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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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青の商人(7)

 戸口に出たカリーナは理一の姿を認めると、静かに自宅に招き入れた。

「お茶を入れますから、座って待っていてください」

「この間みたいなのは勘弁してくれよ。どうせならティータイムはリラックスして楽しみたい」

「ふふっ。それはどうでしょう。あなた次第です」

 カリーナは軽やかに笑った。すっと背筋の伸びた後ろ姿。白く長い手足と色素の薄い煌びやかな金髪。優し気で穏やかな雰囲気。エリックが夢中になるのも無理はない。美しい娘だった。

「どうされました?」

「見とれていた。いろいろな国を見て回ってきたけど、君のように綺麗な人は見たことがない」

「お上手ですこと。人をからかってはいけませんよ」

 カリーナは微笑みを崩さず、テーブルにティーカップを並べた。ポットから狐色の液体が注がれ、ほのかに甘い香りが立ち昇った。前回のものとは色合いも香りも異なっている。リクエスト通り、リラックス効果の高い茶葉を選んでくれたようだ。理一は安心してティーカップに口をつけた。

「……意外です。もっと躊躇するかと思いました。どういう心境の変化ですか?」

「意外も何も。俺は元からこんな感じだよ」

 理一にしてみれば、カリーナの態度のほうが意外だった。心境の変化があったとすれば彼女の方だろう。心を許してくれているのだとすればありがたい話だが、同時にどこか変だとも感じていた。

 笑顔を見せてくれているし、雰囲気も柔らかい。だが、表情に暗い陰が見え隠れしている。

「まさか、俺に惚れた?」

「違います」

 眉一つ動かさず即答。もっとも理一もそれは期待していない。少し間を置いてカリーナは小さく吹きだした。

「違いますが、そうですね。隠しておいても仕方のないことなのかもしれません」

 カリーナはティーカップの水面を見つめて深く息を吐いた。

「実は作品が作れなくなりつつあります」

「それは、創作意欲がなくなったということか?」

 芸術家にスランプはつきものだ。精神的な変調が仕事に影響を与えることは少なくない。仕事と私生活。どちらも上手くいっているとは言い難い彼女にはあり得そうな話だと理一は思った。

 だが、カリーナは力無く首を振った。

 「もっと根源的な問題です。魔法が使えなくなりつつあるのです。無から有を生み出すことはできません」

「それは……」

 レイヴァンが原因だ。彼の存在が異世界リージョンに影響を及ぼし始めている証拠だった。なぜ異世界では当たり前のように魔法が使え、常識のように現地人に受け入れられているのか。少なくとも理一の世界において、魔法を扱える人間は存在しない。

 魔法が実在する。一般的に観測される現象としての魔法。それこそがこの世界の特異性。異世界を異世界たらしめている理由。つまり、魔法によってこの世界は規定されていると言える。

 世界を規定する法則。その数は無限に等しい。だが、ある一つの世界が内包できる法則の数は有限だ。世界の許容量キャパシティには限界がある。

 世界がハードウェアなら法則はソフトウェアに例えられる。異世界由来の法則を走らせるためにはハードウェアに空きが必要だ。しかし、通常、世界の許容量には空きがない。

 レイヴァンの技術は異世界起源の法則に依拠している。世界を規定する法則を積み込み過ぎた結果、その世界のバランスが崩れ始める。それがまさに現在の状況だ。

「タイムリミットが近づいているということだ。レイヴァンを止めることができなければ、やがて魔法は使えなくなる」

 その理由を説明したくても、理一にはその権限が与えられていない。現地人に管理局の情報を開示することは罪に問われる。最悪、多次元捜査官の資格を剥奪はくだつされる恐れもある。また、仮にうまく説明できたとしても、カリーナに理解できるかどうかは怪しい。

「エリックはきみを主席デザイナーとして受け入れる用意があると言っていた」

「そうですか」

 カリーナはゆったりとした動作でカップを置いた。二杯目をすすめられたが、理一は断った。カップの中身は半分以上残っていた。

「しかし、それは以前の私であれば、でしょうね。このまま魔法が使えなくなれば、自然とその話もお流れになりそうです」

 カリーナは両腕で体を抱いて沈み込んだ。

「そんなことはないんじゃないかな。彼が魔法の力に惹かれているのは確かだろうけど、俺にはきみのモノづくりのセンスそのものを高く評価しているように思えた」

「そうでしょうか」

 疑わしそうに問いかけるカリーナに理一はうなずいてみせた。

「エリックの事務所で青い宝石の指輪を見せられた。素人の俺の目から見ても凄みを感じた。あれだけのものが作れるんだ。もっと自信を持っていい気がするよ」

「お優しいですね。しかしあれは売り物にはなりません。凄みを感じたと言うのなら、きっとそれは別の理由です。お気づきになられませんでしたか?」

 思い返してみてもリフレインする音楽の調べのように眩いばかりの宝石の美しさが思い出されるばかりで理一には皆目見当がつかなかった。

「男から女へ特別な指輪を作りたいという申し出がありました。愚かな女にはそれが別の意味に聞こえてしまった。それだけの話です」

 カリーナは努めて明るく振舞って見せたが、笑う声に力は無かった。

「まさか……ペアリングだった?」

「本当にお恥ずかしい話です。どうして勘違いしてしまったのでしょうね。バカな女もいたものです」

 カリーナの目はどこか遠いところを見ていた。

 仕事のパートナーとして彼女を迎え入れたい。表向きの理由がそうだとしても、エリックの本音はもっと別にある。しかしそれを彼女に言ったところで頑なに否定されるであろうことは目に見えていた。

「仮に、仮にですが、エリックが真実私の才能へ惚れ込んでいるというなら……」

 カリーナは唇を引き結び、テーブルに視線を落とした。理一はティーカップを口へ運び、彼女の気持ちに少しでも整理がつくことを願った。

「レイヴァンと、あんな男と事業を始める前に誘って欲しかった。私は裏切られたと思った。才能を、私自身を否定されたと感じた。どうして私はあそこにいないんだろう。何がいけなかったんだろうって」

 カリーナは体を震わせ切々と訴えた。

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