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第八話 接近


「これ、本当に気づかれないか?」


 桜野が怪しむ。俺だってスキルの性能を把握しているわけではない。時間があればやっているだろうが、悠長に試している場合では無いのだ。


「PVCも使った。大丈夫だと信じるしか無い。CULOではレイドボス相手でも近距離までいっても大丈夫だった」


 CULOでポピュラーな野伏(レンジャー)の戦術の一つが【認識遮蔽(クローキング)】を使用して敵に気付かれないことをいいことに先制攻撃を仕掛けたり、罠を設置する等がある。


「よしよし、声が聞こえる方向は……北西、方位 3-1-7か距離347メートル。急ぐぞただでさえ時間が無いんだ」


 俺たち二人は走り出す。先ほどよりはかなりスピードは落としてある。万が一のことを考え直前までは、こちらの存在を晒したくはない。


「くっそ、EF(エーテルフォース)ゲージの減りが早いな複数のスキル同時使用とお前にも使っているからか?」

「フォ?俺が使ったジ・サンクチュアリと同じく解除しない限り減っていくタイプなのか?」

「【複合的(マルチプル)情報(データ)解析(アナライズ)】はそういう仕様に変更されてる。ただ【認識遮蔽(クローキング)】は違う、さっきから時間を数えてきたがゲームと同じ30秒で効果が切れる」


 走りながら会話を続ける。


「二人分の使用は燃費が良くないな。あ、切れた。もう一度使うわ」



 CULOにおいて野伏(レンジャー)の特定のスキルは本人にのみ効果があるものが多いが、幾つかのスキルは他者にも使用可能だ。



「EFゲージの残量はどうだ?回復したほうがいいのではフォ?」

「わかった、ちょっと止まれ」


 再び立ち止まると、地面に膝を着く。背の高い茂みの中だからこちらの姿は見えないだろう。

 オヤジウスこと桜野もその場に膝を着いた。

 

 俺はアイテム使用ウィンドウからEF(エーテルフォース)回復アイテムを選ぶ。

 目の前に漆黒の小さな空間が発生する。オヤジウスがやって見せていたが、いざとなると少し躊躇ってしまう。気を取り直して手を突っ込んだ。すぐも固形物が手に当たる、どうやら目当てのものらしい。


 【EF(エーテルフォース)リキッド】CULO設定ではEFを濃縮し液状化してケースに収めたもの。とかいう説明だった気がする。ちなみにこれはIG(アイテムグレード)4の中級回復のEFリキッドだ。

 俺はそれを取り出すとまじまじと見つめた。ゲーム上ではアイコン上でしか見たことが無かった為か、実際に手にすると違和感しかない。


 透明なプラスチックらしきボトルに、青色をした半透明の液体が填充されている。

 大きさでいえば500㎖サイズのペットボトルより少し大きい位だろうか?フタの部分は黒く強固で何らか機構が組み込まれていそうな造形になっている。

 てっきり飲むものなのかと思っていたので、大げさな作りに少し気おくれしてしまう。飲み口らしい部分や内容物を取り出せるような部分は見当たらない。



CULO(ゲーム)だとショートカットメニューとかから選んでポンッって感じで回復できたけど、これどうやるんだ?飲むのか?それとも塗るのか?あ、フォ」

「おまえ詳しいのではなかったっけ?設定資料集とか買っていたろ?」

「今は異世界モノのラノベにお熱だから覚えていないフォ」

「頼りになんねえな……あ?」


 よく見るとフタの上部に、手りゅう弾などでお馴染みの安全ピンのようなものが見えた。


「これを抜くのかな?爆発しねえよな?」

「死んだら骨は拾ってあげるフォ」

「死なねーから」


 おそるおそるピンを引いてみる。ピンは硬く抵抗があったが思い切り引くとパキンと内部の機構が作動したのか、何かが外れたのか分からなかった。次の瞬間プシューッという音と共にガスが噴出した。


