転生したら記憶喪失だった件 5
完結済みにしてて、すげえ焦りました……。
「さて、まずは名前を聞かせてもらおうか」
名前ぐらいなら誰だって素直に喋るだろう。
はじめにハードルの低い質問をし、徐々に上げていく。
単純だが、効果のあるやり方だ。
「リザだ」
「リザ、お前の目的は何だ?」
名前を呼び、リザとの精神的距離を縮める。
効果があるのか定かではないが、マイナスには働かないだろう。
些細なことの積み重ねが大事だったりするしな。
「結界の調査だな。あんな強力な結界が何年もの間、こんな森の深くに綿密に構築されているのは普通じゃない。消えれば当然驚くだろう?」
やはりあの結界は長い間張られていたものだったらしい。
となれば、誰かに見つかるのも当然か。
「最初に俺が解除したやつかと聞いてきたな。それで、調査を命じたのは誰だ?」
「レンドベルク共和国にある英傑学院の理事長さ」
記憶喪失である俺は当然知らない。
それにしてもリザの真意がわからないな。
それを明らかにするには結界の調査について具体的に聞く必要がある。
踏み込んでいくか。
喋らなかったときは、そのときで対処法はいくらでもある。
「ここに来た目的は結界の調査らしいが具体的に何を調べるつもりだ?」
「結界の中の存在だな。レンドベルク共和国は10年前、結界に気付いてから監視を続けてきた。いや国が、というより英傑学院が、というべきか」
「どういうことだ?」
「英傑学院はレンドベルク共和国内で最も力のある組織で国の名の下に運営されている。魔法の研究も盛んでね。今回の結界について秘密裏に研究が進んでおり、同時に監視対象でもあった。だから消えたとなれば当然騒ぎが起こる。結界の中には何があるのか。そして結界を解除したのは誰か。それが人類に害を及ぼすような奴なら排除せよ、と新任教師の私が理事長から調査を命じられたわけだ」
リザは苦笑した。
「もっとも今のところ見つけれた情報は結界の中にあった小屋に白骨化した死体があっただけだな」
英傑学院がどういった教育機関なのかは知らないが、秘密裏に進められていた研究の核とも呼べる調査を新任教師に任せるだろうか。
……まぁいい。
使える材料は手に入った。
「ではお前に良い情報をやろう。結界を解除したのは俺だ」
そう言うと、リザの表情が変わった。少し困惑している様子がうかがえる。
「……嘘をついているようには見えないな」
「ああ本当のことだからな」
考え無しに言ったわけではない。
遅かれ早かれバレたことだ。
リザが質問を素直に答えていたのは裏がある。
タダでは情報はやらないといった彼女の意志が見え隠れしていた。
「くくく……面白い男だなお前は」
「お前こそ素直に質問を答えるように見せて俺から情報を奪おうとしていたな」
「ほぉ、そこまで見抜くとは。お前には驚かされてばかりだ。一体何者だ?」
「分からない。記憶喪失だからな」
素直に情報を打ち明けた方が俺にとってメリットが大きい。
デメリットを考えると少し躊躇したくなる気持ちもあるが、保険は作れる。
最悪の事態は回避出来るだろう。
「記憶喪失とはねぇ……。お前の方こそペラペラと内情を話してもいいのか?」
「薄々勘付いていただろう」
「ふ、まあな」
弱みを見抜かれる事と、自分から明かす事では印象が全く違う。
相手に優位を渡してはいけない。
主導権を握らせてはいけない。
もともとの性格が悪いのか知らないが、そんなことを思ったのだ。
「しかしお前が記憶喪失だと嘘をついている可能性もある。都合よく魔術の知識だけ覚えているというのも怪しい」
もっともな意見だ。
しかし俺はリザを納得させれるだけの説明は出来ない。
俺が事実をどう説明しようが、そこには具体的な証拠が何一つ無いため怪しさが残る。
「そればっかりは何とも言えないな。信じるも信じないもお前次第だ」
「……ところで、この鎖を外してくれないか? 冷たくて凍傷してしまうぞ。既に話し合いは進んでいる。もう縛っておく必要もないだろう」
リザは言った。
図々しい、いや肝が座っているというべきか。
「ああ」
俺は首を縦に振った。
リザにはこれから頼みたいこともある。
逃げられる事も考慮したが、それはリザにとっても俺にとってもメリットが少ない。
魔力の供給を絶つと氷の鎖は粉々になり消えていく。
拘束を解除されたリザは「ふぅ」と一息ついて魔法で身体を温めていた。
「悪いね。しかしこうなっては戦った意味がなくなるな」
「そうでもないさ。おかげで話し合いは進んだ。結果さえ得られれば過程は気にしない」
「ふむ。じゃあ、私が勝者へのご褒美をくれてやろうか?」
「ご褒美?」
リザは胸元を大胆に開けて、豊満なおっぱいを強調させた。なるほど、ご褒美とはそういう事か。
「揉ませてやってもいい。強い男は嫌いじゃないからな」
おっぱいか、うん。おっぱいだな
ひとまず揉んでおくか?
