2 二人目のジーノ(ジーノベルト) 前編
3日かけて、ようやく王都に着いた。
エリナはまっすぐ職業紹介所に向かった――が、そこで驚くべき光景を目にした。紹介所の前に、長い長い行列が出来ていたのだ。
「えっ? どうして?」
目を疑うエリナ。
話には聞いていた。王都はかつてない程の不況で職にあぶれている者が多くいると。けれどエリナはあまり深く考えていなかった。もしかすると、田舎者のエリナが想像していた以上にマズイ状況なのだろうか? 不安が胸をよぎる。
しかしエリナはすぐに気を取り直した。
きっと職に就けないのは、仕事を選り好みしている人か、年を取っていたり健康に問題のある人達に違いない。自分は若くて健康だ。仕事を選ぶつもりもない。何だってする覚悟だ。
しかし――何時間も行列に並び、ようやく順番が来て話をすると、紹介所の職員はにべもなくエリナに告げた。
「不況で本当に仕事が無いんですよ。若くて健康な人なんていくらでもいるんだから、何か特別な技能があるとか資格を持っているとかじゃないとね~」
「そんな……」
地方の小さな町で家業の宿屋を手伝っていただけのエリナに、そんなモノは何も無い。
「花の……花の知識ならあります」
「う~ん。それだけじゃ、難しいですね~」
次の日もその次の日も職業紹介所の行列に並んだが、仕事は見つからなかった。
エリナは安い宿を選んで宿泊していたが、それでも手持ちの金は王都に来てわずか10日で底をついた。
今日、住み込みの仕事が見つからなければ、今晩泊まる所すら無い――たった10日でエリナは追い詰められていた。
王都の不況を聞いていたのに町を出たのは、客観的に見れば失敗だろう。
けれど、今更町には戻れない。いや、戻りたくない。
戻る交通費も既に無いけれど、それよりも何よりもエリナは自分を傷付けた人間の顔を二度と見たくなかったのだ。
たとえ娼婦になろうとも、故郷の町へは帰らない――――それはエリナの意地だった。
手持ちの金が底をつき、一昨日の夜から何も食べていない。
季節は初冬を迎えている。長い行列に並んでいるエリナは空腹に寒さも加わって、より一層惨めな気持ちになっていた。
それもこれも全てジーノとリリーの所為だ。
「死ねばいいのに……」
小さく呟いた。
「もし……お嬢さん。お嬢さん」
「え? 私ですか?」
不意に声をかけられ、驚くエリナ。
職業紹介所の前で行列に並んでいるエリナに、一人の身なりの良い紳士が声を掛けてきた。
「お嬢さんは仕事を探しておられるのですか?」
「は、はい」
「私が紹介してあげられるかもしれません。あちらのカフェで何か食べながら、お話をしませんか?」
「え?」
長い行列にはたくさんの人が並んでいる。
それなのに、この紳士はエリナに声を掛けて来た。若い女性であるエリナに。
⦅ あぁ、きっと娼館のスカウトね…… ⦆
おそらく間違いないだろう。
エリナは”それでもいいや”と思った。今日、住み込みの仕事が決まらなければ、今晩泊まる所すらないのだ。王都で若い娘が野宿などすれば、どんな目に遭うか――いっそ娼館に行った方が、まだマシではなかろうか?
エリナに声を掛けて来た紳士は、パッと見て分かるほど上質な生地の服を着ている。娼館のスカウトだとしても、場末の娼館ではなく高級娼館ではないだろうか?
空腹で正常な判断が出来なくなっているエリナには、その紳士が神様のように見えてきた。
「はい。お願いします」
職業紹介所の近くのカフェに入ると、紳士は「お好きな物を頼んで下さい」と言った。エリナは遠慮無くサンドウィッチと飲み物を注文した。
エリナが一通り食べ終わり一息つくと、紳士はにこやかに本題に入った。
「お嬢さんは王都の人ではなさそうですね。遠くから来たんですか?」
「ええ。ここから馬車で3日ほどかかる小さな町から来ました。きっと町の名を言ってもご存じない田舎です」
「こんな不況の王都にわざわざ来たのはどうして?」
正直に言ってしまおう。
「結婚を目前にして許婚が女を作ったんです。小さな町で、彼らの顔を見ずに生活することは出来ません。嫌になって飛び出して来ました」
「ご両親は貴女が王都に出て来たことをご存じなのですか?」
「両親と兄には書き置きを残して来ましたが、王都ではなく隣町に行くと嘘を書きました」
「ふむ……」
紳士は腕組みをして、ジッとエリナを見つめる。品定めをされているのだろうか?