第十九話 PvA(Another) Part-1
死んだはずの男が立っていた。いや、年齢的には少年だが。
日本で生まれ、オヤジウスこと桜野圭一と同じ時を生きてきた親友は、つい先ほど死んだはずだ。
新瀬零司は生きていた。
レイジはイカルガの背後から、燃え滾る腕を手刀のようにして突いたのだった。その威力はイカルガの肉体を貫通するほどだった。
レイジは右腕をイカルガから抜く。
身体を貫かれたイカルガは小さく唸り声を出しながら、自身に生じた風穴を見た。
傷口は向こう側が見えるほどに貫通しており、内部は青く発光していた。血は出なかった。
「あ、あ、あ…」
イカルガはゆっくりと振り向いた、信じられないものを見ようと、ありえない筈の現実をおのれの眼で捉えようと。
残念なことに、それは一瞬しか見ることは叶わなかった。
レイジのほうへ身体を向けたイカルガの顔面に、痛烈な拳を叩きこんだ為だ。
放たれた打撃は凄まじい衝撃をもつ攻撃だったらしく、イカルガは吹き飛ばされ、もんどりうって倒れ転がった。
その痛烈な拳は、攻撃した者の秘めたる膂力を感じさせるものだった。
レイジは全身が炎に包まれていたが、自身に何か問題が起きているようには思えない程、涼し気な顔つきだった。
その姿は亡霊や幻ではない。
頑健かつ精悍さを感じさせる、その立ち姿から分かるほどに、身体からは溢れんばかりの生命力が滾っていた。
レイジは半裸だった。
殺される直前まで着ていた、ジーパンとTシャツは消え失せていた。
目下、身に着けているのは、黒のボクサーパンツだけだ。
目を見開き、オヤジウスは驚愕し、思わず目頭が熱くなる。ただ、涙は出なかった。そのような機能がこの身体には無いような気がした。
「おまえ……どうやって?しん……だと、死んだと思っていたんだぞ!!!」
オヤジウスは喜びを隠しきれない、隠すつもりもないがレイジに向かって叫ぶように問う。
それと同時にイカルガ・トウヤが絶叫する。この事実を受け入れるのは難しかったらしく、イカルガの理解を超えた現実が目下進行中であることを見せつけられて、彼は絶唱するかのごとく叫んだ。
「なん……。
なんでぇ!!!!!!!!!ありえなーいいいい!!!!!!!!!!!!ボクが殺したボクが殺したボクが殺したああああああああああ!!!!!!!!!!!!!
ボクの火焔槍が吹き飛ばしたはずだぁ!!燃やしたはずだぁ!!!!」
イカルガの問いにレイジは簡潔に答えた。
「元の身体になったら、仙気が練れることに気付いた。だから錬仙功を使って肉体全体の回復と肉体の強化を行った。だからお前の炎でも焼かれなかった、無事だった。」
イカルガは更に発狂し、例によって意味が無く支離滅裂な言葉を幾つも紡ぎ、そして絶叫する。
レイジは少し腰を落とし気味の姿勢になると、『フン!』と丹田に力を込める。
それから息を瞬間的に吐いた。何かを飛ばすように。
するとどうだろう、全身を包んでいた炎は、四方八方へと飛散した。
今のレイジは五体満足といったところだろう。ボクサーパンツ一枚のその体を観察してみると、わかることだが。
あれだけの高温を放った炎に焼かれたのにもかかわらず、肌は10代後半の少年らしく、瑞々しく張りがあって、火傷の跡などまるでみられなかった。
「そんな、そんなバカなことがあるか!!ボクだってせんきを会得しようとしたんだっ!でも無理だった。強くなりたかったのに!!!だからプレイヤーのアイテムを奪おうとしたんだっ!ありえない!!!!!」
イカルガは跳ね起きると、まるでレイジを非難するかのような口調でまくし立てた。
「お前なんかができるはずがないっ!ボクでもできなかったんだ!!ボクがっ!ボクがっ……」
レイジは遮って、やはり簡潔に言った。ごく当たり前のことを言うかのように。
「いや、できるさ。俺、前世がこの世界の出身だからさ。
今いるここが何処の国とか、詳細までは分からないが、これだけは解る」
レイジは続けて言う。その際、オヤジウスにちらりと視線をやりながら。
「ここは、昔、俺が生きていた世界。
この世界は俺の故郷だよ」
オヤジウスは思った。
なにいってんの?と。
死んだと思ったら生きていて。いきなり、生身の身体で人間離れしたことをやってみせた。
挙句の果てに、自分は異世界から日本に転生した身だという。
オヤジウスこと桜野圭一が愛読している、異世界モノという小説のジャンルの内容を、そのままを経験しているというコトを、この親友は言ってのけたのだ。
一般常識からすると、ありえない。いや、これはもう特殊な病院へ直行だろう。
だが、この地に誘われ、ごくわずかな時間ではあるが自身が体験したことと鑑みると、ありえない等とは思えなかった。
レイジは本当に異世界の人間だということなのか。
「まあ、いいや。おいイカルガだがイキイカだが知らねえけど、いいよな?
