表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/32

あの日も君を見ていた

CMのオンエア。


この日、ハタノパートナーズの社屋に設置してある大型ビジョンの前に、大同は立っていた。


正午きっかりに、旧CMとひなた出演の新CMとの放送が切り替わるのを、そしてその新しいCMの出来栄えを、自分の目で確認するためだ。


隣には、羽多野とひなた、そして数人の技術者が立っている。


大同は腕を組みながら、ちらと横に視線を流した。


あと数分で放送というところなので、みんなの視線は大型ビジョンに釘づけになっている。もちろん、ひなたの目も、だ。


(ああ、あの日もこんな風にひなちゃんの横顔を見ていたなあ)


ひなたに初めて会った日を思い出した。


(あの時はまだ、ウィッグをしていたっけ)


ひなたは髪をシルバーにして以来、ウィッグをやめ、その短く刈った髪を惜しげもなく、恥ずかしげもなく、世間に披露している。


確かに目は引くが、概ねその反応も良好だ。


「カッコイイって、言ってもらえたから」


おずおずと、髪を触りながら、呟くように言う。


(……随分と、自信もついてきたな)


そして今。大型ビジョンを見つめる横顔。


高い鼻筋もその色素の薄い肌も、凛としていて、相変わらず気持ちがいい。


その頬の体温は、ひやとして冷たいのだろうか、そう思っていると、曲が静かに流れ始めた。


「お、始まったね」


羽多野が、腕時計を見る。


静かにチェロの音色が流れる中、赤とオレンジの色が混じり合うノースリーブのシンプルなワンピースを着たひなたが、小さく姿を現わす。


このワンピースは、セレクトショップ「りく」で着た洋服の中で一番好評で、ひなたによく映えて似合うということもあったが、赤とオレンジの色の使い方が、『炎』を表現しているように見えて、羽多野がそれに飛びついたものだ。


「これ、凄くイイよ。絶対、これね。情熱って言ったら、炎のイメージだよね。ぴったりだよ、本当に」


そして、ひなたのシルバーに染めた短髪が、男でもなく女でもない中性的な雰囲気を創り出している。


もともと薄かった眉はすべて剃ってしまい、そこにあったものが無くなった、という違和感はあるものの、メイクアップアーティストのモエが、近未来を舞台にした映画の主人公のような化粧を施し、それがひなたの不可思議な雰囲気を一層引き立てている。


(そんで、これな)


アップになる。ひなたの瞳が映し出され、そしてそのまま横顔へとカメラアングルが移動する。


じっと、真っ直ぐ前を見つめる瞳。


横顔に浮かぶその瞳が、数秒。


落ち着き払ったその瞳が、どこかから『冷静』のイメージを連れてくる。


「これが、ハタノのイメージだね」


羽多野が、静かに言った。


そして、再度、ひなたの顔を正面に捉える。


そこで、ひなたの表情が緩む。ニヤッと唇をも緩め、そして。


引いていくカメラに向かって、腕を伸ばしたかと思うと、その腕を回して自分を抱き締めた。


炎のようなワンピースの効果もあり、内から匂い立つような熱さを感じられる。『情熱』だ。


羽多野がこれ、と譲らなかったワンピースが、ピタリとハマった瞬間だった。


「MJ、だ」


そして、『ハタノ&MJパートナーズ』の文字が、浮かび、踊り、そして、すっと消えていく。


腕を下ろして立ち尽くしていたひなたが、後ろを振り返りながら、去っていく。


ひなたがフレームアウトすると、再度『ハタノ&MJパートナーズ』の名前と会社概要。


それが終わると、羽多野が抑えた声で言った。


「凄いね、凄い」


大同もそれに応える。


「そうだな、凄いインパクトだ」


そして。


視線を戻す。


そこには大型ビジョンを見上げながら、足を止めている人が、まばらに居た。


(よっしゃ)


大同は、心の中でガッツポーズをしてから、ひなたを見た。


ひなたは、まだ大型ビジョンを見つめている。


そして、再度チェロの旋律が流れ始める。


「あ、またやるよ、見て見て」


「すごい綺麗だよ」


「ちょ、待って。撮る撮る」


立ち止まって見ていた数人の女性が、慌ててスマホをかざしている。


(これで拡散されれば、ひなちゃんは即、有名人だな)


「うわ、綺麗ー。外国人かな」


「ハーフじゃない?」


その女性の中の一人が、こちらに視線を寄越したのに気づく。


「あれ、あの子じゃない?」


大同は、直ぐにひなたの側によって、肩を抱いた。


「ひなちゃん、行こう」


ひなたは、ぼうっとしていたのか、ぱちぱちと数回、その薄いまつ毛で瞬きをすると、こくんと頷いてから大同に連れられるようにして、歩き始めた。


「羽多野、後で連絡する」


おーう、声を背中で聞きながら、大同はタクシーを止めるために左手を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