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「ごめんなさいね、ひなたさん」


運営側の代表者の女性が、軽く頭を下げてきた。ひなたは慌てて、両手を上げて、少し振る。


「そんな、全然大丈夫です」


「ネットでも噂になっている『ヒナ』の話題性はわかっているんだけど、他のモデルさんたちの手前ね」


女性は今回のショーのプログラムを手元でパラパラとめくった。


「ここ、ここに『今、話題のヒナが登場』みたいな煽り文句でもつけられれば、もっとメディアに注目してもらえたのかもしれないけど」


そこには、リイナの名前と並んで、モデル『ヒナ』としか、印刷はない。


「いえ、私まだ新参者なので。これが当たり前です。それに、」


ひなたは、薄っすらと笑みを浮かべて、言った。


「リイナさんたちに歩き方とか教えてもらったり。勉強になりました」


「そう、それなら良かったけど。サオリさんにも頼んでおいたけど、またこういう機会があったら、よろしくね」


「はい、ありがとうございました」


着替えた服をサオリのスタッフに預けて、帰り支度をすると、ひなたはエレベーターでホテルのロビーまで降りた。


ロビーへの入り口で、ふと足を止める。


ソファなどが並ぶスペースの近くに、ひときわ目を引く大同の姿を見つけたのだ。


(あ、匠さん、来てくれてたんだ)


女性二人と、立ちながら談笑している。あはは、と大きな大同の笑い声が響いてきて、ひなたの足が竦んだ。


女性は二人とも背が高く、すらっとしてショーに出演したモデルにも匹敵するくらいの体型だ。ショーの客かもしれない、そう思うくらい着ている装いが艶やかだ。


大同が何かを言うと、二人がそれにつられたように笑う。その中でも一人の女性が、スラックスのポケットに手を入れている大同の腕にそっと手を掛けている。


(匠さん、モテるなあ)


ひなたは、苦く思った。ヤキモチだということはわかっていても、これだけは譲れない。


諦めたくない。


生きることも含め、全てのことを。


心を決めて、ロビーへと歩き出す。


(……挨拶して、それから、)


恋人だという紹介はしてはもらえないかもしれないが、匠さん、と名前呼びすれば多少の牽制になるだろうか、そう考えながら歩いていくと、大同が振り返ってひなたを見つけた。


「ひなちゃんっ」


満面の笑顔で、寄ってくる。すると、あろうことか大同は、ひなたをぐいっと抱き上げて、頬にキスをしてきた。


そのまま持ち上げて縦抱きにされ、ひなたは慌てて大同に掴まった。


「えええ、ちょ、大同さんっ」


「あ、あれ、名前、名前呼んでくんねーの? あ、外だから? 別にいいじゃん、外でもさ」


そして、くるっと向きを変えて、ひなたを抱えたまま、先ほどまで話していた女性二人に声を掛けた。


「ひなちゃん来たから、俺もう帰るわ。じゃあな」


「はーい、またね」


「可愛い恋人ちゃんと、ごゆっくりー」


「旦那によろしくな。気をつけて帰れよ」


そして、エレベーターへと向かう。


「ひなちゃんのモデル姿、ちょう綺麗だった」


「み、見たんですか?」


「もちろん見たっ、見たよー‼︎ この髪型、くるくるしてて可愛いな」


「お仕事終わってから来るって言ってたから……」


「もちろん、午前中で全部終らせたっての」


「そんな早くに……じゃあ、最初から?」


「そうだよ。鹿島社長んとこみたいに、うちには口うるせえ秘書さんがいねえから、その点はラッキーだな。全部、オレ勘定で仕事してるから、午後はこうやって休みにもできるんだぜ」


エレベーターのボタンを押す。


「あ、あれ? どこ行くんですか?」


「もちろん、デートだよ。さっきのレストランで飯でも食おう」


すとんとひなたを下ろして、大同は開いたドアからエレベーターに乗り込んだ。ひなたが乗ると、押していた『開』のボタンから手を離す。


「もちろん部屋も取ってあっから、今日はお泊まりな。ちゃんとお母さんに電話しろよ、あはは」


大同が笑う。ひなたも笑ってから、大同に抱きついた。


「……ありがとう」


単純に嬉しかった。自分を、恋人と紹介するどころか、みんなの前で可愛がってくれた。


(……こんな私でも)


大同と一緒にいると、時々そう思うことがある。 けれど、そう思うのはもう止めよう。そして、大同の隣を胸を張って歩けるようになろう。


ありがとうと、もう一度、呟く。


くぐもった声にはなったが、大同には聞こえただろう。背中に腕が回って、大同が耳元で囁いた。


「それな、俺のセリフ」


ひなたは目を瞑ると、エレベーターが最上階に着くまで、その声と体温を堪能した。



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