ」

「こんなところで立ち話も何ですから。それに最近はこの辺りも物騒になりました。村へ案内します。ところでお名前は」

「理一だ」

「私のことはカリーナとお呼びください。理一」

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