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与えられる全てのことに


「うそ、だろ」


美容院「taki」では、感嘆の声が上がっていた。シルバーの、短く刈られた髪型。


「凄え」


「まじか、かっけー」


鮫島がぽかんとしている。大同も右に同じだ。


美容師の滝田だけが、ドヤ顔で立っていた。


「だろー?」


大同がひなたに声を掛ける。


「すげえイケメンになったもんだな」


ひなたは、相変わらずの無表情だ。


今日は、大同がひなたの普段着にとセレクトショップで買って持たせた、ホワイトの長袖Tシャツにサロペットのパンツを着合わせている。


モスグリーンのサロペットが、シルバーの髪をぐっと引き立たせていて、余計に華やかに見えた。


「イケメンてっ。大同さん、この子本当にどうやって見つけてきたんっすか?」


「モデルってわけでもないんですよね? よくもまあ、」


「まあね」


大同が鼻を高くする。


「悪い、鮫島くん。撮った写真、羽多野にも送ってくれる?」


「了解っす」


じゃあこれ、と言って足元に置いてあった大荷物を、滝田の美容院の奥へと運んでいく。カバンの中には数週間前に購入した洋服がたんまり詰め込まれているはずだ。


「悪いね、荷物持ちまでさせちゃって」


「ひなたちゃん撮らせてくれるなら、これくらいヘッチャラっす。じゃあモエさん、こんだけお願いっす」


奥に控えていた女性がひなたの前へ、ずいっと出てきた。茶髪のツインの巻き髪と頬に置いたピンクのチークが、その若さを際立たせている。白のシャツに黒のパンツで美容部隊の一員と直ぐにわかった。


「美容と服担当のモエです」


「スタイリスト兼メークアップアーティストって言えよー」


滝田が、呆れたように言って、モエの背中をバシンと叩く。


「滝田さんってば、勘弁してください。私、新人なんですからあ」


美容師の滝田とカメラマンの鮫島は、モエとは親しそうな雰囲気で話し掛けている。ひなたを入れて四人の若者に囲まれたが、大同は若者と話すのに気後れしないたちで、そこは同年の社長、鹿島にも羨ましがられるところだった。


「そうなんだ、よろしく」


大同が手を出すと、モエは恥ずかしそうに握手をした。


「初めまして。嬉しいです、噂に聞く大同さんに、お会いできて」


いつもなら、女性の手はたっぷり時間をかけて握るようにしているが、ひなたの手前、今日は直ぐに手を離して、引っ込めた。


人差し指を立てて、自分を指す。おどけて言った。


「え、俺のこと知ってる? もしかして、俺ってば有名人?」


「知ってますよー。もちろん有名ですよー」


滝田と鮫島も、モエの側でニヤニヤと笑っている。


「……変な噂じゃないといいけど」


ちらっと、ひなたを見る。するとひなたの視線とかち合った。


「はは、」


ドキッと胸が鳴ったのを、薄ら笑いでごまかす。変な話を耳に入れたくない、そう思ったのに、若者たちの話はどんどん先を急ぐように進んでいく。


「ナンパでチャラいって」


「すっごいモテるって」


「恋人が一人だった試しがないって」


三人三様に、はやし立てる。ちょっと待て、と大同は心の中で焦った。


「いやいやいやいや、そういうんじゃないから。恋人は常に一人だし、そんなの事実じゃねえし」


「取っ替え引っ替えってやつでしょ?」


「昨日の友は今夜の恋人って名言、凄えなって」


「……そんなこと言ってねえって。それより、君たち仕事しようよ」


あはは、と笑いながら、各々がようやく手を動かし始めた。三人が奥の部屋に入っていく姿を見て、大同はほっと胸を撫でおろした。


「なあ、ひなちゃん」


三人を追って部屋へと向かおうとしたひなたに声を掛け、その足を止める。ひなたはちらと後ろを振り返って大同を見つめた。いつもと変わらない無表情が、大同の心を射抜く。


「……えっと、」


手で頭を掻く。


「あのな、今の話、本当じゃないから信じないで」


(うわ、俺、なに弁明してんだ、)


羞恥の気持ちが湧き上がる。


ひなたは、キョトンとした顔を浮かべて言った。


「信じるも何も……予想通り過ぎて、納得しただけですけど」


冷たく言い放ってから、ひらりと踵を返して、奥へと入っていった。


「ちょ、ちょっと待って」


情けない声。


あーあ、と髪をガシガシとかき混ぜる。


大同は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてから、ひなたの後を追った。


✳︎✳︎✳︎


「どうして、私なんですか?」


初めて会った時から何度も見た、ひなたの困り顔。


ハタノパートナーズの本社ビルの最上階にある第三会議室。羽多野と大同、そしてひなたでの打ち合わせが終わり、三人でコーヒーを飲みながら雑談していた時、羽多野がちょっとトイレ、と会議室を出た途端の問い掛けだった。


「いやあ、何でだろうねー」


面と向かって問われても、大同には正直答えられなかった。


あの時。初めて、ひなたに出逢った時。


衝動、と言っても良い、それくらいの何かの力に動かされた。


(そうなんだよ、引力っていうか。人を惹きつける魅力が、ひなちゃんにはある)


それが、会社の新しいCMに起用できると強く思った。


(羽多野だってそう考えるくらいだから、絶対そうなんだよ)


それについては、ショップの店長サオリ、美容師の滝田、カメラマンの鮫島たちの、ひなたへの評価が裏付けしてくれていて、大同が確信を強くしていった理由だ。


「君なら大丈夫だよ」


「私、何の取り柄もないし」


「そんなことない。前に言ってたアスリートの話さ、あれね、君にはそういう内から湧き上がる力強さみたいなものがあるよ。みんな君に惹かれるんだ、どうしようもなくね」


ひなたが、薄い眉を下げながら、呆れたように言った。


「私にまで、ナンパ通さなくても良いですよ」


「いやいや、違うよ。全然、お世辞とかじゃねえし」


「でも、」


ひなたが、会議室の窓から見えるビル群に目をやる。


夕日に照らされた、ビルというビルのガラス。オレンジに染められていて、時々、ゆらゆらとした光がこの会議室まで届いてくる。


ひなたの、遠くを見つめる瞳。それこそ色素の薄い、淡い色の瞳。今は、オレンジに染まっているが、覗き込めば、きっと太陽の光にかざしたビー玉のように、綺麗なのだろう。


けれど、不用意には近づけない、ひなたに対しては、なぜかそう思うのだ。


(いつものように茶化すような態度を取れないのは、この子が乳がんという病気を患っているからなのか)


だから、壊れ物のように扱ってしまうのだろうか。


「……でも、ありがとうございます」


はっとした。


いつのまにか、ひなたが大同を見つめていた。


寄せる眉根。まばらなまつ毛がスローモーションのように上下する。


「ここ最近は、失くしたものばっかりだったから、」


息をついてから続ける。


「大同さんには色々といただくことができて、嬉しいです」


「え、ああ、うん」


返事が出なかった。どう言って良いか、わからなかった。


「大切にしないといけない」


呟くように言った言葉が、大同の胸の中へとじわりと染み込んできて、その胸に痛みが走った。


「……大切にって、……何を?」


喉元が押さえつけられるような圧迫感がある。喘ぐように、言葉を何とかねじり出した。


ひなたが答える。


「与えられる全てのことに」


夕日が。いつよもり眩しく、そして暖かく感じられた瞬間だった。


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