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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二番目でお願いします。

作者: ばけ

 

「今すぐここで喰われるか、非常食として生きるか、選べ」


 ある日突然なんの脈絡もなく異世界に飛ばされたと思えば、目の前で謎のモンスターを喰い殺したばかりの、てらてらと血の滴る牙を見せびらかす化け物サイズの狼にそんなニ択を迫られた。


「ひっく……うぇぇ……にっ……に゛ばんめ゛でお願いしま゛す……!」


 どっちにしろ喰われるんじゃないかと思いつつも、むせるほど泣きながら寿命の延長を申し出た私は、その日から、身よりのない異世界においてめでたく“狼さんの非常食”という立派な肩書きをゲットすることになったのだった。やったねふざけんな。


「おい非常食」


「ひぇハイィ!!?」


「呼んだだけでいちいち泣くな鬱陶しい」


「ずっ、ずびばぜ……うぇ……」


「…………。今ここで喉笛噛みちぎられて黙るか、自力で泣きやむか、選べ」


「にばんめでお願いしますぅう!!!」


「じゃあ泣きやめ」


「がんばりま゛す……」


 いかにもファンタジーな生き物が、有害無害問わず溢れかえる深い森の中で、どうやらバケモノ狼は食物連鎖のトップにいる存在らしかった。

 悪魔みたいな形相したバケモノ集団が、この狼が現れただけで蜘蛛の子を散らすように逃げていったのは圧巻だった。


「そこの非常食。一人でチョロチョロするな」


「す、すみません、あそこに綺麗な花があったものでつい……」


「血吸い花だな。近づくと体液を根こそぎ吸い取られるぞ。乾燥非常食になりたいなら止めはせんが」


「ヒィ!!?」


 しかしまぁ、最初どんなに大騒ぎしていても、気づけばあっという間に順応してしまうのが人間というものでして。


「狼さん、狼さん」


「何だ」


「なんかさっき、目玉が十個くらいある巨大コウモリみたいのが、狼さんによろしくって木の実いっぱいくれたんですが……」


「そうか」


「あ、あの方もやっぱり、血吸いナントカだったり?」


「アレは花の蜜しか飲まん」


「かわいい!!!」


 元の世界に未練がないとは言わないけど、こんな生活も悪くないんじゃないかって、狼さんの尻尾をモフモフして、モフモフしすぎて怒られながらも、考え始めていたのですが。


「狼さん、今日もお出かけですか?」


「このところネズミのせいで森がうるさくてかなわん。蹴散らしてくる」


「私はそんなに見ませんけど……あっ! それもまさか血吸いネズミだったり!!?」


「血吸い系に怯えすぎじゃないか。まぁいい、お前はここでじっとしていろよ」


「はーい、いってらっしゃーい!」


 どんな生活にも、いつかは終わりが来るものである。


 百鬼夜行も真っ青な化け物しか見ないから、この世界にはもうそれしかいないんじゃないかと思っていた。

 だがそうではなかったらしいと私が知ったのは、いかにもファンタジーらしい鎧やローブをまとった“人間”の群れが、化け物どもを殲滅せんと森に攻め込んできたその時、ようやくのことだった。