「おわっなんぞこれ?!」

「液体なのに飲むとかじゃねえのかよ!」


 青色に色付けされたガスに身体が包まれるとEF(エーテルフォース)が回復していくのが分かった。

 使い方は理解した。急がねば。


「ガスが噴き出るのか知らなかったな」


「よけいな時間を消費した。【認識遮蔽(クローキング)】を使うぞ」


 再度、認識遮蔽(クローキング)を使用する。俺とオヤジウスの姿が周りの景色に溶け込む。足踏みしてみると音は聞こえなかった。

 声を出してもお互いに聞こえなくなる。そこで使用するのが【PV(プライベートボイス)(チャット)】だ。名称の通り指定したプレイヤーとだけ会話できる。CULO(ゲーム)だと複数の人間と話しているときに、急に二人だけ黙る訳だからバレることが多かったりする機能だ。


 実はオヤジウスと二人だけで行動すると決めた時から、【PV(プライベートボイス)(チャット)】を使っている。大した大きさの声でなくとも聞かれる可能性はある。人間に気付かれなくても獣には感づかれる。

 こうして実際に使ってみると口は動いていないのに、会話はできるのだから違和感はハンパない。テレパシーで会話するというのはこういう感覚なのだろうか?



 二人は足早に歩みを進める。声が聞こえる場所に近づけば近づくほど声ははっきりと聞こえるようになった。



「あ?!いた!」

「どこフォ?あ、5人いるフォ」


 距離は50メートル先、5人の男女がいた。女性の前に三人の男とその男たちから少し離れて、男がひとり。

 女性は若い女の子だった。年齢は15、6くらいか、茶色のひざ丈まであるスカートに、上半身を完全に包むようなケープを羽織っている。武器らしきものは持っていない。

 女の子の前にいる3人の男は毛色が違った。横並びに並んだ3人の男は共通して人相が悪い。

 左端の顔に傷がある肥満体型の男は、突き出た腹の上にレザーアーマーが乗っているかのようだ。

 右端の男は背が高く全身を包むローブを着ている。手には杖が握られている。

 真ん中の男は分厚そうで頑丈そうなプレートメイルを着ており、その顔には貫禄が感じられた。恐らくこの3人の中でリーダ的役割をしているのかもしれない。


 そして3人の男より少し離れた場所に佇む不気味な男。

 フードを深めにかぶっている為、表情がすっぽりと隠れていて、表情が見えなかった。


「5人もいるフォ。なんて言っているフォ?」

「ちょっと待て。そっちに映像と音を送るから」


 【複合的(マルチプル)情報(データ)解析(アナライズ)】で得たデータは同パーティには情報を共有させることが出来る。

 

「あらら、女の子怯えちゃってるのう。男たちとフード被った男が話しているようだが?ん?」

「どうした?」

「あ、あのフード男がきているあのローブの模様……CULOの装備じゃないか?!えーとあの模様はCULOの設定だと……え~と、あ~もう思い出せない!とにかくあれCULOの防具だよ!」

「マ~ヂか!じゃあアイツはプレイヤーなのか?!」

「アツい!ヤバい!まちがいな~い!!!」


 どこぞの学生犯罪者集団を連想させるフレーズで答えるオヤジウス。やめなさい。


「途端に嘘くさくなってきたな」


 

『「ま、いいや。ダラダラするのはキライなんだぁさっさと殺るね」』


 音声が聞こえてきた後だった、男たちが身構え戦闘態勢を取った。


「あいつら、殺し合いする気だな」

「え?マジで?ホントに?」

「こっちまで殺気が届いてるからな」

「そ、そんなマンガちっくなこと……あ、フォ」


 3人の男はフードの男を取り囲んだ。長身のローブの男は何かを唱え始めると声を張り上げる。

 すると光が3人の男に纏わりつき消えた。


「あの技ってCULOであったっけ?」

「ん~そもそもEFスキルって詠唱ない……いや、あるのかもしれないけど。あの3人はCULOのプレイヤーではなさそうかな?雰囲気が違うなあ、わからんけど」


『「遅いよ、あくびがでちゃいそう」』


 その台詞が聞こえてきたすぐ後だった。3回の爆発音が聞こえたのは。


「あっ?!え?ウソ」

「今のは……EFスキルか?」


 俺にも見覚えがあるスキルだった。フォルティスマギカ(攻撃魔法職)のEFスキルだ。名称はええと……。



 3人の屈強そうな男のうち2人が倒れた。2人の頭部は無かった。リーダー格の男はかろうじて立っていたが、腹部から血と臓器らしきものを垂れ流して瀕死状態と言っても過言ではない様子だ。


