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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
20/27

青の商人(12)

「理一の主張を裏づけるものがなく、それを私たちが確かめるすべもない。特に異世界のくだり。そうおっしゃりたいのですね」

 誰も嘘をついていない。

 早々にレイヴァンが尻尾を出してくれれば、話は楽だったのだが、理一の思惑通りにはなかなかどうしてうまくいかない。

「しかしそれはこれから一つずつ聞いていけば明らかになることです。そのための親交の杯です」

 カリーナは一旦言葉を切って間を取った。各自の反応を伺う。誰からも異論は出ない。

「まずは理一にお聞きします。あなたはこの世界の生まれですか?」

「違う」

 理一は即答した。事前の予行演習通りだ。

「レイヴァンさん、あなたは?」

「それを聞いてどうしようというのです? 私の出生が問題ですか?」

「いいえ、彼の話の信憑性を知りたいだけです」

 話をはぐらかそうとしても、カリーナは決して応じない。親交の杯の扱いに関しては彼女に一日の長がある。単純な質問こそ有効な手だ。レイヴァンは深くため息をついた。

「たしかに私はこの世界の生まれではない」

 レイヴァンの答えにエリックは息をのんだが、カリーナはすました顔で尋問を続ける。

「それでは次の質問です」

「ちょっと待ってください!」

 エリックが席を立ち、カリーナの言葉を遮った。

「こんなのはおかしい。間違っている。彼がこの世界の人間でなかったとして、その世界で罪を犯していたからといって、そんなことは私には、ここでは関係ない」

「きみは騙されている。それでいいのか?」

「たとえそうだったとしても、です」

 彼は恐れていた。不都合な真実が次々と明るみに出ることを。いまはまだ氷山の一角が見えてきたに過ぎない。しかしこのまま突き進めば、暗礁(あんしょう)に乗り上げることは確実だ。経営する店舗は真っ二つに引き裂かれ、暗く冷たい海の底へと沈没する。

「エリック、聞いて」

「聞きたくない。卑怯じゃないか、こんなやり方は」

 カリーナの言葉さえエリックには届かない。カリーナは悲しそうに目を伏せた。だが、彼女は諦めなかった。顔を上げて、エリックを静かに見つめ直した。

「エリック、お願い。聞いて。私、あなたに隠していたことがあるの」

 エリックはカリーナの顔を見ようとしない。

「あなたが私を誘ってくれた時、とても嬉しかったわ」

「ならどうして! 言うこととやることがあべこべだ」

 吐き捨てるように言ったエリックにカリーナは首を横に振った。

「私もあなたも駆け出しで、お店はあなたのお父様が経営していたころの話よ。覚えてる? 私は今よりも全然下手で、それこそ私の作るものに商品価値なんて全く無かったわ。だけど、あなたがお父様を説得して一組のぬいぐるみを置かせてくれたの」

 カリーナは過去を懐かしむように目を細めた

「そんなに簡単に売れるわけが無いのはわかっていたけれど、それが一週間たって、一ヶ月たって、それでも売れなくて。だから、いつの間にか店頭から消えていたとき、私は凄くうれしかった。あなたも自分のことのように一緒になって喜んでくれた。だけど、それは違ったのね」

 エリックは目を合わせようとしない。答えようともしない。けれども、それは「親交の杯」の影響下にあるからだ。時に沈黙は雄弁に物語る。

「理一が教えてくれて、それで気づいたの。あなたはずっと私のことを見てくれていた。それなのに私は何も見えていなかった」

 エリックの執務室に飾られていた一組のぬいぐるみ。商人風の男と長い耳の女。理一はカリーナがプレゼントしたものとばかり思い込んでいた。

 カリーナは片手を胸に当て視線を落とした。ゆっくりと顔を上げエリックを優しく見つめた。

「勘違いや思い違いならそれでいい。だけど、あなたが騙されているのだけは絶対に許せない。エリック、あなたは世界で一番大切な人よ」

 それが彼女の真実。嘘偽りのない言葉。

 理一やレイヴァンがどれだけ策謀を巡らそうとも、たった一つの真実にはとてもかなわない。完全に道化だな、と理一は思った。だが、同時に嬉しくもあった。あとはエリックの気持ち一つだ。

「僕は」

 エリックはテーブルに両手を押し当て、顔をくしゃくしゃに歪ませた。ちょっとしたボタンの掛け違いだった。

「そこまでにしていただきましょう。これ以上目の前でいちゃつかれてはたまりませんな。仕事は仕事、プライベートはプライベート。それらは混同すべきではない。賢明なあなたならお気づきでしょう。彼女は情に訴えかけてあなたをたぶらかそうとしています」

 それまで黙って聞き役に徹していたレイヴァンが横からしゃしゃり出てきた。しかし、いまさら何を言ったとしても旗色が翻るとは思えない。趨勢(すうせい)は決している。

「レイヴァン、僕は」

「ええ、ええ。言われずともわかっていますとも。あなたがその女のことを好ましく思っていること。そして私のことを疎ましく思っていることも。ならばあえて答えましょう。質問の答えを。黒である、と」

 窮地に追い込まれたはずのレイヴァンは、しかし嘲笑(あざわら)っていた。レイヴァンから噴き出した青い瘴気。それが見る間に部屋中を覆っていく。

 ガタンと椅子ごとカリーナが床に倒れた。エリックもテーブルに身を投げ出し、苦しみから逃れようと胸元をかきむしり始めた。

 理一は愛刀無縁を引き抜いた。

「話し合いの時間は終わりだ」

「ごもっとも」

 乱暴に蹴り飛ばされたテーブルを理一は一刀両断に切り捨てた。

 窓から身を乗り出し、脱出したレイヴァン。それを追って理一は窓枠に足をかけた。室内に残された二人はなおも苦しそうに呻いている。あまり時間はかけられそうにない。窓枠を蹴って外へ跳んだ。

 はたしてレイヴァンは待ち構えていた。両手に長さ違いのナイフ。右が長く左が短い。それぞれに異なった役割がありそうだ。

「てっきりそのまま逃げるかと思ったぜ」

「逃げる? 私が? なぜ?」

 レイヴァンは両手をだらりと下げた。不穏な空気。吹きつける風が金切り声をあげる。

 来る!

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