青の商人(15)
ドアの先に人の気配を感じ立ち止まった。出立の前にもう一人のところへも足を運ぶつもりだったが、どうやら手間が省けたようだ。
理一は勢いよくドアを開け放った。驚き戸惑うその人の腕を取り、強引に建物の中へ連れ込むと、背後に回り退路を塞ぐ。後ろ手でドアを閉め切った。何か言いたそうな顔をして睨む彼女に対し、両手を上げて害意のないことを示した。
「隠れてのぞき見は俺の専売特許だぜ。中にいる人間に気づかれてるようじゃまだまだ」
「そんなんじゃありません! 表には改装中の看板が出ているし、人だかりもできているしで、入るに入れなかったんです!」
「ま、そういうことにしておきましょうか」
恥ずかしそうに頬を赤く染めてむくれている可愛らしい女性は、言うまでも無くカリーナだ。
成り行きとはいえ、親交の杯の助けもあって、エリックに本心を伝えることはできたが、邪魔者がいたせいで、あいにくと返事は聞けずじまいだった。彼女としては是が非でも返事を聞かせてもらいところだろう。それは彼女の服装にも現れていた。純白のフリルブラウスに花柄の胴衣を重ね、下もお揃いの花柄ロングスカートという出で立ちだ。おまけに腰にはエプロンまでつけている。目いっぱいおしゃれを決め込んで、とにかく気合が入りまくっていた。
「お嬢様、お手をどうぞ。不肖ながら私、エスコートいたします」
「理一さんってそういう人ですよね」
むぅと唇を尖らせつつ、理一の申し入れそのものは慣れた手つきで受け入れた。カリーナの手を取り、エリックの元へ引き返した。
「忘れ物でもしましたか?」
「ま、そんなところだ」
この期に及んでも理一の背後に隠れ、エリックと正面切って向かい合おうとしないカリーナを引きずり出し、背中を軽くポンと押してやった。
二人とも驚きに声を失っているのが見て取れた。石像のように固まっている。カリーナは俯き加減で視線を合わせようとしない。硬直が解けたのはエリックが先だった。
「参ったな。こんなことなら気の利いたセリフの一つでも用意しておくんだった」
商品を整理していた手を止めてエリックが呟いた。
「本当にそうよ。他に何か言うことは無いの?」
非難がましくカリーナはエリックを見つめた。このままではこれまでの繰り返しになりそうだが、理一は横から口出ししたくなる気持ちをグッと堪えた。
「きれいだ。本当に。きみが来てくれて本当に嬉しい」
「それだけ? 本当に? あなたはずっと待っていたと思いこんでいるかもしれないけれど、私だってずっと待たされたのよ」
熱っぽい視線をエリックに投げかける。エリックはそれを真正面から受け止め、目を逸らさない。決心を固めたように一つうなずき、一歩前へと踏み出した。
「カリーナ、好きだ。大好きだ。あなたは世界で一番大切な人だ」
「そうよ。やっとわかったの」
エリックの答えに満足したようにカリーナは微笑んだ。そんな彼女の手を引き、エリックは強引に抱きしめた。
「えっ! ちょっとエリック!?」
驚きに丸く見開かれたカリーナの瞳を見つめ、エリックは囁くように語りかけた。
「これからも私の隣でいつまでも、ずっと笑っていて欲しい」
「……はい」
理一は二人に気づかれないように、懐から白い小箱を取り出し、そっと棚の上に安置した。蓋を開くと、美しく澄んだ光が漏れだし、まるで二人を祝福しているようだった。
思い残すことはもう何もない。理一は静かに二人の元を立ち去った。