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愛し合ってた夫婦

作者: めーぷる

「いい加減にしろテトラ!これで何人目だ!?」

「三人目?」

「十九人目だアホ!!一体何回浮気すれば気が済むんだ!?俺だけでは満足出来ないか?!」

「出来ない」

「認めるなちくしょう!分かってはいたけど認めるなよ!俺はお前の旦那様なんだぞ!!」

「…自分で様付けなんて、嫌な男ね」

「やめろ、何だその目は!!その軽蔑するような目は俺に向けられるべき目では無いだろ!不貞行為を繰り返すお前にこそ向けられるべき目だろ!!」


全く、ぎゃあぎゃあと喧しい男だ。大人の癖に喚く事しか出来ないのだろうか。


「くそおおおおぉぉぉ!!やめろと言ってるんだ!!そんな顔で俺を見るなあぁ!少しは笑顔を見せやがれ!」


本当に、何て無様なんだろう。こんな男と愛を囁きあっていたとは。


「ごめんなさい、ちょっと愛想が悪かったわね。これでいいかしら?」

「余計悪いわ!その冷ややかな笑みは何だ!?一瞬ゾッとしたぞ!」

「私、表情筋が硬くて… こういう笑い方しか出来ないの。お陰で冷たい女だとよく勘違いされるわ」

「ふざけんな、ちゃんと笑えるだろ!昔のお前は毎日見せてくれたぞ、それはそれは可愛らしい笑顔を!最近めっきり見なくなったけどなあ!」

「貴方のいない所ではしょっちゅう見せてるわよ」

「言うな、言うなよ!何で言うんだ!?そんなに俺が嫌いか!?」

「うん嫌い、死ねばいいのに」


死んでくれたら、こいつの持つ膨大な財産が全て私の物になる。私はそのお金でテトラ王国を作る予定なのだ、なるべく早く死んでくれないと実現が難しくなってしまう。


「何で、何でなんだ… 大好きだって、愛してるって、言ったじゃないか… 例え俺がゴブリンになっても愛し続けるって、そう言ったじゃないか…」


はっきり嫌いと言われたのが余程ショックだったのか、両手と膝を床について項垂れながら過去の事を呟き始めた。女々しいにも程がある、余りに情けない姿だ。


「愛する心なんて時間が経てば薄れていくわ、人の想いは所詮そんなものよ」

「俺の心は今もお前と共にあるぞ…?昔と変わらずお前だけを愛している… なのに、なのに…!」

「話はもう終わったかしら?終わったなら、そろそろ行くわね。人と会う予定があるから」


いつまでもぼそぼそと喋り続ける旦那に背を向けて、玄関へと向かう。今日は最近巷で有名な凄腕シェフの自宅に招待されている日、私が見た事もないような料理を振る舞ってくれるというので楽しみにしていた。


「待て、テトラ!お前また浮気するつもりだろ!さっき十九人目の事で話をしたばかりなのにもう次に行くつもりか!?もう二十人目に手を出すつもりなのか!?」


人聞きの悪い、ご馳走をしてもらいに行くだけで別に浮気をするつもりはない。尤も、シェフと良い雰囲気になってしまったらその時は分からないが。


「待てと言ってるんだテトラ!待て!待つんだ!待てええええええええええええええ!!!」












「二十人目の男とは、最近どうだ?」

「彼となら一昨日に、熱い夜を過ごしたわよ」

「くっ…そ、そうか…」


結局招かれたあの日にシェフとはいい感じになり、今ではラブラブな恋人関係を築いている。一つ気掛かりなのが、旦那がそれに気付いているにも関わらず何も起きないという所。いつもなら旦那が私の浮気に気が付いた素振りを見せると、それと同時期に私の浮気相手が行方不明になるという事件が発生する。けど今の所、シェフの彼に何かが起きる気配はない。


「…珍しく邪魔をして来ないのね?」


邪魔をされないのは良いのだが、正直不気味だ。一体こいつは何を考えているのだろう。


「敵を避けるんじゃなく、超えるようにしようと思ってな」

「超える…?」


超える、とはどういう事か。意味が理解できずに首を傾げていると、旦那の右手が突然光を帯び始めた。帯びた光は段々と形を作っていき、手のひらの上に実体となって現れる。現れたそれはおそらく何らかの料理だ、美味しそうな見た目をしている。


