転生したら記憶喪失だった件 4
女性は葉巻を捨て、足の裏で踏み潰す。
煽るような態度とは裏腹に表情は冷静そのものだった。
女性から繰り出されるは火魔法。
突如として俺の周りが火の壁に包まれる。
彼女の動きを見るに魔術とは言い難く魔法と呼ぶにふさわしい。
牽制。もしくは注告とも言える初動。
しかしそれでは浅い。
他の意図があるのだろう。
火魔法の対策は同じ火魔法か弱点である水魔法が有効。
俺は火の壁を消す術式を発動させる。
これは元々書かれていた術式。
それを少しいじり、火魔術で温度を下げただけに過ぎない。
火の壁が消えたその先に女性の姿は見えなかった。
「魔術師か。物好きな奴だな」
その声は上から聞こえた。
女性は火の壁で俺の視界を塞いでいる間に上空に行ったようだ。
「そういうお前は魔法使いだな」
「ああ、それが何を意味するか分かるか?」
「さぁ? 俺が魔術師でお前が魔法使い。ただそれだけだ」
「いや違うね。魔術は魔法の劣化。力の差は歴然。それは火を見るよりも明らかなことだ」
なるほど。
確かにその通りだ。
しかし、魔法に秘められた可能性が無限にあるように魔術も無限にある。
力の使い方で物事はどうにでもなる。
「なら試してみるといい。面白いものが見れるだろう」
女性は、やはり俺の態度が気にくわないのか、眉を少しひそめた。
「その余裕、いつまで保っていられるかな?」
女性の次の攻撃は炎で地面を燃やし尽くすというものだった。
一瞬にして地面に火炎が燃え広がった。
上空に行ったのはこのためか。
殺すつもりで放った一撃だろう。
女性にとって俺の生死は関係ないみたいだ。
何か知りたがっていたようが、それは二の次ということか。
もしくは記憶に干渉する類の魔法が使えるのかもしれない。
その類の魔法は対応策が存在するため殺せば情報の損失に繋がる可能性もある。
つまり女性が優先していることは脅威の排除、か。
「なっ――」
燃えさかる火炎の中で平然と立っている俺に女性は驚愕した。
俺の周囲は結界に包まれており、火炎はそれに阻まれる。
これは自身に施した術式が発動しただけに過ぎない。
自身に対する一定レベルに達した攻撃を感知すると自動で発動されるため俺は《自動魔術》と呼んでいる。
これもオリジナルの魔術だ。
「先にそっちの余裕が無くなったみたいだな」
女性の表情は変わる。
驚愕や怒りと言った表情ではなく、始めと同じ冷静な表情。
「認めよう。お前は強い。だがそれでも勝つのは私だ」
その冷静な表情から垣間見えるのは自信だった。
自分が負ける姿など想像も出来ない。
勝利を重ねてきたものだけが得ることのできる自信。それこそが彼女の根底にあるものだろう。
しかし勝負は決したと言ってもいい。
余裕の無くなった彼女に勝ち目はない。
底が知れれば恐怖は生まれない。
そして勝利までの道のりを逆算できる。
「魔力を温存しておきたかったが、そうは言ってられないらしい。お前のそれを破らなければ私に勝機は無いのだからな」
それ、とは結界のことを言っているのだろう。
「そうだな」
もっとも結界を破っただけでは俺には勝てないだろうがな。
破ることは前提条件に過ぎない。第一関門と言ったところか。
女性は片手で持てる大きさの杖を出し、俺に向ける。
杖の先に魔力が集まり、それは大きな火炎の球となった。
「動じないみたいだな。逃げた方が身のためだぞ? 逃げれるならの話だが」
「その必要がないからこうしている訳だ」
「……化物め」
火炎の球が発射された。すぐ俺に直撃し、大きな爆発が起こった。
辺りに炎が燃え広がる。
それでも結界は壊れない。
しかし、女性の狙いはこの魔法ではないはず。
先ほどの攻撃パターンから考えると、どの攻撃にも意味があった。
火の壁は視界を遮断し、その次の攻撃に備えるものだった。
つまり、この攻撃も何か意味がある。
「──例えば背後に回って物理攻撃を仕掛けてくる、とかな」
予め用意してあった術式を発動する。
氷の鎖が背後から攻撃を仕掛けようとしていた女性を拘束した。
この鎖に拘束された者は魔力の供給が出来なくなる。
つまり、俺のような魔術師や魔法使いには打って付けの拘束魔術だ。
「……お見通しだったわけか。なぜ私の動きが読めた?」
「この結界が魔法攻撃のみを防ぐことにお前は気付いていた。間違いないな?」
自動で身を守る結界。
中々にぶっ飛んだ性能だが隙はある。
それは物理攻撃を防げないことだ。
「……顔に出ていたか?」
「いや? 顔からは何一つ読み取れるものは無かった。しかし優秀な人間なら、この結界の弱点に気づかないわけがない。お見事だ。あとはお前の行動パターンをいくつか考え、絞り込んだというわけだ」
女性の火魔法は転移魔法が練り込まれていた。
それが突如現れた火炎の正体。
つまり転移魔法は彼女の得意とする魔法だと推測でき、俺の隙を突こうと背後に回るのは当然の考えだと言える。
「ふふ……ハッハッハ」
女性は威勢よく声を高らかに笑い出した。
「……どうやら私は魔術師に完敗したようだな。もっともこれは魔法と魔術の差ではなく君個人の力量の高さが勝敗を決したと思うがね」
「さて、どうだろうな」
それは間違いないだろう。
たしかに魔法は魔術と違い詠唱の速さが段違い。
なにせ術式を構築するというプロセスが無いのだから。
だが魔術師が万全の状態なら話は別だ。
拠点周辺はありとあらゆる箇所に術式が施されている。
常時発動しているものや任意のタイミングで発動できるものなど様々だ。
つまりここは俺が支配している領域。
ここで戦おうとしたのが、女性の敗因。
戦いを挑んだ時点で俺の勝利は目に見えていた。
それでも絶対と言い切ることは出来ない。
よくて九分九厘。
女性は途中まで一厘の勝機を秘めていた。
残念ながら底が知れた時点で無くなったしまったわけだが。
「ま、これでやっと話が進むな。実力で負けた私はお前の質問を素直に答えるとするさ」
女性は拘束されているというのに弱気になった姿は何一つ見せない。
素直に質問を答えなるなら別に構わないが、答えなかったときは手間がかかりそうだ。