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鉄面皮


その顔は、思いのほかクールビューティーだった。


(いやいや、良い風に言い過ぎだ……そうだ、鉄面皮、か。それにしても、若干男顔ではあるけど……綺麗な顔だ)


無表情の横顔になぜか釘づけになっているうちに、女性は三度、大同の会社のCMを見届けて、そしてその場から離れようとした。


大同は彼女を引き止めるために、慌てて声を掛けた。


「ああ、君。えっと……今から……もし時間があったら、これから食事にでも行きませんか?」


そんなマニュアルにでも載っていそうな丁寧な誘い文句が、まさか自分の口から出るとは、思いもしなかった。


部下からはチャラいだとか、ナンパだとか言われているが、それが当たっていると思うし、そういう態度を改めようと思ったことは一度もない。


居酒屋のおねえさんにも、付き合いのパーティーで出会う女性にも、水商売の女の子にも、もっとフランクに話し掛ける。


「ねえ、そんなに俺のこと気に入ってくれたんだったらさ、これから二人で酒でも飲みに行かねえ? 俺、奢るから。もちろん、帰りも送ってくし。いいじゃんいいじゃん、いこーよ」


いつもならこうだ。


自分で言うのもなんだが、金もあるし、顔も悪くない。仕事で培った知識も相手を楽しませる話術もある。だからナンパの大体は成功し、そして最終的にはホテルか自分の部屋へとお持ち帰りできるのだ。


(それが何とも……こんな風に三つ指でもついたみたいに、ご丁寧に『お誘い』しているとは……)


けれど、女性の表情はピクリとも動かない。


正攻法の口説き文句でさえ通用しないと分かると、大同は戦略を変えた。


「今のCMの感想を聞かせて欲しいんだ、」


「ちょうど、このCMの視聴の調査をしようと思ってて、」


「怪しい者じゃないよ。あ、これ、名刺」


「…………」


のれんに腕押しって、こういうことか。


大同は、無言で反応なしの女性に向かって、再度言った。


「少しだけ。食事して感想を言って貰うだけ。もちろん食事は奢るし。……だめかな?」


「…………」


女性は名刺に視線を落とした。


『MJパートナーズ 代表取締役 大同 匠』


彼女の目にはそう映っている筈だ。


それでも微動だにしない女性に向かって、大同はさらに声を掛けた。


「心配なら、うちの会社の社食でも良い。すぐそこ。その大型ビジョンのビル」


息を吐いた。


「……だから、その……周りにうちの社員もいるし、安心して?」


ニコッと笑ってみたが、頬は引きつった。


途中から、なぜか必死になっている自分がいることに気がついたからだ。


(たかがナンパで、なんでこんな必死になってんだ……)


女性は視線を上げて、大同を見た。


その表情は変わらず冷ややかだが、不審そうな目でも好奇の目でもなく、そして困り顔でもなかった。


「……別に良いですよ」


思いがけない返事が返ってきた。


(や……っった)


心でガッツポーズをしたが、表には出さずに、大同はへら、と笑った。


✳︎✳︎✳︎


ガヤガヤとした喧騒に包まれた社員食堂で、大同と女性は向かい合って座っていた。


すでに約束があった羽多野には、突然だが行けなくなったとメール連絡をしてある。けれど、本社ビルの受付の社員には、「大同社長、羽多野社長とお約束ですか?」と声を掛けられるし、ビルの地下にある社員食堂へ行くために乗ったエレベーターでは、「社長、今日は面接かなんかですか?」と好奇な目でみんなに見られている。


きっとこの状況、羽多野にも伝わって怒られるんだろうなあ、と思いながら、大同は目の前に座っている女性に食事を勧めた。


「えっと、円谷つぶらやひなたさん。遠慮せず、どうぞ召し上がってください」


「はい、では、いただきます」


両手を合わせてから、ひなたは箸を取った。


(……なるほどな)


大同は思った。


(こんだけ折り目正しい人だから、俺も身構えちまうんだろうな)


礼儀正しさが、にじみ出ているという。


(チャラ男の俺とは、正反対)


苦く笑って、箸を取った。


今日のお勧めランチは、鳥の唐揚げ定食だ。ひなたは唐揚げを丸々一個、口に入れると、熱そうに口をはふはふさせながら、咀嚼した。


(……神経は通っているようだな)


失礼とは思うが、そう思わざるを得ない鉄面皮。


(さっき見た笑顔は奇跡だったのか……)


大同も唐揚げを食べながら、ひなたの様子を窺い見た。


「あのCMどうだった?」


唐揚げの次にガツガツと詰め込んだ白米で、口をパンパンにしながら、大同が訊く。


ひなたも副菜のひじき煮を器用に箸で掬いながら、答えた。


「率直に?」


「率直に、」


無言になるが、箸は進んでいく。


そんなひなたを気にせず、大同もガツガツと食べ進めていく。唐揚げの三つ目に箸を刺した時、ひなたが急に口を開いた。


「カッコいいCMだなって思いましたよ」


大同が顔を上げて、ニヤと笑った。


「カッコいいねえ」


「でも、」


大同が、口に残っていた唐揚げをごくっと飲み込んだ時。


「……五回見たけど。感想、それだけ……だったかも」


ひなたがぽつりと言った言葉。


大同はそれに反応して、すかさず上着の内ポケットに手を入れて、スマホを取り出した。


ポチポチとタップする音が、まだ残っている唐揚げの上に落ちていく。


「羽多野か? あの例のCMな、やっぱ作り直すぞ」


驚いたのかどうなのか、その無表情からはわからないが、ひなたが顔を上げた。


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