第七話 発見
「皆、よく聞いてほしい。妹の傷を治療する為に人を探さなければならない。一刻の猶予もない」
俺は莉亜以外の全員に向かって意志を込めて語りかける。
これから先何があるか分からない。だが前に進まなければどうしようもない。
「俺とオヤジウスで動く、あとはこの場所を守ってほしい。妹は動かせない。」
莉亜の容態について高場の意見だが『武道を修練している人間が学んだ範疇であって、医者じゃないので詳しいことは断言できないが』と前置きしたうえで。
体温の低下が見られること、出血を少しでも減らす為に傷を押さえなければならないこと。この状態で動かすのは危険ということだった。
要するに時間がないということだ。
「基本としてログアウトした者は残す。高場、妹を頼む。」
「わかった、まかせておけ」」
莉亜と高場はこの異世界へ来る前の姿のままだ。
プレイヤーキャラクターの肉体が強いと判明した以上は安全の為、二人には元の姿へ戻ってもらいたい。いや、今のが元々の姿なんだけど。
ログアウトという動作が可能ならば、ログインもできるはずだ。あくまでCULOというゲームに準拠して考察した場合、オンラインゲームである以上ゲーム機やPCといったハードウェアが必要となる。ここにはそんなものはない。
現状、ログインする方法も手段も分からなかった。
目下、高場裕一郎は上半身裸でジーンズに裸足という状態だ。冬じゃなくて良かったと言っていた。彼は自身が着ていたTシャツを引き裂き、莉亜を治療する為の包帯替わりにしたのだ。こういう時、冷静に適切な行動ができる男がいてくれた事に俺は感謝した。
「ブスジマタカコ、お前も居残りだ。」
「な、何故?!私も何かしたい!人を守る剣の道を行く家柄に生まれたのに何もできなかった!私も連れていけ!」
毒島は不満なようだ。莉亜がケガを負った件に関して毒島には何一つ責任は無い。あるのは俺だけだ。
「ブスジマ、今のお前はプレイヤーキャラだしかもゲームは始めたばかり、ろくに操作方法……いや、扱い方もわかっていないだろう。足手まといだ」
「だ、だけどっ」
俺は手を開き前に突き出してジェスチャーしながら言った。
「気持ちは分かった。ただ、莉亜の体温低下が心配だ。いまやっているように、そうやって抱きしめていてくれ」
ブスジマは近くにあった木を背にして座り込み、そのまま寝かせた莉亜を後ろから抱きかかえている。莉亜の身体の上には俺こと【ジスエクス・ニゴレイアル】が着ていた長いオーバーウェア……いわゆる中二マントを上から被せて体温を下げないようにしている。
「ブスジマ、頼むよ。なっ?」
「……。……わかった。早く戻るのだぞ」
さて、あとは一人だ。
【MOMO】この身長238cm体重180kgの超巨漢ピンクボンテージホモは俺たちのようなプレイヤーじゃない。CULOでオヤジウスこと桜野圭一が作成した従者だ。職業はノーブルファナティック。
従者とは、基本的にパーティ最大参加可能人数6人のCULOにおいて、ソロプレイヤーや単に人数が足りない時の為に、プレイヤーと探索や戦闘を行ってくれるNPCの事だ。
従者はCULOの歴史において初期から実装され、サービス終了予定の最終バージョンにおいてはプレイヤーは最大5人まで従者を作成することが可能だ。
ただ、このNPC。CULOユーザーからの評判はあまり良くない。NPCの主な運用としては戦闘に参加してプレイヤーに協力する事だが、とにかく頭が悪くまともに行動してくれないのである。
ユーザーからは幾度となく改善要求が出ているが一向に改善しなかった。NPCがうまく動作しないのは従者の好感度を上げていないからだと運営は言う。好感度は冒険に連れて行ったりクリスタルを与えることで上げられるが、それらを行ってもまるで変化が無かったのだ。
このように評価の低い従者ではあるが、ひとつだけ異様なまでに好評な要素があったりする。
それはキャラクタークリエイトの懐の深さだった。基本的なクリエイトパターンは多種多様で1千億通りのキャラクリエイトが可能だった。特筆すべきなのは外部ツールに対応しており、そのデーターを読み込み作成すれば無限のキャラクリエイトが可能なのだ。