「…貴方、魔法が使えたの?」


この不可思議な現象は間違いなく魔法だ、けどこの人が魔法を使えるなんて聞いた事がない。今まで隠していたとでもいうのか。


「いや、最近覚えたんだ。お前のために」


使えたのではなく、使えるようになったみたいだ。私のため、というのはおそらく右手に出したあれが関係してるのだろう。


「覚えたのは魔法だけじゃないぞ。これ、食べてみてくれ」


食べろと言いながら右手に持ったそれを差し出してくる。旦那が素手で触った物を食べるだなんて普段なら断固として拒否する所だが、甘い香りを漂わせるその料理に私は興味が湧き、黙ってそれを受け取った。


「何て料理?初めて見るわ」

「クレープだ、名前もレシピも俺が考えた」

「貴方が…?」


顔と金しか取り柄のないこの男の考えたレシピ、その言葉に不安を覚える。けれど今更この料理から発せられる甘い誘惑に抗えそうもない、訝しげにそれを見つめながら、私は両手で持ったその料理を自分の口に近付けていく。


「勿論、作ったのも俺だ」

「分かってる」


そんな私の様子を見てか、わざわざ自分が作った事を主張してくる旦那。誇らしげな顔が腹立だしい、その顔面に自慢の料理を投げ付けてやろうか。


カプッ


旦那の顔を睨みながらも、私はそのご自慢の料理を一齧りした。


「…」


美味しい、何だこれ。


「…どうだ?」

「まあまあね」


まあまあといいつつも、私は二口目を頬張る。正直とんでもなく美味しい、凄腕シェフと呼ばれた彼の料理よりも美味しいかもしれない。


「そうか、まあまあか」


旦那が笑みを浮かべながら満足げに頷いている、自慢の料理をまあまあと言われたのがそんなに嬉しいのだろうか。


「喜べ、テトラ。この料理はさっきの魔法で無限に生み出せる。俺と一緒にいれば、何時でも何処でもそれを口にする事が出来るぞ」


何と、これをいつでも食べられるというのか。最近は多くの時間を外で過ごし、旦那と一度も会わない日だって珍しくなかったが、これを食べられるというなら旦那と過ごす時間を増やしてもいいかもしれない。だけど、一つ気になる事がある。


「…私はまあまあだって言ったんだけど?」


まあまあだと言ったのに何故、喜べテトラ、なのか。


「いや、今のお前ならよっぽど美味しくない限り、どんな料理を出されても不味いって言った筈だ。俺が作った物だという時点で間違いなく」


確かに、美味しくなければ言うつもりだった。


「だが、お前の口からでた言葉は「まあまあ」だった。不味いって言いたくても言えなかったんだ、あまりにも美味しすぎてな。なあ?そうなんだろ?美味いんだろ?ん?どうなんだ?」

「…」


どうしよう、腹が立つ。食べ掛けのクレープを今すぐ投げ付けてやりたい。でも投げ付けて、新しいのを出してくれるとは限らない。私はもっとこれを食べていたいんだ。


「まあ認めなくたっていい、俺は寛大だからな。お前が食べたいと言えば、いつでも食べさせてやるさ。食べたいって言えば、な?」

「…んぬああああああああああ!!!」

「うおぉ!?」


投げた、投げてしまった。クレープとかいう絶品料理を、あいつの顔面に。けど、構うものか。


「この、顔と金しか取り柄のないゴミ男が!!!美味しい料理が作れるようになったからって付け上がらないで貰える?!今付き合ってる彼ならそんな事で調子に乗ったりしないわよ!!」

「ど、どうしたんだ急に!?言葉使いが乱れてるぞ!」

「うるさい!!あんたを見てると彼がいかに良い男なのかが良く分かるわ!彼はあんたと違って上から目線に物を言ったりしないし、自分の苦労をひけらかしたりもしないし、弱音を吐いたりもしないし…」

