転生したら記憶喪失だった件 3
拠点に戻ってきた俺は調達した魔物の肉を見つめていた。
見た目は普通の生肉と大して変わらない。
肉を一口サイズに切り、火魔術で焼くと、芳ばしい香りがしてきた。
味付けしたいところだが、手持ちには何もない。
「ま、それでも十分に美味そうだ」
しっかりと焼けたので、切り口の中に入れてみる。
飲み込まずにしばらく口の中に入れておき、体調に何も変化がないようなので飲み込む。
腹は膨れないが活動するためのエネルギーは補給出来た。
余っている肉は体調の経過を見ながら少しずつ食べていくことにした。
木の幹から肉が入る木の箱を作製し、表面に術式を書く。
火魔術の応用である氷魔術を使い、肉を冷凍保存しようという算段だ。
遠くで雷の鳴る音がした。
「……雷か。雨が降りそうだな」
風も吹いてきた。
雨風から拠点を守るために魔石と術式を設置し、床を形成している大木を包み込む結界を張る。
すると、すぐに雨が降り出した。
いち早く気づけてよかったな。
結界によって、雨風は凌げているため快適だ。
拠点、水、食料が確保出来たのでこれからは周囲の探索を行なっていきたいところ。
しかし天候が悪い今、探索を行うのは危険だ。
雨が止むのを待つとしよう。
夜が明け、雨が止んだ。
結界が壊れないか見張っていたため一睡もしていない。
だけど、この状況で寝てもいられない。
寝るのは周囲の状況を確認してからだな。
《飛行》を使い、上空へ。
「……見事なまでの大自然だな」
辺り一帯を覆いつくす森林に遠くに見える山岳。
人の手が行き届いていない場所で人が住んでいるかどうかも怪しい。
上空からは木々で地面が見えないため地面に降りる。
雨が降って気温が下がっていて少し肌寒い。
そして周辺を歩く。
安全を確認するためなので遠くまで行く必要はない。
「特に変わったものは無いな」
小川でもあれば良かったのだが、願って見つかるものでも無いか。
一通り見て回り安全であることを確認したので拠点で横になる。
目を閉じて、安心できないものの眠りについた。
◆◆◆
あれから4日経った。
魔物の肉は1日に間隔をあけて2回食べている。少しずつ食べていき、体調の変化はなかったので段々と食べる量を増やしていった。
だが、今日で食料も底をつきた。
保存するにもそろそろ限界だろうからちょうど良い。
たんぱく質以外の栄養素も摂取しておきたいところだ。
幸か不幸かそれを得るための餌は向こうからやってきたみたいだからな。
その存在を認識したのは昨日のことだ。
ここからそう遠くない場所で魔法が使用された。
俺はこの森の規模をある程度理解し、一定の領域の状況を把握している。
探索を行ったついでに各地に周囲の状況を把握するための術式が施してある。
映像として認識することは出来ないが、結果として周囲の状況を知ることが出来る。
それは例えば魔物の行動だったり、環境の変化だったりと、ありとあらゆる結果だ。
その網に思わぬ収穫があったというわけだ。
魔法の内容も分かっており、魔力の痕跡を探していたみたいだ。
あの小屋が見つかるのも時間の問題。
もしくは既に見つかっているか。
どっちにしろ相手の意図が分からない以上、あまり意味を成さない事だ。
あの術式に見つかっていることを考慮すると俺を誘拐した奴ではなさそうだ。
実際に誘拐した奴がいるのかはさておき。
だから会ってみれば真意が分かる。
食料と表現するには物騒ではあるが、俺が捕食者だということは間違いない。
小屋へ行くと、俺を待っていたと言わんばかりに扉が開いた。
現れたのは女性だった。
年の頃は28ぐらいで若くもなく、それでいて老けてもいない。
身なりのいい服装で葉巻を吸っている。
「こんな場所に似つかわしくないほどの美少年だな。お前か? ここにあった結界を解除した奴は」
他に人の姿は見当たらない。
どうやら女性の言う美少年は俺のようだ。
それにある程度のことは調べられているようだ。
何の目的でここにやってきているのか、それが分からないため迂闊に事情を明かすのは得策ではない、か。
「どうだろうな。そういうアンタは誰だ?」
「私はある目的で調査にやってきた者だ。さて、この流れでいくと次は私が質問する番だな」
そんな流れがあったのか。
「お前はここで暮らしているのか?」
俺の疑問が解消される訳もなく女性は質問をしてきた。
「原住民だ」
「その割には綺麗な格好をしているじゃないか。こんな場所で随分と余裕のある暮らしを送っているものだ」
「住めば都ってやつだ」
俺を見つめながら、女性は葉巻を吸い、煙を吐き出した。
俺の態度がお気に召さないらしい。
女性が態度に出さなくても瞳の奥がそう物語っていた。
「埒が明かないな。このままでは話は平行線だ」
「そうだな」
お互いに隠し事があるため話が進まないのは必然だろう。
「私は簡潔に物事を進めたい人でね。面倒くさいのは嫌いなんだ」
「その割には含みを持った発言をするみたいだな」
「まぁそう言うな。様式美みたいなものだよ。いきなり実力行使に移るのも品がないだろう?」
軽く笑う女性。
「俺は構わないがな。生憎と野蛮人なもので」
「──そうだったな」
その一言が実力行使に移る合図だったようだ。