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パラレルダイバー  作者: 木林タカシ
青の商人
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青の商人(6)

 一夜明けて店へ顔を出した。

 すぐにエリックは見つかったが、人手が足りず持ち場を離れられそうになかった。理一は声をかけるのを諦め、閉店時間まで待つことにした。

 時間を潰しがてら一通り店内を見て回った。なかなかの盛況ぶりだ。前日に出会った少女たちの顔もある。常連なのだろう。店は変わらず繁盛していた。

 レイヴァンの姿がどこにも見当たらない。支配人がたまたま店を空けることもあるだろうが、昨日の今日でタイミングが良すぎる。

「まさか、しくじったか?」

「証拠を残すようなヘマはやらかしていないだろうが、工場を覆い隠していた霧を消したからな。それそのものが証拠と言えばそうだ。管理局の手がこちらに回っていることに感づかれたかもしれん。だとすれば、我々が第一候補として上がりそうだな」

 師匠はなぜか面白そうに言った。

 多次元捜査官の存在に気づいた犯罪者の行動は大別すると三通りに分けられる。

 投降する、逃亡する、抵抗する。以上だ。

 素直に投降してくれるとありがたいが、残念ながら天然記念物の類だ。犯罪者となる人間には、どういうわけか自信過剰な人間が多いらしく、徹底抗戦の構えをとるものが後を絶たない。 

「エリック、少しいいか?」

「すみません。まだ手が離せそうにありません」

「本当に少しだけでいいんだ」

 理一は接客に戻ろうとするエリックの腕を取った。封筒を一封取り出した。エリックは怪訝そうな顔をしつつもそれを受け取った。

「重要なメッセージが隠されている。誰にも見られないようにそっと中身を見てくれるとありがたい」

 エリックは周囲を確認し、封筒の口を開いた。中には三枚の写真が入れてある。工場の潜入時に撮影したあの写真だ。半分ほど取り出したところで、エリックは眉をひそめ、動きを止めた。

「つまり、何です?」

「どこまで知っているのかと思って。それ次第では少し面倒なことになる」

 工場の中に一度も足を踏み入れたことが無いとは言わせない。機械設備とそれに付随する異世界由来の先進的な技術にも触れたはずだ。

「俺はレイヴァンを追ってきた。俺たちの世界では技術流出は大罪なんだ」

 エリックは手にした写真をじっと見つめ、顎に手を当てて考え込んだ。

 この世界の技術レベルでは写真など到底存在しないはずだ。それが理一の素性を保証することにはならないが、興味を引く役には立ったようだ。

 エリックはなおも写真を見つめていたが、心の整理がついたのかおもむろに口を開いた。

「おそらくあなたがレイヴァンと同じ世界の住人であるということは本当でしょう。これほど精巧に描かれた絵は生まれてこのかた見たことがありません」

 エリックは写真を封筒にしまった。

「しかし、それがそのままあなたの言葉を全て受け入れる理由にはなりません。彼が犯罪者である、という証拠は?」

 痛いところを突いてくる。

 エリックにしてみれば、理一がでたらめを吹聴しているように感じられてもおかしくはない。理一とレイヴァン、どちらを信用するか。考えるまでもない。

「百歩譲って、仮にあなたたちの世界では犯罪者かもしれません。ですが、過去がどうであれ、現在私の右腕として彼は良く働いてくれています」

「だから相談にきた。レイヴァンを本国へ連れ戻すのが俺の仕事だ。その気になれば、いつでも実行できる。わざわざ君の了解など得なくてもね」

 エリックの顔つきが変わった。

「そんな話をしてどうしようと言うのです。あなたの想像通り、もし彼がいま私の店からいなくなれば大きな痛手だ。私の店を潰したいのですか? あなたの目的がまるでわからない」

