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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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青の商人(13)

 理一は薄く笑った。迫り来るレイヴァンを正面から迎え撃つ。

 右手の得物は長く左手は短い。横に払われた長ナイフを無縁で弾く。間髪入れず、胴めがけ襲いかかる短ナイフ。理一は軽くステップを踏み、紙一重で交わす。そのままレイヴァンの懐にもぐり込み、鳩尾に拳を叩き込んだ。確かな手応え。折れる体を横から力任せに蹴り飛ばした。

 受け身も取れず、無様に地面を転がったレイヴァンを理一は注意深く観察する。

 多次元捜査官は戦闘のスペシャリストだ。

 主たる任務が単独捜査となるため、独力で窮地を切り抜けられるよう最低限の訓練は受けている。身体能力も一般人とは比べものにならないほど高い。それにも関わらず、任務中に行方不明となる多次元捜査官は後を絶たない。

 精神感応器サイコジェネレーター

 人間の本能に根ざした無意識下の欲求を自動的に読みとり、具象化する機械装置。その姿は持ち主の精神のありかたを写し鏡のように暴き出す。ほぼ全ての犯罪者クリミナルが携帯している特殊武器だ。その潜在能力は未知数。対応を誤れば死は免れない。それは多次元捜査官であろうと例外ではない。

 単純な身体能力では理一が圧倒している。だがレイヴァンには精神感応器がある。油断は禁物だ。

 レイヴァンがゆらりと立ち上がった。左右一対のナイフ。おそらくあれらがレイヴァンの精神感応器だ。切り結んだ瞬間、妙な手応えだった。

「惚れ惚れするほど美しい刀身だ。風の噂に聞いたことがある。一振りの日本刀を頼みに多次元間犯罪を取り締まる凄腕の捜査官ダイバー。愛刀の名は無縁」

「ご明察」

 名前が売れているとは思わなかった。自分の情報がどこまで相手に知られているのか。それは戦いにおいて大きなハンデだ。レイヴァンの余裕も気にかかる。

「犯罪者には犯罪者の情報網ネットワークがあるのだよ。そこではあらゆる情報が売り買いされている。多次元捜査官の情報もその一つだがね」

「なるほど。格付けは終了したな」

 レイヴァンの眉がぴくりと跳ねたが、理一は気にせず続ける。

「管理局にお前の情報はなかった。事前情報無しで十分対処できる、取るに足らない相手というわけさ」

「ほざけ!」

 怒りに任せて突っ込んでくるレイヴァンを理一は軽くいなした。一度目と比べ、動きのキレは格段と良くなっている。だが、まるで話にならない。二度三度と切り結ぶうちに完璧に見切った。

 残るは精神感応器ただ一つ。レイヴァンの奥の手を完膚なきまでに粉砕する。完全勝利こそ理一の美学。知らず知らずのうちにその顔は凶悪な笑みの形相を成していた。

 理一はわざと刀を大きく振り抜き、レイヴァンに距離を取らせた。

 息一つ乱れていない理一。肩で息をしているレイヴァン。まともにやり合っている限り、理一の優勢は揺るがない。

「ふふふ。ふふふはは!」

 突然狂ったようにレイヴァンが笑い始めた。追い詰められ気が触れた。その類の笑いではない。それにしては自信に満ち溢れている。理一の体に震えが走った。押さえようとしても押さえきれない。こみ上げてくるそれは期待の現れだ。

「貴様は強い。それは認めよう。だが勝つのは私だ。貴様ではない」

 ナイフの切っ先を理一に向け宣言する。

「いいね。その鼻っ柱へし折ってやるよ。俺はいつだってそうやって生き抜いてきた。今回もそれは何ら変わらない。いたって平穏な任務の一つさ」

「ふふふ。いつまでその余裕が持つか、見せてもらおう」

 レイヴァンは理一に向けていたナイフを下した。仕掛けてくる様子もない。理一が訝しんでいると、レイヴァンは家の方を指し示した。窓からエリックがのそのそと這い出てきた。遅れてカリーナも続く。

「カリーナ!」

 理一が大声で呼びかけても全く反応がない。二人は理一の方を見ようともせず、レイヴァンの方へ向かっていく。明らかに様子がおかしい。

「人は何かを決断しようとする時、全て自らの意志によって行っていると思いがちだ。ファッションしかり、職業しかり、女しかり。星の数ほどある選択肢の中からあえてそれを選ぶのだから当然とも言える」

