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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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青の商人(14)

 エリックの工場はその基幹部分の機能を停止し、店頭に並ぶ商品からもまやかしの輝きは失われた。残ったものは売れる見込みのない大量の在庫品。

 店の表には改装休業中の看板が掲げられている。エリックはレイヴァンの商品をあてにして設備投資を行っていたはずだ。それが全て水の泡だ。負債はどれほどだろうか。 

 理一は自分の決断に後悔はしないと決めている。多次元犯罪を取り締まること。それが理一の仕事だ。だからその結果として、現地人ネイティブの若者二人の未来に暗雲が立ち込めることがわかっていても、任務を優先した。

「これで良かったんだよな」

「珍しく弱気ではないか。お前らしくもない」

 理一の腕で師匠が愉快そうに喉を鳴らした。白い眼を向けても、全く意に介さず毛繕いをしている。

「少しは真面目に聞いてくれよ」

「仮にここで私が『お前は最善を尽くした。私がお前の立場なら同じ決断を下しただろう。何、どうせ二度と関わり合いになることのない者たちだ。気に病むことは無い』などと言ったところで、それで納得できるのか。違うだろう?」

 猛禽類特有の黄金色の瞳が優しく細まった。生物学的にはあり得ないその表情に理一はばつの悪さを感じた。

「なんでもお見通しか。いつまで経っても師匠には勝てないな」

「実はそうでもない。今回のお前の判断は私にとって予想外の連続だった。特に私を顎で使って伝書鳩の役目を押しつけたのには感心した。良かったぞ。心から賞賛を送りたい」

 大真面目な顔をしていけしゃあしゃあとのたまう師匠に、理一はやはり勝てないなと改めて格の違いを思い知らされた。

「そんな顔をするでない。これくらいでどうにかなるようなら、所詮それまでということだ」

「まぁそうなんだけどさ」

 師匠の励ましに背中を押され、理一は店の扉に手をかけた。休業中の看板は出ていたが、鍵はかかっていない。扉は軽く押すとわずかに開いた。

 極力音を立てず忍び込むようにして店内へ。分厚いカーテンに遮られ、真昼にも関わらず薄暗い。カーテンの隙間から入り込んだ一筋の光に微少なほこりがふわふわと浮いている。

 棚という棚から商品が消え、衣服をはぎ取られた裸のマネキンがどこか誇らしげに立っていた。数日前まで飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けていた大繁盛店だとは思えない寂れぶりだ。

 理一は何かに導かれるように奥を目指した。エリックがいるとすれば、そこしか考えられない。彼が何よりも、何に変えても守りたかった場所。誰にも侵すことのできない聖域。はたして彼はそこにいた。

 フロアの端、一角だけ残された空間。以前と変わらず、整然と陳列されている商品をエリックは何かを懐かしむように眺めていた。まるで、そこだけは周囲から切り離されたように時間の流れが止まっているかに見えた。声をかけるべきかどうか迷っていると、エリックが気がついた。

「現在鋭意改装中です。表に看板を出しておいたはずですが……どうやら私の勘違いだったようですね」

「いや、俺が勝手に入ってきたんだ」

「そうでしたか」

 落ち込んでいるとばかり心配していたが、エリックは意外と元気そうだった。どこか晴れ晴れとした顔をしている。

 レイヴァンは既に本国へ送還した。理一の多次元捜査官としての仕事は完遂したと言える。黙って姿を消すこともできた。だが、できなかった。

「私はレイヴァンに騙されていた。心のどこかでそのことを知っていた。けれども認めたくなかった。信じたいことだけを信じたかった。そういうことなんでしょうね」

「誰だってそうさ。俺なんてそれで失敗してばかりだぜ。今回はたまたま信じた相手が良くて助かった」

 理一が冗談めかして肩をすくめると、エリックは相好を崩した。何の含みもないエリックの笑い顔を見たのは初めてだ。彼は常に張り詰めていた。経営者としての重圧から一時的に解放された影響かもしれない。

「これからどうする? こうなった原因を作った俺が聞くのもなんだが」

「一応責任は感じてくれているんですね。表には改装中と出していますけど……いっそのこと畳んでしまうのもありかな、と」

 後ろ手に両手を組んでエリックはもう一度商品を見上げた。しばらくそうした後で、理一に向って笑いかけた。

「嘘ですよ。やめませんよ。やめられるわけないじゃないですか。こんなことくらいで。必ず再建してみせます」

 力こぶを作るように腕を曲げ、朗らかに笑ってみせた。理一も同じように腕を曲げ、笑った。そして二人でお互いの腕を打ち合わせ、もう一度声を上げて笑いあった。

「それにこのままだと父親に顔向けできませんから」

 穏やかな笑顔のまま遠くを見つめる。

 理一の記憶の中に父親の姿は無い。親の背中を見て子は育つと言うが、理一にはいまひとつ実感を伴った言葉として感じられない。だが、エリックは確かに亡き父親の背中を見ているように思える。それが少しだけ羨ましかった。

「一つ聞かせてもらっていいですか? レイヴァンは今後どのような処罰を?」

「俺たちの国で裁判を受けることになる。その結果次第だが、技術流出だけならまだしも殺人罪まで加わったとなれば……良くて無期懲役だろうな」

「そうですか」

「不満か? 自分たちの手で裁けないことが」

 理一の質問にエリックは少し考え込んだが、首を振って否定した。

「私たちでは彼を正しく裁けない。それは理解しています。技術流出と聞かされても、それがなぜ罪になるのか、よくわかりませんし。感情の落としどころ、ですかね。それを見失っているんだと思います。頭では理解しているつもりなんですがね」

 エリックは力無く乾いた笑い声をこぼした。

「そういえば忘れ物をするところでした。少しだけ待っていてください」

 そう言い残して奥へと引っ込んだエリックはすぐに戻ってきた。手には指輪のケースを持っている。

「報酬がまだでしたね。現物支給となって申し訳ないのですが」

「……いいのか? 大切なものだろう。それに正式に依頼を受けた覚えはない」

「いいんです。あなたのおかげでカリーナとは何とか仲直りできそうですから」

 中身は確認するまでもなく、カリーナが乾坤一擲、魂を込めて作り上げた指輪が入っているに違いなかった。

「本当はプロポーズのつもりだったんですよ。ですが、彼女はそう受け取ってくれなくて。その時の話の流れは良く覚えていませんが、気がつけば、仕事の話になっていました」

「本当にいいのか?」

 理一は念を押すようにもう一度聞き返した。エリックは黙ってうなずいた。

 後ろ髪を引かれる思いだが、長居すればするほど立ち去りがたくなる。それに、先ほどから何やら外が騒がしくなりつつあるのを感じる。表口の向こうから人の話声が漏れ聞こえてきている。

「これから大変だと思うけど頑張れよ」

「はい。理一さんもお元気で」

 別れの挨拶をすまし裏口へ。

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