「いっ……ひとが、人が死んだ……?」

「ああ、死んだな。一人生きてるけど時間の問題だ」



 『「そこの女ァァ!!逃げろォォッツ!!!」』


 生き残った男が声を張り上げる。少女を逃がすようだ。

 女の子は目に涙を溜め、恐怖にひきつった顔を隠さぬまま駆け出した。男は少女の背中を見送ると、傷ついた身体を引きずるように無理やりフード男のほうへ向き直る。


「……なあジスよ。ジスエクスさんよ」

「なんだ、オヤジウスさん」

「ひとが死んだよ。俺、初めて人が死んだの見たよ……これはなんていうかキツイな」

「そうか、そいつは難儀だったな。」


 俺はしれっと言う。悪いが今、気遣っている場合では無い。すまないけど。


「お、おまえ何ともないのかよ?!」

「さんざん見てきたからな」

「え?な、なにそれ……」


 フードの男は手を徐に目の前のプレートメイルの男にかざすと。ひとこと告げた。


 『「バ~イ!つまんなかったよキミ」』


 男の身体から赤い炎のようなものが一瞬立ったかと思うと、かざした手から炎の槍のようなものがが撃ち出された。

 炎の槍は男に直撃すると男の身体は一瞬で炎に包まれ、吹き飛ばされ宙に浮いた身体は地に着く前にバラバラになった。ほんの僅かな時間のことだった。


 『「アハハ!つまんない相手だったけどお、この瞬間だけは楽し~よね~アハァ」』


 男はフードを脱ぐと、両手を広げ。すっきりとした表情で天を仰いだ。人を殺害したというのに、何も気にしていないどころか喜びの表情を浮かべるフードの男。

 その笑顔は狂喜しか感じられなかった。


 男はゆったりとした歩調で歩き始めた。


 『「さ~てあの娘と追いかけっこしちゃおうか~」』


 と、その時だった。男が急に止まると、こちらのほうに顔を向ける。

 顔立ちは一見すると美しい造形だ。だが目の奥には歪んだ、おぞましい汚濁が溜まっているかのようだった。


「(うっ……)」

「(気づかれた?!)」


 【PV(プライベートボイス)(チャット)】で話している以上。音声は聞こえないはずだが、2人ともつい無言になってしまう。


 男はしばらくこちらを見つめると。気のせいか、とばかりに何事も無かったかのように歩き始めた。


「び、びびったフォ」

「ま、まあ察知はされんだろ。スキル使ってたわけだし、クローキングも切れるたびに使っていたしな」


 気を取り直して。俺はオヤジウスに言う。


「オヤジウス、どうするよ、あれを見て何を思う」

「あの男……CULOの開拓者……じゃない。プレイヤーだよな……」

「こちらの味方……にはなりそうにないな。あの目は完全にイっちまってる。それでもあいつとコミュニケーションとってみるか?」

「その前にやることがあるだろう?!女の子助けないと!あの男は完全にヤバイ!!」

 

 オヤジウスは興奮しながらまくし立てる。彼の言う通りだった。

 俺たちは少女を救うために動くことにした。

 その為にはちゃんと戦術を立てなければならない。()()()()()()()()()()()()なのだから。


 殺し合いになる可能性は高いだろう。オヤジウスこと桜野圭一を殺させる訳にはいかないのだ。

 俺は決意する。

 昔のようにはならないと。

 その為には、傲慢さを捨て、用心深さと冷静な判断が必要だと。

 

 その一方で覚悟もしておく。

 最悪の場合はオヤジウスだけでも逃がす。

 相手と相打ちになってもだ。

 

 莉亜よ。本当ならばあの娘を見捨てて別の人間を探したほうがいいのかもしれない。

 でも俺には無理だ。昔は色々なものを捨てざるを得なかった。現実の為にはそうするしかなかった。

 だが、これからは違う。新たに生を受けた時、俺は決めたのだ。

 

 可能な限りやれることはすると。最後まで諦めないと。

 絶望してた俺を癒してくれたのは、新瀬家の家族なのだから。

 人を見捨てる恥ずべき人間にはなりたくない。

 だからこそ、俺はやる。やってみせる……

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