 一人悦に入り何やら語り始めたレイヴァンを守るようにエリックとカリーナの二人が理一の前に立ち塞がった。

「だがそれは違う。全ては環境、外的要因なのだ。人体という装置に対し、入力された特定の信号、行動とはそれに対する反射に過ぎない。ゆえに波長さえ合わせてやれば、購買意欲を刺激することなどは朝飯前だ」

「ご高説どうも。それで?」

 三人の動きに注意しつつ突破口を探る。エリックとカリーナは両腕を垂らし不気味にゆらゆらと揺れている。寝返った、というのとは根本的に違うらしい。二人の動きはあまりにも不自然だ。まるでゾンビ映画のゾンビのようだった。

「種明かしをしようと言うのだ。聞いていても損は無い」

 レイヴァンが無造作に長ナイフを横になぐ。ゼンマイ仕掛けの人形のように二人の体が跳ねた。合わせて理一は後ろへ跳んだ。

 向かってくる二人に対し無縁は使えない。理一は素早く無縁を鞘に納めた。大きく振りかぶって打ち下ろされたエリックの腕を取り、力点を軽くずらしてやる。バランスを崩して流れた体を背後から蹴り飛ばした。その間隙を縫うようにカリーナが迫る。

「カリーナ、やめろ!」 

 女を殴って喜ぶ趣味はない。それに体に傷でもつけようものならエリックに申し訳が立たない。

 打ち出される拳や蹴りを次々とさばいていく。だがキリがない。対処に手間取ったせいで再びエリックも攻撃に加わった。

「人は自分でも気づかずうちに他人によって操作されているものだ。人の無意識下に潜む欲望を刺激し、行動を統制する。それが我が精神感応器)、蒼月の特性だ。操り人形マリオネットのように踊り狂って死ぬが良い!」

 理一は酷薄な笑みを浮かべた。二人の攻撃そのものは全く脅威にならない。彼らに一緒に踊ってくれと請われれば、理一は喜んで何時間、それこそ一日中でも踊っていられる。しかし、こんな形は望んでいない。

 一秒でも早く終わらせる!

 理一はカリーナの腕を捻りあげ背後を取った。彼女を盾にエリックに相対すると、動きに一瞬躊躇が生まれた。その隙を見逃さず、投げつけるようにしてカリーナをエリックに押しつけた。

「守ってやれよ」

 理一が言うと、意思を奪われているはずのエリックが僅かにうなずいたように見えた。

 理一は一足飛びにレイヴァンへと迫る。無縁を引き抜きレイヴァンへと切りつける。

「なっ!」

 驚愕に見開かれた目をしながらも、レイヴァンは咄嗟に蒼月をガードに回す。刃と刃がぶつかり合い、火花が散った。

 理一は構わず肉薄する。レイヴァンには反撃の余地すら与えない。一刀のもとに切り捨てた。

「種も仕掛けも必要ない。これが実力の差ってやつだ」

 肩から斜めに完全に入った。裂けた服がじわじわと赤く血に染まっていく。レイヴァンはよろめき、地面に膝をついた。腹を両手で押さえ、信じられないものを見るように理一を見上げた。

「どこかで甘く考えていたんじゃないか? 多次元捜査官が切るわけがない、と」

「……俺を殺せば、あの二人が元に戻ると思ったら大間違いだぞ。精神に干渉し、彼らを廃人に追いやることくらい」

 みなまで言い終わる前に、理一は無縁を横一文字に薙いだ。それで終わりだ。レイヴァンの支配は解け、二人はお互いを支えあうようにして倒れた。

「無縁は全てを断ち切る刀だ。お前の精神感応器の特性を打ち消すくらいならいつでもできた。それをしなかったのはただの俺の我が儘だ」

 理一は冷徹に言い放ち、レイヴァンを見下ろした。傷は深い。早く適切な処置を施さなければ命に関わるだろう。

 血に染まった両手を諦観したように見つめ、レイヴァンは顔を上げた。

「……見事だ。理一、そして無縁。覚えておこう」

 最後にそう言い残し、レイヴァンは気を失った。

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