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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
灰色の医者
26/27

理一(2)

 夢を見ていた。

 頬を伝う一筋の涙の跡を指で拭う。まだ乾ききっていない。

 夢の内容は覚えていない。なんだかとても物悲しい夢だったような気がする。

 廃ビルの屋上で仰向けに寝転がったまま、空に手を伸ばした。

 空は快晴、曇り空。曖昧な天気に苦笑しながら理一は体を起こした。

 次の仕事が決まった。たとえパートナーが変わろうとも、暇を持て余すほどインターバルが空くようなことは無く、むしろ感傷に浸る間もないほど慌ただしく指令が届いた。管理局に配慮の二文字は存在しないらしい。それは理一のような若輩者に期待の新人水先案内人を預ける人事からもうかがい知れる。

 師匠と過ごした五年間は忙しくも幸せな日々だった。師匠はどこか飄々としながらも、理一に仕事の基礎をみっちりと叩き込んでくれた。たったの五年間で見習い期間を終了できたのは、ひとえに師匠の指導の賜物だろう。どれだけ感謝してもしきれない。

 新人水先案内人はほぼ間違いなく琴音だ。

 師匠と琴音がグルになって理一を欺こうとしている可能性はなきにしもあらずだが、限りなくゼロに近いと思われる。そんなことをしても二人にメリットがあるとは思えない。

 多次元捜査官パラレルダイバー水先案内人ティンカーベルの間を隔てる見えない壁は、思いのほか頑丈で分厚く高い。師匠とは五年間苦楽をともにしたが、その素性については最後の最後まで謎のベールに覆われたままだった。二人の歪な関係は一級市民シティズン二級市民ピルグリムのそれにそのまま当てはまる。

 厳重に秘匿されているはずの理一のプライベートが琴音にあっさりと露見していたこともその辺りに原因がありそうだ。アクセスできる情報源に差があるのは何も仕事中に限った話ではないということだ。二級市民である理一が本当の意味で管理局に受け入れられる日は永遠にこない。暗にそう言われているような気がした。

 理一はビルと空の境界線に立ち、懐中時計を取り出した。役割を放棄した短針と長針の間は約百度。幼き日の記憶に刻みこまれた時刻のまま十年以上の時が流れた。

 管理局の技術を持ってすれば、懐中時計を直すことなど朝飯前だろう。直そうと思えばいつでも直せる。そのことが逆に理一に二の足を踏ませる。壊れた時の中で理一は時間を過ごしすぎた。いまさら巻き戻す気になれないというのが本当のところなのかもしれない。

「感傷だな」

 ぽつりぽつりと降り始めた雨粒を手の平に握り込んだ。

 空模様は相変わらず曖昧なまま薄い雲の切れ目から晴れ間をのぞかせている。荒廃した瓦礫の山のただ中、ぽつんと立ち竦む傾いたビルの屋上でうろ覚えの歌を口ずさむ。

 理一は回れ右をして意識的に空の切れ目へと足を踏み外した。

 ぐんぐんと曖昧な空が遠ざかっていく。そのはずなのにやけにゆっくりと景色が変容していく。理一は次元を渡る。その不確かな感覚に身を任せた。

 

 肉の棺に閉じ込められし客人まれびと

 渇望するは無垢なる贄。罪科の印。

 分裂する自己同一性を鎖縛し、夜を疾駆(はし)

 

       ――dive into the darkgrey ――

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