青の商人(3)
「彼女、怒っていましたか?」
「誰も依頼人が女だとは言っていないぜ? どうしてそう思う?」
理一がからかうように言うと、エリックもつられて笑みをこぼした。
「それくらいしか思い当たらないからですよ。それにあなたの身につけているブレスレット。彼女の作品でしょう」
エリックは軽くため息をついた。
二人の間にどのような過去があるのかは定かではないが、少なくともエリックは現在の状況を快く思っていないようだ。
「ここの一角に並べてある商品は全て彼女のものです。ほかの誰かが作ったものならいざ知らず、彼女の作品を見間違えるはずがありません。付き合い長いですから」
「それにもかかわらず君はあの男の商品を選んだ」
理一が試すように言うと、エリックは力なくうなだれた。
「そうですね。あなたの言う通りです。結果的に私は彼女を、カリーナを裏切った。彼女が怒るのも無理はありません。自業自得だと思っています」
仕事と恋人、どちらを取るか。古今東西、時を変え場所を変え、この手の話は尽きないが、ことはそれほど単純ではなさそうだ。
エリックはビジネスパートナーとしてレイヴァンを迎え入れた。評判は上々、売り上げも右肩上がり。経営者としては正しい判断だ。レイヴァンを選ばなければ、今でもカリーナの商品でフロアは埋め尽くされていたかもしれない。しかし零細経営を続けていた可能性もまた高そうだ。
エリックに誤算があるとすれば、レイヴァンはこの世界の人間ではなく、異世界由来の技術を不正に転用した犯罪者であるという点だが、彼にそれを知るすべは無い。
「しかしそれでも私は選ばなければならなかった。いつかわかってもらえる時がくる。そう信じ、その準備も進めてきました。ですが、彼女はもはやまともに口を聞いてくれません。人生とはうまくいかないものですね」
「そう捨てたものでもないと思うぜ。そのために俺がいる」
「そう言えば彼女から依頼を受けていたのでしたか。ふむ」
エリックは少しの間考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。
「頼まれたついでと言っては何ですが、私の依頼も受けてはくださいませんか」
「受けられることと受けられないことがある。内容によっては料金も張るぜ? だが、要件を聞くだけなら特別に無料でいい」
冗談めかした返事にエリックは満足したようにうなずいた。
「個人的なことですので」
番地を記したメモ帳の切れ端を渡された。
エリックが理一に対し、カリーナとの橋渡し役を望んでいることは容易に想像できた。
エリックの店からレイヴァンを排除し、カリーナをその後釜に据える。そうしたいのは山々だが、エリックは断固として反対するだろう。余程のことが無ければ、急成長の立役者レイヴァンを彼は切れない。何か策を講じる必要がありそうだ。
店を出るのを待って、それまで無害なペット役を演じていた師匠が初めて口を開いた。
「悪だくみをしていそうな面だ」
「俺の悪だくみ癖は師匠譲りだよ」
「言うようになったではないか」
師匠は喉を鳴らして器用に笑った。
「私はもう少し静観を決め込むことにしよう。なに、しくじりそうになったらいつでも助け舟くらいは出してやる」
上々の展開だ。理一は確かな手ごたえを感じていた。