お返しさせてもらうよ」
以外なことに最初に反応したのは、イカルガだった。レイジが発した殺気めいたものを感じ取ったのだろうか?
そうではなかった、単にイキイカ(イキり顔のイカルガ)と言われて癇癪を起したのだ。
イカルガは自身が一番得意とする火焔槍を撃つ。焔の槍がレイジに向かって放たれた。
何て事は無いと言うように、レイジは片手で纏わりつこうとしている虫か何かを叩き落とすかのように焔の槍を叩き落とした。高密度に収縮された炎が四散し消え失せた。
ばかな、とイカルガは叫び火焔槍を連発する。
そのたびに、レイジは片手だけで弾き火焔槍は消失する。
レイジは泰然とした態度でそれをやってのける。そこには17歳の少年では持ちえない武威を感じさせた。
「あ、あ、な……なんでええええええええ!!!!!!!!!」
驚愕するイカルガ、それは彼にとって悪夢のようなあの女の事を思い出させた。
「時間が惜しい、さっさと終わらせよう」
レイジの身体が、イカルガの視界から消えた。
実のところは幻術でも魔法でもなく、武の基本である踏み込みを自身の肉体を強化した上で、やっただけのコトである。
イカルガは、レイジの姿が消えたと認識した瞬間、下半身に衝撃を受ける。レイジがイカルガに片足タックルをぶちかましたのだ。
その後、倒したイカルガの上に、馬乗りになったレイジは拳を振り上げた。
ただ馬乗りになって殴る、というマウントパンチ。
専門的にMMA関係の格闘家から指導を受けたわけではなく、テレビや本などで見た知識だ。
見た目ほど簡単ではなく、実際は高度なテクニックのいる技だったが。反射で両手を使い顔を守るイカルガの顔面を防御する手ごと打ちぬいていく。
それは錬仙功で強化された肉体と、錬仙鍛で強化された拳が組み合わさった威力であり、イカルガの肉体を痛めつけていく。
連打、連打、連打。
しつこいまでの拳の弾幕だった。
途中、助けを請う言葉がイカルガから漏れたが、気にせず殴り続けた。
イカルガの手と腕は潰れ、顔面は見る影もなく破壊されていき、顔のところどころから青い燐光が漏れ出していた。
やがて、イカルガの身体全体が赤色の光を放ちながら点滅をし始める。
これはCULOにおいて、プレイヤーキャラが瀕死状態になると、発生するエフェクトだ。
イカルガは詰みの状態になってしまった。
「ま、まっで……許しで……ぐだざい。勘弁しでぐだざい……」
「ようし、聞きたい事があるんだ。
聞かせてくれるかな?」
イカルガは無言のまま、頭を前後に振り、うなずいた。
その前に、レイジはイカルガから奪っておきたい二つのアイテムがあった。
【威厳のリング】【隠遁のリング】の二つのアクセサリーだ。
この二つを寄越せとレイジは迫った。
だが、イカルガは拒否する。必死にランクマを頑張って手に入れモノだから勘弁してほしい、ということだった。
レイジが脅し文句をいくつか挙げると、泣く泣くイカルガは二つの指輪を手渡したのである。
二つの指輪をオヤジウスに放りなげる。装備しておけと、彼に告げた。
オヤジウスは思う。フォルティスマギカが、ランクマで手に入れたものなのだから、専用装備なのではないかと。
しかし、その考えは外れてしまった。何の問題もなく、装備が可能だ。
ほかのアイテムも寄越せと迫ったが、持っていないとの事だった。とある場所に隠してるあるとの事だった。真偽のほどは定かではないが、時間も無い為それ以上の追及はやめておいた。
プレイヤーのアイテムを取り出せるのは、本人だけとのことだ。
「さて、質問だ。イカルガとやら、お前はここに来てどれくらいだ?」
「さ、三年です」
妙だ、とレイジは思った。俺たちはこの世界に来て、まだ数時間もたっていない。
いや、自分は寝ていたから、もう少し経っているのかもしれないが。
念のため、オヤジウスにも訊く。
一番早くオヤジウスが目を覚ましていたらしく、それによると、目覚めてから数えて2時間後に、俺は目覚めたとのことだった。
時間の経過は、視界内に表示されている時計から算出したとのこと。なお、推測だが、時計の時間は日本にいた時の設定のままだろう。
ひょっとして、俺たちよりも遥か前に、CULOからこの世界に来てしまったのか?とレイジが聞くと、サービス終了のことをきちんと知っていたので、その線は無いことがわかった。
返ってくる答えに期待はしないながらも念のために訊いてみる。
「なぜ、俺たちより三年も前にこの世界に来たと思う?」
予想通り返ってきた答えは、わからない、とのこと。
とりあえず、この三年間何をやって来たのか?とは訊いてみることにするレイジ。
帰って来た答えは非常に不快感を催すものだった為、オヤジウスもレイジも、内心お互イラついているのが、互いに理解できる。
だが、その説明の中で気になった部分があり、レイジはイカルガにその点を訊くことにしたのだった。