運営の調査によると、CULOプレイヤーの多くが男性であることも加味してなのか、従者の性別は女性の場合が多い。5人まで作れる従者の空きを、あるものはアニメの美少女キャラで揃えたり、あるものは某アイドルグループのメンバーで揃えたりなどしていた。
作成した従者を侍らせたハーレム状態を撮影し、CULO画像投稿掲示板に投稿するという、いわゆる【俺の嫁自慢大会】は現在も人気を誇っているほどだ。
従者は俺も作ったが、あまり使わなかった。基本的にプレイヤーギルドのメンバーが揃っていたのと、ソロプレイの時はMMORPG部分のほうはやらず、もっぱらPvPランクマッチ通称ランクマをやることが多かったからだ。
キモヲタデブ界のトリック・スターを自称する桜野は当然、美少女だらけで作ると皆が思っていた。
だが、実際にお披露目されたのは予想の斜め上を行く異形の5人だった。CULOは人間種しかいないのに。
特に桜野がお気に入りだったのが、この巨漢のピンクボンテージオカマ男こと【MOMO】だ。
製作者いわく『あえて美少女だらけになると予想される中、流行に乗るのは矜持に反することだ』とのことだった。
なお俺は初めて会った時から、このMOMOというNPCの姿と声と性格がとある人物を思い起こさせる為に非常に癇に障るのと。運営が行った従者の調整が悪すぎることもあいまってとても嫌悪していた。そのNPCが自由な意思を持ちはじめたのだから、これは夢だと思いたくもなるだろう?今まで無視していたが、これからはそうはいかない。
「MOMOよ、すまないがここに残って皆を守ってほしい。頼むよ」
「イヤよっ!アタシはご主人様と共にいるのよっ!アンタみたいなメスブタの言うことなんて知らないわよっ!!!」
MOMOが拒絶する。
「おい……MOMO」
桜野が俺ですらこれまでの付き合いで聞いたことのないような低くドスの効いた声で語り掛けるように言った。
「な、なんですか?ご主人様……」
「こいつらは俺の親友だ。大事な存在だ。改めて俺、オヤジウス・オッサンディアが命令する。いいか?命令だ。よく聞けよ」
オヤジウスは語気を強めて言った。
「この場を死守しろ。彼らを守れ。お前の事は好きだが、命令を拒否するならお前などいらない。わかったか?」
MOMOはよろよろと後ろに数歩下がると狼狽する。『そんなご主人様……』と嗚咽しているような様子もみられた。顔が殆どボンテージマスクで隠れているから伺いようはないが。
「MOMO、理解したか。返事は?」
「わ、わ、わ……わかり、ました。ご主人様の命令に従います。あの、その……必ず戻ってきてくださいね……」
「ああ、約束するよ。いや、約束するフォ。俺の愛する従者よ」
「ごっ……ごしゅじんさまぁぁぁっ!超ぉぉっ!素敵ィィッ!らぶみーてんだー!!」
どうやらうまくいったようだ。……ところでそいつに対して子猫ちゃんは流石に?
◇ + ◇ + ◇ + ◇
俺【ジスエクス・ニゴレイアル】と桜野こと【オヤジウス・オッサンディア】はすっかり夜のとばりが落ちた森の中を疾走していた。その走りのスピードは人間の常識を超えており、例えるならオフロードバイクのフル加速と同等だった。
ジスエクス・ニゴレイアルの職業であるギャラクシーハンターのスキル【スプリント】によるものだ。
これは俺が野伏だった頃に取得したスキルだ。ちなみに【スプリント】は燃費が良く移動力アップ自体、使い勝手がいい為か割と他のプレイヤーも取得していたりする。他の職業にも似たようなスキルがあったりする。
「ところでさ、さっきは悪かったな」
俺は先ほどの非礼をオヤジウスに詫びた。
「フォフォ、なんのことだね?」
「妹に回復のEFを使えと命令したときに、云々というか。その、ひどいことを言った」
「フォフォ、気にしてないぞよ。あの場合はしょうがないさ」
「そうか、すまん」
「早く人を探して妹ちゃんを治療しないとな、がんばろう」
「ああ、わかってる」
桜野という男は、我が道を行く信条な為に多くの人間を困惑させることも多いが、それと矛盾するかのように気遣いができる人間である。要するに優しいのだ。