 化け物だらけの、気味が悪くも自分にとっては見慣れたものとなった森が、魔法の炎で赤に、流される血でもっと真っ赤に染まっていく。


 返り血か、自身の血かも分からないほど赤を滴らせた狼さんが、足にしがみついて離れない私を見下ろして溜息をついた。


「おい、さっさと行け。化け物に捕まっていたと言えば、奴らも悪いようにはせんだろう」


「捕ま゛ってな゛い……! わたし非常食だも゛ん、非常事態なんだから、いっしょにい゛る……!!!」


「泣くな。こら、鼻水をつけるな。まったく……お前の泣き顔はどうも緊張感が失せる」


「ひどいぃ~……!」


 出会ったときのように顔をぐしゃぐしゃにして泣きわめく私に、狼さんは何だか苦笑するみたいにまた小さく息を吐いた。


 そして、べろりと私の顔を舐めあげる。


「ぅきゃ!」


 そんなことをされたのは初めてで、驚いて泣きやんだ私の視界に、狼さんの真剣な眼差しが映った。


「おい、非常食」


「は、はい」


「選べ。

 奴らのもとへ行って生きるか、ここで私とともに朽ちるか」


 一番目を選ぶべきだと、狼さんの目は告げている。

 けれど私はその言葉を聞いて、思わず笑ってしまった。


「ふ、ふふっ……あははっ」


「なにを笑う」


「知ってますか、狼さん」


「だから何を」


「あのです、ね。狼さんってその聞き方するとき、“選んでほしい方”を二番目にするんですよ」


「……そんなはずは」


「あるんです。それが分かっちゃうくらい、一緒にいたんですよ、私」


 一番目を選べという瞳の奥で、“ともに”と、あなたの心が願うなら。


「じゃあ私は、二番目を選ぶしかないじゃないですか!」


 ああもう。こんな状況なのに、あなたが私を望んでくれたことが、うれしくてうれしくてしょうがない。


 泣き笑う私を見て、狼さんはぽかんとした顔で言葉を失う。そんな表情も初めて見た。ここにきて初めての狼さんがいっぱいである。


「…………非常食」


「はい」


「お前は……驚くほど馬鹿だな」


「ひどい!!?」


「まったく、本当に、おろか者だ」


「えぇー」


 きっとまだまだ、私の知らない狼さんがいるのだろう。もっともっと、知りたいと思った。いろんな狼さんを見たかった。


 だけどどうやら時間が足りないらしいということは、いくら馬鹿な私でも、分かっていた。


「おい、非常食」


「…………」


「終わったぞ。全部喰い殺してやった」


「…………」


「とはいえ、こちらもこのザマだ。もうあまり長くは持たん」


「…………」


「お前も次は化け物に生まれつくといい。そうすれば、そのすぐ壊れる体も少しはましになる」


「…………」


「嫌そうな顔をするな。……分かった、分かった。次は私が人間になってやる。それならいいだろう。たとえ人間でも、お前よりかは私のほうが確実に強いだろうからな。妥協してやる」


「…………」


「……おい、非常食。聞こえているか」


 聞こえてます、聞こえてますって。

 そう返事をしたいのだけど、どうしたことか声の一つも零れない。体から力が抜けていく。


 そしてどこか遠くに響いていた自分の心臓の音が、


 しずかに、


 とぎれるのをきいた。







 ……と思ったのに。


「はーいみなさーん! 今から非常食訓練をしまーす! 小さい子はおとなの人と一緒に準備してくださいねー!」


 どっこい生きてた。


 ある日突然なんの脈絡もなく異世界に飛ばされた私は、死んだと思ったらなんの脈絡もなく元の世界に戻されていた。

 時間経過はどうかといえば、謎に五時間ぐらい過ぎてて深夜に帰宅する羽目になり家族に怒られた。半端すぎる。


 夢だった、というにはあまりに濃密な記憶を抱えて、それから呆けたように毎日を送っていた。

 そこで見かねた友人が気分転換にと誘ってくれたのが、地元でやる防災訓練のお手伝いである。いや、もっと他にあるよね何か。ショッピングとかほら。


「おねーちゃん! ごはんください!」


「はいどうぞー」


 と言いつつも、やり始めればそこそこ気も紛れるし楽しいものである。

 だがしかし私が“非常食係”なのは一体どういう巡り合わせか。骨の髄まで非常食魂が染み着いてしまった結果なのか。


「係の割り振り? なんかスポンサーの偉い人が決めたらしいけど」


 ためしに友人に聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

 こういうのはたいてい市町村の予算でやると思っていたのだが、スポンサーとは。


「防災訓練とかにすごく力入れてる人なんだって。いろんな地域で主催やってるみたい。ほら、非常食も色んな種類あるでしょ、これもその人がお金出してくれてるおかげ」


 なるほど世の中には親切なお金持ちもいるものだ、と納得しかけて、いや私が非常食係である理由は解明されてないな、と思い直した。そんなところで仕事が一段落ついたため、私も非常食訓練に参加、という名目でお昼ご飯だ。


 私が担当していたのはパウチやら缶詰の非常食だが、もっと本格的な炊き出しのブースもある。

 どうせならとそちらに顔を出せば、そこにはいい香りのカレーと、おいしそうな豚汁の鍋が並んでいて、どちらにしようか非常に迷ってしまう。


 いつまでも鍋の前で黙り込まれてもここの係の人が迷惑するだろうと思いつつも、迷い悩んでいた、私の脳みそを。


「選べ」


 声。


 言葉。


 それらが順番に、景気よく蹴り飛ばしていった。

 鍋しか映していなかった目が、ゆるゆると前に向いていく。


「さぁ選べ“非常食”係」


 鍋の向こう側からそう言って、私を見て笑う。

 知ってる声と、聞き慣れた言葉を使う、見たことのない“ひと”。


「ここで気づかなかったことにするか、それとも」


 目の奥が熱い。視界が滲む。


「――――今度こそ、私とともに生きるか」


 それはあっという間に溢れ、ぼろぼろと頬を伝い零れていった。後から後から出てくる水分を、子供みたいに服の袖でぐいと拭う。


 そうして私は、泣き笑いのまま答えた。



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