転生したら記憶喪失だった件 1
「ん……ここはどこだ……」
目が覚めて最初に気づいたのは、ここがどこだか分からないということ。
体を起こすと、前に死体があった。
死体と言っても白骨化したもので死んでから随分と時間が経過している。
「物騒だな。誘拐でもされていたのか? 俺は」
何があったか思い出してみる。
しかし記憶の糸を辿っても何も見えてこない。
どうやら糸は途中で切れているようだった。
「記憶喪失ってやつか」
独り言をつぶやくと、自然と状況が整理される気がした。
それに声を出すことによって不安に思う気持ちも少しは薄れる。
これからどうしたものか。
……分かったら苦労はしないな。
とりあえず周りを調べてみることにした。
手始めに目の前の死体の衣服を漁ってみた。
服のサイズや形からして男性だったのだろう。
中から出てきたのは、術式が書かれた紙に白紙、魔導羽ペン、宝石や魔石。
魔導羽ペンにはテミル=リーザスバーンと名前が彫られていた。
これらのものから彼が魔術師だったことが予想できる。
……ん? おかしくないか?
なぜ俺は記憶がないのに彼が魔術師だったと判断することができたのか。
しばらく考え込むと自分に魔術の知識があることが分かった。
思い出すのが苦ではなく、それでいて自然に紙に書かれた術式を理解できた。
俺は魔術師なのかもしれない。
記憶が無いのも何らかの魔術が原因か?
だとすると──いや、考えすぎか。
思考をリセットし、周囲を調べる作業に戻る。
部屋の中を見回すと、床や壁が木造であることに気づいた。
正面には扉もある。
「……どうしたものか」
誘拐されているとしたら不用意に動くのも考えものだ。
しかし、何も拘束されていないことを考えると誘拐の線は薄いか。
この死体が犯人だとも考えづらいし。
気にしていても仕方ない。
死人に口なしだ。
扉を開けると、焼け野原が広がっており、空は明るい。
魔術を使用した痕跡が小屋の中と外で確認できたからだ。
加えて、この周囲に張られている結界。何か大規模な魔術を使用したのだろう。
それなら誘拐の線は薄そうだ。
となると、あの死体は俺の魔術の被害者。
もしくは同伴者。
「前者にしろ後者にしろ胸が痛むな」
安らかに眠ってくれるのを願いながら、目を閉じて手を合わせた。
「結界の外も見てみないとな」
結界を解除する知識はある。
焼け野原の中心に向かい、術式が書かれた紙を発見した。
死体が持っていた紙と同じ素材。
術式を書くのに適した魔力効率の良いロエルの木の繊維を聖水で伸ばしている。
結界を解除するには、術式を正確に書き換える必要がある。
もしくは結界を作成するうえで、供給されている魔力源を絶つこと。
このレベルの結界を長時間保たせているとなれば、地中には大きな魔石が埋め込まれているのだろう。
「魔力源が途絶えないように何らかの仕掛けはしているだろうから危険だな」
現実的なのは術式を書き換えることか。
魔導ペンを手に取る。
これは、魔力を供給することによって特殊なインクを作り出す魔道具。
わざわざインクにつける必要もなく、これ一本あれば文字を書くことには困らない。
「……思っていた以上に色々と知識があるな」
この状態を言い表すなら思い出だけが欠落している、といった感じか。
魔術に関する知識は十分にある。
都合がいいものだ。
この術式を変にいじると結界は魔力の供給が止まるまで消えることはなくなってしまう。
そういう仕掛けが隠されている。
術式の書き換えを間違えるとずっと出れなくなってしまう可能性がある。
運良く魔石の魔力が無くなれば出れるが、それまでに餓死してしまうだろう。
この術式を書いたやつは性格が悪いに違いない。
しかし、魔術に深く携わっている者からすればこの術式がいかに優れたものか分かるだろう。
仕掛けが施されてるなど到底思いもつかないような模範的とも言える術式。
ほんの一部分だけに仕掛けを施してあり、うまく擬態している。
だから性格が悪い。
その一部分だけを書き換えると結界は消えた。
これで周囲の探索が出来るようになったが、結界が消えたため危険に遭遇する可能性は高くなった。
それでも何か行動を起こした方がいい。
やらなければいけない事はたくさんあるが、それぞれに優先順位をつけなければならない。
例えば、水や食料の確保、拠点作り、周囲の環境の把握。
これらは必ず行う必要がある。
体調は良好。
そのため水や食料の確保は明日でも間に合う。
となれば残るは二つだが併行して行うとしよう。
安全な場所を見つけるには、周囲の環境を知ることが必然だ。
ここに結界を再び張り直すのも安全だが、長居はしない方がいいだろう。
万が一俺が捕まっていたとしたらその犯人はここに姿を見せる。
俺が捕まってしまう相手なので、俺を無力化できるのは当たり前。
想像の域を出ないが、絶対にいないとは言い切れない。
そんな奴と顔を合わせるなんて御免だ。
周囲は森に囲まれている。
草が生い茂っているところも見えたので、かき分けるのに適した物が欲しいな。
……あれとか便利かな。
小屋に戻り、白骨化した死体の一番長い骨を拾う。
「あんたには悪いが有効活用させてもらうよ」
試しに振ってみたが、軽くて長いので草をかき分けるのに適してそうだ。