青の商人(8)
彼女に罪は無い。だからと言ってエリックに全ての責任を負わせるのは酷だと思う。
美しく、気高く、才能にあふれたカリーナ。
彼女にふさわしい男になりたいと願い、しかるべき時が来るまで心に秘めた想いを打ち明けないと心に誓ったとして、誰がエリックを責められようか。
「君の助けになりたい。そのために俺は来た」
理一は力強く宣言し、カリーナの震える手を取った。
「だが、レイヴァンを捕らえるためには証拠が足りない」
「捕らえる? レイヴァンを? なぜですか?」
「彼が犯罪者だからだ。被害者は君だけじゃない。エリックもそうだ。彼は知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされている。だが、証拠が足りない」
現地人である二人を納得させられる証拠が、と理一は心の中で付け加えた。問答無用でレイヴァンを連行するだけなら猿でもできる。
「決定的な証拠を押さえるために手を貸して欲しい」
成功の鍵はカリーナが握っている。彼女の協力なくして成功はないと理一は確信していた。具体的な作戦の内容について説明すると、カリーナは難色を示した。
「それは・・・・・・怖いです」
「たしかにリスクはある。だけど」
「少し考えさせてください。あなたの言うことはわかります。たしかにその方法なら、レイヴァンの不正をあぶり出せるかもしれません。けれども逆に何も出てこなかったら」
「関係が壊れる?」
カリーナは目を伏せ答えない。
彼女の心情は推し量って余りある。理一の作戦は、レイヴァンの犯罪行為を明るみに晒すのみならず、エリックと彼女の信頼関係までもずたずたに引き裂く可能性を秘めている。
「エリックは大切な友人です。それなのに私は彼に冷たく当たってしまいました。そんな私の話に耳を貸すでしょうか」
「その点なら心配ないと思う。エリックは今でも君のことが大好きだよ。指輪のことも単なる行き違いさ。話してみればすぐに誤解だとわかるはずだ」
「どうして言い切れるのですか。人の心なんて誰にもわかるわけないのに」
カリーナは少しむっとして口を尖らせた。
エリック本人から彼女との仲を取り持つように依頼されている。その話を打ち明けても良かったが、エリックからは自分の口で伝えたいと聞かされていた。
「エリックの執務室には、今でも昔と変わらずかわいらしい一組のぬいぐるみが置いてあった。あれ、君の贈りものだろ?」
カリーナは一瞬不思議そうな顔をしたが、理一が「一組の男女のやつ」と付け加えると、恥ずかしそうに目を逸らした。
「知りません」
きっぱりと否定する。だが、ほんのり赤く染まった頬が雄弁に物語っていた。下手な嘘がバレバレだった。彼女は気恥ずかしさから素直になれないだけだ。お互いに勇気を出して一歩を踏み出せばすべて丸く収まる。理一はそう思った。
「一つ付け加えておくと、俺は分の悪い賭けはしない主義なんだ。お堅い職業なんでね」
冗談めかして言うと、カリーナはくすりとささやかに笑った。
「そこまでおっしゃられるならいいでしょう。一つ口車に乗せられてみることにします」
「ありがとう」
理一が礼を言うと、カリーナはうなずいた。
エリックへの伝達役は師匠に頼むことにした。カリーナ直筆の招待状を革筒の中に入れ、師匠の足へと装着する。
「伝書鳩ならぬ伝書鷲とは。高くつくぞ」
師匠は足を前後にぶらぶらさせ、不格好に取り付けられた革筒の感触を確かめつつ、憎まれ口を叩いた。革筒はしっかりと固定されている。落ちる心配は無さそうだ。
「感謝しています」
理一は不必要なまでに深々と頭を下げた。バサバサと羽ばたきが聞こえた。理一が頭を上げると、師匠はすでに大空へと飛び立ったあとだった。
「エリックは来るでしょうか?」
師匠が飛び去った青空の向こうをカリーナは不安そうに見つめた。
「来るさ、必ず。俺たちはその時へ向けて準備をしよう」
理一は名残惜しそうに空を眺めるカリーナを促し、家の中へ引き返した。