見た目と行動からは想像できない部分ではあるが、そういうところは尊敬すべきところだろう。
俺たち二人が向かっているのは西の方角だ。オーバーヘッドマップを最大まで縮小した結果。西の方角に大きな道と開けた場所のような影があったらからだ。
ギャラクシーハンターのスキル【トラッキング】を使用して、足跡を見つけたのも理由のひとつだ。素人の肉眼で、なおかつこの闇夜では発見できなかったことを考えるとスキル様様だ。
今走り抜けているこの森は、そこまで広大ではなかったが、いくら人外の速さで移動できるとしても、いたずらに走り回るよりは、人のいそうな場所に当たりをつけて調べたほうがいいだろう。
ちなみに莉亜たちが居る地点はきちんとマップにマーカーを付けておいた。
現在、俺の視界はスキル【複合的情報解析】を使用している為、解析情報が表示されたウィンドウでいっぱいだ。半透明なおかげで何とか視界は確保しているが。
何が起こるか分からないので用心に越したことは無いからだ。
今のところは特に問題は無かった。小さな小動物の息遣いや、風で揺れる草木の葉の擦れる音まで収集、情報を集積している。熱感知レーダーにもさほど変化は無かった。障害となる敵にも幸いエンカウントしていない。静かな夜の森だった。
「なあ、これ本当に異世界なんだよなぁ?」
オヤジウスが訝し気に聞いてくる。さっきまで異世界確定と騒いでいたのに、今更なんだというのだろう。
「今更どうした?お前はさんざん断定していたろ?これは現実であり異世界転移だと」
「いや、ね。頭が冷えた途端に不安が押し寄せてきてなぁ。妹ちゃんのあんな姿見てしまったら特にな。」
「俺もだよ。ログアウトしたら現実に帰れるものだと何となく思っていたからな。危機感が足りなかった責任は俺にある」
お気楽なオヤジウスだと思っていたが流石にそうでもないらしい。不安は決断力を鈍らせる。精神が疲弊されては困るのだ。
「お前のいいところは我が道を行き豪放磊落な所だろ。そのままでいてくれ。こちらも力が出てくるからな」
「ああ、わかってる」
ときに、だ。俺は気になって仕方ないことが一つあった。
こんな時だがオヤジウスに聞いてみることにした。
「なあ、お前の股間なんだがな?」
「おっ?ついに俺の色気に魅せられたか?」
「ちげーよ、その天狗のお面なんだがな。どうやって股間に付けてるんだ?てか、どうやって固定した?!」
オヤジウスは疾走しながら器用に股間を突き出して言う。
「企業ひ・み・つ。だよっ♪あ、フォ♪」
「やっぱりいい……言わなくていいわ」
「なんだよう……きいてくれよーこれには結構な血と汗とアレの結晶が……」
アレって何さ。いや、なんか嫌な予感がする。訊かなかった事にしよう……。
「お~い?ジスエクス君?あ、ジスエクスって呼ぶのめんどいから、今後ジスちゃんって呼ぶフォ。決定事項だフォ」
「妙な呼称はやめろ!キモヲタが!!」
「とにかくジスだフォ。ジスと呼ぶフォ」
「……待て、ちょっと静かに」
「なんだフォ?ほかの呼び方がいいのかフォ?」
「そうじゃない、真面目だ。黙れ、止まれ!走るのヤメろ!」
俺とオヤジウスは疾走をやめて緊急停止する。土埃と落ち葉が激しく舞った。
立ち止まり聞こえてくる音に耳を傾ける。
辺りは静寂といっていいほどに穏やかだ。虫の鳴き声と、鳥らしき囀りが時たま聞こえてくる。
僅かな沈黙が流れた後、雑音に混じって人の声が聞こえてきた。
「……いや、これは人の声だ。しゃべっているようだ。会話の内容はほとんど聞こえないが」
「まじか、すげえな【複合的情報解析】」
視界の中に表示される情報ウィンドウには、音声解析モニターに反応があり。音がした方向に向くと、より強い反応が出る。
間違いない。人の声だ。
「よし、じゃあ行こうぜ」
「まて、その前に別のスキルを使っておく」
俺はもう一つのスキルを立ち上げる。【認識遮蔽】自身の姿を視認しづらくし、ある程度の動作音を抑えることのできるスキルだ。対象の近くまで寄っても気づかれにくくすることが可能だ。
「よし、行こう……」
俺は祈っていた。相手が敵対してきませんように。交渉が上手くいきますように。妹を癒せる人に出会えるように、と。