「ま、待て!悪かった!悪かったからやめてくれ!頼むから俺を他の男と比べないでくれ!!」


比べるなだなんて、みみっちい男だ。劣っているものを劣っていると言って何が悪い、嫌なら言われないように努力しやがれ。


「…貴方みたいなクソ野郎を前にして、他の男性を思い浮かべずにいるなんて無理よ。良い所が一つも無いんだもの」

「いやあるだろ!?いっぱいあるだろう!自分で言うのも何だが俺はそんなに駄目じゃない!」

「ああ、そうね。顔と金があったわね、唯一の取り柄の。ついさっき自分で言ったばかりなのに忘れちゃってたわ、ごめんなさい」


顔は男前だし金も国を買えるくらい持ってる。悔しいが、この二つを良い所と言わない訳にはいかないだろう。


「くぅぅ… 違う、違うぞ。もっと内面的な事が、昔お前が言ってくれた事があるだろう…」

「昔、昔ってうるさい。いい加減忘れなさいよ、あの頃の私はもういないんだから」

「嫌だ、忘れたくない… いつか戻ってきてくれるって俺は信じてるんだ…」


まだそんな台詞を吐けるとは、余程私の事が好きらしい。私が好きなのは旦那ではなく旦那が持ってるお金だけだというのに。あと、クレープ。落ち着いたらまた食べたくなった、投げた事を後悔している。


「それよりクレープ、もう一回出してもらえる?食べたいから」

「え?お、おお!そうか!ちょっと待ってろ!」


さっき同様旦那の右手が光り、クレープが形成されていく。この流れで出せと言われて黙って出すとは思わなかった、一度投げられた事など気にも止めてないらしい。


「ほら、出来たぞ!」


素直に食べたいって言ったからか、妙に嬉しそうに出来上がったクレープを差し出してきた。私はそれを奪うように受け取りすぐさま齧りつく、やっぱり美味しい。


「ふふ、気に入ってもらえたみたいだな?」

「そうね、美味しいわ」

「…やけに素直じゃないか」

「見透かされてる気持ちを隠したって惨めなだけでしょ」


どうせ美味しいと思ってる事はバレてるんだ、隠すだけ無駄だろう。


「ち、ちなみに、参考までに聞きたいんだが、二十人目の男が作った料理と、どっちが美味い?」

「…それを聞いてどうするの?」

「いや、別に深い意味は無いんだ、深い意味は無いんだが…」

「彼の作った料理より、貴方が作ったこれの方が私は好きよ」

「え、ほ、ほんとか!?それなら…」

「でも、貴方よりも彼の方が百倍好き」

「な、そ、そんな!なんでだ!上げて落とす何てあんまりだ!」


当たり前の事を言ったつもりだったが、まるで想定外の言葉だとでも言わんばかりの反応だ。


「…何を勘違いしてるの?まさか、彼より美味しい料理を作れば、私が貴方を好きになるとでも思ってたの?」

「…ち、違うのか?」

「はあ… 馬鹿も程々にしてもらえる?たかだか料理一つで男を好きになるって、私はそんな単純じゃないわ」


私は別に、料理が上手いという理由で彼の事を好きになった訳じゃない。何より、それだけでこいつに再び恋をするなど絶対に有り得ない。


「…なら、俺はどうすればいい?どうすればお前は、昔のように俺を愛してくれるんだ?」

「どうしたって無理よ。ていうか貴方、昔くどいくらいに言ってたじゃない、「愛してくれなくても構わない、お前が幸せならそれでいい」って」

「言った、言ったが!それはお前が「でも私、愛してるよ?貴方の事」って返してくれるからこそ言えた台詞だ!今はとても言えない!やっぱり愛してほしい!」

「嫌ねえ男の癖に、自分の言った事を貫く事も出来ないの?」

「分かってる!だけどちょっとくらい、俺を幸せにしてくれたっていいじゃないか!」

「したじゃない新婚の頃。幸せだったでしょ?」

「ああ幸せだった!戻りたい、あの頃に戻りたい…」


遠い目をして虚空を見つめる旦那、その目には涙が浮かんでいる。そんなにあの頃が恋しいのだろうか、今私が愛していると言えばそれ以上ない喜びを見せてくれそうだ。ひょっとすると今なら、上手くいくかもしれない。