……いや、辞めておこう。
主導権がどうとか言っていたのが一瞬にして無意味なものとなってしまう。
危ないところだった。
まったく、とてつもないハニートラップを仕掛けてくるもんだな。
顔も美人なので尚更だ。
「遠慮しておく」
なんとかおっぱいの誘惑に打ち勝つことが出来た俺は冷静を装って否定した。
「つまらない奴め」
リザが服を正すと、胸元は見えなくなってしまった。
少し勿体ないところだが、気持ちを切り替えよう。
今はおっぱいのことを忘れよう。あとで思い出せばいい。
「お互いに有益な情報を交換したところで、一つお前に交渉がある」
「有益だったかどうかはさておき、交渉ときたか」
リザは腕を組んで、真剣な眼差しをこちらに向ける。
「お前はこれから俺を監視、もしくは目の届く範囲に俺を置いておきたい。違うか?」
「そうだな。素性が分からなく、私を倒すほどの実力者を野放しにしてはおけない」
「それなら俺を英傑学院とやらに入れてくれ。学院というだけあって教育機関なのだろう?」
自分の容姿を見たとき、どこからどう見ても若者だった。
それなら学院に入学しても何一つ不自然ではないはずだ。
そして、リザは新任教師と言えどもある程度の権力を持っている可能性が高い。
それは、今回のような調査を行なっていることや言動を見れば十分に推測できる。
提案を聞いたリザは目を見開いたあとに腹を抱えて笑い出した。
「ハッハッハ、やっぱりお前は面白いやつだ。予想の斜め上の提案だ。警戒されていると分かっている者がこんな提案をするのは普通じゃない。しかし、お前は提案した。なるほどねぇ……よく考えついたものだ。お前は自分の存在を理解しているようだな」
「そうだな。色々と察しがつく」
俺みたいな素性の知れない奴が学院に入れば、学生たちに危害が及ぶと考えそうなところだ。
……が、考えようによっては、俺を英傑学院の中に閉じめることで周囲に及ぶ危険を学院内で抑えることができ、あわよくば手駒にできる。
あくまで想像に過ぎないが。
リザは改めて、真剣な表情をして刺すような視線をこちらに向ける。
「――お前の要求を呑もう。しかし、お前については上に報告させてもらうぞ」
そう言って、リザは手を差し出した。
俺に対する要求は、これ以降も追加されるだろう。
なにせ相手の陣地に乗り込むようなものだからな。
「交渉成立だな」
差し出されたリザの手を握り、微かに微笑んだ。
「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな」
握手をしたあとにリザは言った。
名前か覚えてないな。しかし名前が無いというのも不便だ。
テミル=リーザスバーン。
魔導羽ペンに刻まれていた名前を思い出した。
既に亡くなっているし、名前を拝借したところで面倒な事にはならないはずだ。罰は当たるかもしれんが、存在しているのかも分からない神様を恐れる気にはならないな。
「テミルだ」
家名は言わないでおいた。
「全て忘れているという訳ではなさそうだな」
「記憶の喪失に法則性などあったら苦労はしない」
「間違いないな。それでも記憶が無いというのは寂しいだろう。少しだけ同情しといてやるさ」
薄っすらと笑みを浮かべるリザは全く同情していないように見えた。