あの日も君を見ていた
CMのオンエア。
この日、ハタノパートナーズの社屋に設置してある大型ビジョンの前に、大同は立っていた。
正午きっかりに、旧CMとひなた出演の新CMとの放送が切り替わるのを、そしてその新しいCMの出来栄えを、自分の目で確認するためだ。
隣には、羽多野とひなた、そして数人の技術者が立っている。
大同は腕を組みながら、ちらと横に視線を流した。
あと数分で放送というところなので、みんなの視線は大型ビジョンに釘づけになっている。もちろん、ひなたの目も、だ。
(ああ、あの日もこんな風にひなちゃんの横顔を見ていたなあ)
ひなたに初めて会った日を思い出した。
(あの時はまだ、ウィッグをしていたっけ)
ひなたは髪をシルバーにして以来、ウィッグをやめ、その短く刈った髪を惜しげもなく、恥ずかしげもなく、世間に披露している。
確かに目は引くが、概ねその反応も良好だ。
「カッコイイって、言ってもらえたから」
おずおずと、髪を触りながら、呟くように言う。
(……随分と、自信もついてきたな)
そして今。大型ビジョンを見つめる横顔。
高い鼻筋もその色素の薄い肌も、凛としていて、相変わらず気持ちがいい。
その頬の体温は、ひやとして冷たいのだろうか、そう思っていると、曲が静かに流れ始めた。
「お、始まったね」
羽多野が、腕時計を見る。
静かにチェロの音色が流れる中、赤とオレンジの色が混じり合うノースリーブのシンプルなワンピースを着たひなたが、小さく姿を現わす。
このワンピースは、セレクトショップ「りく」で着た洋服の中で一番好評で、ひなたによく映えて似合うということもあったが、赤とオレンジの色の使い方が、『炎』を表現しているように見えて、羽多野がそれに飛びついたものだ。
「これ、凄くイイよ。絶対、これね。情熱って言ったら、炎のイメージだよね。ぴったりだよ、本当に」
そして、ひなたのシルバーに染めた短髪が、男でもなく女でもない中性的な雰囲気を創り出している。
もともと薄かった眉はすべて剃ってしまい、そこにあったものが無くなった、という違和感はあるものの、メイクアップアーティストのモエが、近未来を舞台にした映画の主人公のような化粧を施し、それがひなたの不可思議な雰囲気を一層引き立てている。
(そんで、これな)
アップになる。ひなたの瞳が映し出され、そしてそのまま横顔へとカメラアングルが移動する。
じっと、真っ直ぐ前を見つめる瞳。
横顔に浮かぶその瞳が、数秒。
落ち着き払ったその瞳が、どこかから『冷静』のイメージを連れてくる。
「これが、ハタノのイメージだね」
羽多野が、静かに言った。
そして、再度、ひなたの顔を正面に捉える。
そこで、ひなたの表情が緩む。ニヤッと唇をも緩め、そして。
引いていくカメラに向かって、腕を伸ばしたかと思うと、その腕を回して自分を抱き締めた。
炎のようなワンピースの効果もあり、内から匂い立つような熱さを感じられる。『情熱』だ。
羽多野がこれ、と譲らなかったワンピースが、ピタリとハマった瞬間だった。
「MJ、だ」
そして、『ハタノ&MJパートナーズ』の文字が、浮かび、踊り、そして、すっと消えていく。
腕を下ろして立ち尽くしていたひなたが、後ろを振り返りながら、去っていく。
ひなたがフレームアウトすると、再度『ハタノ&MJパートナーズ』の名前と会社概要。
それが終わると、羽多野が抑えた声で言った。
「凄いね、凄い」
大同もそれに応える。
「そうだな、凄いインパクトだ」
そして。
視線を戻す。
そこには大型ビジョンを見上げながら、足を止めている人が、まばらに居た。
(よっしゃ)
大同は、心の中でガッツポーズをしてから、ひなたを見た。
ひなたは、まだ大型ビジョンを見つめている。
そして、再度チェロの旋律が流れ始める。
「あ、またやるよ、見て見て」
「すごい綺麗だよ」
「ちょ、待って。撮る撮る」
立ち止まって見ていた数人の女性が、慌ててスマホをかざしている。
(これで拡散されれば、ひなちゃんは即、有名人だな)
「うわ、綺麗ー。外国人かな」
「ハーフじゃない?」
その女性の中の一人が、こちらに視線を寄越したのに気づく。
「あれ、あの子じゃない?」
大同は、直ぐにひなたの側によって、肩を抱いた。
「ひなちゃん、行こう」
ひなたは、ぼうっとしていたのか、ぱちぱちと数回、その薄いまつ毛で瞬きをすると、こくんと頷いてから大同に連れられるようにして、歩き始めた。
「羽多野、後で連絡する」
おーう、声を背中で聞きながら、大同はタクシーを止めるために左手を上げた。