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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
19/27

青の商人(11)

「理一さんもどうか召し上がってください。早く冷めないうちに」

 カリーナが静かに、だが有無を言わせない迫力で理一に親交の杯をすすめた。

 事前の打ち合わせでは、たとえエリックとレイヴァンが先に口をつけたとしても、全員が親交の杯を飲むまでは会談を再開しない約束だった。それは彼女たち自身が親交の杯を用いる際に遵守しなければならない掟として定めたものだ。

 理一は覚悟を決めてカップに口をつけた。

「おいしいです。初めて飲みました。何という銘柄ですか?」

 エリックがカップを置いた。カリーナをただ純粋に見つめていた。

「親交の杯、と言います」

 カリーナは短く簡潔に答えた。

 聞かれたことだけ嘘をつかず簡潔に。それを心がければ親交の杯の悪影響を最低限に抑えられる。

「普段ふるまっている銘柄とは違います。実は茶葉に魔法が込められています。いわばマジックハーブティーです」

「つまりラリってしまうというわけですな」

 真顔で説明するカリーナに、クスリともせずレイヴァンが返した。それには反応せずカリーナは理一を申し訳なさそうにちらりと見た。

「親交の杯の効果について二人に詳しく説明します。いいですね?」

 筋書にはないシナリオだった。カリーナはあくまで裏方に徹し、矢面には理一が立つ。親交の杯の効果については極力触れない。直前まではそのことに彼女も同意していた。

 なぜ今になって心変わりを? 全員の注目が理一に集まっているこの場で問い質すことはできそうにない。理由を考えるのは後回しだ。

 カリーナの暴走に理一は内心焦ったが、表情にはおくびにも出さない。アドリブでなんとか切り抜けるしかなさそうだ。

「良いも何も。どんなことがあっても俺はきみに協力する。エリック氏も当然そうだろう」

「ええ、もちろん」

 エリックに親交の杯の効果は表れていない。本心からの言葉だ。理一はひとまず胸をなでおろした。

「一言で申し上げますと、偽証ができなくなります。より正確には、嘘をつくことはできますが、体調に異常をきたします。吐き気、めまい、激しい動悸、まともな思考能力は奪われ、話すことすらままならなくなるでしょう」

「そんなものを我々に。とても客に出す代物ではありませんな」

 怒りをあらわにして席を立とうとしたレイヴァンの肩をエリックが押しとどめた。

「レイヴァン氏の言うことはもっともです。それほどまでに私の言葉は信じられませんか?」

 語気荒くエリックが言った。交渉の席を離脱こそしなかったが、彼が怒りを覚えているのは確かだった。親交の杯の効果をばらせば、こうなることは目に見えていた。だからこそ理一は隠したまま交渉を進めたかったのだが、今となっては後の祭りだ。いっそ彼らにわざと嘘をつかせ、胃の中のものを逆流させてみてはどうだろうか。すえた匂いの漂うテーブル。そうなればもはや交渉どころではない。仕切り直しを余儀なくされるだろう。しかし、もう一度交渉の場をセッティングできる保証はどこにもない。

「彼女は信用しているさ。これは俺の入れ知恵だ。悪く思わないでくれ」

 理一は軽くおどけて言った。エリックとカリーナを仲違いさせては、元の木阿弥だ。

「俺は疑り深いのでね。彼女ほど君たち二人のことを信用できていない。悪いが保険をかけさせてもらった」

「君は何様のつもりだ。部外者だろう」

「たしかに。だがそれはお互い様だ」

 理一が挑発的に笑うと、レイヴァンは腕組みをして鼻を鳴らした。

 多分に後ろ暗いところがあるはずだが、レイヴァンは堂々としている。嘘をつかずにやり過ごす自信の表れだろう。親交の杯の効果を身を持って知る理一としては面白くない。何としてもその化けの皮を剥がしてやりたくなってきた。

「本来これは現地人ネイティブ二人だけの問題だ。俺たちが出る幕は無いはずだ」

「私にはエリック氏の右腕として数年間積み上げてきた実績がある。そしてそれはこれからも変わらない。部外者と悪し様に」

 レイヴァンの顔色が変わった。まるでむかつきを抑えるように片手で胸元を押さえた。口の端を歪にあげて笑う。

「・・・・・・なるほど。嘘をつけないというのは本当らしい」

 息を整え顔を上げると乱れたシャツの襟を正した。

「右腕として、というのは今現在のところは、という意味です。私としてもここで終わるつもりは毛頭ありません。しかしそれは未来の話。叛意ありと受け取られては心外です」

 流暢に言葉を紡ぐ。もはや息は乱れていない。易々と切り抜けられた。なかなかに手強い。レイヴァンは今のやりとりで親交の杯の特性を把握したはずだ。

「こちらからも一つ確認したい。先日工場に賊が忍び込みました。犯人はあなたですか?」

「そうだ」

 理一は素直に認めた。それは自らが多次元捜査官パラレルダイバーであることを認めるも同義だが、親交の杯の影響下では隠しようがない。

「なるほどなるほど」

 レイヴァンは目を細めた。その瞳の奥で光が怪しくゆらめいた。

 追うものと追われるもの。

 理一とレイヴァン、二人の関係が白日の下に晒された。

 一触即発の空気に緊張が走る。

「で、エリック氏はその話を知っていた、と」

「それは・・・・・・その通りです」

 エリックは渋々ながら認めた。

「余計な駆け引きは無しにしよう。俺が工場に忍び込んだのは犯罪の動かぬ証拠を押さえるためだ」

 理一はテーブルに写真をばらまいた。

「見てもらえればわかるように、工場の設備はこの世界のものではない。それはエリックも知っている。カリーナにも確認を取った」

 相対するレイヴァンは笑みを崩さない。

「非合法な手段によってこの世界に持ち込まれたものだ。俺たちの世界では最低でも禁固二十年は下らない重罪にあたる。それが俺がここにいる理由だ」

 犯罪の動かぬ証拠を突き付けられても、依然としてレイヴァンは動かない。理一がその気になれば、もはやいつでもレイヴァンを捕えられる。状況を理解できていないとも思えないだけに不気味だった。

「と、いうことですが、どうでしょう? 信じられますか、この男の話を」

 レイヴァンは馬鹿にしたように肩をすくめた。

「私は正直なところレイヴァン氏を信じたい。店を大きくしてもらった恩がある。それに、これからの発展を考えれば、まだまだ彼にはいてもらわなくては困るんだ」

 エリックに擁護され、レイヴァンは満足そうにうなずいた。

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