「おいおい。少し落ち着けよ。俺は何も喧嘩をしにきたわけじゃない」

 怒りに我を忘れて熱くなったエリックをたしなめる。彼としても店内で揉め事を起こし、客の注目を集めるのは望むところではないはずだ。

「何とか穏便に解決したいと思っている。俺にとっては君も被害者の一人なんだ」

「見解の相違ですね。私は何も困っていませんし、お客も満足しています」

「まさにそれが問題だ」

 理一はやれやれと肩をすくめた。このまま続けても話は平行線のままだろう。何となく察しはついていたが、エリックはかなりの頑固者だ。

「話は終わりですか?」

 ネタは残っている。レイヴァンによるエリックの父親殺害疑惑。だが、確証は得られていない。

「良ければ君の父親について聞かせてもらえないか」

「父親?」

 急な話題転換にエリックからは警戒心がありありと伝わってくる。家族の問題は、完全にプライベートな問題だ。一歩間違えれば、地雷を踏みかねない。

「レイヴァンを引き入れることには反対していたと聞いている」

「そうですね。それが何か?」

「その理由について何か聞いていないか」

「何をおっしゃりたいのです」

 エリックは目を合わせようとしない。

「レイヴァンが来てから急に体調を崩したとか、不審に思うことはなかったのか?」

 片手を前に遮られた。

「その手の噂が一人歩きしていることは知っています。しかし、それこそ根も葉もない噂ですよ」

 有無を言わさず封筒を押しつけられた。どうやら思い当たる節はありそうだ。理一は深く息を吐いた。

「すみません。本当に忙しいんです。その話はまた次の機会ということで」

 受け取らずに話を続けることもできたが、理一は素直に引き下がった。

「忙しいところ悪かったな。また来るよ。今度はカリーナを連れて」

 せわしなく仕事に戻るエリックの背中に投げかけたが、聞こえているのかいないのか。返事は戻ってこなかった。

   

 見通しが甘かった。その一言に尽きる。想像以上にエリックはレイヴァンを信頼しているようだ。かえって彼らの結束を固める手助けをしてしまったかもしれない。

「ヘタを踏んだものだ」

 公園のベンチでうなだれていると、師匠が追い打ちをかけてきた。

「あー、うるせー。わかってる。わかってるよ。わざわざ言うなよなー」

「小言の一つも言いたくなろう。あえて点数をつけるとすれば三十点。落第だ。もう少し出来の良い男だと思っていた」

 憮然として師匠は言った。

 理一は背もたれに体を預けた。雲一つない青空が広がっていた。うららかな日差しに照らされて目を細める。長閑な公園だった。子供が数人はしゃぎながら駆け回っていた。特徴的な長い耳をした子供も混じっている。

「しかし最悪かと言うと、そうでもない。付け入る隙は十分にある。エリック氏は随分とカリーナ嬢にご執心のようだ。彼女を餌に釣れば良かろう。人の恋心につけ込むようでちと心が痛むがな」

 平静そのものの顔で師匠は言う。

 理一が白い目を向けても、師匠はどこ吹く風だ。全く応えた様子はない。

「わざわざ代弁してやったのだ。理一、お前も既に気づいているのではないか? 最も効率的な方法を。だが、同時に恐れてもいる。それで本当に彼らを救うことはできるのか。二人の間に修復できないほどの傷を残すことにならないか、とな」

 師匠の言うように馬の人参よろしく鼻先に餌をぶら下げれば、容易にことは進むかもしれない。それを実行に移すためにはカリーナの協力が不可欠だが、しかし逆に言えば彼女の協力さえ得られればすぐにでも実行できる。

 エリックとカリーナ。二人がお互いを憎からず思っていることは疑いようがない。

「所詮我々ができるのは時計の針をほんの少し早めることだけだ。彼らの世界は彼らのものだ。彼らは自分たちの意志と力で進んでいかなければならない」

「いきなり正論っぽいことを言って話をまとめに入るなよなー。結局それは俺たちの都合だ」

「俺たちの、では無い。私の都合だ。最初から言っているだろう。私は早く帰りたいのだ」

 表情こそ変えないが、師匠はどこか楽しそうだった。長年の経験から理一が折れることを知っている。そう言いたげだった。

 迷いはある。だが他に手が無いのも認めざるを得なかった。

 理一は懐中時計を取り出した。壊れて動かないまま二度と時を刻むことはない。それは過ちの苦い記憶だ。

「行こう、師匠。カリーナのもとへ」

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