「ねえ、提案があるんだけど」

「ん…?」

「今ある財産全部、私に渡してくれない?そしたら貴方の事、愛してあげる」

「…知ってるぞ。お前が今この家から出ていかないのは、俺の金が欲しいからなんだろ?金を渡せばどうせお前は俺の前から姿を消すさ、愛してくれるなんて嘘だ」


当たり前だが、バレていたようだ。傷心の所を突けばあっさり金を渡してくれるかもと思ったがそう甘くはないらしい。


「これだけは言っておく、俺が生きている限りお前に財産が渡る事はない」

「ならさっさと死んでくれないかしら?私、自分の国を作るのが夢なのよ」

「悪いが、俺はお前と一緒に死ぬって決めてるんだ。俺が死ぬ時はお前が死ぬ時だから、その夢が叶う事はないな」


一緒に死ぬと決めてるとは、気持ち悪い事を言ってくれる。いっそこの手で始末してしまおうか。


「…考えが読めるぞ。テトラ、もしお前が俺を殺そうとしたなら、その時は俺もお前を殺す。一人では絶対に死なない」

「…私の幸せを願ってるんじゃなかったの?」

「お前が幸せならそれでいいなんてのは強がりで言っただけの台詞だ。俺はお前に愛されたい、一緒にいたい、お前だけが幸せになるなんて絶対に我慢できない」

「…どこまでも幻滅させてくれるわね」


再び好きになるどころか益々嫌いになっていく、こんな奴をどう愛せというのか。ゴブリンを愛する方がまだマシだ。


「まあそういうことだからテトラ、二十人目の男も消させてもらうぞ」

「はぁ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。こんな風に堂々と「消す」と宣言してくるのは初めてだ、いつもは何も言わずこっそり手を回すのに。


「仕方ないよなあ?俺がこんなに辛い想いをしてるのに、お前だけ他の男と楽しく過ごすなんて、不公平だもんなあ?」


まるで私の不幸を面白がっているような、意地の悪い笑みを浮かべながら喋る旦那に私の堪忍袋の緒が切れた。


「こんのクソ男!!!」

「む!」


私は右手を大きく振りかぶって旦那にパンチを繰り出す。鳩尾に向けて放った私の右手に合わせて、旦那も自分の右手を私に向けて伸ばしてきた。


「きゃあああああああああああ!?」

「勝った!」


リーチの差と速度の差で、旦那の右手が先に私の体へ到達した。掌底の形に開かれたその手は私に打撃を与えるものかと思ったが、旦那の手が触れた私の額に与えられたのは、打撃による痛みではなく、電撃を受けたかのような痺れだった。その電撃のような攻撃は、私の額だけでなく全身を痺れさせ、私は立った状態を保つ事が出来ずに床へ倒れ伏せてしまう。


「な、なに…こ…れ…」


痺れた体は声を出す事もままならない、一体何をされたのだろう。


「今のも「お前のために」習得した魔法だ。いざという時、お前を動けないようにするためにな」


余裕に満ちた顔で私を見下ろしながら説明を始める旦那、どうやら今のも魔法のようだ。私のために、という部分を強調している所が腹立だしい。


「それじゃあ早速行くとしようか、憎き二十人目の男を始末しになあ!」

「んな…」

「お前が悪いんだ、黙ってクレープで心を奪われておけばいいものを、彼の方が百倍好きだなんて言うから…… 既にその彼の素性は調べ上げている!直ぐに帰ってくるからそこで待ってろ!」


さっきの消すという言葉、今から実行するつもりらしい。早速行くという宣言通り、早速私に背を向けて玄関の方向へと歩き始めた。


「…ま…て……まて…え……」


頑張って声を出そうと、頑張って体を動かそうと試みるが、どちらも思うようにはいかない。声は辛うじて出るが、体はちょっぴり指を動かすくらいの事しか出来ない。


「「待って」か… ふっふっふ、小さいがちゃんと聞こえたぞ!安心しろ、お前が動けるようになる頃には帰ってくるさ!大好きな彼を始末した後でな!」

「ち……が……く…そ………」


わざわざ振り替えり、私を嘲笑うような台詞を吐いて再び背を向けた旦那の姿を最後に、私の視界はブラックアウトした。



その後、私の二十人目の彼は行方不明になった。






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